第十九話「作戦前夜」8
「ここからは馬でひとっ走りだ。馬車に乗っていたら余計な時間が掛かってしまうからな。これに乗って急ぐとしよう」
案内役に導かれるまま、辿り着いた場所には数頭の馬が控えていた。
どの馬も競走馬としての素質が十分あるほど体格に優れ、人にも慣れている。
このシカリア王国には鉄道もなければ自動車もない。自転車を漕いでいくにはあまりにも距離が離れているため、馬に乗って移動するのは無難な提案であった。
「乗馬の経験はあるかい?」
「私はありますが、王子はないですよね?」
「うん、乗ったことはあるけど、式典で乗るくらいで走ったりはしたことないんだ」
せっかちなリムルの問いに即答するクオン。
エリサは過去の経験から、馬に跨り自分で長距離を走るのは危険と判断した。
「それなら私の背中に乗ってください。これでも、馬を乗りこなすのは得意な方です」
「クオンの後ろなら安心かな。帰りが遅くなって朝帰りになったら心配されるだけじゃ済まないから、行こうか」
それぞれが馬の上に跨り、間髪入れずに繁華街を後にする。
尻を叩いて馬を駆り、素早い速度で森林地帯の向こう側にある海岸を目指して松明を片手に走っていく。
クオンは夜間の乗馬は初めての経験だったが、先導するアントニオとリムルがルート確認をしてくれているおかげで、後ろから付いていくだけで済んだ。
海岸を目指すには、森林地帯を迂回して進むルートと森林地帯を抜けるルートの二通りある。当然、直線距離で考えると森林地帯を抜けた方が短時間で済む可能性は高い。
だが、森林地帯を抜けるルートは道が狭い上に動物と遭遇する危険があるため、夜間の移動は推奨されていない。
アントニオ達は迷わず迂回ルートを取った。その方が道幅も広く、舗装もしっかりしているため減速することなく走ることができるからだ。
約50キロ離れた海岸まで、時速20キロ以上を出して休憩なしで駆け抜けていく。
帰りの時間も考慮するとあまり悠長にペースを下げて走っている時間的余裕はない。
クオンはしっかり手綱を握り、長距離の移動に慣れた二人に遅れることなく馬を操った。
「クオンにこんな才能があるとは思わなかったよ」
「私も一応、ルミナスリバティーのメンバーの一人です。実戦経験はなくても、この程度の訓練は受けていますよ」
「王宮での仕事だって覚えることが沢山あって大変なのに、凄いよ」
「エリサ王子のお世話は好きでやっていることなので苦になることはありません。王宮の女性達との人間関係の方は少々、面倒な時はありますが」
最近は料理の腕を上げて美味しいお菓子を作ってくれるようになった。
それだけでなく、面倒事があると言いつつも、反抗期を過ぎて以前に比べれば従者仲間から信頼されるようになっている。
揺れる馬の背中に乗るエリサはクオンの背中を掴み、頼れる大人へと成長を遂げようとしていることを改めて実感した。




