第十九話「作戦前夜」1
明くる日、ルミナスリバティーとの謁見が終わり、王宮では厳戒態勢が解かれ、普段通りの平穏な日々を取り戻していた。
エリサもまた、王宮管理下の施設であれば外出可能となり、早速庭園へと息抜きに出向いていた。
草木を掻き分け、迷路と化した植物園のような庭園の中へ潜り込んでいく。陽の光が眩しく差し込む中、庭園内を一人歩いていると、エリサは見知った人物がベンチに腰掛けている姿を発見した。
(プリシラさん……)
草木に隠れながら見つからないようこっそり覗き込むエリサ。そこにいたのは、ファイブスターナイツの一人、プリシラであった。
(……こんなところでスケッチをしてるなんて、珍しいな)
穏やかな表情を浮かべ、やや火照ったように紅潮した顔色をしているプリシラの姿が視界に入る。その姿は毅然とした態度でアントニオと接していた昨日の姿とはまるで別人のようであった。
プリシラは左手にスケッチブックを掴み、綺麗に咲き誇る寒桜の姿を描き留めようと、筆を動かしている。だが、集中して描いている様子はなく、時折チラチラと隣を伺う仕草を見せる。エリサは不自然なプリシラの行動を見て、さらに身体を動かして隣にいる意外な人物の姿を見つけた。
(えっ?! 隣に座っているのは、チャック先生?!)
エリサは衝撃を受け、口を抑えて必死に零れそうな声を抑えた。心躍るように落ち着かない様子のプリシラの横では、チャックがにこやかな微笑を浮かべていた。
「こんなところに、本まで持って来るなんて、本当に研究熱心ですね」
「すみません……。本を読んでいないとどうにも落ち着かないもので」
「私もこうして手を動かしていないと落ち着かないので、お相子かもしれないですわ」
プリシラの声に反応してチャックは顔を上げた。二人の視線が重なる。離れた距離から眺めるエリサの胸が高鳴る。呼吸を止めて見入ってしまいそうな程、見つめ合う二人は初々しい反応を見せる。
(……真面目なチャック先生がプリシラさんと一緒にいるなんて。二人きりでこんなところに座ってるってことは、もしかして逢引きしてるのかな)
白を基調にしたワンピース姿に薄ピンク色のカーディガンを羽織っているプリシラ。頬を赤らめ、柔らかく微笑むその姿は上品さを纏っていて貴婦人と呼ぶに相応しい。
一方のチャックは白衣の下に着たYシャツにネイビー色のネクタイを付けている。それは皴一つなく綺麗に手入れされているため、誠実で清潔感のある雰囲気に溢れている。
王宮内で二人きりで話している姿を見たことがないエリサにとっては意外な組み合わせ。男女の婚姻が禁忌とされているこのシカリア王国の中で、プリシラとチャックが愛し合っているならば、スキャンダルな禁断の関係という他なかった。
「もう、写真は撮らないんですか?」
一眼レフカメラを首に掛けるチャックへの質問。目の前で寒桜の花びらが風に揺れられて舞い遊ぶ。だが、その美しさにチャックは酔いしれることなくプリシラを見つめた。
「……それよりもずっと、記憶に刻み込みたい被写体が隣にいらっしゃいますから」
「まぁ、なんてお上手な言葉」
「折角の二人の時間を大切にしたい、それだけです」
「そう言って頂けると光栄です。でも、この景色も貴重なんですからね。寒桜が咲いている姿が見られるのはシカリア王国ではここだけ。夜の時間に見られる夜桜は月の光に照らされて、まるでスポットライトを浴びているように輝いて見えるんですから」
「この寒桜の花びら一つ一つから生命の息吹を感じます。それだけ美しいなら夜桜も一緒に観てみたいですね」
気づけば指を絡め合い、口付けを交わし、甘い吐息を漏らす二人。
見てはいけない光景と分かっていても、視線を離すことができない。
甘く蕩けるように触れ合う感触。艶やかに濡れた薄ピンク色の唇。まだ見ぬ性愛のやり取りがエリサの前で繰り広げられる。
二人きりの空間で紡がれる妖艶な行為はロマンチックな雰囲気を纏い、理想的なカップルの姿を体現していた。
「もう、あまり刺激が強いと頭がダメになってしまいそうです。話題を変えます。チャック先生は知っておいでだと思いますが、諸外国では当たり前と言われる印刷機も写真も100年前に存在しない、文明の利器なんです。その証拠に三代前の女王の写真はわが国には残っていませんから」
「甘美な刺激は脳を蕩けさせてしまいますかね。印刷機も写真を撮る写真機も革命的な発明です。それ故に大きな変化を社会にもたらす効果があります。写真機があればどんな人でも目の前の景色を克明に切り取ることができ、それはそこに存在したという証拠になります」
「駄目ですよ、私を愛の虜にしてしまったら。確かに犯罪行為を立証する上でも写真は有力な証拠となります。時代によって移り変わる街の姿も言い伝えとして残すことなく伝播できますからね」
恥ずかしさを紛らすように、会話を繰り広げるチャックとプリシラ。
桜の花びら達が、惹かれあう二人の逢瀬を彩る。
プリシラは二人でいられる幸福を噛み締めながら、愛するチャックとの会話を続けた。




