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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第1部 Remaining story 残光
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7.Confrontation 対峙

 背中に達する桜色の髪に乗せられた白いキャスケット。

 翠玉のような瞳は光陽を映していた。少しばかり幼さを残す表情で笑う口の端からは無邪気な八重歯が覗いている。白いYシャツに、更にその上にセーター、更に上着を重ねている。下はミニスカートに黒いニーソックスと靴という、どこかの学生を連想する姿だった。

 年齢はだいたい十八から二十の間の容姿。身長は一六〇前後、体型は異性を魅了するには十分すぎる整ったモノで、胸も標準より大きめなのだろう。

 今宵、光陽の目の前に降り立った最も現実味のある、非現実の人物だった。


 「いや、なに。そう驚く事でもなかろう?」

 「いや、普通は驚くだろ」


 ふと気配も無しに、空から少女が現れたのだ。夢と間違いそうな出来事が立て続けに起きている。もう今日は、ゆっくり休んで全部知らない事にしたかったのだが……

 最後の最期で、こういうのに遭遇するとは――――


 「そんなに警戒することもなかろう。ただの通りすがった美少女だ」


 可愛いだろう? と目の前の少女はウインクしてくる。一瞬、馬鹿じゃねぇの? と光陽は思ったが、一応は女だ。それに初対面なので、一応はそういう扱いをしてやろうと考えていた。


 「病院を教えてやるぞ。後、近くに交番があるから、そっちに案内してやろう」


 胡散臭さMAXの少女だが、人並は人道的精神を持つつもりだ。最低限の世話をして逃げるつもりだ。


 「病院とは、いきなり異常者扱いか? 中々手厳しいな貴様は」


 と、少女は余裕な口調とは裏腹に、思い出したように顔が苦悶で歪んだ。痛みを我慢しているように、胸を押さえて荒い呼吸を必死に整えている。


 「怪我してるのか?」

 「大したことは無い。ただ、九割ほど足りないだけだ」

 「はぁ?」

 「もはや『武具』を使う事さえ不可能だ。この緊張感はたまらんね」

 「あっそ」

 「いいモノを食べて、早いところ、エネルギーを取り戻さなくてはいけなくてなぁ」

 「…………」

 「なぁ、こっちに来てくれないか?」

 「断る」

 「優しくないな。貴様は、モテないだろ?」


 痛みなど最初から演技だった様に少女は、スッと立ち上がった。

 なんだコイツは? 光陽にとっては今まで見たことのない性質の人間だ。なんというか、言葉からその裏が読み取れないのである。


 言葉一つ一つが、ただ文字を並べただけのハリボテに聞こえるのだ。会話は成立しているが、意志の疎通を出来ていない。だから、会話から相手の本質が見えてこないのである。光陽にとってこんなことは始めてだった。


 「ふふん。だが、安心すると良い。我は貴様を必要としてやろう……」


 得体の知れないモノに出会ったことはある。だが、それは全て“生物”だった。そして、行動原理に全て意志を感じることが出来たのである。


 「だから、大人しく……」


 だが、目の前の少女からは何も感じ取れないのだ。

 光陽を見る目も、話している様子も、全て同じ存在として話しているのではない。人が虫に話しかけることを無意味と感じるように、彼女にとってすれば、人との対話がソレに当てはまっているよう――――


 「我に貴様の(エネルギー)を寄越せ!」


 その言葉の意味を光陽は理解できない。だが、これだけは間違いないだろう。


 コイツは……敵だ!!


 向かって来る少女に対して、光陽は構えを取りながら迎え討つ。





 光陽と少女は、互いに互いの戦術(スタイル)を知らない。

 どのような戦いでも、最初は探り合いから始まる。その上で自分が有利か、不利かを見定めて勝利への道筋を創り上げるのだ。


 「先手必勝!!」


 少女は嬉しそうに叫ぶ。

 光陽は、警戒と考察を行う為に頭の中を防戦に切り替えた。対する少女は、予想の斜め上の行動――――跳び蹴りで間合いを詰めてきたのだ。


 「!?」


 その動きは隙だらけだが、光陽にとっては予想外だった。まさか、そんな単調な攻撃で間合いを詰めてくるなど思いもしなかったからだ。

 矢の様に飛んで来た少女の靴の裏を、肘を立てて受け止める。そのまま返し手で地面に叩きつけようと思ったが、女とは思えない蹴打は一瞬骨ごと持っていかれそうな威力だった。咄嗟に身体を捻って、打点をずらして衝撃を流す。


 「いい反応だ」


 流されながらも安定した着地をした少女は、少し開いた間合いを、再び地を蹴って、光陽へ詰める。

 光陽は態勢を合わせて向き直る。少女は拳でも手刀でもなく、指を開き、こちらを掴まえる様子で襟首や袖を狙って接近して来る。


 こいつ……


 対する光陽は、少女の掴み手を最低限の歩幅を選択しながら、移動する。それでも的確感じる少女の意識は、常にこちらを組み伏せる為に動いている。


 「ほう……」


 少女が楽しそうに目を細めて冷めた笑みを浮かべる。

 高速で的確に掴みに来る少女の手を、光陽は掴まらない位置を維持しつつ絶妙な距離を取り続けながら、その手を弾き続ける。


 速いな……だが、お前はいずれ詰む―――


 弾きながらも、光陽は必殺の一撃を与える為に下準備を少女へ蓄積していた。十分な値を蓄積できれば、例え掴まれても、数瞬早く殺れる。


 「ふふん。いやはや、ここまで完璧にやられると、少々本気を出そうか?」


 少女の姿が消えた。身体を半回転させながら身を沈め、足払いが光陽を襲う。


 「―――ッチ」


 今まで紙一重で反応できる歩幅よりも多めにとって、その足払いを下がって避ける。

 その数瞬の間。一秒も無い光陽の意識の隙間に少女は入り込み、その襟を確実に捉えた。

 だが、掴んできた手に合わせるように、光陽は少女の指に同じように指を重ねて、掴みを止める。


 「―――――ロマンチストめ」

 「うるせ」


 指が絡み掴まれる前に、その一瞬で危機を脱する。再び、高速の攻防が再開した。

 数秒ほど続けていたところで、じわじわと二人の間合いに変化が現れ始める。少しずつだが、光陽の弾く速度が遅れて来ているのだ。

 光陽自身が遅くなっているのでなく、少女の処理速度が早くなっているのだ。


 光陽の避ける位置や動きは、どうしても限られた動きになってくる。少女は、たった数秒の攻防で、次に彼がどう動くか既にパターンを全て読み切り、徐々に詰みへ向かっている。


 まずいな……先にこっちが――――


 少女は最優先で“掴み”に来ている。つまり、掴んだ先にオレを殺す手段があると言う事だ。どんな手段かは解らないが、今のままではこちらの下準備も十分ではない。文字通り、殺られてしまう。

 少女の手を弾く。そのタイミングで光陽が仕掛けた。


 「フッ!」


 少女が最も近づいた至近距離。光陽は彼女の眼を狙って息を吹きかけたのだ。

 思わず少女は眼を閉じる。これはどんなに鍛えていても、人体の反射によって必然として生まれる隙である。

 本来、この技は相手との距離が相当近くなければ意味を成さない上に、本来は口に仕込んだ針や礫で敵の眼を潰す技だった。

 光陽は不意に目標を見失った、少女の手を弾く。そして、横を通り過ぎるように踏み込むと、少女の首に自らの肘関節を折り曲げて、巻きつけるように引っかける。そのまま力を入れて細い少女の首を圧し折―――


 「―――――」

 「―――――ふふん」


 光陽は腕に力が入らなかった。少女は首に巻きついた光陽の腕に片手を触れていた。

 彼女は首に巻きついた片腕から、力が入らないだけのエネルギーを吸い取ったのである。

 そこから、少女の動きは想定されていたように動いていた。巻きついた光陽の手を押さえ、前に進むと同時に、もう片手で彼の襟首も掴む。そのまま、大外刈りの要領で、彼を仰向けに倒すように足を払う。

 光陽がバランスを崩している事は少女も理解していた。そして、一度身動きを取れなくしてしまえば、苦無く、その(エネルギー)を吸い取れるのだ。ここまで光陽に合わせて戦ったのは、【魔王】に気づかれる可能性を極限まで制限しての事だった。


 しかし、光陽を地に伏せさせることが、どんなに困難であるかを少女は知らなかった。


 「――――な」


 動かない。少女の払った足は、電柱でも投げ飛ばそうとしているように、微動だにしなかったのだ。光陽は後ろに態勢を崩している。にもかかわらず、常人離れした少女の刈り技でも、投げることが出来ない。

 尋常ではない足腰の強さ。不安定な態勢にも関わらず、“投げ”では彼を地に寝かせる事は不可能だったのだ。


 次に少女が聞いたのは、コンクリートの地面が割れる音。そして、彼女の完璧な足払いを躱した、光陽の体重移動は地へ向けられ、その反復する衝撃が空いている片腕の掌底に乗ると、少女の空いている脇腹に横から叩きつけられる。


 「発剄!!」


 不安定な態勢にも関わらず、相当な威力を保持していたその技は、少女の身体を、くの字に折曲りながら吹き飛ばした。


 「明らかに身体能力はそっちが上だ。だが、摘まんだ程度の“技術”で……本当に勝てると思っていたのか?」





 少女は現在の時点で常人の五倍ほどの身体能力を持ち、人を遥かに超えた状況認識能力と、処理能力を保持していた。そして、対応力、適応力も、地球上のどの生物は愚か、コンピューターの処理能力をも凌駕していた。

 一対一で、まともに組み合えば、一瞬で組み伏せられる。

 少女にとっては初見の相手でも、戦いながら最良の選択を行うことで、逃げることが出来ない状況に誘導することも容易いハズだった。

 だが、今は―――――


 「くっ……あぁ……」


 見た目はただの掌底打。だが、不安定な態勢からの威力も考えると、少女の身体が少し離れた木まで吹き飛ばされ、叩きつけられるほどの衝撃が生み出されている事は明らかに規格外だった。


 「…………」


 光陽の放った攻撃はただの打撃である。だが、最初の攻防によって少女には衝撃が蓄積されていた。最初は気づかないほどの微細なモノであるが、少しずつ振り子を加速させる様に重ねて、本命の外部からの強力な衝撃によって、内部で振動が重く鋭く響くのである。


 「う……くっははは――――」


 少女は立ち上がろうにも、上手く息が出来なかった。掌底打を受けた脇腹から体中を襲う衝撃は、肋骨を砕き、更に肺に突き刺さっていた。

 その他の、いくつかの臓器が、損傷か破裂しているだろう。何が破裂して、何が損傷しているのか分からないほどの痛みに、息が出来なかった。


 「はっ……はっ……」


 知識をひっくり返す。羅列された情報の海から、この攻撃の仕組みを探し出す。

 中国、武術、反作用、衝撃、負荷、体重移動―――――『発剄』。


 「……そう……言うことか――――痛い!」


 激突した木の根元で、くの字になって激痛に耐えていた少女は、損傷した内部の臓器と肋骨をエネルギーに還す。そして正常な形に再構築した。この程度の修復は、消耗していない事と同じである。


 「よっと」


 少女は、くるっと片手で身体を反転して、身軽な動作で起き上がる。その際に落ちたキャスケットを拾って、かぶり直した。激痛は消え、先ほどと同じ状態に戻った身体を改めて掌握する。


 「ようやく慣れてきたぁ。勝負はこれからだぜ」


 油断なく見ている光陽へ、少女は指をポキポキと鳴しながら歩いていく。





 「中々な威力だな、『発剄』は。情報では実践できる人間は一握りらしいが、貴様は、そこそこ出来る口だな?」


 何事も無かったかのように、数秒で立ち上がって歩いて来る少女に光陽は、訝しげな視線で見る。

 不安定な態勢と、一撃で沈めるには衝撃の蓄積も十分ではなかったとはいえ、立つことは相当な痛みを我慢しなければならない。何らかの要因で痛みを消しているのか?


 「それに……なんという奴だ、貴様は――」


 光陽は、完全に戦闘態勢に入っていた。先ほど撃ち込んだ『発剄』により、衝撃と振動は十分だった。近づいてくれば、次は間違い無しに、その心臓を吹っ飛ばす。それで終わり――


 「貴様が『発剄(それ)』を使うと言うのなら、我は――――」


 少女の手元が光る。キラキラと周囲の光が彼女の手元で形作ると強く発光し、次の瞬間には、その手に一本の洋剣が握られていた。


 「『アンサラー』を使わざるえない」


 唐突な剣の出現という、ファンタジーな光景に思わず呆けていた光陽は、剣を持って近づいて来た少女の意志に、我を取り戻した。


 「うぉ!?」


 僅かに遅れて身体を動かす。下手から振り上げられた剣を最小限かつ、ギリギリの回避動作で躱した。僅かに触れた髪の毛が空間に散る。


 マジか! こいつ!?

 不十分だったとはいえ、脇腹にバットで打った打球をくらった様なものだ。こいつ人間かよ!?


 少女は胴体ではなく、光陽の片腕を狙っていた。

 少女にとって、もはや五体満足でのエネルギー収拾は見切りをつけている。多少の身体能力差では、光陽を組み伏せることが不可能であると判断し、びっくりさせる方に切り替えたのだ。

 発生させた剣も、模倣であるのだが、十秒と維持できない。【魔王】側に察知されてしまうからである。


 次に剣は、突きで光陽の脇腹を狙った。光陽は脇を開ける様に腕を持ち上げて躱すと、踏み込んでいた少女に対して、同様に距離を詰める。そして剣を持っている少女の手首を脇に挟んで拘束した。


 「馬鹿が。死ね!」


 ゼロ距離の『発剄』。光陽は、空いている片腕が少女の胸の谷間―――その皮膚の奥にある人体の急所一つである、胸骨を狙った。


 「やーだよー」


 対する少女は頭突き。少女の頭が光陽の鼻っ柱に炸裂する。


 「くっ……テメェ――」


 光陽は思わず仰け反った。どうあっても鍛える事の出来ない顔面は、現在の攻防では唯一の弱点であると言っても過言ではない。


 「よっ」


 緩んだ光陽の拘束から、少女は腕を抜くと同時に剣を消す。もう必要ないからだ。そして、隙間から飛び出す膝蹴りがアッパーカットの様に光陽の顎を掠める。


 「お、躱したか?」


 ギリギリで直撃は避けたが、光陽の視界は大きく揺れ動いていた。少女の姿が二重に見え、周囲の景色が天地ひっくり返ったように回転している。脳が揺れていた。


 やべぇ――


 悟られない様に光陽は振る舞うが、少女は気づいている様に笑っている。


 「チャンス!」


 揺れる視界の中で少女は悠々と光陽へ向かって行く。

 光陽は彼女の接近に合わせて手を伸ばした。掴まれることを危惧していたハズが、掴まなければ負けの状況になってしまっている。彼はつくづく、自分の未熟を感じていた。だが、嘆いている暇はない。

 途端、少女は上着を脱ぎ、光陽の視界を遮るように投げる。


 「――――――」

 「ふふん。焦った者から散るのが戦場だろう?」


 光陽は視界を完璧に塞がれる。だが、少女が正面に立っている事は確実であり、とにかく彼は、前に持てる限りの平衡感覚で踏み込んだ。


 「『玄武一門』!!」


 踏み込んだ際に、地のコンクリートが砕ける音と、触れた物全てを破壊する肘が少女の顔面の位置を狙って突き出された。


 「おお。ナイスガッツ」


 光陽が反撃して来る事を読んでいた少女は身を低くして、避けると掴みかかるようにタックルを繰り出していた。


 「う……おぉぉ」


 そのまま、倒されそうになったが、光陽は持てる限りの力で踏ん張る。しかし、少女の力は単純に数倍である。技術の無い力比べでは明らかに、彼女の方が勝っていた。


 「よっこら、しょっと」


 平衡感覚を狂わされていれば、流石に立ち続けることは出来なかった。少女は光陽に覆いかぶさるように一緒に倒れる。


 「ふふん。さて――」


 少女は光陽に馬乗りしたまま見下ろして妖艶な笑みを浮かべた。


 「もらうぞ! 貴様の(エネルギー)!」


 何をするのか分からないが、殺りに来るこの瞬間が光陽にとって最後のチャンスだった。少女は間違いなく上に乗っている。

 手を伸ばす。光陽の狙いは少女の首であり、片手で細い首を絞める。


 「はは。一体何を―――――」


 と、少女の余裕の声が途切れる様に中断された。もう片手で顔を覆っている少女の上着を取ると、動かなくなった彼女の様子を見る。


 「―――――ふー」


 気を失っていた。光陽は片手で首の頸動脈だけをピンポイントで押さえ、脳へ酸素の供給の断ったのである。結果、少女は失神し、ギリギリのところで勝者は逆転した。

 光陽は停止した少女を横に押し退けて起き上がる。まだ視界は完全ではなく、意識はクラクラしていた。


 「あー、くっそ……」


 ひどい有様だった。色々と常識外の事が重なったとは言え、こんな勝ち方しか出来ないとは……


 「半年の謹慎は結構差が出るなぁ。祖父さんに連絡を取るか」


 本格的に鍛え直した方が良いかもしれない。素人かどうかは分からないが、少女一人にここまで手間取ったのは相当『玄武双璧』は落ちていると見ていた。


 『玄武双璧』。それが光陽の持つ武術の名前であり、自身でもソレを使う事を誇りとしていた。発剄も、『玄武双璧』を会得する上で、最低限の到達技量として習得しなければならないのである。


 「そう、気を落とすな。貴様は強かった」


 背後から声がかかる。光陽は幽霊でも見たような驚愕の表情で、声の主である少女へ弾けるように向き直った。この時点で視界は七割方回復しており、戦闘には支障ない。

 外的要因が無ければ、半日は目を覚まさないと言うのに、少女はものの数分で失神から回復していた。


 「ああ、もういいよ。本当に貴様の動きは解った。それでは改めまして」


 今までと違う雰囲気で少女が歩み寄ってくる。上着は放置したまま着ておらず、長袖のワイシャツにセーターという、この季節には寒い恰好をしている。

 少女の全く無駄の無い、滑るような接近を光陽は対処できなかった。今まで対応できた動きとは、まるで違う。

 光陽との戦闘に対応した完璧な動きだったのである。

 対する光陽は、その少女の動きに何とか片腕を合わせる様に、向ける事しか出来なかった。


 「お」


 少女は自らの接近に辛うじて合わせてきた、光陽の拳に動きを止められた。両胸の谷間に入り込むように腕は彼女に接触している。


 「ふふん。悪あがきを――――」


 まだ反応してくる光陽に対して、少女は更に盤石を期する必要があると、一度離れようとしたが、


 「―――――『玄武重拳』」


 光陽は腰を落して、全神経を集中し一瞬で重心を地に落した。

 衝撃により、光陽の足の裏が着いているコンクリートが砕けていく。まるで何かがコンクリートを砕きながら掘り進んでいるかのようにソレは広がり、その衝撃から生み出される威力は現在の光陽が出せる最高のモノだった。

 拳が触れている時間は、ほんの一瞬だったが、少女を襲った衝撃は人の身で受けるにはあまりにも強すぎるモノだった。


 打ち込んだ衝撃は少女の体内を強く揺さぶり、狙った胸骨を中心に内部で反射し続ける。

 人体は均一の物体ではないため、強度の高い骨はつよく振動を受けて砕け、内臓は振動と砕けた骨によってひどく損傷して行った。


 「か……かっは……ぐぅぅ」


 少女はただ、驚愕に眼を見開いていた。光陽の触れている腕にもたれ掛った。そして、


 「あふぅ……あんっ」


 そんな、あえぎ声を出すと、気持ち良さそうな表情を浮かべて、ドサッと倒れた。





 都心部から離れた都市から出るための道路沿いにあるアパート。

 三階建。一段に三部屋、計九部屋のアパートであり、一人暮らしをするなら十分な部屋を完備していた。

 都心へ向かう為に、少し道路沿いに歩かなければならないが、場所的には悪くない場所に設けられている。意外と知られておらず、部屋にはまだ、二つほど空きがあった。


 「…………とにかく寝る!」


 光陽は、くたくたに疲れて、寝る事が帰ってからの度の物事よりも最優先となっていた。

 未知と遭遇しまくりの一日だった。色々と考えたいことはあるが……疲れた頭では、まともな答えは出そうにない。


 「くそ……なんだ、あの少女(ガキ)は。余計に疲れた気がする」


 ここまでの疲労感は、昔、二週間近く戦い続けた時に経験した物と同じだった。カグヤと別れた時は、それほどではなかったが、その後に立て続けに起こった、一生に一回あるか、無いかの出来事に神経も、すり減っていた。

 空の光の時は、気を失っていたので、消えた理由は知らない。しかし、その時もほとんど疲労感は、なかったが、その後に遭遇した少女は明らかに未知だったのだ。

 色々と自分の理解を越えた要素を取り揃えた様な存在であり、この疲労感は明らかに、その少女と戦ったことによるモノだろう。


 まぁ、スタイルとか容姿は悪くなかった。街中で迫られたらホイホイついて行ったかもしれない。

 しかし、不自然な時間帯と“光の球体”という異常な光景を目の当たりにした後だったので、不思議と警戒できたのだ。


 「…………ちょっと、もったいなかったか? いやいや」


 変な雑念を捨てる。明鏡止水だ! 煩悩を……うぐぐ。眠気が酷かったハズなのに、本当に心身ともに鍛え直す必要がありそうだ。

 ちなみに、少女は公園に倒れたまま放置しておいた。一応、市民の義務として警察に連絡しておいたので、今頃保護されているだろう。


 「…………あ」


 アパートが見えて来ると、一人の女性がカメラを片手に外に出ていた。街へ襲来した“光の球体”を撮影していたのだろう。珍しいモノを撮る事が趣味の人間なのだ。


 「お帰りなさい、光陽」


 寝ていたのか、それとも寝る所だったのか、寝間着姿の女性は光陽に微笑む。一年ぶりに、その言葉をかけられた光陽は当たり前の様に、


 「ただいま、叔母さん」


 そう返した。





 「街は大変だったでしょう?」


 部屋に入ると、光陽の叔母である灰木九九(はいぎくく)は慣れた手つきで彼にお茶を入れる。


 「未知との遭遇って奴だったよ。叔母さんは何時から来てたの?」

 「朝から。今日に、ここに帰るって話だったから色々と掃除してたのよ」


 九九は、見た目は二十代前半の若々しい、コロコロとした笑みで、お茶を運ぶ。湯気の立つ湯呑は二人分用意されていた。


 「よく入れたね……家賃の滞納とか色々とあったと思うけど」

 「その辺りは“本家”から支払いが来てたみたい。後、十年は住んでもいいって言われたわ」

 「うわぁ、怖い。“本家”怖い」


 カグヤも、“本家”にとって光陽の拘束は本意ではないと言っていた。そして、半年と言う期間は、ある意味、社会的な立場の喪失を意味している。


 一応は、新聞記者として、ある程度の社会地位を獲得している身として、一年近く顔を出していないのだ。そっちにはどんな話が行っているのか、だいぶ気になる。


 「明日は会社に行ってみるよ」

 「そうしなさい。“本家”がある程度はフォローしてるとは思うけど」

 「解雇にはならないと思う。一応は社で数少ない、海外班だからね」


 と、お茶を飲み終わったところで、光陽は大きな欠伸が出た。本気でもう限界であると悟る。


 「ふぁ……悪い、色々積もる話もあると思うけど、マジで寝るよ」

 「お布団敷いてあるから」


 立ち上がると、皺にならない様にYシャツを私服のシャツに着替える。


 「あ、叔母さん。明日、祖父さんに連絡を取ってもらえない?」

 「お義父さんに?」

 「そ、近い内に『玄武双璧』を見直したいんだ。半年の謹慎で、色々と能力が落ちているところも、あると思うし」

 「ふむ――――」


 九九は、そう告げる光陽をじっと見る。彼女も、その手の人間であり、それなりの心得は持ち合わせているのだ。


 「私は感じないかな。それよりも、前よりも強くなってると思う」

 「そう?」

 「うん。でも、光陽が気にしてるなら、明日“本家”に行くついでに、お義父さんに伝えておくわ」

 「ありがとう。いつでも良いんだけど……なるべく早い内がいいかも―――――」

 「それも伝えとく。丁度、お父さんも光陽に直接会いたいって―――寝ちゃったか」


 相当疲れていたのか、それとも本当に気を許せる“家族”が傍に居て安心したのか、光陽は、仰向けに布団へ入ると、深く寝息を立てていた。

 死んだ姉の代わりに、彼と彼女の親を務めている九九は、いつになっても見守るような眼で、その寝顔をカメラに収める。そして気が付いた、本来ならこの構図に収まるのは彼だけじゃない事を―――


 「……夜絵。今、貴女はどこにいるの?」


 シャッターを切る事無く、カメラを仕舞うと、電気を消し九九も光陽の隣に敷いた布団に入った。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「…………そう辿るか。しかし、まだ決まったわけではない」


 彼は見ている。彼女を。そして、どのような道を辿るかは決まっていた。それこそ、絶対に崩れることのない『∞』のように、変えようの無い終末へ問題なく進んでいるのだ。


 「……少し、差があるな。手心を加えるか」


 まだ“輪”。“螺旋”となるには、やはり――――

 彼の記載する資料には、『桜光陽』という名前が手書きで書き足されていた。

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