第十九話「作戦前夜」6
「来てくれたか。クオンも夜分にすまないね」
ブラウンカラーのスーツを着たアントニオが二人の姿を見て立ち上がる。
一人でお酒に浸っている姿は何処か黄昏ているように見えたが、すぐに表情を穏やかな姿に切り替えた。
仮面を外した姿で歓迎を受けた二人はその姿を見て、ようやく強張った表情を解き、肩の力を抜いた。
「……いえ、いつも王子の帰りを待つばかりで心臓に悪い時間を過ごしていました。こうして一緒に来られる方が心が弾みます」
「そうか、負担ばかり掛けて済まないと思っている。お前が王宮での暮らしを続けてくれて、とても助かっている」
肩に手を置き、板挟みになりながら日々を送るクオンを労うアントニオ。
二人が話す姿を初めてこの目で見たエリサは強い仲間意識を感じた。
それは、クオンは常に危険と隣り合わせになることを受け入れ、それでもアントニオとの交流を続けているから。その勇気を称え、感謝をしている。それが二人の信頼関係を築く要因になっているだとエリサは感じた。
(……父様がルミナスリバティーの頭領であることも、クオンがこちら側と内通していることも、母様から隠し通さないといけない事実。それが二人の間にある共生関係を生んでいる正体なのだろう……)
年齢的にもまだ人間として成熟しているとは言い難い、クオンが頼りにされている。重い宿命を背負っているのはアントニオだけではない。エリサの心情は複雑だった。
「それで、何の御用時ですか? 組織のメンバーがここにいないことを見る限り、新たな作戦が発令されているのかと察しますが」
「理由もなく呼び出したりはしない。順を追って説明しよう」
人目に付かないために、ここまで羽織っていた深緑色のローブを脱ぐクオン。少年と呼ぶには可憐すぎる、ふわりと甘い香りが漂う姿が曝け出された。
フリルの付いた薄ピンク色のニットにショートパンツを履いたクオンは何処に出して恥ずかしくない美少女の格好をしている。
それが滅多に着ることのない、女装をしたクオンの外出用の衣装であることにエリサは数秒、思考が停止してから気づいた。
(……ええええ、どこのお嬢様? スカートを履くのは恥ずかしいって言っていたけど、これは反則だよ。もう、クオンが可愛すぎて話が頭に入ってこないじゃないか……)
当の本人であるクオンはまるで気にする様子なく、自然に振舞っている。それがさらに調子を狂わせてくる。
元々、小顔で女装が板に付いているクオンはメイク技術も高く、自然なナチュラルメイクが男性であることを疑わせる余地を与えさせない。
完璧な美少女として舞い降りた天使が目の前にいる。
ローブを着ている時には気付かなかった、煌めく姿を前にエリサは落ち着かなかった。
「……王子、じっと私の方ばかりを見て、どうしたんですか?」
「いやぁ……。だって、クオンが可愛すぎるからさ……」
「何を突然、言っているんですか?! ジロジロ見ないでください!」
ハイソックスを履いているものの、美脚を披露するクオンのことを嫉妬するように見つめるエリサ。より多く、女性ホルモンを投与されているという影響はあるが、それだけではない魅力を備えている。
「ははははっ!! その通りだな。美人は何を着て似合うと評するが、クオンのためにあるような言葉だな」
「アントニオ様まで、茶化さないでください!!」
恥ずかしがるクオンの様子を見て、エリサは渋々目を逸らし、心の中で御馳走さまと呟いた。
アントニオからジンジャーエールの入ったグラスを受け取り、和やかなムードでソファーに並んで座るエリサとクオン。
泡立つジンジャーエールを物珍しく覗き込むエリサ。
国内では生産されていないジンジャーエールは繁華街で人気のある嗜好品。こうした外国産の新鮮な味を求めてやってくる女民達も少なくない。
恐る恐るエリサはグラスを傾け口に含むと、あまりの美味しさに目の色が一気に輝きを帯びた。




