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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
間話 Irregular's spend a holiday 休日
56/56

Cold and a girl 風邪ひき少女

「よーう……光陽……帰ろうぜぃ」


 雨の降る中、『魔王城』に呼び出された光陽は、水滴の落ちる、畳んだ傘を片手に持って驚いていた。

 背中に達する桜色の髪。翠玉のような大きい瞳。少しばかり幼さを残す表情で笑う口の端からは無邪気な八重歯が覗いている。白いYシャツに、上からセーターを着ている。下はミニスカートに黒いニーソックスといういつもの姿でルー・マク・エリスンは横になっていた。


「大丈夫か? 顔真っ赤だぞ? お前――」


 ルーは、いつもの血色のいい顔色を通り越して必要以上に熱を蓄えた様子だった。用意された簡易なベッドで横になって笑っているがそれでも、明らかに弱々しい。


「うん……うん……うん? うーん……えへへ」


 ベッドから降りると、光陽の元へたどり着くよりも先に、全身に力が入らないのか崩れ落ちるように倒れた。光陽は咄嗟にその身体を支えるために踏み出し、彼女の身体を受け止める。


「っと。これってホントかよ」

「なにがー?」

「お前って風邪ひくのか」






「普通よ。こんなの」


 光陽は帰る前に、ルーの症状について居合わせた雷から詳しく説明を聞いていた。ルーは、うー、と唸り声を上げて眠っている。


「暁や為朝もそう。基本的には、宿主を持つエネルギーはその存在自体を、同調させる事で、この世界の()に定着して消えずに居られるの」


 ルーに限らず、彼らの様な存在は宿主と同じ存在であり、その身に受ける症状全てにかかる可能性がある。


「じゃあ、暁や為朝も風邪を引く事があるのか?」

「あるわよ。けど暁や為朝は、そう言った症状にはなりにくいわ」


 長年、アスラの従者として存在する二人は劣悪な環境での行動や能力の使用に慣れている。長期に及ぶ行動でも身を崩さずに調整する術を身につけているのだ。


「健康的に、身体を鍛えている人間も風邪は引きづらいでしょ? それと一緒。まぁ、【光王】がああなったのは、私達が強く協力を求めた所為でもあるし」


 『王』という存在は超常的な存在であり勢力の要と言える力を持っている。しかし、『王』単体で全てを賄えるわけではない。


「陣営の管理には『従者』の存在は必須なのよ。戦争は直接的なぶつかり合いだけでは終わらない。戦闘や諜報に長けた『従者』の獲得はある種の課題で『王』は常に『従者』と同じように出来るわけじゃない」

「けど、V島の作戦時はルーが変わりを務めたんだろ?」

「『王』は理を変える程の存在だけど、『従者』とは別物なのよ。会社だっていくら有能でも社長一人で運営は出来ないでしょ? それと同じ」


 ルーは同盟としてアスラと共に多勢力との戦いの準備を行っている。

 全国への“極壁”の配置と、敵が来た時の迎撃作戦や『(リア・ファル)』を使った“反転”の戦闘訓練。出来る限りのことを引き受けていたらしい。


「大変なのはなんとなく知ってたが……」

「こっちも無理はしないようにって毎回言ってたんだけどねぇ。【光王】自身が、大丈夫、大丈夫って言うから任せてたけど……見通しが甘かったわ。ごめんなさい」

「いや、オレも気づけなかった」


 そんな素振りは一切無かった。少しだけ疲れている様子は察していたが、ルーの性格……と言うか、オレに対する接し方を考えると、こうなる事は推測出来たかもしれない。

 心配をかけさせまいと、一人で無理をする奴なのだ。コイツは。いかんせん、熟せる能力がある分、限界値を測り違えたのかもしれない。


「……なぁ、ちょっとお願いがあるんだが」

「なに?」






 ルーが次に目を覚ました要素は雨音だった。

 少しだけひんやりする外気と、傘に当る雨粒の音。そして、背負われている事に気がつく。


「あれ? 少し……眠ってたか」

「起きたか? 家まで少しかかるからもう少し寝てていいぞ」


 光陽はルーの目を覚ました様子に前を向いたまま声をかける。近場まで、ポータルで送ってもらい、そこからアパートまでの僅かな距離を歩いていた。

 彼女を背負っている事で両手塞がっているが、肩に傘を器用に引っかけて慣れた様に歩いていた。


「おやおや。これはとても……」


 と、ルーは再び暗転しそうになった意識を繋ぎとめる様に額を抑える。


「変に興奮すんなよ。まったく……風邪ひくまで無理するんじゃない」

「ああ……なんか暑いと思ったら風邪かぁ。我の貴様に対する想いがオーバーブーストしたのかと思ったが……違ったのか……ちぇ」

「何が、ちぇ、だ。頑張るのはいいが倒れるまで気がつかないのはただのマヌケだぞ」

「いいよー、マヌケで。マヌケじゃなかったら……こうやって世話を焼いてくれないだろう?」

「ソウデスネー」

「ふふん……ツンデレめ……」


 すると、元気だった口調がみるみる弱まって行く。どうやら充電が切れて、気だるさを思い出したのだろう。


「ほら、おとなしく寝てな。アパートに着いたら起こすから」

「…………っと」


 すると、ルーは光陽の肩にある傘を手に取った。


「我が世話になりっぱなしは性に合わないのは知っているだろう? この程度は手を貸すさ」


 傘を持つルーの様子から、光陽は何度出るか分からない嘆息を再び吐くと、彼女の気が済む様にさせることにした。






「ただいまー。我が家ー。そして……おやすみー」


 アパートに戻るやいやな、扉を抜けるとルーは倒れ込む様に床へ身を沈めた。


「布団敷くから、その間に着替えとけよ」

「うーん……着替えさせて♪ あうっ」


 光陽はルーの寝巻を彼女に投げつけると部屋の隅に畳んである布団を広げて、寒くない様に暖房にスイッチを入れる。


「反応が悪いなぁ。流石に数年ぶりを考えると動くだけでも上等か」


 そして、動きの無いルーの様子を見ると、彼女は着替えの途中で力尽きて半裸状態で気を失っている。


「……はぁ、まったく――」


 頭を抱える。すると、その声に反応したのかルーは僅かながらに意識を取り戻した。


「おや……すまん。眠ってたらしい……」


 流石に、行儀が悪いと思ったのか、ルーは自力で布団へ向かおうと立ち上がる。


「いいよ。そのまま――」

「ん……わ!?」


 光陽は彼女を抱え上げるとそのまま布団へ連れて行く。距離にして数歩でたどり着くのだが、今のルーにはそれさえも難しいと察した配慮だった。


「寝巻とって」


 布団に入ったルーは、倒れていた場所に置いてきた寝巻を催促する。光陽は立ち上がって持ってくると手渡した。


「おとなしく寝てろよ」


 寝巻を受け取ったルーは布団に潜ると、もぞもぞと動く。そして、布団の横から出てきた細く白い手には白いYシャツが握られ横に置いていく。布団の中で器用に着替えているらしい。

 そして、再び引っ込むと次に出た時にはスカートが置かれ、ニーソックスが置かれ、下着が――


「風邪ひいてるんだから、それは着けとけっ!」

「ふふん……風邪かな? 顔が赤いよ~?」


 顔半分だけ布団から出してルーは変わらずに純情な光陽をいつものペースでからかっていた。


「いいから。おとなしくしとけ」


 対して光陽は、いつもならあっさり彼女のペースに呑み込まれるのだが今回に限り、妙に冷静な対応をしていく。その様子にルーは少しだけ驚いて、目を細めた。


「本当にお前は変わらんのな」

「この程度で変わってたまるかよ。ふふん」


 相変わらず憎たらしく笑う彼女に、光陽は嘆息が出るのであった。

 外では……雨が強くなっていく。






「慣れてるのか?」


 背を向けてテレビを見ている光陽へルーは尋ねた。呼吸が苦しそうに無理に喋り出した様だった。


「寝てろ。治るモノも治らないぞ」

「添い寝してくれると、一時間で治ると思う♪」

「…………うつす気か」

「お、今一瞬考えたな? ふふん。このむっつりめ!」

「いいから、おとなしくしてろっての!」


 一秒も大人しくなる事の無いお喋りな口を、黙らせる為に光陽はその額に手を添えた。


「無茶苦茶熱いじゃねーか!」


 常温の掌でも、ぴりぴりと感じる程の熱量。人ではないからなのか、その異常な熱量に驚いて本当に大人しくしているように更に釘を刺す。


「40.1度だよ!」

「何が?」

「熱の温度♪」

「寝てろ!」

「もう寝ているが?」

「言い方を変える。意識を失え」


 と、ルーは額に触れている光陽の手に離れてほしく無い様に両手で触れる。


「…………うん。いつもの貴様の手だ」

「頼むから……大人しくしててくれ」

「添い寝して」

「強制的にブラックアウトさせてやろうか?」

「ちぇ。治ったら覚えてろよ」


 最期までいつもの様子で笑う。だが、その発言が限界だったのか、ルーは眼を閉じると即座に意識を失った。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 雨が強くなっていく。


「その蛮勇は、まさにダーナの王に相応しき素質だ。しかし、故にここまでの歩みが限界である」

「うるさいなぁ。フォモールの魔眼王は戯言を口にするのが口癖なのか?」

「改めて、ダーナの強さを見たと言うものよ。よもや、我がバロールがこうして姿を晒す事になろうとは。誇ってよい」

「それは光栄極まる。だが、少々傲慢じゃないか?」

「ほう。さえずるか、瞬きの後に死に絶えると言うのに」

「さえずるさ。なにせ、こっちは勝ち戦のつもりだ」

「ならば、死すがよい。この地の影に貴様ら全ての死を風のように漂わせてやろう」

「ふふん。やはり、ダメだな。貴様はダメだ。最凶ではあっても、王ではあっても、勝者ではないな」

「その口を開くな。目障りだ――」


 死の眼が開く。その瞬間に全ての生と死が入り混じり、世界はめまぐるしく回転を始め――彼女の物語は終わりを迎えた。

 雨が強くなっていく――


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 その続きを見る事を拒む様に、ルーは途端に意識を覚醒させた。


「っ! ハァ……ハァ……」


 それはダーナでは栄光と讃えられる英譚だが、彼女にとっては悪夢そのものだったのだ。

 身体を起き上がらせる程の気力は残っていなかった。ただ目を開けて古びたアパートの天井を見る。

 よかった……ここは、彼の世界だ。我が望んでいる居場所だ。

 豪華な装飾が無くても、敬意に跪く臣下が居なくても、讃えて来る民衆の声が無くても――彼女は望んでいるこの場所に居る事が、最も幸せな現実であると思っていた。そして安心し、首を動かして視界に移るであろう彼の姿も確認した。


「――――! あ……光陽――」


 彼は居ない。電気のついた部屋のどこを見回しても光陽の姿は無かった。

 じっとしていると得体の知れないモノに呑み込まれそうになる感覚を振り払うように、ルーは鉛のように重い身体を無理やり動かして布団から這い出る。


「どこ……どこに……光陽……」


 彼の姿を捜して這いずる。安定しない思考でも部屋のどこにも居ないと理解すると、次に捜す先は外以外に考えられなかった。


 嘘だ……コレが夢であるハズが無い……いやだ……もう嫌なんだ……一人は……一人になってしまうのは嫌――


「くっ……ハァ……ハァ……」



 何も聞こえなくなっていく。視界が歪んでいく。でも、彼が……光陽が居ない……

 台所の荷台に手をかけて全ての力を使って、生まれたての小鹿のように立ちあがると、アパートの扉が開いた。


「雨は益々ひどくなって来るな――――って! おい! なんで起き上がってんだ!?」


 こちらを見て驚きの声を上げる光陽を見てルーの心は糸が切れた様に安堵を満たしていく。


「ああ……よかった――」


 彼が何か言っているが、その姿を確認したところでルーの意識は再び途絶えた。






「…………」


 目を覚ます。だが、夢と現実の境が曖昧だった。だから、周囲を確認するのが少しだけ怖くなっていた。


「大丈夫か?」


 しかし、そんな不安は横に座っている彼の姿を見て、心から消え去って行く。


「ああ……少し、嫌な夢を見たよ」


 家族を殺す夢。昔……まだ『王』になる前の記憶だ――


「悪夢でも、“夢”が見れるならまだ良い方だよ。悪夢さえも見なくなったら本当に終わりだ」


 光陽は、薬局が閉まる前に買ってきた、熱が出た時などに額を冷やすシートを、ルーのおでこに張り付ける。


「冷たい……」

「悪かったな、一人にして」


 目を覚ました時、居るハズの存在が居なくなっていたら誰だって不安になる。それは光陽も痛いほど理解していた。


「……別にいいのにさ」

「薬が効くか分らなかった。とりあえず熱を下げる事を考えて冷えるヤツだけ買ってきた」

「うん。それで正解だ。コレは病原菌による病じゃないからな」


 短期間でエネルギーを使い過ぎただけだ。熱が異常に出ているのは、エネルギーの供給が極端に進んでいる証である。


「大丈夫か? コーヒー挽いてやろうか?」

「病人に毒を飲ませようとするな」

「おい」


 と、こんな他愛のない会話が何よりも嬉しくて、楽しくて、まだはっきりしない思考でルーは笑った。いつもの様な余裕のある笑みでは無く、見た目相当の笑顔で笑っていた。


「病人にコーヒーはどうかと思う。マズイどうこうよりもな」

「む、そうか。じゃあ、なんか食べるか?」

「いい。それよりもっと話をしたい」

「少ししたら寝ろよ」

「はーい。では、こちらから質問する」

「なんだ?」

「何だか慣れてるみたいだけど……光陽はこういうのは経験があるのか?」


 その言葉に、光陽は詰まったように沈黙を選ぶと、考えがまとまったのか答えを口にする。


「妹が居てな。よく風邪を引いてたんだ」

「ほう。それはそれは。是非ともお姉様って呼ばせたいぜ」

「お前のそう言うとこは、好感が持てる」

「惚れ直したかい?」

「惚れ直す意味ねぇよ。…………先に謝らせてくれ」

「何の話? 我の処女を獣のように奪った夜の事か?」


 光陽は、相変わらずペースを握られている様を自覚しつつも、ルーの額に手を乗せて自分が真面目な話をしていると口に出さずに伝える。


「最初に、お前の事は“妹”の代わりに見ていた」

「ふむ」

「『玄武双璧』の意味を知っているだろ?」

「ああ」

「オレは……弱い自分が怖い」


 護れるはずの力を持っているのに、ソレを発揮できずに全てを掌から取りこぼす事は死よりも辛い事だと光陽は理解していた。


「実際に、もう取りこぼしている。オレは妹を失った時から――」


 あの時からオレは、妹という背に護るべきモノを失った時……同じように力を発揮する事が出来なくなっていた。

 しかし、それが『玄武双璧』の本質だとしても、あの時の力は持っているハズなのだ。


「それで、我が代わりか」

「そのつもりだった」


 彼女(ルー)をヤエの代わりだと思い込めば、あの時の力を取り戻せると思った。次は妹を助けられると思った。けど、それは大きな間違いだった。

 【英雄】としてルーと戦い、『玄武双璧』として父と戦った。それで理解したのだ。


「桜夜絵を護っていた『玄武双璧』は二度と戻ってこない」

「だろうな。だが、一つだけ貴様は間違っているぞ」


 と、ルーは光陽に視線を合わせるように身体を起こしていた。


「居ない者を追った所で結局は霞を掴む事と変わらない。貴様は霧に触れられると言うのか?」

「いや……」

「なら、無問題だ。貴様はちゃんと見えているし、解っている。だから、何も心配は要らないよ」


 ルーは優しく光陽を抱き寄せる。嬉しかった。こうして心の内をさらけ出してくれるのが――


「我はこれだけでいい。貴様の隣に立っているだけでいい。光陽が我を望まなくても、我が光陽を望める事ができればそれだけでいい」

「…………」


 光陽はルーの肩に手を添えると申し訳なさそうにゆっくり離れる。まだ、彼女の顔は赤い。熱があるにも関わらず、逆に励まされた事に恥ずかしさを感じているようだった。

 そんな彼を見てルーは名残惜しそうにも十分だと布団に戻る。


「では、三度目の就寝に移るとしよう。少しふらついてきたし、また明日からは【魔王】のとこで色々とやる事があるからな」

「その件は、一週間ほど止めてもらう様に頼んである」


 光陽は雷にお願いした内容をルーにも伝える。雷も無理を頼り過ぎていたと思っていたらしく、アスラに話を通してくれると言っていた。


「そうか? 本当はサボってる場合じゃないんだが、お言葉に甘えるとしよう。久しぶりにデートもしたいし」

「一度もそんな事をしたこと無いだろ」

「そうだったか? まぁ、毎日がデートみたいなものだが。ここいらで本格的に遊園地にでも洒落こもう」

「機会があればな。とにかく、今はちゃんと治せよ」

「当然!」


 ルーは布団を口元まで持ち上げるとある懸念を口にする。


「なぁ、光陽。起きたらちゃんと居てくれるか?」

「ちゃんといるよ」


 光陽の優しい言葉を最後の会話にして、ルーは再び瞳を閉じた。


◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


「こんなものかな」


 サスターはスーパーで適当な食材を見繕うと、その足で光陽のアパートに向かっていた。彼女はルーが風邪を引いたと聞き、そのお見舞いに行くことにしたのである。

 違う色の両目で目的地(アパート)を捉えた時、別の道からアパートを目指す人影に気がついた。


「サスターさん?」

「ノハ」


 手を上げて挨拶してくるのは、【魔王】の宿主。『魔王』陣営の要と言える存在だった。


「そっちもルーのお見舞い?」

「そうだよ。それと別件もあってね。サスターさんも?」

「うん。特にルーは弱音とか、あんまり言いそうにないと思ってさ。案の定、倒れたみたいだけど」


 彼女は心配をかけさせまいと、溜めこんでしまうと思っている。特に光陽に対してはそれが強く現れるのだろう。


「特に僕たちは信頼が強ければ強いほど力を発揮するけど、行き過ぎると互いに気を使ったりして意思の疎通が図れなくなる。逆に言いたい事を心なしに言い合えば、かみ合っていた歯車がずれる事もあるからね」


 それは、意志と意志を持つ者と関わりに合うことのジレンマだった。深く知ろうとするとソレだけ自分の理想と相手が違っていた事に気がつき、知らず内に距離を取ってしまう。

 その距離は次第に離れて行き、最終的には相手が何を考えているのか分からなくなってしまう。


「信頼して、共に居る事を選んだのに深く知れば知る程、相手の事が次第に分からなくなる……か」


 それでも、人は意志を持つ存在と関わる事を止められない。良好な関係を保つには一定の距離を置いて、様子を見ながら相手の本心を気遣う……しかないのかもしれない。


「でもさ、コウとルーさんを見てるとそんな考えは必要ないって思うんだよね。羨ましいくらいに」


 他人と他人にも関わらず、あの二人は本心で一緒に居たいと思っている。それによって生まれた繋がりは簡単に切れるモノでは無いと感じていた。


「おれもそう思うよ」


 サスターとノハは一緒に光陽のアパートの部屋の前に辿り着くと、一度インターホンを鳴らす。


“入っていいぞー”


 出迎えない事に少々違和感を覚えた二人だったから、中からの光陽の声に二人は中に入る。


「ああ、もう。別に我一人で大丈夫だって!」

「う……うるさい――」


 部屋に居たのはルーと光陽。そこまでは当たり前の光景なのだが、布団に入っているのが聞いていた情報と逆なのである。

 光陽が苦しそうに布団の中で熱を出していた。


「お……おう。二人とも……悪いな……ルーはもうすっかり治っててな……せっかく見舞いに来てくれたのに……」

「いや、病人の見舞いって目的だとすると間違いじゃないよ」

「センパイ。大丈夫?」


 布団の中から最低限の挨拶をする風邪を引いた光陽を見て、二人は苦笑いを浮かべた。






「風邪ってうつるものじゃないと思うけど?」

「オレも驚きだ……」


 そもそも、ルーの症状は一般的な風邪とは大きく異なるのだ。なので、光陽がこのようにして寝込む事は彼女が原因ではない。


「前触れだったのかもね」


 ノハは台所を借りて、料理を作っているサスターとルーを見る。


「何が?」

「ほら、ルーさんとコウに限らず、僕たちと彼らは存在を共有してるでしょ? だから、彼女が体調不良になったのは君が風邪を引く事の前触れだったんじゃないかって事」

「……マジか」

「風邪を引く心当たりってある?」

「…………そう言えば、芸能班に協力言った時――」


 熱の高まってきた脳から記憶を掘り進み、心当たりのある事を思い出して頭を抱える。あの後、ルーが倒れたと連絡を受けたため、自分の事が疎かになっていた。

 芸能班のライブ取材に行った時、マスクをしていたファンの人間が居た気がする。


「軽率だね。鷹さんか桜師範が見たら怒られるよ」


 いくら体を鍛えて免疫力が高くても病気にはなる。ならば、そうならないように対策を取るのも必要な能力なのだ。


「まぁ、彼女の事が心配だったのは分かるけどね。それでも、君は彼女の事になると少し冷静さを欠いてる気がする」

「……そう見える?」

「そういうのって自分じゃ気づかないから。視野が狭まると危険だよ」

「祖父さんや鷹さんからも言われて気をつけているつもりなんだけどな……」


 体調管理が甘いのは昔からの欠点だった。本人も自覚しているのだが、自分よりも他を優先する性格上、どうしても疎かになってしまう。


「それと、はい。これ」


 と、ノハは光陽が休む前に目的の一つを手渡した。それは、封筒に入った少し上品な便箋に入った手紙である。

 光陽は受け取って何気なく裏を見ると、


「!」


 裏には“印”が押されている。それは『本家』で扱われる印の中でも最上位――『城里』の印だった。


「おい……熱が上がりそうなモノ持ってくんなよ」

「ルーさんが寝込んでると思ってるつもりだったからね。こっちは。それに、コウはこっちに戻ってから『本家』には一度しか顔を出してないでしょ? しかも、その時は『お屋形様』は留守だったらしいし」

「まぁ、エイジさんとかには会ったけど。あとチビ共にも」

「その時、彼女は?」

「連れて行ったよ。色々とカオスな事になったけどな」


 その時はもう二度と連れて行くまいと心に誓ったが、手紙の無い様にもよるけれど、連れて行く方がいい形になるかもしれない。


「たぶん、V島の件で鷹さんの報告と照らし合わせをしたいんだと思う。直接本人から聞いた方が確実だからね」

「なんとなく予想はしてるが……話し通じると思う?」


 死んだはずの父との死闘。サスターとレイヴンの決着。鷹さんの因縁の終着。言葉にすれば常識の範疇だが、実際に現場に居た者としても到底信じられるような話では無い。


「事前に鷹さんに聞くと良いかもね。どんな報告したのか」

「そうする」

「よーし。ほら、出来たぞ! 腹を空かした野良犬のように貪り食うと良い」


 そんな風に話し込んでいるとルーとサスターが作った昼食――野菜うどんを持ってくる。栄養面と消化面を考えての料理だった。


「センパイって風邪ひいてても胃が強そうだし、これくらいが丁度いいかなって」

「年中、自分で(コーヒー)挽いて飲んでる奴だからなぁ。その判断は正解だ」

「おい、こら」


 睨みつける光陽に対して、ルーはニヤニヤしながら相変わらず彼の反応を楽しんでいた。


「ごめんね。僕の分も用意してもらって」

「気にしなくていいよ。一応、足りなくならないように材料は多めに買って来てたからさ」


 ノハの配慮にサスターはなんてことないと言う風に返す。


「それじゃ」


 四人は一つのちゃぶ台を囲う様に座ると、手を合わせる。


「「「「いただきます」」」」






 桜の花が舞う縁側で、桜冴烈は灰木鷹与と将棋を指していた。

 『本家』でも重鎮とされる二人は、『桜』と『灰木』の当主を務めており、同時に光陽の祖父と祖母でもある。


「……『玄武双璧』の一に辿り着いたか。光陽は」


 冴烈はV島の作戦で、光陽が『玄武双璧』の真価へ近づいている事を鷹さんから聞いていた。


「その様だね。粗削りだけど形にはなってたよ」


 駒を打つ鷹さんは、盤面を見ながらその時の事を思い出す。


「引きつけると言う意味では『玄武双璧』の奥義である『玄武剛拳』と光陽の相性は悪くないよ」

「だが、求めるモノを掴みとる事は難しい」


 光陽の資質は全てにおいて『玄武双璧』に適していた。故に、身体が出来上がった18の頃には奥義を体得しても問題なかったのだ。そして、『玄武双璧』と一になる必要が無くても、決して揺るがない(ヤエ)の存在もあった事もあり、その技は知らず内に研ぎ澄まされていた。

 あの時の光陽ならば、恐らく、全盛期の自分をも超えていたであろうと思える程に強かったのだ。


「ヤエを連れ戻すと仮定するならば、恐らくその羽さえも掴む事は出来んだろう」


 ヤエは自らで『本家』から、光陽の元から離れたのだ。そして、自らが咎人として手配されている事を察しているだろう。

 戦う可能性は高い。


「『朱雀流武』と『玄武双璧』は相性が悪いとは聞いているけどね。それほどに差があるのかい?」


 鷹さんは、光陽と夜絵が『四神獣武』を使って組み手をしていた様を何度も見ているが、実力に差があるとは思えなかった。


「実戦では話は別の話だ」


 『四神獣武』は暗殺を想定されている。一見派手に見える『玄武』も、暗殺が困難になった対象を正面から確実に仕留める術として創られたのだ。

 互いに命を狙うとなれば、奥義のぶつかり合いになる。初見であれば、一撃必殺の『玄武剛拳』で相性が悪くとも差は埋められるだろう。

 しかし、夜絵は『玄武双璧』と光陽の“質”を全て知っている。そこに『朱雀』と『玄武』の相性の悪さも重なり、光陽は圧倒的に不利なのだ。


「どうするんだい? こっちで先にヤエを捉まえるとか?」

「出来る事ならば、関わりに合う事は控えたかったのだが……彼女の力を借りるしかあるまい」


 人智を超えた強大な力を持つ者達の戦い。その末路を知る者として、孫がその道を辿らないように出来る限りの事はするつもりだった。次に『本家』に光陽が来たときがソレを実行する。


「それは、光陽が死ぬ可能性があるんじゃないかい?」

「必要な責務だ。理解させるのではなく、本人で気づかなければもっと悲惨な死を迎えることになる」


 それが、桜家の『四神獣武』を継ぐということなのだと、冴烈は己の使命を全うするために決意を固めた。

 焦ることは何の役にも立たない。

 後悔はなおさら役に立たない。

 焦りは過ちを増し、

 後悔は新しい後悔を作る。


※『ゲーテ』 ドイツの詩人、小説家、劇作家 1749~1832年

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