35 知覧に分からぬ事なし
第一世界で、竜の鱗を入手し、第六世界で、英雄の体内に治めて遺伝子の突然変異を起した上で、中央世界で、それを取り出して武器を作る。
こうして、トリプルスリーの謎は、解けたが、その元となっている、ある意味ふざけているといえる四行詩。レウたちなら、他の四行詩についてもその意味を知っているはずだと考えていたら、蛍がレウに、その疑問を投げ掛けた。
「レウさんたちは、他の預言も、その示すこととか目的とかが分かっているの?」
「ああ。それな。まあ、『知覧に分からぬ事なし!』ゆうのが、うちらの世界の常識やからな。分かっているで。でも、ここではよう言わん」
天才のうちは、すべてを分かっているとでも言いたげな表情で、目を光らせながら、レウは、教えないことを申し訳ないなどと躊躇することもなく、堂々と言い放った。
「えっ! どうして? 教えてくれないんですか?」
「ビビリーナは単純やなー。あんな、人生にはな、知らんほうがいいこともたくさんあるんよ。それを知ってしまったために、何もせんようになったり、自暴自棄になったりして、未来を切り開けなくなってしまうのが人間の弱さや。あんたら、英雄たちは、違うとは思うんやけどな……。ただな、まだ20年も生きてない小僧や嬢ちゃんは、知らずに元気にやっとったほうが、ええ、結果になることもあるやろ」
「ちっ、けちくさいな、未来人は。隠すことはないだろ!?」
「ほんとですわ。知らないならともかく、知っているのにわたくしたちに話せないなんて……。それは、悪いことなんですの!?」
何か悪い預言内容を隠しているのだろうか? キャサリンだけでなく恐らく俺たち4人のなかでは、そういう疑念が湧き上がり、幸介とキャサリンがレウにつっかかったが、レウは、両手でツインテールを上下に揺らし、風を左右に送りながら、困った顔をする。
「あーー、もう、かなわんなー。幸介しゃんも、キャチャリンちゃんも……。姉さん、あとは説明したってーな」
「えーーーー、レウたん。そこから渡すの?」
「そりゃ、ま、ひとりだけ、保護者みたいな人生経験豊富なおばさんや……、あたっ!」
「うふふふふ。魅力的なお姉さんね! ……そうね、仕方ないわね。じゃ、いーい。幸介君もキャサリンちゃんも、たとえばね、預言に書かれている内容が、ふたりが将来結婚するというものだったとしましょう」
「えっ! 幸介さんと……」
「えっ! キャサリンと……」
困ったレウは、姉のラウラに丸投げする道を選び、ひとつお約束のやり取りといえる会話を挟み、そのあとラウラは、例え話と前置きしたうえで、レウにつっかかっていた幸介とキャサリンに対して、反撃の鞭を振るった。
唐突に振るわれた、ふたりの結婚というラウラの鞭はかなり強烈だったようで、幸介とキャサリンは、それまでの勢いを削がれて、頬を赤らめた。
「そうそう。そういう預言だとして、それを先に聞いて、もう未来は決まっているって言われたらどう思う?」
「いや、そんなこと聞いたら、キャサリンの顔をまともに見られなく……」
「ええ。わたくしも、ドキドキして、喋れなくなりますわ……」
「ね、そういうこと! ふたりが意識してしまって、かえって、結婚するという未来が不確定なものになってしまうわよね。人の心というのは、複雑で、ひとつの方向への指針を与えられると、たとえ望まなくてもそれに反発する場合もあるのよ。もちろん、逆に預言を聞いて、喜んで上手くいく場合もあるけどね」
例えの内容は別として、ラウラの説明は、納得のできるものであり、蛍がひとつ手を叩いて、上書きするようにまとめあげていく。
「なるほどね。ラウラさんの言う通りね。明日、死ぬと言われれば、もう何もしたくなくなるけど、それを知らなければ最後の1日を自分なりに生きられる。その差はかなり大きいし、1年経てば自動的に元の世界に帰れるとか聞けば、私たちは訓練とか、危険なことなど一切せずに、引き籠ってしまうかもしれないものね」
「そう。さすが、ほたるちゃんね」
「ほたちゃんは、頭ええなー。なあ、ラウラ姉さん、ひょっとしたら、ほたちゃんなら、術が使えるかもしれんな」
「えっ! また、レウたんは、なにを言ってるの? あたしが1年も掛けて取得した、あの技を……。ほたるちゃんが?」
「そうや。しょせんは、知力の爆発にすぎんからな。変遷によって、ほたちゃんには、遺伝子レベルの突然変異が起こっているかもしれんし。明日にでも使い方を教えてみよか!?」
蛍の推理力、理解力、説明力を垣間見たレウとラウラは目を瞠って絶賛し、お互いの顔を見合わせたあと、レウが、蛍にも『術』が使えるかもと言い出す。
確かに蛍なら、それも可能かなとも思ったが、そんな魔法使いじゃあるまいしと思い直して、半信半疑で、会話の行方に集中して聞き耳を立てる。
「それって、あたしたちを中央世界に送ったり、達也の傷口を直した術というか魔法のこと?」
「そう、それや。魔法やないけどな。人の脳が持つ力や。普段は使われてないけどな。それを表に出せるかどうかが凡人と天才の違いということやな。まあ、訓練を重ねれば、誰でもできるはずなんやけどな。……そや、ちょっと、ほたちゃん、こうしてみ! これが術の第一歩なんやけど……」
レウは説明しながら、両手の指を広げて、胸の前で、右手の親指と左手の親指、くすり指とくすり指、以下同じように小指と小指までを合わせる。
そして、軽く勢いをつけて、いったん離して、すぐにくっつけるという動作を10回くらい繰り返した。
「こうですか?」
「そや。それで離してくっつけるを繰り返してみ。そして、目をつぶって意識を指先に集中するんや」
レウに言われた通り、目を閉じて同じ動作を繰り返す蛍。俺や幸介、キャサリンも見よう見まねで同じ動作を繰り返してみる。
しばらくすると……。
「あっ! そ、そんな……」
「やっぱな! ほたちゃんは、ほんま規格外やな」
ふたりの驚きの声で目を開けてみると、蛍が繰り返していた白魚のような細い指同士が重なり合う空間に、わずかだが蜃気楼のような、怪しげな揺らぎが出来ていた。
ラウラは、そこにお化けでも見たような表情をして、すぐさま、肩を竦めて落胆し、レウは一瞬、目を大きく見開き、すぐさま目を閉じて、思った通りと、うんうんと頷いている。
「えっ! なに、これ?」
レウたちの変化に気が付き、目を開けて、自分の手のなかの現象を確認した蛍も、驚きの声を漏らす。しかし、それとともに、繋がっていた指と指が外れていき、手を下に落とすと、怪しい揺らぎは、跡形もなく消え去ってしまう。
人類最高峰の科学と技術を誇るであろう第七世界の天才レウを持ってしても、規格外と言わせてしまう蛍。レウは否定していたが、今、目前で確認した現象は、魔法とか、超能力といっていいものだろう。あるいは『気』というやつか。
なんにしてもレウたちが言う、脳の使われていない部分を解放して、一般人がなしえない奇跡を起こす。いや、すでに起してしまった。
蛍は、また一歩、力の片鱗を見せ、いよいよ神がかり、『マリア姫』という二つ名が、より一層、現実味を帯びていった。
処女懐胎でイエス・キリストを身ごもった聖母マリア。
ようやく、前から引っかかっていた聖母マリアの事績が、陽炎のような奇跡を前に頭にストンと落ちてきて、俺は、蛍が光の子を授かる瞬間が、近いうちに来ることを信じるようになっていた。




