18 4大勢力と『エルフ?』
ブラッド・リメンバーでの悲惨な戦いの話を聞いた俺たちは、あまりの内容に、しばらく誰も声が出なかった。
沈黙を破ったのは、キャサリンであった。
ただ、それは、いつもの女の子らしい声とは違う、少し掠れた美少女の涙声であった。
「み、みなさんのお茶の、おかわ……を頼んでき……」
最後のほうは、まったく声にならず、皆から顔を背けて、小走りにドアに向かい廊下に出る。
蛍とふたりで、無言のまま首だけを使って、幸介に「行け!」と合図を送ると、幸介にも通じたらしく、ひとつ咳払いをしてから頷き、キャサリンを追いかけて廊下に出る。
外から幸介の大声と、それに応えるキャサリンの声が聞こえてくる。
「おーい、キャサリーン。俺の分は樽でくれー。樽でな」
「プッ、た、樽なんてありませんわ!」
「いっぱい、しゃべったんで、喉が渇いたんだよー。なんとかしてくれよ」
「水なら壁の外の堀にいっぱいあるから、好きなだけ飲みなさい! 止めませんわよ!」
◆◇◆◇◆◇
こういうとき幸介の存在は、とても頼りになる。蛍と俺は、目を合わせて無言で頷き合っていた。
「ね……。うっうんっ!」
さすがの蛍も、しゃべろうとしたが、すぐには声が出ずに掠れてしまい、ひとつ咳払いをしてから、話し掛けてくる。
「ねぇ、達也。私たちは、しっかりしないとダメだよね。あのふたりとは違うんだから……」
「ああ、分かっているさ。ただ、蛍がいてくれて助かっているよ、俺は」
「フフッ。それはお互い様。でも、ありがとう」
声を出すことで、固まっていた筋肉も少しずつ解れていき、ふたりで、ぎこちなさが残る軽い笑みを作ると、沈んだ気持ちも少しずつ戻っていく。
蛍は、幸介のブラッド・リメンバーの話しの疑問点を問い、俺も頭を回転させて応えて、ふたりで情報を整理していく。
「それでね。さっきの話だけど、およそ3000年前よね?」
「そうだな。1960年とか言ってたからな」
「それって、英雄たちがいたとしても、もしかして竪穴式住居とかの時代ってこと?」
「うーん。元の世界を前提とするなら、3000年前の日本は、弥生時代ってことになるだろうけど、今の街の建物とかを見ると、どちらかというと西洋、特にローマ帝国の流れを受け継いでいるように見えるんだ。それで、そうなると古代ローマの少し前になるのかな?」
「そうだったわね。どうしても、元の世界の基準で考えてしまうわ。ここには全く違う歴史があってもおかしくないんだよね。でも、考え方としては、世界史かー。それとさ、英雄が1人で、預言者が6人って、おかしいわよね?」
「ああ、普通はない。逆だよな、6人の英雄と1人の預言者とかだな」
「だよね。……1人預言者が生き残ったみたいだけど、その人は、どうなったのかな?」
「ああ、そういえば、戦死した預言者は5人って言ってたな。うーん、幸介たちが戻ってきたら、生き残った預言者について、何か知っているかどうかを聞いてみよう」
なぜ預言者が6人もいたのか? そいつらが何を預言したのかがとても気になるところであったが、ふたりで話しても答えが出るわけもなく、蛍は地図を見ながら話題を変えてくる。
「この地図から見ると、どうやら人類の敵となる勢力って、最北に強大な土地を持つ竜人軍、そのすぐ南の東側に、これも大きな領地を持つ獣帝国軍、西側にゴブリン軍の3つね」
「うーん、なんか海の部分に『エルフ?』ってのがあるけど、これは何だろうな? どこにいるかが、分かっていないのかな? もし、これも敵だとしたら、敵勢力は4つになって、人類を入れると5つの勢力になるな」
「そうね。これは何だろうね?」
「さあ、分からないな。それと、さっきの話と地図の各勢力の位置関係からすると、竜人軍と獣帝国軍、ゴブリン軍は北の境界線で睨み合っているのかもしれないな。人類は最南端で壁を作って引き籠っているから、獣帝国軍、ゴブリン軍ともに南の守備は薄いんじゃないか? つまり、無視されているってな」
「なるほど、それが一番しっくりくるわね。竜人だって、人類憎しがあるのかもしれないけど、普通はそれよりも、すぐ南にいる、裏切り者というか、敵を滅ぼすことを第一に考えるわよね。それに獣帝国軍とゴブリン軍も、南の人類より強大な北の竜人軍への防衛ラインを強化するのが普通よね」
確かに、最南端という地理的有利さが、人類が約3000年前の大乱戦から、今まで生き残ってきた最大の理由なのかもしれない。
しかし、逆に言えば、ドラゴンもいるという竜人軍と、領地を隣接しながら敵対しても攻め滅ぼされていない、獣帝国軍やゴブリン軍も、決して侮れない存在ということになる。
竜人の支配地域は、7大陸の横棒部分と左側の縦線部分をすべて含めた広大なもので、その南、つまり7の右の斜め線部分の大半を抑えている獣帝国や、斜め線部分の西側の地域を治めているゴブリンに比べると、ひとつだけ抜けている大国といえる。
最弱なのが人類で、討って出ることもなく、ただ、ひたすら防御に徹してきたということが、二重城壁やドラゴン迎撃兵器からも伺えた。
「あっ、戻って来たみたいだよ」
蛍と俺は、お互いの気持ちを落ち着ける目的で話しはじめ、ようやく少し成果が出てきたところで、キャサリンたちが戻ってきた。
部屋に来る間に、幸介が冗談ばかり言っていたのか、キャサリンもいつもの元気な金髪の美少女に戻りつつあるようだった。
◆◇◆◇◆◇
入れたての紅茶を、空元気でもいいからと『いただきまーす』と声を出して飲むと、蛍も一口飲んで『おいしいっ』と言って、場の緊張感をほぐしてくれる。
「そりゃ、そうだろ。俺が運んで来たんだからな。ガハハハハハ」
「わたくしですわ! 幸介さんは後ろについてくる金魚のフンで、何もしてませんわよ。嘘つき!」
「「アハハハハハハハ」」
やはり、最後は幸介の冗談で、みんながそれぞれの心に、それぞれの爆弾を持ちながらも、いつもの状態に近づいていく。
「ねぇ、キャサリン。それでね、6人の預言者って、どういうことなの?」
「え、ええ、わたくしにも分かりませんわ。でも、英雄と預言者の人物画が残っていますので、お見せしますわ」
「そうなの? それは見てみたいな。どんな人たちなんだろう?」
「えっと、ですね。確かこの本……、ありましたわ、これですわ」
キャサリンに見せられた本に収められていた人物画を、蛍と一緒に席を立って覗き込む。
そこには、椅子に座った人物が、こちらを見ている絵が描かれていた。油絵のようだ。だが、しかし……。
「「えっ! えーーーーーー!」」
「な、なに、なに、なに、これ! なんなの??」
あまりの衝撃に、蛍がキャサリンから本を引っ手繰り、勢いよくページをめくって、全部で7枚ある人物画を確認していく。
7枚目の人物画まで、ページが進んだところで、蛍がひとつ首を傾げて、眉間に皺を寄せ、黒髪をかきあげて、そのまま頭を抱える。
蛍から本を取り、7人の人物画をひとりずつ、今一度確かめていく。
「なんだ、どうした、ふたりとも? そんなもんが、そんなに驚くことなのか? ただの絵だろ?」
「ええ。これが意味していることは、とんでもないことよ……」
「ああ……」
幸介の問い掛けに、あいまいな答えだけを残して、蛍は椅子に戻り、両肘をついて、再び頭を抱えて、自分だけの思考の世界に入ってしまった。
俺もあまりの衝撃に、まだ話す言葉を見つけられずに、一声だけ発して、7人の人物画をもう一度、最初から見直したのだった。




