17 7大陸とブラッド・リメンバーの悲劇
蛍の破天荒ともいえる能力開花を目の当りにして、朝練を終えた俺たちは、軽い朝食のあと、再び広場に戻り、汗を流した。
朝練とは違って、今度はふたり一組になり、組手や木の剣での打ち合いなど、敵を想定した訓練を行う。
1対1での訓練では、幸介の強さが目立ち、3人とも幸介に稽古をつけてもらうようなもので、誰も幸介の相手にはならなかった。
一度は、キャサリンの呼びかけで、3人で幸介の相手をする場面もあったが、俺の正拳付きからの肘当て、蛍の後ろ回し蹴り、キャサリンの飛び蹴りを、手際よくさばく姿を見せられることになる。
やはり、幸介の空手を中心とした格闘術は、誰もが『強い!』と思わずにはいられないものだった。
瞬発力が上がり、相手との間合いをつめるスピードが格段に速くなっていた俺だが、それでも幸介には『完全に躱すのは難しいが、受け止めるならなんとかな』と言われる状態であった。
◆◇◆◇◆◇
午前中の訓練を終え、キャサリンの家に戻ると、玄関前が慌ただしくなっていて、エドワードが俺たち4人に気が付き、声を掛けてくる。
「キャサリン。これからお父さんは、アンカー・フォートに行かなければならなくなった。あとのことはメイドとそこのふたりに任せるので、何かあったら遠慮なく言いなさい。英雄の皆さまのお世話も任せたよ」
「はい、養父様。お任せください。それで、お帰りはいつごろになりますの?」
「3日後くらいかな? 各街の統治者が集まるので、話合いが長引くともう少しかかるかもしれないが」
「そうですの……。そういう会議でしたら、わたくしが作らせた燕尾服をお召しになったほうがよろしいのではないですか、養父様?」
「あ、あっと、それは……。現地でね。道中は軽装のほうがなにかと便利なので……」
「…………分かりましたわ。それでは、道中お気をつけて」
「ありがとう、キャサリン。では、ルーク、ニコラス、くれぐれも頼んだぞ!」
「「はっ!」」
ルークとニコラスが敬礼したのを見たエドワードが、御者に向かって『行けっ』と言うと、馬車が動き始め、その後ろ姿をしばらく眺めたあと蛍が声を上げた。
「ねぇ、キャサリン。さっきエドワードさんが言ってたアンカー・フォートって、どんなところなの?」
「そういえば、ほたるたちは、まだ知らなかったですわね。昼食のあと、地図を見ながら説明しますわ」
「地図? 地図があるのか?」
地図があることに驚いた俺は、蛍とキャサリンの会話に割り込む。
「ありますわよ。元の世界のように、精密ではありませんけど……」
「ああ、あれか。7大陸なっ。あれは、なんか笑うぞ!」
「「7大陸?」」
「何を言ってるんですか、幸介さん。ぜんぜん可笑しくないですわよ。どちらかというと絶望するものですわ」
「「絶望?」」
蛍と俺はふたりが何を言っているのか、まったく分からず、声を合わせて疑問符を投げ続けた。
「えーっと。とにかく、あとで見せてね!」
「ええ。分かりましたわ」
収拾がつかない流れになりそうだったので、蛍が話を止めて、4人は食堂へ向かった。
◆◇◆◇◆◇
昼食のティータイムになり、キャサリンがいったん部屋を出て、資料のような紙と本を持って戻り、机の上に置く。
そして、キャサリンは1枚の大き目の古地図のようなものを広げながら、説明をはじめる。
「これが、さっき言っていた中央世界の地図ですわ」
「確かに、7だな」
「そうね、7ね」
俺と蛍が揃って声を上げ、幸介は口元を緩ませながら、うんうんと頷いている。
地図に描かれていたのは、周囲をすべて海で囲まれた陸地部分が、アラビア数字の『7』という形の大陸だった。
もちろん、大陸なので、『7』という文字で例えても、かなり太い文字で、きれいな直線ではないし、左側にも縦線がある7である。
まず、南北に短めの陸地部分(7の左側の縦線)があり、東西に大きな陸地部分(7の上の横線)、そして北北東から南南西に、斜めに続く陸地部分(7の右側の斜め線)が描かれていた。
例えば、左右が数百キロメートルもある大きなペンキの刷毛を使い、一筆書きで、左側の縦線を含めた『7』を書くと、この形になる。
他には、小麦粉などのパン作りの材料を練り、『7』という数字を作って、焼き上げた形といえばいいだろうか。
「ねぇ。これって、全体としては、どれくらいの大きさなの?」
「南北はおよそ1600キロ。東西が約1000キロと聞いてますわ」
「そう。それほど巨大ではないのね。それで、あたしたちがいる、ブルリバーってどこ?」
「南の端、ここに東西約400キロに渡る城壁があり、そこから南に200キロ程度が人類の領地だそうです。それで、わたくしたちがいるのは、城壁に面した、これ。これがブルーリバーですわ」
キャサリンは、『7』の右側の斜め線の下のほうに、東西に引かれた波線(どうやら、それが城壁を表しているらしい)に面している西側の都市を指差して、今いる場所を教えてくれる。
「ここか。これ以外に人類の街は……、えーと、3つか?」
「ええ。ブルーリバーは人類の領地のなかでは、最北にある都市で、ここから東南東に約200キロ行った城壁に面したところに『ブラッド・リメンバー』。ブルーリバーから南に100キロほどで『コッテ』。そこから南東方向に150キロ行くと『アンカー・フォート』があります」
キャサリンは、そのまま話し続けて、各街の役割を教えてくれる。
「コッテは、大穀倉地帯であり、大工場地帯で、農民とともに、多くの職人たちも住んでいると聞いてます。アンカー・フォートは『最後の砦』といわれている場所で、街は大きくないみたいですが、立て籠るには、最も適した地形だそうですわ」
「コッテは、食糧と武器の生産拠点、アンカー・フォートは、最も南にある最終防衛都市ってことね。それで、ブラッド・リメンバーは、どんなところなの?」
「え、えっーと、そこはですね……」
蛍の問い掛けにキャサリンが言い淀む。
ふたりの会話を聞きながら、俺は人類の領地とされている部分の総面積を考えていた。
東西が約400キロメートル、南北が約200キロメートルということは、およそ8万平方キロメール。
確か北海道が8万3000平方キロメートルくらいだから(正確には8万3450平方キロメートル)同じくらいか。
北海道なら、札幌、函館、旭川、小樽、釧路、苫小牧、稚内などと都市があるのに、ここは、4つと少ないな。
北海道の人口は、約547万だったが、都市の数からすると、人口は半分くらいだろう。
キャサリンが言い淀み、俺が考えている間、少しの沈黙があり、そのあと幸介がキャサリンを助けるように声を上げて、説明を引き継ぐ。
「キャサリン。そこは、俺が説明するよ」
「幸介さん…………。ええ、お願いします」
「ブラッド・リメンバー。都市名で、薄々感付いているかもしれないが、そこは『流れた血を忘れるな!』という凄惨な過去を持つ街だ」
「「凄惨?」」
「ああ、この世界の1960年ころの話だ。その都市で、竜人どもと人類の壮絶な戦いがあった。なんでも、1人の英雄と6人の預言者が率いる人類が、壁を作りはじめたころ、竜人たちがドラゴンや恐竜を連れて、攻めてきたそうだ。そのときは、まだドラゴン迎撃兵器もなく、武器も貧弱で一方的に蹂躙され、あっという間に人類は滅亡の危機に瀕した」
「およそ3000年も前に? 人類の危機が……。それで、どうやって人類は生き延びたんだ? その英雄が戦ったのか? それと6人の預言者ってなんだ?」
「まあ、そうあせるな。順に話すから」
「そうね。ここは、まずはすべてを聞かないと。そのあとで分からないことを話し合いましょ。ねっ!」
蛍に念を押されて、俺はひとつ頷いて、幸介の話の続きを待つ。
「それでな。竜人軍の猛攻で、6人いた預言者たちの5人が食いちぎられ、最後まで剣を振るって戦った英雄も、5匹のドラゴンに一斉に攻められ、バラバラに食われて息絶えたそうだ」
話をしていた幸介を含め、全員に暗い影が落ち、敵に食われる預言者たちの悲鳴が、自分たちの未来と重なり合い、キャサリンの言った「絶望」の意味が、全身に重くのしかかってくる。
キャサリンは下を向いたまま目を伏せ、蛍は顔を硬直させ、唇を強く噛みしめていた。
「だが、そのあと、とんでもないことが起こった。竜人軍の背後に……、えーっと、そうそう、この地図にあるゴブリン軍と獣帝国の軍勢が現れ、戦い疲れていた竜人たちに襲いかかった。背後を取られた竜人たちは、かなり慌てたらしいが、それでも強く、ゴブリン軍や獣帝国軍と互角に渡り合い、人類も最後のチャンスだとばかりに攻め、4勢力の大乱戦になったそうだ」
人類を助けるつもりで来たのではなく、竜人軍を倒そうとして来たのだろうが、結果としてはゴブリン軍と獣帝国軍に助けられたってことか。
それでも人類にとっては、幸運だったんだろうな。
それが、裏切りなのかどうなのかはわからないが、敵が弱っているときに攻める、というのは戦いではよくある常套手段である。
しかも、2勢力が手を組んで攻め寄せたということは、そこには陰謀や策略があったのだろう。
「戦いは一昼夜続いたそうだが、最後は全軍疲弊し、勝利者のないまま竜人軍、ゴブリン軍、獣帝国軍は撤退し、人類はぎりぎりのところで生き残った。これがブラッド・リメンバーの戦いのあらましだ。……そこはな、もともとは大きな湖がある風光明媚な場所で、ブルーレイクと呼ばれていたんだが、その湖がこの惨劇のあと1か月も血の色に染まったということから、決して忘れてはいけないという意味を込めて、ブラッド・リメンバーと名を変えたそうだ。それで、湖の中央には島があり、そこには戦いで死んだ英雄の銅像と、戦死者の名が刻まれた慰霊碑があるってことだ」
「…………………………」
しばらくの間、重苦しい沈黙が部屋を覆った。都市名に込められた、あまりに凄惨な過去。そして、英雄たちの悲劇的な末路。
それらをすべて、受け止め切るには、時間が必要だった。




