第31話 今度の患者さんは、どちらですか?
森の入口には、傷ついた魔物たちが並んでいた。角のある小獣、片翼を引きずる鳥型の魔物、背中の毛が焼け焦げた獣、さらにその後ろにも何匹か続いている。
リリィはすぐには近づかなかった。以前なら、まず食べ物を持って走っていただろう。弱っているなら栄養を。食べれば元気になる。銀狼も翼竜も、それで回復した。けれど今は知っている。同じように見えても、同じではない。
「まず、順番に見ましょう」
リリィは銀狼へ目を向けた。
「みんなが怖がらないように、少しだけ後ろにいてください」
銀狼はその場へ伏せた。翼竜も翼を畳み、小屋の横へ移動する。新しく来た魔物たちの緊張が、わずかに緩んだ。
リリィはゆっくり歩み寄る。
「大丈夫ですよ。急に触りませんからね」
最初は角のある小獣だった。鹿に似ているが、身体は犬ほどしかない。右前脚を浮かせ、呼吸が速い。
リリィは少し離れた場所から観察する。胸が上下し、目はこちらを追い、鼻先も落ち着きなく動いている。
「この子は生きていますね」
まず呼吸、次に出血。前脚に切り傷がある。腫れもあるが、骨が大きく曲がっている様子はない。
「お水からにしましょう」
浅い器へ水を入れ、手の届く位置より少し手前へ置いた。小獣はすぐには飲まない。リリィは待つ。銀狼たちで覚えたことだ。食べさせたい、飲ませたい、治したい――だからといって、相手の速さを無視していいわけではない。
しばらくすると、小獣が一歩、また一歩と近づいた。やがて水へ鼻先をつける。
「飲めましたね」
その様子を確認して、リリィは帳面へ書き込んだ。
次は鳥型の魔物。こちらも呼吸している。片方の翼が不自然に垂れていた。
「無理に広げない方がよさそうですね」
食欲を確認するため、柔らかな木の実を少量だけ置く。鳥型の魔物は警戒しながらも、やがてついばんだ。
「食べられます。なら少し安心です」
問題は、その次だった。
黒ずんだ獣が一頭。狐に似た姿をしている。身体の半分ほどに毛がなく、皮膚は灰色に変色していた。見た目だけなら、背中を焼かれた生きた魔物にも見える。だが。
「……待ってくださいね」
リリィはしゃがんだ。近づいても、獣はほとんど反応しない。呼吸が見えず、胸も動いていない。それでも四本の脚で立っている。
リリィはスライムを見る。少し離れた場所で、濁った身体がこちらを向いていた。前なら分からなかった。けれど今は、最初から可能性を分けて考えられる。
「食べ物は、まだいりません」
リリィは清潔な布を用意した。
「まず身体を見せてください」
警戒させないよう、ゆっくり手を近づける。狐型の魔物は逃げなかった。身体へ触れる。冷たい。ただ、冷えているだけではない。脈を探すが、ない。呼吸もない。生命を維持する魔力の流れも感じられない。
「この子も……」
リリィは声を小さくした。
「アンデッドですね」
だからといって、怖くはなかった。悲しくはある。生き返らせることはできない。けれど、そこで世話が終わるわけではないと知っている。
「あなたは、こっちです」
スライムの寝床から少し離れた場所へ、新しい布を敷く。生きた魔物たちとは場所を分けた。嫌っているからではない。衛生のためだ。崩れた皮膚や体液が、生きている個体の傷へ触れないようにする。世話に使う布も器も別にした。
「身体、きれいにしましょうね」
ぬるい水を含ませた布で、灰色の皮膚についた泥を少しずつ取る。擦らず、剥がれやすい部分は避け、身体の下側には柔らかな布を重ねた。治療でも、元気にするためでもない。この子が今の形を保てるようにするためだ。
リリィが作業をしていると、背後でガイルの声がした。
「また増えたな」
「ガイルさん」
振り返ると、村人が数人来ていた。手には食材と布、それに木桶まで持っている。
「村の入口で魔物が何匹も森へ向かってるって騒ぎになってな。たぶんここだろうと思った」
「すみません」
「なんでリリィちゃんが謝るんだよ」
ガイルは新しく来た魔物たちを見回した。
「しかし、すごいな。本当に怪我したやつばかりだ」
「この子は脚の怪我です。この子は翼。それから、こちらは食事では治らない子です」
「食事じゃ治らない?」
「はい。もう生きてはいません」
村人の一人がぎょっとして後ずさった。
「アンデッドか?」
「そうです」
「危なくないのか?」
リリィは狐型の魔物を見る。新しい布の上で動かずにいた。
「今のところ、誰かを襲う様子はありません」
「でも死んでるんだろ?」
「はい」
「なら、何をするんだ?」
「お世話です」
リリィは当たり前のように答えた。
「身体を清潔にします。崩れやすいところを守って、他の子へ影響しないよう場所も分けます」
「治すんじゃなくて?」
「治せませんから」
以前なら、その言葉を口にするだけで胸が苦しくなった。今は違う。
「治せないなら、その子にできることをします」
ガイルはしばらくリリィを見ていた。
「なるほどな」
村人たちも手伝い始めた。水を汲む者、布を運ぶ者、生きている魔物用の食材を分ける者。リリィは一頭ずつ状態を確認していく。食べられる子、すぐには食べさせない方がいい子、傷を洗う必要がある子、まず休ませた方がいい子、そして、生きてはいない子。全部を同じ方法では扱わない。
「この子には、まず水を」
小獣へ。
「この子は翼を動かさないようにしましょう」
鳥型の魔物へ。
「こっちは清潔な布をお願いします」
アンデッドの狐へ。
銀狼と翼竜も手伝った。銀狼は水桶を運び、翼竜は森の奥から乾いた枝を集めてくる。スライムはいつもの場所から、その様子を見ていた。
気がつけば、小屋の前はかなり賑やかになっていた。患者が増えたから大変なはずなのに、リリィは以前ほど焦っていなかった。全部を治さなくていい。全部を一人でしなくてもいい。必要なことを、必要な子に。自分にできないことは認め、誰かに頼れることは頼る。それでいい。
「みんな同じ方法で救わなくてもいいんですね」
リリィは帳面を閉じた。銀狼が尻尾を振り、翼竜は運んできた枝を得意そうに積んでいる。狐型のアンデッドは柔らかな布の上で静かに横たわっていた。
生きているか、死んでいるか。元気になるか、ならないか。それだけで、世話をするかどうかを決めなくていい。その子に必要なものを考える。リリィが前世からずっと探していた答えは、意外なほど単純だった。
*
夕方になる頃には、村からさらに人が来ていた。
「こっちに水桶置くぞ」
「干し草はどこだ?」
「生きてる魔物用と分けてください!」
「はいよ!」
いつの間にか、リリィ一人の小屋とは思えない騒ぎになっている。傷ついた魔物、運び込まれた食材、洗った布、村人、守護獣、そして中央で忙しく動く十一歳の少女――ガイルは周囲を見回した。
「なあ、リリィちゃん」
「はい?」
「前から思ってたんだけどさ」
「何ですか?」
ガイルは少し離れたところにいる老人たちと顔を見合わせた。
「ここ、本当にちゃんとした場所にしないか?」
リリィは手にしていた布を止めた。
「ちゃんとした場所?」
ガイルが笑った。
「ああ。怪我した魔物が、ちゃんと休める場所だよ」




