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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
間話 Irregular's spend a holiday 休日
55/56

ブラック・ウォーター・ウォー

 『魔王城』。

 E市にある【魔王】陣営の本部であり、現在稼働している本拠点でもある。

 その空間は、中心街の地下深くに存在し、内部に侵入するには【魔王】に認められた者以外は入る事は事実上不可能であった。

 だが、一人の侵入者によって不落神話は破られ、現在では更なる警備強化が成されている。


 場所は『魔王場』の中でも、給仕室として設けられている空間だった。白い空間に、キッチンと台所が用意されており、魔王勢力は私用か多忙でない限り、集まって食事をする事も多い。


 「正直言って、数週間前は……こんな所でコーヒーを飲んでいると思わなかったよ」


 本日、光陽は未だメイリッヒへの引継ぎを行っているルーを迎えに来たのだ。ついでに、【魔王】陣営の奴らに自分の淹れるコーヒーを振る舞おうと、道具も持って来たのだが、まだ他は作業をしており空振りに終わりそうだった。


 「ふふん。我としては、まだまだ足りんのだがね。もっと貴様は本能を解放していいと思う」

 「本能?」

 「うむ。野獣のような本能だ。最初はぎこちなかったとしても、回数をこなせば慣れて来るだろ?」

 「お前は何の話をしている?」

 「なに、想像を存分に膨らませてくれたまえ。薄々、気が付いているソレだから。ヒントを言うと、夜にベッドでヤる行為――」

 「はいはい。そのコーヒーを飲んだら帰るぞ」

 「つれないなぁ。だが、そこが良い」


 と、ルーは残りの珈琲を小さな口で啜ると、中身の無くなったカップを受け皿に置いた。そして一息つける。


 「ふー。なぁ、恋人よ」

 「何だ?」


 光陽も自分で淹れた珈琲を同じように啜っていた。後はカップを洗い、道具も片付けて帰る事だけを考えている。


 「不味い」


 その言葉が何に向けられているのか理解した光陽は、ピシッと自身にヒビが入るような感覚を覚える。





 「給仕室に何かあったかしら?」


 未だに、メイリッヒの通信状況は良くない為、本部へ直接報告に出向いていた雷は夜飯程度に何か軽い物でも作ろうと、給仕室へ向かっていた。


 「ライ。最近は少しおかしくない? 【シャナズ】に『英雄の欠片』が渡ったのに、ここ数週間は何の行動が無いわ」


 隣を歩く暁は、首を横に傾けて考える仕草をしている。


 「新しい玩具の解析に必死なんでしょ? 確かに取り戻さないといけないけど……地盤を固めない事には、どうしようもないわよ。ナンドの分をセンが補ってるって言っても、流石に代わりが出来てるわけじゃないし」


 未だに昏睡状態で眠り続けている、センの“宿主”であるフェルナンド・リーバーは、【魔王】勢力でも雷に並んで中核を担う存在だった。


 強い。ただそれだけなのだが、“ソレ”がまさに桁違いなのだ。今居る四勢力の各々が持つ『従者』の中で、能力が不明な者も居るのだが、ナンドはその中でも異質であり、“最強”と言っても差し支えの無い戦闘力を持っている。

 【シャナズ】が、【王殺し】を持っていながら、なかなか攻めてこられなかった理由は、彼の存在も大きかったのだ。


 そして、ナンドの“本気”を雷は見た事が無い。10年前に、アスラは反転したナンドと戦ったことがあったらしいが、二度と戦いたくないと言わせる程だったらしい。

 その時は、『神具』を使う手前まで追い詰められたらしく、割って入ったメイリッヒに諭されて、陣営に加わるという経緯があった。


 「まずは、本部を安定させるのが先決よ。【光王】も居るし、敵も沈黙してるなら都合がいいわ」


 寧ろ、今の状況が続くほど良い。体勢を立て直し、返す刃を向ける余力を蓄えられる。


 「為朝も、情報収集に戻ってるし、とりあえず、ナンドの代わりは桜と【光王】に任せましょう」


 『英雄は人気者』と『V島強襲作戦』の件で【光王】との同盟は【シャナズ】側に知られてしまっただろう。これからどんなアプローチがあるにしても、迎え撃つ方が現状は対応しやすい。


 「あら。噂をすれば――」


 と、給仕室へたどり着いた雷と暁は、向かい合ってコーヒーを飲んでいる二人を見つけた。





 「い、今なんて……」

 「ふむ。我もあの後、“こーひー”なる液体の多種類を摂取してな。貴様の趣味に的確なアドバイスをしようと思っていたのだよ。だから、この際だからはっきりと宣言しよう。貴様の淹れる、この“こーひー”は不味い」


 光陽は思わず持っているカップを落す。中身が入っていなかったのは不幸中の幸いだった。


 「…………」


 わなわなと震えている彼に、彼女は腕を組みながら追いうちをかける様に告げる。


 「言っておくが事実だぞ? 今まで何人の者にコレを飲ませたのかは知らんが、今まで面と向かって言う事が出来なかったのだろう。ていうか良く、その“こーひー”を平気で飲めるなぁ」

 「…………」

 「まったく……我が気づいたから良かったものの。これは酷い。酷すぎる。飲めたものじゃないし、前よりも多分不味い。貴様は“こーひー”で人を殺す気か?」


 と、ルーは自分で告げた言葉に、思わず吹き出した。


 「アハハ! なるほど! これは戦略か! 【シャナズ】の嗜好品に混ぜれば間違いなく落城できる! 我にも教えてくれ、この“こーひー”の作り方を!」


 互いに、言いたいことを遠慮せずに言う。ルーと光陽は互いの絆に遠慮する事は一切無かった。そして、一つだけ彼は忘れていた。

 ルー・マク・エリスンは、“考慮”という言葉と思考を持ち合わせていないと存在だと――


 「――――」


 光陽は、ゆらりと幽鬼のように立ち上がる。その様子から静かな怒気を纏っているのだが、それでもルーは余裕の表情で今度は足を組んで悠々としていた。ミニスカートは絶妙に鋼鉄である。


 「おー? なんだ、戦るきかぁ? やめとけやめとけ。【魔王】に怒られるぞー」


 ニヤニヤしながらも状況を楽しんでいるルーに、光陽はシャツの袖を捲り上げ、戦闘準備を整えた。





 「はぁ、おなかすいたよぉ。……なんか作ろ」


 アスラは未だにメイリッヒが、まともに口をきいてくれない事に落胆しながらも、日々の業務をこなしていた。

 日本中でも、特に怪しい場所への警邏。新たなポータルポイントの設置。都市の一部に10人単位で【兵士】を配属と、その報告と整理を受けていたのである。

 いつもなら、この後に嫁が手料理を作って、本部に居る面子と共に食事をとる、と言うのがいつもの光景なのだが……


 「憂鬱だ……」


 V島の件は、間違いなく吾輩が悪い。悪いけど……そろそろ許してくれても……ダメか、こんな事を考えている時点で、まともに反省をしていない証拠だ。でも……


 「触れ合えないのが、こんなに辛いとは……」


 今なら、ルー氏の気持ちがわかる。V島へ行った光陽氏に対して、こんな気持ちだったのだろう。


 「はぁ……」


 本日で数えきれないほどの溜め息。ここ数週間で四桁は行ったかもしれない。

 そして、重い足は給仕室へたどり着くと、何やら騒がしかった。





 光陽はルーと対峙していた。

 男として、そして、自らが極め続けたモノの沽券に関わる事態なのだ。ここだけは絶対に引くわけにはいかない。

 偶然、給仕室に訪れた国情に勝敗を委ね、光陽とルーは全力で相対する。


 ガリガリガリガリ――

 二人は、コーヒーミルを手挽きしていた。


 「ふふん。今更取り消しは効かんぞ? 『負けた方が勝った方の言う事を一つ聞く』で、いいんだな?」

 「二言はねぇよ。そもそも、もう勝敗は決まってるからな」


 ルーは、光陽の持っていたコーヒーミルをエネルギーで複写して、今だけ実態を創り出している。


 勝負内容は、互いにコーヒーを淹れ、審査員が美味しいと告げたコーヒーを上げた方が勝者である。そして勝利者には、敗北者の言う事を一つだけ聞く事を条件として二人とも本気で取り掛かっている。


 ハッ! オレに真似て手挽きだと? 素人が! コーヒー豆は粗く引けば美味い成分は出るが、色が出にくく風味も弱くなる。逆に細かく挽けば、色や風味以上に余計な苦みが出る――


 その粗挽き加減は、コーヒーミルの外側に着いているネジを回すことによって設定できる。ちなみにルーは、粗さと細かさの中間にネジを合わせていた。


 オレは、今までの経験から、どの範囲でどのようなコーヒーとなるかを把握している。加えて使い慣れた道具……勝敗を分けるのは分量と挽き方の絶妙な加減。これは確実に勝敗を決める程に決定的な差だ! 間違いなく勝った!!


 「はぁ……」


 必死にコーヒーを作っている二人の前に雷は座っていた。無論、二人に巻き込まれた体であり、出来上がるコーヒーの公平な審査を任されたのだ。

 お腹が減っている事もあり、確実にどちらが美味か、的確な判断が下せるだろう。


 「なにやってんの? 国情氏」


 ため息を吐く雷へ、アスラは背後から声をかける。


 「くだらない喧嘩に巻き込まれたの。負けた方が言う事を一つだけ聞くんだって」

 「ふむ……。ところで暁は?」

 「メイリッヒに報告中」

 「む! おい! 【魔王】! カップだ! カップを用意しろぉ!」


 ルーはアスラの姿を見るや否や、パシリを要求した。


 「えー」

 「えー、じゃない! これは重要な事だ! 急げ!」


 光陽が、一度だけ何でも言う事を聞く、と言う約束は彼女にとっては逃したくない事柄なのである。


 ふふん。貴様には悪いけどな、ここはキッチリ勝たせてもらうぞ! 一晩中抱きしめてもらおう。無論前からな! えへへ。今夜が楽しみだなぁ――


 ルーは二人きりでも、そう言う事は恥ずかしがって避けている光陽に、その様な事をお願いするつもりだった。


 「やれやれ。元気だねぇ……」


 と、アスラは台所の向こうにある棚からコーヒーカップを取り出すと、ルーの横に置く。





 そして、一分と経たぬ時間が過ぎ、雷の前に二つの淹れられたコーヒーが置かれていた。


 「……もう一度確認するけど、私がどう、判定を出しても恨みっこなしよ?」

 「ああ。判断は全面的に信頼する」

 「我も同意だ」

 「あっそ」


 と、雷は二人の珈琲を見る。一見、色も香りもさほど変わりない様子だが、やはり味で差が出ているのだろう。

 入れた本人たちは、真剣な表情でこちらを見ている。心なしか、今まで一番、その顔は引き締まっていた。


 「…………ん」


 先に光陽のコーヒーに口をつけて飲む。表情は少しだけ眉を動かした程度だった。


 「……ふむ」


 次にルーのコーヒーを口に運ぶ。そして、受け皿に丁寧に降ろすと、腕を組んで驚き、そして項垂れた。


 「私はね……一応は一般的なコーヒーの味は知ってるつもりよ。だからこそ……それ以上と、それ以下の物差しは解るつもりだった」


 細かい部分は解らないが、二人の淹れたコーヒーには、ある程度の優劣があると思っていたのだ。


 「なんて言うのか……どちらも甲乙つけ難い。何が言いたいかと言うと――」


 それだけは明確な答えとして雷は二人へ死刑宣告の様に告げる。


 「不味過ぎる。私は今まで、こんなに不味いコーヒーは飲んだ事が無い。この二つのコーヒーは……まるで毒物よ。兵器よ。人の飲むモノじゃないわ」

 「「…………」」

 「こんなモノを作っておいて……なんでそんな当たり前の様に目の前に立っていられるの? 私には到底理解できないわ。この二つの泥水(コーヒー)精神障害(トラウマ)になったらどうするつもりだったの?」


 光陽とルーはただ無言、無表情で立ち尽くす。本人たちが何を思っているのか全く読み取れなかった。


 「――ほい、国情氏。吾輩の淹れたコーヒーだ」

 「「!?」」


 そこへ、第三者のアスラが二人と同じように、コーヒーミルで挽いたコーヒーを雷の前に差し出す。

 驚く、光陽とルー。そして審査員の雷は、トラウマになりかけていたコーヒーを恐る恐る持ち上げると、口へ運ぶ。


 「!? こ、これは!!」


 そして、驚いたようにカップから口を放すと、中に残っているコーヒーを見た。


 「ふ、普通! 何の変哲もない……普通のコーヒー!! 一般的に売られている市販のモノと何ら大差ない……究極の普通!! 自販機で買っても何の不満も感じず、安心して飲み干せるほどの庶民の味! それ故に、この二つの汚物(コーヒー)よりも遥かに美味しい!!」

 「ま、普通にコーヒーミルを回しただけなんだけどね」


 最初に飲んだ二人のコーヒーが、あまりにも酷かったのが、雷はアスラの淹れた普通のコーヒーを絶賛した。


 「えーっと。それで、勝ったら一つだけ聞いてくれるんだよね? 言う事を」


 ドヤッと得意げに腕を組んで、二人を見るアスラ。その彼に対して動いたのはルーだった。


 「言う事? ああ、いいぞ……ただし! 最大出力の『光撃の手甲(ガントレット)』を、その顔面に喰らって! 喋ることが出来たらの話だがな!!」


 瞬時に右腕に『光撃の手甲(ガントレット)』を創り出して装備しているルーは、アスラに向かって迫る。


 「わー!? ちょっと、ストップ! ルー氏、ストップ!! ストップ!! 止めてっ!」


 慌てて止まる事をアスラは懇願する。彼女は本気の本気だった。『武具』の形勢だけで給仕室の一部が分解されている。


 「はい、止めた! これで言う事を一つ聞きましたよ。これでおしまい!」


 不機嫌ながらも、ルーは屁理屈の様にそう言いながら近くの椅子に腰を下ろした。

 子供の屁理屈かよ。と、アスラは彼女に言いそうになったが、最大出力の『光撃の手甲(ガントレット)』を見舞われれば、給仕室は跡形もなく消し飛んでしまう。

 これ以上、嫁の負担を増やすわけにはいかない。言いたい事は、心の奥に押しとどめた。


 「しょうがねぇな、アスラ。オレに出来る事なら協力するぜ。コーヒー勝負? さぁ、そんな勝負は知らんなぁ」


 光陽は、眼を点にして呆けながらも、最低限の義務を果たすだけの思考は、まだ残っていた。





 「あら、そんな事があったの? 是非とも見たかったわね」


 光陽とルーは帰り、給仕室には軽く作られたサラダが並べられていた。全て雷が作ったものであり、他の者達の分まで用意しているのだ。


 「冗談じゃないわ。空腹の所に、無理やり汚水を飲まされたようなモノよ」

 「あら。楽しい社交界じゃなかったのね」

 「全然。それに、色々と悪い事もしたから。でしょ? アスラ」


 二メートルの巨漢をエプロンに身を包んだアスラに、雷は追及する様にワザとらしく告げる。


 「あんた、【光王】のカップに何か細工したでしょ? 味が壊れる何か……塩とか塗り込んでさ」

 「流石。気が付いてたね」

 「当たり前よ。でも、あの勝負の結果は私が判断する事が条件だったから、不味いモノは不味いって言うわ」


 元より、アスラにカップを用意させた【光王】の行動が軽率過ぎる。落したくない勝負なら、自分で用意するのが確実だっただろう。


 「まぁ、ソレで言うなら吾輩のは、本気で普通だった?」

 「馬鹿みたいに“普通”の味だったわ」


 そもそも、あの程度なら誰でも作れるようなコーヒーだ。故にアスラは普通に淹れて普通に勝利したのである。だが、一つだけ疑問が残っている。

 アスラがルーのカップに細工を出来たのは、彼女に用意する事を頼まれたからだ。しかし――


 「それはそうと、桜のカップにはどうやって細工したのよ? 変に近づけば、警戒されたハズでしょ?」


 二人とも真剣な様子だった。カップを用意するという、自然な流れ以外では彼らの勝負を左右する道具には触れる事は出来なかったハズ――


 「光陽氏のカップには何もしてないぞ?」

 「…………え?」


 この世には、本当の意味で解明できない事もある。

 いま、暁が洗っている、コーヒー勝負で使われた二つのカップの中身を確かめる術は……今となっては、どこにも無いのだった。

光陽のコーヒーは不味いです。(公式)

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