第二十話「燃え盛る森林の中で」1
作戦当日。夜明け前に無事、王宮に帰還することができたエリサはピアノレッスンの時間を迎えていた。
昼下がり、ピアノ椅子に座り一人静かに鍵盤を叩く。普段はマリアンナが直接指導してくれているが、今日は執務のため自習が言い渡されていた。
レッスン代わりの宿題に取り組もうと指に力を込めて弾いてみるが、集中力が途切れた状態では思うような演奏ができない。
日没後にはルミナスリバティーによる作戦が開始される。今回の作戦では近代兵器が容赦なく導入されることを知っているだけに、どれだけの被害が発生するのか、不安でならなかった。
「……今までは国有管理の産婦人科施設を中心に狙いを絞ってテロが引き起こされてきた。でも、女王の方針を転換させるほどの被害を与えるとなると、相当大規模な作戦になるのは間違いない。一体、どこを標的にするんだろう……」
エリサが最も懸念していることは住宅地や商業施設といった人為的な被害が発生しやすい場所を標的にすることだ。
ルミナスリバティーの協力者が生活している圏内を標的にするとは考えられないが、それでも可能性がないとは言い切れない。考えれば考える程、深刻な事態を想像してしまい、気が気でない心境だった。
「父様は王宮を離れないようにって話していたから、王宮が直接的に標的にされることはないと思うけど、王宮近くを襲うというメッセージなのかもしれない」
白と黒の鍵盤を見つめ、思考を巡らせるエリサ。
アントニオ率いる黒のルミナスリバティーと女王マリアンナ率いる白の王宮。まるで碁盤の上に白と黒の碁石が置かれていくように、二つの勢力はせめぎ合っている。
まだどちらが有利とも言えない状況。今回の作戦が勢力図を書き換える可能性を秘めていることは言うまでもなかった。
「ディオーナなら、何かヒントになることを教えてくれるかな。でも、外出は控えるように厳命されているから、迂闊に外には出れない。作戦の無事を願って静観するしかないのかな、はぁ……」
戦いに巻き込まれたくはないと思いつつも、待つことしかできない状況に思わず溜息が漏れる。
作戦が成功すれば、その分だけこのシカリア王国の治安は悪化しかねない。
だが、変革の時を速めるために、作戦は成功して欲しいと願う気持ちもある。エリサの抱く心境は複雑そのものだった。
「こんなにみんなが必死になっているのは……。闘争本能に身を委ねてしまうのは、母様が元凶? 母様がいなくなれば、テロもなくなってみんな仲良くできるのかな……」
鍵盤を叩く手から力が抜けていく。
目的があるから、夢があるから、そこに向かって駆け出していこうとする。
それは人としてとても尊いものであるはず。
だが、それが戦乱を生む動機になるのなら……。
どちらの味方にも付くつもりのないエリサだが、考える行為だけは止めることができない。
巨悪の根源が母親にあるのなら、自分が女王になればいい。それは父親も望んいる。しかし、今は女王に即位する程の覚悟もない。
「確かに……。近代化を進めれば失うものだって沢山ある。母様の懸念だって分からないわけじゃないんだよ」
近代化を進める諸外国の動向を無視出来なくなっていく中、シカリア王国にとって何が幸いとなるのか。その答えはまだエリサの中で見えていない。だからこそ、実の母親のことも不憫に思ってしまうのだった。




