第十九話「作戦前夜」2
「……もう、私は虜になってしまっていますけどね。そうです。時には隠された陰惨な出来事さえも明らかにする力を持つ写真。それは時に、プロパガンダとして利用されることもあります」
「……プロパンガス、じゃなくてプロパガンダですか? それは何ですか?」
「プロパンガスは液化石油ガスのことですから全くの別物ですよ。説明するとややこしいのですが。民衆に植え付けたい意見や信念を広めるため、情報を操作して意図的に感情に訴えかけることです。例えばスキャンダルがそれに当たります。善人だと思われている人物を陥れるために都合のいい情報を広める。それによって失墜させることで自分達の思想を正当化していく。そうしたことに使われる言葉です」
「……なるほど。例えば私のような戦乙女が男性に恋に落ちて、惹かれあっていることも、プロパガンダに利用されることもあるということですか?」
「自分達に都合のいい正義を振りかざすために利用する、という意味では間違いではないかもしれないですが、少し恥ずかしい気持ちになりますね」
「ふふふふっ……。だって、私達の関係は”禁断の木の実は甘し”余所様に知られてはなりませんから」
和やかに会話を楽しむ一組の男女。唇を放し、理性を保ったままでも、繋いだ手は放れる様子はない。
研究熱心なチャックがプリシラと親しげに話していることも、模範的でなければならない王立警護隊に所属するプリシラが男性であるチャックと二人きりでいることも、想像もしていなかった光景。
エリサは間に入って邪魔する気持ちになれず、興味を抱いたまま、会話の続きに耳を傾けた。
「その通りです。プリシラさんは王宮の中で暮らす美しい女性。好意を向けられた日には歓喜に震えてしまいます」
「チャック先生だって素敵な殿方です。本の中でもなかなかお見掛けしない、真面目で誠実な方ですよ。それに研究熱心で素晴らしい知識人です」
「ありがとうございます。プリシラさんのことは、深窓の令嬢のように見ていましたが、こうして頻繁に会話を交わすようになってから印象が変わりました。滲み出るその美しさはそのままに、私のくだらない話にも興味津々で、しっかりとした考えを持った、正義感の強い御方です」
「また嬉しいことを……。でも、今の秘めたる関係を怖いと思うこともあります。私達がこの先の未来まで添い遂げることは簡単な道のりではありません。ですから、男性と女性が互いの違いを受け入れ、誤解なく分かり合える時代が来ることを願っています」
「そうですね。様々な国の恋愛事情を見てきましたが、男女が出会ってしまった以上、惹かれあってしまうことを禁忌とすることは出来ません」
「ですよね、私と先生が出会ったのも女王様の導きと考えています。だって、先生をこの国に留まらせてくれているのは、女王様自身の意向なのですから」
感情が揺さぶられるプリシラとチャックの会話。ここにもまた、男女が出会い、愛が育まれている。エリサは男女が共存する社会を構築する必要性をより強く感じた。
「いつか……。先生の生まれ故郷にも行ってみたいです」
「私が生まれたダスカルタ王国は隣国です。近くて遠い距離。私は簡単に帰ることはできますが、プリシラさんからすると簡単ではありませんね……」
「はい、だからこそ、強く願い続けなければいけないと思っております。先生のことは心からお慕い申しておりますから」
目の前に立ちはだかる幾重にも張り巡らされた障害。そのハードルを越えることは簡単なことでない。高尚な二人はそのことをよく知ってるだけに、想いの強さを確かめ合うことを繰り返しているのだった。




