202 ミズナたち①
シルルンは個室の床に寝転んで酒を飲み続けていたが、そのまま寝落ちしていた。
すでに日も暮れて夜になっており、ヒルダは出入り口の布を閉める。
「この出入り口は無用心ですね」
ヒルダは不満そうな顔をした。
ミズナたちは全身鏡を壁際に立てかけて、一斉に服を脱ぎ始めて全裸になり、全身鏡の前で様々なポーズを取っている。
「痩せ過ぎですね……」
「肌がガサガサです……」
「髪も整えないといけません……」
ミズナたちは全身鏡の前でぶつぶつと呟いていたが、ストレッチや体操、組み手などをやり始めた。
彼女らは元は【上級メイド】だったが、現在は戦闘職に転職しており、美を追求していた。
マスターだったメアリーが貴族のメイドである以上、美しくあれとミズナたちに命じていたからだ。
「ちょっと開けなさいよシルルン!! いるんでしょ?」
出入り口のほうに顔を向けたヒルダは、怪訝な顔をして出入り口の前に立った。
「誰か知りませんが、もう夜ですので出直して下さい」
「はぁ? 何言ってるのよ!! あんた誰よ!!」
「ヒルダさん……私です、開けてもらえませんか?」
「……その声はメイね? 仕方ないわね」
ヒルダは出入り口の布を緩めると、すぐにリザとメイが中に入ってきた。
「なっ!? 何で皆裸なのよ!? ていうか、あんたたちは何なのよ!?」
リザは怒りの形相で叫んだ。
「ミズナ様たちはシルルン様をお育てになった方たちです」
「えっ!?」
メイの言葉に、リザは面食らったような顔をした。
「あなたこそ誰ですか?」
ヒルダは品定めするようにリザを見ている。
「私はリザ。シルルンの仲間よ。いつもここでシルルンと一緒に寝てるのよ」
「シルルン様が行方不明になって、リザさんが一番最初にシルルン様のお仲間になったんです」
「あなたにはシルルン坊ちゃまがお世話になったようですね」
鏡に映る自身の顔を凝視していたミズナが、ヒルダの隣に並んで満足げな顔をした。
「この方がシルルン様を赤ちゃんの頃からお育てになったミズナ様です」
「よ、よろしく……」
(なるほど……シルルンが女に動じないのは、こんな美人たちに囲まれて生活してたからなのね)
リザは複雑そうな表情を浮かべている。
「私たちはシルルン坊ちゃまのお嫁さん候補はメイだと考えていたのですが、あなたも候補になりそうですね」
ミズナは嬉しそうに微笑んだ。
「えっ!? アキは入ってなかったんですか?」
ヒルダが訝しげな眼差しをミズナに向けた。
「あの子はシルルン坊ちゃまのことを心の底から愛していると私は思うけど、その愛は敬愛なのだと思うの……今はね……」
ミズナの意味深な言葉に、ヒルダは怪訝な面持を深める。
「あんたたちが私をシルルンのお嫁さん候補だと考えてくれるのは嬉しいけど、シルルンはもてるわよ?」
リザは困ったような顔で言った。
「――っ!?」
ミズナたちの顔が驚愕に染まる。
シルルンが学園生活において、異性からもてたという話を一度も聞いたことがないからだ。
「あなたには私たちがいなかった間に、シルルン坊ちゃまに何があったのか聞きたいですね」
ミズナたちは興味津々といったような様子だ。
「私がシルルンと初めて会ったのは首都トーナの街から南下した森よ。私はハイ スパイダーに遭遇して何とか逃げ切ったけど致命傷を受けて死んだと思ってた。だけど、シルルンに命を助けられたのよ」
「なるほど……」
(これほどの美人がシルルン坊ちゃまに好意を寄せるのは、命を救われたからなのね)
ミズナは納得したような表情を浮かべている。
「まぁ、ハイ スパイダーが相手じゃ無理はないわね……でも、どうして坊ちゃまは森にいたのかしら?」
ヒルダはいかにも解せないといったような表情を浮かべている。
「シルルンは武学の生徒で、一人で馬やスライムを捕まえに森に来ていたのよ」
その言葉に、ヒルダたちはざわついた。
「やはり、シルルン坊ちゃまは適性があったのですね……」
ミズナは難しそうな顔で呟いた。
彼女はシルルンが家出する前までは、シルルンの職業は【剣士】だと聞かされていたが、シルルンは動物たちに異様に懐かれており、【動物使い】の方が向いているのではないかと疑念を覚えていた。
だが、下級職である【剣士】と【動物使い】なら、貴族的には【剣士】のほうが体裁よく、当時の彼女はシルルンの訓練に一切関わっていなかったので何も言えなかったのだ。
しかし、シルルンの家出後に【剣士】というのは師範代がついた嘘だということが発覚し、シルルンの職業は【街人】だったのだ。
「長くなりそうだからこっちで話しましょうか」
ヒルダはテーブル席へとリザたちを案内し、皆が席についた。
ほとんど何もなかったシルルンの個室には、絨毯が床一面に敷き詰められており、十人掛けのテーブルが二台、ベットが十一台、焚火台や食器棚や調理道具などの生活に必要な物も買い揃えられていた。
「あなたはハイ スパイダーと遭遇して、その場で殺されなかったのだから、相当な手練れよね。職業は何なのかしら?」
ヒルダは探るような眼差しをリザに向けた。
「当時の私は剣士だったけれど、今は竜騎士よ」
リザは自信ありげな顔で言った。
「なっ!?」
ミズナたちは大きく目を見張った。
「坊ちゃまは魔物使いよね? だけど魔物使いはこれほどの数の魔物を使役できないと思うんだけど、どうゆうことなのかしら?」
ヒルダは床の大穴の方に視線を向けながら尋ねた。
「大穴の周りにいるビー種たちはシルルンのペットじゃなくて、親がシルルンのペットなのよ。それにシルルンの職業は大魔物使いよ」
「だ、大魔物使い……」
ヒルダたちは信じられないといったような表情を浮かべている。
「私と出会った時のシルルンは弱かったけど、急激な速度で強くなって、今はこの国で英雄と言われる存在なのよ」
「きょ、興味深い話ね……あなたにはまだまだ聞きたいことが山ほどあるのよ」
ヒルダたちはびっくりしたような顔で、床で寝ているシルルンを見つめるのだった。
朝になって起床したミズナたちは、全身鏡の前に立って身支度を整えていた。
「うぅ……」
(長い旅路のせいで日焼けと栄養失調で肌がボロボロ……目尻にもシワが……)
鏡を凝視しているミズナは、悲痛な表情を浮かべている。
彼女は十六歳の時に高い能力を評価されて、メアリー付のメイド奴隷として買われた。
だが、奴隷になったことで、彼女は一生子供をもつことはできないのだと失望していた。
しかし、シルルンが生まれたことにより、彼女はシルルンの世話を任された。
子供好きの彼女は歓喜に打ち震えて、懸命にシルルンを育てた。
それから、十五年ほどの月日が流れ、彼女は三十一歳になっていた。
「やはり、歳ですね……」
ミズナは切なそうに大きな溜息を吐く。
ベットで寝ていたシルルンは、ムクリと上体を起こして起床した。
「あれ? プルたちはまだ戻ってないようだね」
シルルンがベットの周りを見て呟いた。
すでに、リザやメイの姿はない。
シルルンは大穴の近くまで歩いていき、床に寝転がって魔法の袋からお菓子と酒を取り出し、お菓子を食べながらビー種の群れが茸を食べているのを眺めている。
ヒルダたちはそんなシルルンを観察していた。
この拠点でのシルルンの行動を知るためだ。
すると、部屋の出入り口から銀髪の獣人が入ってきた。
ヴァルラである。
ミズナたちは同性なのにも拘わらず、ヴァルラのあまりに美しい容姿に驚いて、放心したような表情を浮かべていた。
ヴァルラはテーブルの傍に置いてある酒樽に直行し、自身の水筒に酒樽から酒を注ぎ入れて水筒を満タンにして、酒樽の酒をコップですくって飲み始めた。
しばらくすると、ヴァルラは満足そうな顔をして、床に寝転がるシルルンの背中に抱きついた。
ヴァルラはシルルンの頬っぺたをペロペロ舐めたり、身体を擦りつけているが、シルルンはいつものことなので平然と酒を飲んでいる。
「むふぅ、行って来る……」
ヴァルラは千鳥足で部屋から出て行った。
彼女は家畜たちの放牧時に見張りをするようにメイに頼まれており、それが仕事になっていた。
「も、ものすごい美人だけど、行動がまるで獣ね……」
ヒルダの言葉に、メイドたちも同意を示して頷いた。
「シルルン坊ちゃま、お食事はいかがいたしますか?」
ミズナが鬱蒼とした顔でシルルンに尋ねた。
「うん、食べるけどミズナは辛そうな顔をしているけどどうしたの?」
シルルンは起き上がってテーブル席に腰掛けて、心配そうな顔でミズナに尋ねた。
「歳のせいか肌が荒れてもなかなか元に戻りません……」
ミズナは悲しそうに言った。
「ふ~ん、そうなんだ。だったらこれを食べるといいよ」
シルルンは魔法の袋から薄い紫色の茸を取り出して、ミズナに手渡した。
「綺麗な茸ですね……」
ミズナは何の躊躇もなく薄い紫色の茸を口に運び、その光景をヒルダたちは興味深げに眺めていた。
次の日の朝、ミズナたちは全身鏡の前で身支度を整えていた。
「――っ!?」
(ボロボロだった肌が戻ってる!? いえ、復元したと言うほうが適切かしら? それに目尻のシワが消えている……)
ミズナは歓喜の表情を露にした。
「理由はシルルン坊ちゃまから頂いた綺麗な茸を食べたからに違いないわね……」
ミズナは視線をベットで眠るシルルンに向けて呟いた。
「ミズナさんの目尻のシワが消えてる!?」
ミズナの顔を一目見て、ヒルダは驚いたような顔をした。
その言葉に、メイドたちがミズナの傍に駆けつけて、ミズナの顔を凝視した。
「ほ、本当に消えてる……」
「し、信じられない……」
「で、でもなんで?」
ヒルダたちは訝しげな表情を浮かべていたが、はっとしたような顔をした。
「あの茸だ!!」
ヒルダたちは声を揃えて叫んだ。
ミズナたちはそわそわしながらシルルンを見つめていると、シルルンは寝惚けた顔でムクリと上体を起こして、ふらふらした足取りで大穴の傍まで移動し、床に寝転がった。
「ぼ、坊ちゃま!! 昨日の茸の効果をご存知だったんですか!?」
ヒルダは戸惑うような表情でシルルンに尋ねた。
「えっ? うん……あの茸は食べると一年若返るんだよね」
「なっ!?」
ミズナたちはガツンと頭に衝撃を受けたような顔をした。
「まぁ、僕ちゃんもプニに効能を聞いて驚いてたんだけど、売るとしたらいくらになると思う?」
「値段はつけれません」
元商人でもあるヒルダが即答した。
「在庫はまだあるんですか?」
ヒルダは探るような眼差しをシルルンに向けた。
「あの茸は激レアだけど、まだあるよ」
「値段がつけれないような高価なものを私が頂いてよろしかったんですか?」
ミズナは不安そうな顔をした。
「うん、いいんだよ。ミズナは辛そうな顔をしてたからねぇ」
すると、ヒルダはあからさまに辛そうな表情をしてみせた。
「あはは、ヒルダも欲しいんだね」
シルルンは魔法の袋から紫色の茸を二つ取り出して、ヒルダとミズナに手渡した。
「えっ!? よろしいのですか?」
ミズナは驚きのあまりに血相を変える。
「この茸の色は昨日の茸よりも色が濃いですね」
ヒルダは『アイテム解析』で紫色の茸を視た。
「し、信じられない……この茸は五年若返ります」
ヒルダの言葉に、ミズナたちは雷に打たれたように顔色を変える。
ミズナとヒルダは嬉しそうに紫色の茸を食べたのだった。
「まぁ、この茸を作ってるのはうさポンだから、お礼はうさポンに言うんだね」
「う、うさポン?」
ミズナたちは眉を顰める。
「僕ちゃんのペットで兎の魔物なんだよ。大穴の中に住んでるからたまに出てくるよ」
「そ、それって、あの白いヌイグルミみたいな魔物ですか?」
メイドの一人が大穴の方を見ながら言った。
ミズナたちは視線を大穴に向けると、うさポンが顔を半分だけ見せて、こちらの様子を窺っていた。
「あはは、いたんだ……おいでうさポン」
うさポンは恐る恐るといった様子でゆっくりと移動して、シルルンの膝の上にのった。
「こ、こんなに可愛らしい魔物がいるんですね……茸を作ってくれてありがとうございます」
「うさポンちゃん茸を作ってくれてありがとう」
ミズナとヒルダは深々と頭を下げた。
「し、信じられない可愛さだわ……」
メイドたちは興奮してうっとりしており、うさポンはどこか満足げな表情を浮かべていた。




