第十八話「変革への序曲」5
「そろそろ、謁見が始まっている頃ですね」
エリサとクオンは、緊張が解けないないまま部屋で過ごしていた。
昼食後、謁見へと臨むマリアンナを見送った後、一人では心が休まらないとエリサがクオンに同席を希望したものの、会話はそう長く続かなかった。
話が聴ける保障もないまま謁見が終わるのを待ち、時計の針の音に心搔き乱される時間が続く。気を紛らわす手段も思い付かない程、父と母の再会が気がかりで仕方なかった。
「母様の心中は複雑だろうね。フィオーナにも自分の本心を打ち明けられないような人だから」
「それだけ、女王という立場の重責を知っている証拠です。フィオーナさんも、そう軽々しく助言も出来ないでしょう」
「そうなのかな……。振り回される周りのことを考えるなら、前もって相談を持ち掛ける方が賢いやり方だと思うけど」
「普通に考えるならそうでしょうけど……。未来のことなんて誰にも分からないのです。一つの決断が国家の崩壊を招くことも考えねばならない立場。自分で決断することが、女王としての責任の取り方であると、マリアンナ様なら考えておいでなのかもしれません」
「……複雑だね。かつては理想を叶えるために生きていた頃があったはずなのに。今の世論を見れば、女王の立場になんて、誰もなりたくはないだろうに」
「王子と同様、女王様も知り過ぎてしまったのですよ」
言葉に詰まりそうな程に、本音が漏れだす両者。
立場上、他人事ではエリサでさえ、目を逸らしたくなった。
分断が加速する恐れを孕んだ近年の観光地化。女民国家としての秩序を維持し続けるのは簡単なことではないのが現状だ。
空気を変えようと、お茶の準備をするため、エプロンドレスを身に纏うクオンは部屋を一旦、静かに退席した。
「……プリシラさんから貰っていたアレが丁度いいかもしれない」
名案を閃いたクオンは茶葉の入った袋を片手に台所へと入り、湯を沸かす。
美味しく作るための適温が定められているとプリシラから教えを聞かされていたクオンはそれを守り、熱湯が熱くなる前、ぬるま湯の状態で茶葉の入った急須にお湯を注ぎ、湯吞みと一緒にトレイに載せた。
「美味しいお茶は作るのは道具からと教えられて茶飲みセットまで貸してくれたのが役に立つ日が来るとは……」
漂ってくる芳醇な香りを楽しみつつ、鼻歌を歌いたくなる衝動を抑える。エリサの喜ぶ顔見たさに緑茶の準備を終えたクオンは笑顔を取り戻し、自室へと向かった。
「クオン? また珍しいものを持ってきたね」
「はい、東洋からの調達品で緑茶という飲み物です。なかなか手に入らないらしいのですが、プリシラさんが行商人から受け取ったものをおすそ分けして頂きまして」
「それで、僕にも飲ませてくれるの?」
「はい、リラックスできますよ。こういう息が詰まる日には丁度いい飲み物です」
世話係らしく、テーブルの上にトレイを置き、急須を傾けるクオン。
薄緑色の液体が湯気を出しながら湯吞みに注がれていく。
興味深い様子でそれを眺めるエリサは漂う香りの良さに早速惹かれた。
「用意が出来ましたよ。どうぞ、召し上がってください」
「ありがとう。それじゃあ、遠慮なく」
クオンが見つめる中、生まれて初めて緑茶を口にするエリサ。
歴史の重みを感じずとも、楽しむことができる味わい。
エリサはすっと身体に染み渡っていく上品な味わいを知った。
「こんなに緑色をしているのに、全然苦みを感じないね。
それでいて、凄く飲みやすくて、心が落ち着いてくる。
いいものを見つけたね、クオン」
「はい、喜んでもらえて光栄です。プリシラさんにご馳走してもらった時から、大事に取っておいたんです。なかなか手に入らない、貴重品ですので」
エリサの喜ぶ顔見たさに準備をしてきたクオンはご満悦の様子で自分もテーブルに座り、ゆっくり湯吞みを傾け、お茶を啜った。
心を癒す、薫り高い、緑茶の味わい。苦味・渋味の主成分であるカテキンは高温で溶けだしやすいため、低温で淹れることが大事になってくる、
昔ながらの製法で作りだされた緑茶には砂糖の甘みとは異なる、自然の甘みを引き立たせてあるため、身体にも優しい。
日本や中国といった東洋の文化圏の知識がなくとも、遥々ここまで巡ってきた貴重な茶葉の楽しみ方。緑茶効果で表情を柔らかくさせたエリサの表情に見惚れながら、クオンは午後のひと時をやり過ごした。




