8.Right stuff 正しい素質
次の日、光陽は昼過ぎに目を覚ました。
「…………うお!?」
酷い寝癖頭を鏡の前で驚きながら、目を覚ますために風呂に入る。
風呂から出ると改めて食台の上に置かれているメモと昼ごはんに気が付いた。メモを見ながら、用意された食事を取って、いつものスーツに着替える。最後にジャンパーを羽織ると急ぎ足でアパートを出た。
『叔母さんは、もう出ます。例の件は、お義父さんに伝えておきます。身体に気を付けて頑張ってね』
「しみじみするなぁ」
九九のメモに書かれていた事。当たり前の事でも久しぶりに言われれば、誰でも感極まると言うモノだ。特に光陽は、ようやく皆の輪の中に帰って来れたと、改めて実感していた。
「気持ち悪いぞ、センパイ」
会社に向かう道中に、背後からそんな声をかけられて、思わずビクッと反応した。
振り向くと、光陽の胸辺りまでしかない身長の女が大量のカメラや記録機材を持ち、呆れて彼を見ていた。
「うっはぁ!? サスター!?」
「ちーす」
そこには二年下の後輩である、サスター・タナトスが、はにかんでいた。
動き回る職柄らしく、水色の髪は短くショートヘアーに切りまとめ、小柄な身体と童顔は二十歳を過ぎているにも関わらず、取材先で未成年と間違えられる事が多い。そして、初対面でも特に注目される箇所として、左右の眼の色の違う―――オッドアイであった。
青色の右眼と金色の左眼。故郷では、その眼の所為で色々と非難を受けたらしい。
「出張帰りか?」
荷物を両肩に持ったサスターの様子を見て光陽は尋ねる。
「まぁね。“警察班”は結構あっちこっちに飛ばされるんだ。日本限定なら、もうすぐ都道府県を制覇しそう」
サスターは疲れたように息を吐くと、愚痴を洩らす。
彼女は日本の警察関係の記事を担当している“警察班”であり、光陽は国外関係の記事を担当している“海外班”である。
海外班は、手の空いている場合が多く、別の班の補佐をする事も仕事の内だった。その際に後輩の指導を引き受ける事が多く、当時サスターを引き受けたのが光陽だった。
特にサスターは、当初は珍しい見た目から同じ班の人間から敬遠されていた為、放任され、向こうの班長も彼女の人間関係をどうにかしたいと思っていたらしい。
そこで、暇だった光陽が選ばれたのだ。光陽としては丁度、二週間の海外取材から戻ったところの休暇だったのだが、“海外班”の班長の命令で仕方なく引き受けた。
珍しい見た目から、奇異な眼でよく見られていたサスターだったが、光陽は特に気にした様子も無く、半年ほど就いて彼女にノウハウを教えた。指導と言っても、取材先に失礼の無い様な配慮だったり、取材の引き際や、線引きの範囲を教えた程度だったが。
それでもサスターにとっては、隔てなく接してくれた事は救われた部分も多いらしく、未だに“センパイ”と言って顔を会わせるたびに挨拶をされる仲になっている。
「そんなところ。急に呼び戻されて。あ、いいよ。おれが持つって」
「いや、流石に公共の眼がなぁ」
彼女が肩に下げている一番重い荷物を強奪する。当然ながら、幼い見た目のサスターは、子供扱いされることを嫌っていた。
何人か知り合いにもそう言う人間が居るが、一番身近なのは、彼女だった。取材先で似てないのに兄妹と間違えられたこともある。妙に年齢詐欺な容姿をした人間が多い境遇としては、気を使い過ぎて疲れるのだ。
「…………でもよ。ハッ!」
ふと、サスターは何かに気が付いたように、辺りをキョロキョロと見回す。光陽は何を探しているのか、なんとなく分かっていた。
「妹は居ないぞ」
「センパイ……心を読むのはやめてくれ」
一度、ヤエにサスターを紹介した事があった。仕事上の外回りでの鉢合わせのような形だったが。その時は、酸素が全て無くなったような息苦しさと、まるで何キロもの重りがのしかかっているようなプレッシャーに、光陽は押しつぶされそうだったと記憶している。
「あー、なんか悪かったな。アイツも普段はあんなに威嚇することは無いんだが……」
後に話した際に、色々と勘違いしていたと言う事が解り、その時は何とか諌めたのだ。
「いいよ。センパイの妹だろ? 良い奴だと思ってるよ。ちゃんと伝えといてくれよ。おれは気にしてない、って」
「……って言っても一年前の事だけどな」
「あはは。それもそうだな」
荷物の事を彼女の頭から遠ざける事に成功しつつ、二人は会社に向かって歩く。もうすぐ社が見えてくるところで、サスターが口を開いた。
「教えてくれるならでいいんだけどさぁ、センパイ」
「ん?」
「センパイって、なんで一年も休んだの?」
サスターは一年間も光陽が会社を休んだ理由を聞かされていなかったのだ。班が違うと言う事もあるが、知り合いに聞いてもはぐらかされたらしい。
「……まぁ、身内に不幸があってな。そっちの件で、引継ぎを行う為に一年ほど休み貰ったんだよ」
本来なら解雇になってもおかしくないが、光陽が務めている記者支部は“本家”の手が入っている事もあり、色々と融通を効かせてくれている。別に、今回の謹慎を起に、本格的に裏の仕事を請け負っても良かったのだが、九九によって表の地位を残した方が良いという事になったらしい。
「家業ってやつ? なんかセンパイ、雰囲気変わった気がするなぁ」
「そうか? お前は……あんまり変わってねぇな。牛乳飲んでるか?」
「う、うっさいなぁ! 毎日飲んでるよ!!」
ガシガシと乗せやすい位置の頭を撫でる。これも、挨拶のようなものであり、光陽にとってサスターは二人目の妹のようなものだった。
都心から少し外れ、深夜に破壊された中心街からは少し離れた場所に光陽とサスターの向かっている建物はある。幸か不幸か建物への影響は、ほとんどなく当たり前の様に稼働していた。
『大鳥支局ビル』と書かれた八階建ての建物が、光陽とサスターの職場である。他の建物の隙間に建っているため、大きなビルではないが、二階から八階までは配属される班によって仕事をする階が分けられている。
記者という仕事柄が主である、『大鳥局』は社全体がフリーランスのようなモノであり、同業者にはあまりいい顔をされない。一部の記者は記者クラブにも入っているが、その辺りは自己責任と言う事で、取材のスタイルには自由だった。
「じゃあ、おれはこっちだから」
階段を上がって、三階の『警察班』のフロアに辿り着くと、サスターは光陽が持っていた荷物を受け取る。会社の器材なので倉庫に戻しに行くのだろう。
「センパイって、また海外行くの?」
「可能性はあるなぁ、ほらニュース見てないか? 『フラリス』の政権崩壊と新国家の事」
一週間ほど前に、独裁政治を行っていたローマの小国『フラリス』で起こった内乱である。解放軍の活躍によって政権は崩壊。現在は、第二皇子が新たな皇帝となり、過去の王とは違う形で民を率いていくと記者会見を開いて発表していた。
「ああ、『フラリス』かぁ」
「確定じゃないと思うけどな。一年も休んでたから飛ばされたら待った無しだ」
「そっか。じゃあ、日本に居るうちに飯でも奢るよ。ついでにヤエちゃんも呼んでさ」
サスターとしては、仕事の上での恩人である光陽の身内とは仲良くしたいらしい。
「……ああ、そうだな。ヤエの奴にも声をかけとくよ」
「よっし、決まりな!」
と、嬉しそうに鼻歌を歌いながらサスターは廊下を歩いて行った。
「……ヤエ。お前、いろんな人を置き去りにしてるぞ」
光陽は、どこにいるのか分からない妹の事を思うと、四階の『海外班』のフロアへ上がって行った。
「ちーっす」
光陽は自分の事務所の扉を開けると、二十近いデスクが、列繋ぎに二列並べられている小汚い室内に入る。
座っている者は全体で二割ほど。入り口の近くにある外出先の記載のホワイトボードを見ると、ほとんどの人間が出張や、他の班の応援として出動している。
光陽は、自分の名前の隣に書かれている“休暇”という文字を消すと、班長の元へ向かった。
「戻ったかい。光陽」
班長である、小柄な老婆は広げていた新聞を畳むと、デスクの上に置いた。その記事の見出しには、『新ローマ国家! フラリス連合共和国!』と記載されている。
「あれ? 鷹さん……これって」
「アンタが忙しそうだったから、一目に行かせたんだよ。向こうで話はしたんだろ?」
海外班の班長である老婆―――灰木鷹与は、光陽にとって表と裏の両方の上司でもある。その事もあり、海外班の記者は“本家”に関わりのある者達ばかりだった。
「はい。そっかぁ、それでアイツ……」
拘置から呼び戻された起点となった仕事『フラリス解放』の協力者として、呼び出され、先に“国入り”していた者の下で共に任務を遂行した。
もちろん、簡単に事が運んだわけではない。本当にギリギリのギリギリで、達成することが出来たのだ。
その際、度々、親友と顔を会わせた。その後、強敵との死闘で、あと少しで死に絶える所にも現れ、命を救われた。
「『三原則の死』。奴は地獄に行ったんだね?」
「はい」
その手で奴の命を奪ったことを鷹さんに告げる。その後、知り合いも死体を確認しているので、間違いないだろう。
「オレも死ねば地獄行きでしょうけど」
軽い冗談を交えながら、心に余裕がある事を目上の“先代”に悟らせる。鷹さんは、やれやれと腕を組んだ。
「あんまり強がるんじゃないよ。別にアンタの立場は珍しいモノじゃないんだ。身内が裏切るなんて、本来は相当な事だし、過去の“咎人”は皆、揺るがない信念があったからねぇ」
「きっと、ヤエもそうなんだと思います」
「まだまだ、クソガキだよ。技術ばかり身に着けても、中身が子供のままだったら意味は無い」
ふんっ、と突っぱねる様に鷹さんは息を吐く。一年経っても変わらない様子に、まだ当分長生きしそうだと苦笑いした。
「今日は顔見せだけだろ?」
「はい。別にやる事ありませんよね?」
「一応はね。近い内に『フラリス』に飛んでもらうよ」
「それって、表? 裏?」
「両方の意味でさ。『フラリス』での後始末だ。詳しい事は正式に依頼が来てから対応するよ」
「待機しておきます」
「適当に軽い仕事を、他の班から回されてるからね。ほら、両目の色が違う娘が“警察班”に居ただろう?」
「サスター・タナトスの事ですか?」
鷹さんはオッドアイの事を言っているのだろう。社内だけではなく、日本でも一発で解る特徴だ。
「横文字は覚えにくいんだけどね。そのお嬢ちゃんが、アンタの事を聞きに来てたから、顔合わせときな」
「一度着た時に、怒鳴って追い返したのは鷹さんでしたよねー!」
ずっと盗み聞きしていたのか、少し離れた席に座っている男が大声を上げる。
「それ以降、サスターちゃん、来なくなっちゃったんですよねー!」
「一目、あまりしゃべりすぎると、舌を引っこ抜くよ」
冗談に聞こえるが、鷹さんは本気でやる。裏の仕事を始めた当初、鷹さんに引率してもらったが、その時の仕事で捕えた犯罪者が、多くの児童を虐待して殺した奴だった。
“黙らないと、二度とガキの作れない身体にするよ”
そして黙らなかった男は、鷹さんに睾丸を蹴り潰された。その現場に居合わせた光陽は、思わず耳を塞いで、ヒィー、と部屋の隅で震えた。
「すんません!」
「まったく……光陽」
「はいっ!」
光陽はビシッと畏まる。背筋を伸ばして直立すると、指を伸ばしてスラックスの側面に付ける。
「アタシは、今日はもう帰るよ。“本家”に言いたいことはあるかい?」
「ないです!」
その言葉を聞くと、鷹さんはコートに黒いハットをかぶって扉を出て行った。
「馬鹿、テメェ。鷹さん怒らせるなって」
光陽は、鷹さんが扉を出てから、更に三分くらいしてから、主犯の框一目に小声で歩み寄る。
「馬鹿、コラ。いくら鷹さんでも、女の子をいじめていい事にはならない」
一目は、Tシャツにジャケットにジーンズという、ラフな服装で、性格までつかみどころのない人間であり、光陽の親友の中では一番自由に生きている人物であった。
「おう、凄い発言をしたぞ、お前。今度鷹さんに言っとくわ」
「……ごめんなさい」
「お前の得意な冗談だよ。それよりも、あの時はサンキューな」
光陽は一目と拳を、こつんと合わせる。同世代で特につるんだ六人の内の一人であり、今でもその関係は良好なものだった。
ただ、年を取り、お互いに責任ある立場となっているため、距離を空けることもある。
「正直、お前が死ぬかと思った。『三原則の死』にタイマン張る奴はソウヤ以外に居ないと思ってたからな」
「オレは冷静に、勝てると思っただけだ。ギリギリだったのは認めるけど」
「『玄武双璧』の真価だな。背後に護る者が居る時は、ガチで負け無しって話はマジだったか」
「ちゃんと記録してたか?」
「それが、“框家”の役割だからな。ちゃーんと記録して、“本家”に伝えてるよ」
光陽は謹慎が明けたばかりだったので、その為の記録者は特に責任が重大だと考えている。だが、まさか中でもあまり真面目でない一目が就いていたとは思いもしなかった。
「だが、一年前の……お前とヤエの仕事は、急を要するモノだったからなぁ。ギリギリ“框家”の配置が間に合わなかった」
一目は頭を下げて、すまん、と謝る。普段の様子から考えると、だいぶ珍しい真面目な様子だった。
「しょうがねぇって。それに、下手したら“框家”にも被害が出てたかもしれん」
あの時のヤエの様子は明らかに異常だった。それこそ、光陽に手を出さなかったが、他だったらどうなっていたか分からない。光陽以外に惨事の目撃者が居ない事が、ソレを物語っている。
「オレ以外は皆死体になっていた。“本家”の人間が居なかったのが本当に不幸中の幸いだよ」
「……俺としては、お前が生きてたことが何よりも嬉しかったぜ」
「サンキュー」
光陽と一目は再び拳を、こつんと合わせた。
「だが、その後の謹慎はマジで死んだと思ったよ。親父から聞いたけど、ヤエを庇ったんだって?」
一年前の“乱木集会”で特に衝撃的だったのがソレだったのだ。
本来なら、そう思っていても、その場を切り抜けてから秘密裏に動けばいい。光陽はそんな世渡りも出来る人間だったからだ。しかし、詳しい話をカグヤから聞いた一目は、自身が思っている以上に、光陽はヤエの事を思っていたと考えた。
下手をすれば始末されている可能性のある発言を、考えるよりも先に声に出すなど、そうそう出来る事ではない。
「褒められた事じゃないだろ」
「まぁな。俺だったら、もうちょっと言い方を考えるね」
「うっせ」
そんな感じて茶化す一目であったが、例え命を落としてでも、護る意志を持つ光陽に、少なからず憧れているのだ。
一目としても、出来る事なら、ヤエを“咎人”から外してあげたい。彼の妹も、昔からヤエと仲のいい同年代であった事もあり、最も桜兄妹に近い境遇であるのだ。
唯一違うのは、一目には両親が居ると言う事だけである。きっとソレが、光陽がヤエに対する、過保護なまでの気持ちを後押ししているのだろう。
「なぁ、コウ。お前は、ヤエの事を本当に信じてるのか?」
一目はどうしてもソレを聞く必要があった。もしかすれば、光陽の中でヤエの事を討つべき敵であると結論を出しているかもしれないからだ。
「当たり前だろ。て言うか、カグヤも聞いて来たぞ、それ」
「そうか」
やはり、皆同じなのだろう。光陽の次に、ヤエと関わりのあった者としては、とても彼女が、あのような凶行に及ぶとは思えないのだ。
「俺の方でも、色々と確かめてみるよ。カグヤとは違う角度でな」
「そうか。ありがとな」
「これで、お前に貸し二つな」
「あ、テメ!」
相変わらず枯れることのない一目の冗談に、光陽は彼と共に笑った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
中心街は、まるで爆弾でも落されたかのように被災現場となっている。
深夜から動いている警察とレスキューによって中心街は封鎖され、被害者の捜索が最重要として、慌ただしく動き回っていた。
そして、その破壊の主犯である“光の球体”が落ちた場所には、二人の人間と、二つの存在が現場を解析している。
「あーあー。もったいないなぁ」
腕を組みながら、拡散し回収することが不可能になったエネルギーを仁王立ちで眺めながら、アスラは辺りで働いている仮面コートの存在に指示を出していた。
「仕方ないわよ、アスラちゃん」
その隣で、自分の目の前に広げられた解析用のエネルギーをコントロールして、“光の球体”と、その後に出てきた“翼の騎士”について調べている存在が居た。
まるで炎が女性の形を創りだしているように揺れ動き、アスラの様な完全な形を保っていなかった。
アスラよりは低いものの、女性にしては高い身長に、穏やかで物腰柔らかい性格が主な女である。その裏表のない笑顔から、身内のほとんどは彼女に頭が上がらない。特にアスラは謙虚に表れている。
「メイリッヒ。“光”のエネルギーが炸裂する時に現れた“翼の騎士”は……やっぱり『従者』だったのかい?」
ノハは未だに襲撃の可能性を考えて、アスラと共に待機していた。現在で唯一の未知は、逃れる際に妨害しようとした“翼の騎士”の存在だ。
「他の二つ勢力のどの『従者』とも当てはまらない。勢力のどちらかが、新しく『宿主』を抱えた可能性もあるけど……あの時のこの場所は、単独で踏み入れるほど甘い状況じゃなかったし、何より、外部からの“極壁”内への侵入反応は無かったわ」
「まぁ、奴の『従者』であると考えるのが妥当じゃろ。そうでなければ説明がつかんわい」
ナンドは近くの瓦礫に背中を預けて、煙草をくわえていた。ちなみに彼の相方であるセンは、寝てなかった分も寝ると言って、今は就寝している。
「逃げる必要が無かったなら、ワシが潰してた」
「フェル氏なら問題なかっただろう。だが、タメトモから連絡が入った」
「あ?」
アスラは自身の配下である存在からの報告を聞いていた。それは昼に入ってから入ってきた情報であり、確実性を考えて今まで黙っていたのだが、この場所の検証によってE市全体の警戒が薄れてしまっていた。その所為で、侵入を許してしまったのだ。
「『スライサー』が動いている。恐らく……近い内に接触があるハズだ」
「……なら、ワシらは、そっちに備えるわい」
接触。アスラは単にそう言ったが、それはただ顔を会わせるだけでは済まない事を、遠回しに言っただけだった。
こちらの陣地に、『許可』と『付き人無し』で侵入すると言う事は、不正陣地侵入者として、警告なしの即時排除である。
ただ、戦いを求めるナンドにとって、その一報は、歓喜以外の感情は浮かばなかった。
『いいかい? 誰よりも、我々がどの認識よりも一歩先に踏み出していたからこそ、この間に入り込むことが出来た』
「解っています」
『【魔王】は既に侵入に気づいているが、どこにいるかは分からずにいる。それが『スライサー』の真骨頂と言ってもいいが、長くは持たないだろう』
「必要なのは、【魔王】側の勢力を削ることです」
『そうとも。だが、もう一つだけ君にはやってもらう事がある』
「俺の上司は……あなたではありませんよ。“アイン・スライサー”です」
『ああ。だから、これは個人的な“お願い”さ。【光王】と接触し、【シャナズ】が同盟の意志がある事を伝えてほしい』
「【光王】は死にました」
『その情報を得ていたとしても、そうであると決めるのは君じゃない。我々だよ? 僕の創り上げた作品でも、特に君は性能が良い。五年前に逃げ出した“タナトス”よりもね』
「…………」
『イレヴン、僕は二度同じことを言うのは嫌いだ。だから、その件は君のさじ加減でいい。それじゃ、良い報告を期待するよ』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「それで、光陽」
一目と光陽は会社から出ると、近場のカフェテラスで軽い夕食をとっていた。適当なサンドイッチとコーヒーがテーブルの上に並んでいる。
「なんだ?」
サンドイッチの一切れを口に運ぶ光陽に、一目はニヤニヤ笑っていた。
「サスターちゃんとはどこまで行ったの?」
「お前、本当にそう言う話題を楽しそうに言うよな。不謹慎だぞ」
「お前じゃなかったらな。あの奥手な桜光陽の浮いた話なんて中々無い! 聞かせろよ。色々とアドバイスしてやるぞ」
「お前のアドバイスは信用できねぇ」
「ほう、アドバイスは欲しいのか? 大丈夫だって。経験者は語るって奴だ」
けらけらと笑う一目に呆れながらも、サンドイッチの一切れを取って咀嚼する。
「……そんなつもりは無かったんだよ。なんていうかな、そう言うのって放っておけないんだ」
サスターは昔から奇異の目で見られ、その事から故郷の国で誘拐され、人身売買で日本へ連れてこられたらしい。だが、警察の売買組織の一斉摘発の際に、保護されたと言っていた。
「キザでも、なんとでも思われても構わない。オレは、この世界で人を人と思わない奴が一番許せないと思っている」
その一斉摘発には、少なからず“本家”の人間も関わっていた。現在のトップの意向で行われた作戦であり、犯罪組織を日本から排除する、長期間の大掃除だったのである。
対象となった組織は、それに引っかかった組織であり、本部は海外であることから、今も現地で牽制が続いている。
「シスコンとか、ロリコンとかよく言われるけどさ。誰かに優しくすることに理由は要らないだろ? オレとしては、世間の中傷なんて屁でもないね」
特に光陽とヤエがまだ揃っていた時は、そう言った人身による仕事に就いていた事が多かった。二人の持つ特性にもよるが、何よりその手の事件に対して強い思念を持ち合わせていたのだ。
「お前の場合はちょっと違うよな。なんて言うか、義務とか使命とか考えてるだろ?」
「そう見えるか? オレは、なんで人を差別するのかが解らない。同じ人間なのに、なぜ優劣を決めるのかが理解に苦しむ」
絶対的な平等は不可能だと、光陽も思っている。だが、その不平等が強く現れる現場を、多く経験してきた彼にとって、そう言う現場に遭遇すると不快感に駆られるのだ。
「俺の方は、ある程度は線を引かなきゃいかん立場だから、真っ直ぐ生きられるお前がうらやましいよ」
一目が本音を言える相手の一人として光陽が居るのは、彼がそう言う性格で誰とも隔てなく付き合っているからだ。一種の扇動性と言うものなのだろう。その強く真っ直ぐな生き方をする桜光陽に惹かれた人間は少なくない。
特に、下の世代は先に歩く存在として、強く慕われていた。
「“城里”もそうだが、“框”も動きにくいからな。自由に動けるのは“朷矢”か“桜”くらいなもんだ」
「そう言えば一目、ノハの奴は今何してんの?」
ノハは一目と同じで、光陽と同年代の親友である。一目とはまた違った立場で、殺し合いをしたこともある友だった。
「あいつは、お前が謹慎に入った頃に警察の方で特殊な部隊に配属になったよ。カグヤから聞いてないのか?」
「聞いてない。カグヤの奴は必要な事しか言わないからな」
「特殊部隊って聞こえはいいが、実際のところは何やってるのか全然わからん。『お屋形』様には連絡が行ってるらしいが……末端の俺達には何にも情報が入ってこない。本人にも会った時にそれとなく聞いたが、話す時に話すって言ったきりだ」
「ふーん。まぁ、生きて五体満足ならそれで良いよ」
光陽はコーヒーカップを持ち啜った。一応は、親友全員の安否は知っておきたいのだ。
半年間の謹慎では、そのような情報はまるで入ってこなかった。その後、更に半年の『フラレス解放』に参加していたので、日本の事は一年間なにも知らないと言っても過言ではない。
「一年で結構変わったな」
「お前が思ってるような変化は殆どない。まぁ、街は深夜にぶっ壊されたみたいだがな」
一目は、店からも見える中心街の惨状の一部に視線を向ける。街を隔てる大交差点が現在使えない状況なので、交通状況が変わり、中心街の周辺は一日中渋滞を引き起こしていた。
その“存在”はある気配を辿っていた。
鼻歌交じりに機嫌よく歩きながら桜色の髪を揺らしている。道行く人が、一度足を止めて振り向く程度の可愛さを内包する彼女は、そんな視線は気にする様子も無く、ただ目的とする気配へ向かう。
本来は一直線に向かっても良かったのだが、道なりに進む方がおもしろそうだと考えたからである。案の定、空から見た時ではまるで解らなかった、世界の情報を明確に取り入れる事が出来た。
電気店の近くを通ると、彼女から流れ出る僅かなエネルギーに反応して電化製品はオーバーフローを起こして故障する。道中で立ち止まって電話をしているサラリーマンの携帯も急に電波が悪くなり、通話が切れてしまった。
「おっと、いかんなぁ。浮かれ過ぎか」
彼女は街を歩きながら理解していた。嬉しい事が控えると興奮する子供と同じで、今最も楽しみとしている事が、これから起こることを考えるとワクワクが止まらないのだ。
この感情が、『楽しい』なのだろう。だが、高ぶり過ぎて【魔王】に見つかっては元も子もない。
「自重、自重っと。さて、」
道路を挟んで、対向車線側の歩道に設けられたカフェテラスに“彼”の姿を肉薄した。
「おーい!」
出来るだけ敵意の無い笑みで手を上げてアピールすると、“彼”と眼が合った。
「そう言えば、お前、国情とは上手く行ってんのか?」
さり気ない光陽の問いに、丁度コーヒーを飲もうとしていた一目は咽た。当初、サスターとの関係を聞こうと始まった会話だが、脱線した流れを引き戻そうと思った矢先である。
「ゴホッ、ゴホッ。光陽……うん。まぁ、なんだ。色々とな」
変に誤魔化すような口調と、泳いでいる眼を見て光陽は察した。学生の頃からよく見る、物事から逃げる時、特有の目配せである。
「何回目だよ」
「べ、別に喧嘩してるわけじゃ」
「一目、知ってるか? 嘘を吐くと、その嘘を庇う為に嘘をつく事になるんだぞ?」
「…………」
「お前らの事だから、些細な事なんだろ? 仲介してやるから話してみ」
「いや、うん。今度顔を合わせたら殺される……」
「浮気とかじゃないだろ? 流石に」
「…………」
「え、嘘。クズ野郎だな」
「違う。ただ、アイツの誕生日を忘れて、お前の『フラリス解放』を請け負ったからだ」
一目の告白に光陽は目を丸くして、今度は彼が目を逸らす。
「あー……あー……。うん。ごめんなさい」
まさか、自分が原因だったとは。光陽は申し訳ない気持ちで一目に謝る。
「いや、お前は悪くないよ。うん」
二人の男はしばらく沈黙して、テーブルに残されたサンドイッチとコーヒーを全て平らげる。まるで、これからの人生が下り坂のサラリーマンのような雰囲気で、会計に進む。
「オレも一緒に土下座するわ」
「なんか……悪いな。地獄に付き会わせることになって」
「気にすんなって、親友だろ」
薄れていない確かな友情を再確認したところで店を出る。地獄から生還したのに、再び地獄へ向かう事になるとは……
“おーい!”
その時、光陽は聞き覚えのある声色を聴いて、そちらに視線を向けた。
「――――――」
光陽は、対向車線の向こう側の歩道に居る、その声を発した桜色の髪を持つ“少女”を見た瞬間、“日常”から“戦闘”にスイッチを切り替えた。




