Emperor of shine 5 王の轍
“死”とはなんだ?
自分以外の“死”を経験した者は多いだろう。自分の身近なモノ……何でも良い。
ペットでも、肉親でも、身内でも――
悲しく、時に苦しく、そんな感覚を心に刻まれた者は多いハズだ。
なら、もう一度その言葉の意味を探してみよう。
“死”とはなんだ?
それは……齎すと言う事――
オレは祖父ちゃんから、そう学んだ。何を齎すのかは……各々が感じて判断すれば良い。
この世界にとって……ルー・マク・エリスンと言う存在は――
「他の眼から見れば……どんな存在に映っているんだろうな……」
彼女が、この世界で死んだとき……彼女と関わった者は、何を感じ、何を思い、そして……彼女の何を知っていたのだろう――
夕食時。ドルドナはマナの作った料理を幸せそうに食べていた。
「ドルドナ」
「ん? なんか行儀悪かった?」
ふと、脈絡も無くマナはドルドナに声をかける。食事中の会話があまり好きではない彼女が、不意にドルドナを呼んだことは珍しい事体である。思わずミディールも食事の手を止めた。
「蛇海龍の件は良くやった。アレは、はぐれでね。この辺りの海域には存在してはいけないんだ」
蛇海龍は『竜種』の中でも上位に位置する魔獣である。中には人と契約を結ぶことで、海域を通る事も出来るようになる。代わりに対価を求める事もあり、知能の高い魔獣であるのだ。
本来は海の代表的な神として、敬意を払うべき存在でもある。
しかし、ドルドナが討伐した蛇海龍は、海域争いに負けた、はぐれの蛇海龍であった。
この辺りの海域は昔から主が決まっておらず、魔法使い達によって生態系が管理されているのである。それ故に魔道の探究の為の地域であるのだ。
そこへ、圧倒的な蛇海龍が現れ管理を乱してしまった。本来なら本島の魔道士と連携して討伐するべき脅威だったが……ドルドナにとってさほど苦労する相手ではなかったのだ。
「別に今更だな。これで三回目だし……そう褒めなくても良いよ」
と、謙遜しているがドルドナの顔は実に嬉しそうにしている。
マナはドルドナにとって母親の様な存在であり、ミディールは兄の様な物だ。物心ついた時から、彼らが知る唯一の家族であり、共に居る事が当たり前の日常なのである。
「……マナ。回りくどいのは良くないと思うけど?」
昼間。ミディールは忘れ物を取りに戻った時に、珍しく来客があったのを知っていた。特に聞き耳を立てるようなことはせずに物置から必要な物を取って狩りに戻ったが、歯切れの悪いマナの言い方から、その来客と何かあったのだと察していた。
「えー、二人して我を仲間はずれか? ぶーぶー!」
頬を膨らませ、二人だけが知っている様子にドルドナは、ふてくされる。
「……ドルドナ。お前は、お前の父親と母親の事を知っているか?」
「もちろん。我も木の間から産まれた訳じゃない。血のつながった父と母はいるに決まっているさ。会ったこと無いけど」
ルーにとってすれば、父や母の事は気にならない事じゃない。だが今は、マナの元で多くを学ぶことが最優先だ。
「だが、いずれ会えると信じている。マナもその為に色々と教えてくれるんだろ?」
会えないのは、色々と事情があるからだと、ルーはそれとなく状況を察していた。その事情は知らないが、マナが会いに行っても良いと、お墨付きを出すまでは知識を蓄える必要があると判断している。
それだけ彼女を信頼しているのだ。
「ああ。少し悩んだけど、やっぱりお前に決めさせようと思う」
マナはアガートラームが帰り際に置いて行った言葉を思い出す。
“明日、また来る。その時……直に、ルー・マク・エリスンから返事が欲しい”
「ドルドナ。お前は、ダーナの為に戦うつもりはあるか?」
マナは、昼間にアガートラームと話した事を全て伝える。ミディールも最後まで黙って聞いていた。ダーナの民として彼にとっても他人事ではないからである。
全てを聞き終えて、一人で考えたい、と告げたドルドナは小屋から出て浜辺を歩く。
「……我が……ダーナを、か――」
彼女の世界は狭かった。マナとミディールが標準の本当に小さな世界。
ゴヴニュの元にマナとミディールと一緒に、数か月間、工芸技術を学びに行った時も……さほど周りとは差を感じなかったのである。
最初は、なぜ我が? と思った。
剣術に魔術に武術に戦術に工芸術……多くの事を、多くの人たちから学んだ。
誰よりも早く。正確に造り上げる。技を体現する。ただ……人より少しだけ出来るだけだと思っていた。
だが、マナから正面を切って言われた。
“お前は、今まで……どの人間になかった“才”を持っている。お前に教えた魔術は、お前の手で新たな先を見出し、ゴウニュが教えた工芸術は、お前の手で新しい芸術を生み出した。図らずとも今まで、お前に教えた技術は『王』として問題ない知識ばかりだった”
そんなつもりは全く無かった。学ぶこと全てが楽しくて、ソレを拾うした時にマナに褒めてもらうのが嬉しかった。
ただ、それだけだ。我は、それだけが嬉しくて……何も見えていなかった。
「ダーナが求めているのは……」
多くの栄光の果てに忘れ去られてしまう……“進むべき者”だと――
その決断をした時、彼女は孤独だった。海が発する波の音だけが彼女を見て……そして、次の日を迎えた。
「初めまして……私の名前は――」
現れたアガートラームが名乗ろうとした時、ソレをドルドナは手をかざして遮る。
「我は……光栄に思います。貴方の後継者に選ばれた事を――」
ドルドナは銀腕の『王』の前に跪く。その眼は美しい碧色の宝石で強い意志を宿した表情をしていた。
「……そうか。ならば問おう……君の名前は?」
そして、ドルドナは顔を上げると昨日の夜にマナに初めて教えてもらった、本当の名前を……唯一、父と母が自分に残してくれたモノを――
「ルー・マク・エリスン」
偽り無く、己の道を選んだと目の前の『王』に告げた。
「王を選ばなくちゃいけないのか? お前が、お前自身が望んだ事かどうかも解らないのに――」
周りからの願望と、自分がソレに適していたからと言う理由で……自分自身の未来を、他に委ねてしまう事が、お前の最良だったのか?
光陽は、マナとミディールを見る。二人は止める様子も無く、ただアガートラームと共に行くルーの背を見ていることしかしない。
そんな二人にルーは振り返ると、一度だけ微笑んで丁寧に礼をする。ただ、それだけで全て伝わったようにルーは二度と振り返らなかった。
「待て」
その声は、記憶の中の住人では無く、傍観者である光陽が発したモノだった。
「待てよ」
誰も彼女を引き留めない。まるで……それが当然だと言わんばかりに、何も言わないのだ。気づかないのか……本当にソレに気づいていないのか?
「待て! ルー!!」
思わず手を伸ばした。触ることが出来ない……解っている。それでも、ここで誰かが――誰か一人でもいいから、彼女に言ってあげなければならない――
「お前は、本当にそれで良いのか!!」
求められたから、ソレを自分の意志だと……本当にソレが自分の歩くべき道だと……幸せに繋がるのかと――
「そこに……お前の意志は本当に――」
あるのか。と―――彼は彼女へ手を伸ばした。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
“死”は見慣れているハズだった。
多くの同胞を、背中を預けた戦友を、信頼した臣下を、少ない生涯の中で失った数多くを体験した。
我は『王』だ。ソレに対して悲しみ、歩みを滞らせるわけにはいかない。
我の歩みはダーナの歩み。我の意志はダーナの意志。我はどんな“死”にも全てはダーナの為だと冷静に受け止め続けた。
しかし、今は違う。今は……ダーナの『王』ではない。
「今は、貴様の『王』だ。だから――」
首から血が吹き出る光陽を見て、例え過去の記憶だとしても、心の底から凍えていく感覚を覚えていた。
光陽が死に……我は一人となってしまったと、そう錯覚してしまったから――
もし、二人の状態に差があったとしよう。その差を利用して勝利した時が、初めて有利だったと言える。
つまるところ、優劣での勝敗を決するのは多くの要素の中に存在する、遭遇する事が難しい“油断”なのだ。
そう、ソレは油断だった――
首から溢れんばかり噴き出る血を見て、その戦いを見ている者全てがそう感じた。
無論ノハも同様である。しかし、彼は光陽と対峙する存在であることから、もはや勝利は動かないと悟った。
悟ってしまった――
「兄貴――」
「光陽――」
それって……致命傷――
その瞬間。光陽は足の指で落ちているシーツは摘まんで持ち上げた。ノハの視界が覆われる。ソレによって一呼吸遅れて、光陽以外の全ての人間が瞬時に追った。
桜光陽の姿を追った――だが彼は元の位置から姿を消していた。
「……獣――神の獣……」
唯一彼の姿を捉えたノハは、既に防御も回避も間に合わないと――油断故に僅かながら生まれた硬直へ、攻撃を――『玄武一門』を刺し込んでくる“玄武”を――
掌底打として繰り出した『玄武一門』がノハの腹部へめり込む。虚を突かれている為、防御手段を取る事は不可能だった。
「化け物――」
まともに受けた『玄武一門』によって、ノハは口からは尋常でない血を吐き出し、幾つかの内臓も大きく損傷を受け、吹き飛ぶ。
「おぉぉぉ!!」
俯せでしばらく滑った後にノハは動きを停止した。その彼を見ながら光陽は雄叫びを上げる。痛みを誤魔化す様な声は、“本家”全体に響き渡っていた。
「出血は止まっている?」
カグヤは光陽の首筋を見て、流血が止まっている事を確認していた。致命傷ではない……傷は浅かったのだ。
どういう事だ? まさか……あの出血は傷口に手で圧をかけて勢いよく噴出し――致命傷だと思わせたのか……?
だが……それにしても都合よく、その程度で止まったモノだ――
そこでカグヤは気が付く。ノハと光陽の決定的な違い。
己の【裏式】に呑まれながらも、この二人の取った戦い方には差があった。
伝承者として敵を確実に排除するノハと、状況を把握し最良の技を選択した光陽。
【裏式】を主体に動いたノハに対して、利用できるモノは全て利用して光陽は戦った。その差が――勝利を求めるノハに“油断”を作らせたのだ。
致命傷という、ほんの僅かな優位を……ノハに錯覚させた。
「……どうした。もう終わりか? 『鬼人』は――」
にシーツに覆われたまま俯せで動かないノハに強がり気味に声をかけるが、光陽も相当なダメージを受けている。それこそ、立っている事がギリギリであった。
間違いなく手ごたえがあった。今の“撃”は間違いなくまともにヒットした。アレを喰らって無事であることは絶対に無い。動くか? 立てるハズが――
すると、ノハは何事も無かったかのようにシーツに覆われたまま、ゆらりと立ち上がった。
その様子は、その場で見学している者全てが瞬時に悪寒を覚え、本気で死を覚悟するほどの殺意。
無論、正面で対峙している光陽も例外ではない。
「……どこから……どこまでが……線引きするべきか……考えたことはある?」
シーツを自らでその身から放し、捨てたノハは笑っていた。その表情は感情の最高点で笑っているわけでもない。
真心。自然体で作る事の出来る彼らしい爽やかな笑顔――それ故に、止まらない寒気と頬を流れる嫌な汗は、喉の渇きを促した。
「この――“油断”を経験した……順番に殺ぎ落としていく。次は何を経験しよう」
鬼が……一匹の鬼が……戦場を蹂躙する戦鬼が……本家でも最高峰の“鬼人”が、光陽の目の前で完全に目を覚ましていた。
全く違う。少なくとも、ギリギリのラインで着いて行くことが出来た、さっきの様子とは……まるで別モノだ。
どうしても敵わないと、錯覚するほどの圧。人は、ここまでソレへ入り込めるのかと――
「命を捨てに来たか……」
「悲しいよね……確実に“死”は避けられない」
屈託のない笑みでノハは笑う。この領域まで彼を乗せたのは自分の責任だ。
「清算は……ちゃんとつける。安心しろ」
「安心した。じゃあ、死のうか」
「ああ。捨てるのは……命だけでいい――」
これは記憶だ。彼の記憶……
魔王の宿主も光陽も現在は生きている。なら、何らかの形でこの場は収まったと言う事だ。そう……何も心配する事は無い。
二人は生きている。現在の状況が、光陽にとって死しかない状況でも……二人は生きているのだ。
生きて……いる……
しかし、彼に歩み寄る死。解っていても、ルーは止まる事は出来なかった。
「やめろ!!」
光陽を庇うように、ノハと彼の間へ慌てて駆け出した。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
意識が瞬時に跳んだ。
「――――」
光陽とルーは戻ってきた。だが目の前の景色と状況が、咄嗟に変わった事は二度目でも、必然と違和感を感じていた。
「!? ここは――」
“反転”を剥された『魔王』。独立して動く【光王】。
ルーは刹那にて状況を把握。そして、現在で最前の行動を取る。
「光陽!」
二人は『光王』を挟む様に、“この場”に帰ってきていた。流石に光陽は状況に反応が追いついておらず、ルーの声でようやくノハの様子を察する。
『光の投槍』が放たれ、光の速度でノハの顔面を貫いた。
「――……」
【光王】は『光の投槍』を放ったところまでは笑っていたが、ノハに接触する数ミリの所で、攻撃が凍るように止まっている様子からルーへ振り向く。
「よう、悪い子だ。勝手に『武具』を使うとは、お仕置きだな」
自らのエネルギーと対峙する彼女は何とも複雑な気分だった。いや、このエネルギーは……本来自分の持つ『従者』の為の具現エネルギーだ。
臣下に分け与える為の……しかし、今は――
「我の意識が無い間をカバーしてくれたのか。だが、もういい」
右腕にエネルギーを集めて『光撃の手甲』を形成しながら【光王】へ向かって駆ける。いまの【光王】は抜け殻で暴走状態なのだ。このまま形を消滅させた方が取り込みやすい。
「――――」
しかし、【光王】は拒否する様にルーとは反対方向へ向きを変えて逃げ出す。
「お、そっちで良いのか?」
その振り向いた先に、光陽が立ちはだかるように立っていた。
そして、気づいたように【光王】は不完全な『光撃の手甲』を形成。光陽へ攻撃を向けて――
「――――」
瞬間。何が起こったか認識する間もなく、【光王】は仰向けで倒されていた。
順を追って説明するならば、光陽は【光王】の突き出た腕を取り、同時に大外で足を刈ったのだ。
しかし【光王】からすれば何をされたのか解らない内に仰向けで背から地に激突していた。
「大人しくしろ」
その【光王】に、一度“発剄”を叩き込む。内宙を揺らされ、形が保てなくなった。
「『光翼の外套』」
そこへ、ルーが『光翼の外套』を発動し、確実に【光王】を自らの中に戻す。
「まったく、反抗期かぁ?」
ふぅ、と一息つくルー。光陽はノハへ。
「大丈夫か?」
「助かったよ。本当に――」
破壊され、光陽の記憶にある戦闘場とはかけ離れた損壊を目に見えて確認できる。噴き出るように破壊された地面や、焦げ痕はまるで爆撃跡だ。相当、【光王】が暴れ回ったのだろう。
「すまん。“反転”した時の記憶が無いんだが……」
「うん。だって失敗だったからね」
「マジでか……」
光陽はルーを見る。彼女はアスラに、
「情けないなぁ。名前負けしてるぞ? 【魔王】」
腰に手を当てながら不敵に、ふふん、と小悪魔な笑みを作っていた。
「…………」
「どうかしたの?」
ルーを見つめる光陽の様子が、いつもと違っていたのでノハは気になって反射的に尋ねる。
「……いや、こっちの話だ。“反転”してからどうなったのか教えてくれ」




