203 ミズナたち②
ミズナたちはシルルンの行動を観察していたが、シルルンは拠点から出ることもなく、部屋で酒を飲んでごろごろしていた。
「ポラリノールでの生活と比べると、お酒を飲み続けていること以外は変わらないようですね」
ヒルダの言葉に、メイドたちも頷いた。
彼女らはシルルンの世話以外の仕事はなく、シルルンに群がっていた。
シルルンは床に寝転がり、お菓子を食べながら絵本を読んでいるが、メイドたちがシルルンの髪を整えたり、爪を切ったり、服を着せ替えたりしていた。
それでも彼は動かずにされるがままだった。
だが、シルルンは思い出したような顔をして、ムクリと起き上がり、辺りを見回した。
「プルたちはいないようだね……」
眉を潜めたシルルンは、部屋から出て行こうとした。
「シルルン坊ちゃま、どちらに行かれるのですか?」
ミズナは探るような眼差しをシルルンに向けた。
「えっ? 買った土地に行くのを忘れてたから、そこに行こうと思ってね……」
「シルルン坊ちゃまは土地をお持ちなのですか?」
「うん、トーナの街に安い土地が売ってたから買ったんだよ」
「私もついていってよろしいでしょうか?」
「『瞬間移動』ができるラーネがいないからミズナだけだよ」
ミズナは満足そうに頷いたが、ヒルダたちは不満そうな表情を浮かべている。
シルルンとミズナは拠点から出て、シルルンは思念でスタッグ ビートルを呼んだ。
しばらくすると、シルルンたちの前にスタッグ ビートルが飛来した。
「じゃあ、乗って」
シルルンはスタッグ ビートルの背に乗った。
「えっ!?」
ミズナは驚いたような表情を浮かべていたが、スタッグ ビートルの背に乗ってシルルンの背中にしがみついた。
スタッグ ビートルは羽を広げて飛び立ち、シルルンたちはペット小屋の転移の魔法陣まで移動した。
「この魔法陣はトーナの街の僕ちゃんの土地に繋がってるんだよ」
シルルンたちは転移の魔法陣に入って、第四区画に移動した。
「転移の魔法陣……」
ミズナは驚愕して固唾を呑んだ。
スタッグ ビートルは羽を広げて飛び上がり、シルルンたちは第四区画の上空を飛行する。
「壁に囲われた土地が僕ちゃんの土地で第四区画って呼んでて、今から行くところが新しく買った土地の第五区画なんだよ」
「えっ!?」
ミズナの顔が驚愕に染まる。
彼女は屋敷を建てられる程度の土地を購入したと思っていたが、想像を絶する土地の広さに驚きを隠せなかった。
シルルンたちは第五区画の南側に到着し、高度を下げてゆっくりした速度で低空飛行で進んでいく。
「ここはブラック男爵の領土なんだよ。貴族ごっこのつもりだったんだけど、ブラックが住民を連れてきたから後には引けなくなったんだよね」
シルルンはにんまりと笑った。
「ふふっ、シルルン坊ちゃまらしいですね」
ミズナの顔にうっすらとした笑みが浮かんだ。
ブラックの領地には多数の岩が散乱しており、それが住処になっていた。
「我は出陣する。強者はついて来い!!」
ブラックは高らかに宣言した。
ロパロパ種たちは次々とブラックの口の中に入っていくが、下位種の小さい子供たちも押し寄せた。
子供たちはブラックの身体にまとわりついており、ブラックは『触手』で子供たち掴んで放り投げる。
ロパロパ種は強い部類に入る魔物だが、子供の生存率は低かった。
子供たちは好奇心旺盛で、地面に穴を掘って子供たちを隔離しても強靭な脚力で穴から出てどこかに行ってしまい、殺されてしまうからだ。
仲間たちを口の中に入れたブラックは、凄まじい速さで第四区画の方に飛んでいった。
シルルンたちはゆっくりと飛行して進んでいく。
「ここがプニ男爵の領地なんだよ」
「プニちゃんも領地を持ってるんですね」
「あはは、僕ちゃんのペットで領地を持っているのあとはプルだね」
プニの領地は多数の穴が地面に掘られており、住民のラット種たちは穴の中で暮らしていた。
領地の中央には巨大な建物が建てられており、その中にはプニとフローの姿があった。
この建物はプニが大量の鉄の塊をグレイに渡し、グレイが建てた研究所だ。
シルルンは大量に購入した腕輪や指輪の魔導具をプニに渡し、『略奪譲渡』でどんな能力や魔法を付加できるか実験してくれとプニに指示したのだ。
「やっぱり、ミスリルはすごくいいデシ!!」
「鋼とは比べ物にならないぐらい硬いですね」
プニの言葉に、フローは満足そうな顔で頷いた。
プニとフローの前には五匹のラット種と五匹のレッサー ホーネットが並んでいた。
すでにクイーンの卵は孵化しており、十匹ほどの下位種が誕生していた。
孵化したクイーンは、死んだクイーンと比べると小柄で産む卵の数も少なく、はっきり言って貧弱だったが、フローにとってそんなことはどうでもよかった。
彼は今度こそクイーンを護るのだと熱い想いを内に秘めていた。
プニたちの前に並ぶ魔物たちは、ミスリル製の武具で身を包んでおり、フローは武具の作成法をガダンの鍛冶師たちから学んでおり、魔物用の武具を開発していた。
当初は鋼で作成していたが、フローがシルルンに頼んでミスリルに変えてもらったのだ。
魔物たちは前脚にミスリルクロー、身体はミスリル製の防具を装備しており、五匹のラット種の中には一匹だけ高レベルのハイ ラットがいた。
プニは弱いラット種を育てるのに苦戦し、一匹だけを集中的に育てた結果だ。
弱い魔物は進化するのも早いのだ。
このハイ ラットはプニが『略奪譲渡』で能力を付加した魔導具を装備しており、その強さは凶悪だ。
魔導具により『死霧』『水閃』『毒霧』『溶解液』『再生』『剛力』『鉄壁』『物理耐性』『魔法耐性』『能力耐性』の能力を得たからだ。
プニは当初、『略奪譲渡』で能力を付加させた魔導具をレッサー ラットに装備させようとしたが、指輪は合わず腕輪は前脚に入ったがぷらぷらしており、装備させるのを躊躇った。
しかも、通常種に進化すると腕輪も入らなくなり、彼は苦悩していた。
そんな折、フローが下位種を率いて戦っているのを目にした彼は驚愕した。
レッサー ホーネットが人族の様に武具を身に着けていたからだ。
プニは慌ててフローにラット種たちの武具も作成してくれと頼んだ。
フローは快諾し、プニはラット種たちに魔導具が装備できないことを相談すると、試行錯誤の実験の結果、魔導具を武具に取り付ければ効果が発揮されることが確認できた。
そのため、ハイ ラットのミスリルクローには片方に五個の指輪の魔導具が装着可能で、魔導具はいくつ装備しても爆発しないことも確認できたのだ。
「さっそく試しに行くデシ!!」
「私も下位種たちが借り受けた魔導具の威力を検証したいのでお供いたします」
プニとフローは手下たちを率いて第四区画の方に向かって進軍した。
シルルンたちはプニの領地を通過し、プルの領土に入った。
「ここがプル男爵の領土なんだよ」
「……プルちゃんの領土には人族がいるんですね」
ミズナは大きく目を見張った。
「あはは、そうなんだよ。僕ちゃんもビックリしたんだよね」
シルルンは屈託のない笑みを浮かべた。
プルの領地には多数のテントが張られており、五百人ほどの女たちが暮らしていた。
女たちは土を耕して種を蒔き、作物を育てていたが急に作物が育つわけもなく、プルが食料を供給しなければ飢え死にしている状況だ。
だが、そんな状況でも女たちの顔には笑顔が浮かんでおり、プルは自宅の周辺で土に塗れてトマトを育てていた。
すると、プニとフローが手下を率いて進軍するのを目の当たりにしたプルは、女たちの方を一瞥して不満そうな顔した。
プルは身を翻して自身の家の中に駆け込んだ。
「プルも手下を率いて魔物をぶちのめしに行きたいデス!! でも人族の女たちは弱そうデス!! だから戦いには行けないデス!!」
プルは家の中を転げ回って喚き散らした。
「パパ!! シーラおばちゃんが来てくれたデチュ!!」
「ち、小さい家ですね……」
シーラは面食らったような顔をした。
プルの家はグレイが最初に作成した三十センチほどの個室だ。
「シーラおばちゃんは凄いんデチュ!! シーラおばちゃんがいると草がすぐに育つんデチュ!!」
プルルは誇らしげに言った。
「それは凄いですね……」
ルーセスは興味深そうな顔で話に割り込んだ。
彼女はプルと一緒にトマトを育てており、プルの個室の近くにテントを張って暮らしていた。
プルとルーセスがトマトを一緒に育てているのは、プルが不在なことが多く、広大なトマト畑の世話ができないからだ。
「では成長を促しますね」
シーラは『栽培』を発動しながらトマト畑を歩いていく。
プルのトマト畑は種からすでに発芽して双葉になっており、上手く育てば二ヶ月ほどでトマトが収穫できるが、『栽培』の効果で六日ほどで収穫できるのだ。
「これで明日になったら草がもっと大きくなってるデチュ!!」
プルルは満足そうな笑みを浮かべており、ルーセスはしばらくの間、双葉を凝視していた。
「た、確かに少しずつですが成長しているように見えますね……」
ルーセスは信じられないといったような表情を浮かべている。
「シーラおばちゃん!! パパの畑が終わったら領民の畑もやってほしいデチュ!!」
「ふふ、分かりました」
シーラは嬉しそうに頷いた。
シルルンたちはプルの領土を通過して、第五区画の中央に降り立つと周辺一帯には色とりどりの花が咲き乱れていた。
「すごく綺麗なところですね」
ミズナは嬉しそうに微笑んだ。
「この辺りは僕ちゃんとシーラが作業してて、花を育ててるのはシーラなんだよね」
「シーラ?」
ミズナは眉を顰めて聞き返した。
「シーラの事情は特殊でね……スタッグ ビートルのメスなんだけど元は人族だったんだよね。話の内容から推測するとおそらくシーラは転生したんだと思うんだよ」
「えっ!?」
ミズナは呆けたような顔をした。
「まぁ、だからシーラは魔物だけど僕ちゃんのペットじゃなくて仲間なんだよね」
「そ、そんなことが実際にあるんですね」
ミズナは複雑そうな表情を浮かべている。
「で、僕ちゃんのほうはどうなったのかな?」
シルルンは自身の畑の方に移動した。
「う~ん、芽が出てないね……確か僕ちゃんが蒔いた種は実がなる系だったと思うけど……」
(実系は種を蒔くだけじゃダメみたいだね……)
シルルンは顔を顰めた。
「シルルン坊ちゃんはここで何をしようとしているのですか?」
「うん、野菜や果物を育てて食料の足しにしようと思ってるんだよ」
「それでしたら専門のスキルを持つ奴隷を買えばよろしいのではないでしょうか?」
「僕ちゃんは奴隷を買いたくないんだよね」
その言葉に、ミズナは考え込むような顔をした。
「シルルン坊ちゃまお一人が奴隷を買わないようにしても、奴隷の需要は減りません。ですので、奴隷を買った金額を奴隷が稼いだ時点で解放するという条件はいかがでしょうか?」
「えっ!?」
シルルンは驚きのあまりに血相を変える。
「このやり方で奴隷が開放されていくと、開放された方々は奴隷を容認しない集団になると思います。それが広がっていけばシルルン坊ちゃまがお望みである奴隷制度のない国に近づく気運になるかもしれません」
「う~ん……そうかもしれないね……でも奴隷さんたちを管理するのが難しそうだから、それはミズナに任せるよ」
「――っ!?」
ミズナは雷に打たれたように顔色を変える。
「メイには鉱山の拠点の運営を任せているし、第四区画はメイとガダンに任せてるから、第五区画の北のほうはミズナたちに全部任せるよ」
「シルルン坊ちゃま、これは街を作るような規模の話なんですよ?」
「うん、掛かる費用は出すから、ミズナの思う通りにやればいいよ」
「わ、分かりました……」
ミズナは放心状態に陥った。
シルルンの母親であるメアリーは全てを把握して管理し、奴隷たちに任せた仕事の進捗も報告を受けていた。
だが、シルルンは正反対の丸投げで、彼女は自尊心とやる気を刺激され、我に返った彼女の顔は生き生きとしていた。
シルルンは魔法の袋から野菜の種を取り出して、葉系と根系の種を『念力』で遠くにばら撒いた。
「じゃあ、帰ろうか」
シルルンたちはスラッグ ビートルに乗って帰還したのだった。




