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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
間話 Irregular's spend a holiday 休日
52/56

Emperor of shine 4 世界に呑まれる

 どこかで見た気がする。


 街中で歩いていると極稀に、横を通り過ぎる“景色”や“人”を見てそう感じる事がある。


 既視感(デジャヴ)。その現象はそう言われている、ほとんどの人が経験したことのある現象だ。

 なぜ、その様な感覚を認識してしまうのか? それは未だ多くの謎に包まれており、人の持つ可能性の一つと考えられているのだ。


 予知や過去視と言った仮説があげられているが、未だに自らの肉体の全てを解明していない人類にとって、可能性という事でしか結論は出ていないのだ。


 「……アガートラーム」


 光陽は、マナと呼ばれている者の小屋に居た。当然、目の前に居る“存在”からは認識されない。

 ルーの記憶。絶対にありえない感覚を目の前で、マナと言う女性と話している男から感じていた。


 どこかで、彼を見た事がある――





 「フォモールとは、同盟関係にあったはずだろ。なぜ、奴らがダーナへ牙を剥く?」


 マナは薬茶をアガートラームの前に置く。湯気を立てて独特の香りを出すソレは、質の高い嗜好品であった。


 「暴挙だ。私も……仕方なく王座から離れていたとは言え、どうしても戻らなくてはならなくなった」

 「噂は耳にしてるけどね」

 「現……いや、前王ブレスは、ダーナに対して圧政を敷いていた。高い税の徴収。各地での横暴。吟遊詩人の語人(かたりべ)を廃止。その結果、王宮は自堕落に腐りきってしまっていた」


 本来は、この地へ訪れた時からの王――アガートラームが、戦争後も王としてダーナ神族を導いて行くハズだった。

 しかし、ある事情から王位を剥奪される事態となり、その後釜に着いたのがフォモール族とダーナ神族の血を引くブレスと呼ばれる人間だった。


 「加えて、税の取立てにはバロールが直接指揮を取っている事から、奴がフォモールの深淵に通じている事は解っていた」

 「……驚いたね。あのバロールが表に出ているのかい?」


 バロールという言葉に、マナは驚く。全てにおいて畏怖される存在であり、ソレは高位の魔術師としても無視できないものごとだった。


 「ああ。流石に“魔眼”は固く閉ざされているが」

 「当たり前だ。あんなモノが、使われる事態になって見ろ。恐怖だけでは済まない」


 ダーナとフォモールは同等であるとう“盟約”が取り付けられていた。だが現在の力関係は、フォモールへ大きく傾いているのだ。


 「ブレスは、バロールを使いダーナの力を全て殺ぎ落とすつもりだ」


 重税による、資材、食料不足は反抗勢力が生まれる事の抑止力ともなっている。王位を離れていた一年間で、アガートラームの息がかかっていた、王都の臣下は全て殺されており、ダーナ神族の中枢の殆どがフォモール族によって運営されていた。


 「そこまで盤石な基盤を気づいたのに、なぜブレスは今になってダーナを滅ぼす? 旨味はどこにも無いだろ?」


 マナは誰でも思いつく事柄をあえて口にする。このまま重税を敷いていれば遊んで暮らし続ける事が出来るのだ。だと言うのに、今更ダーナを滅ぼすと告げているブレスの行動は少々矛盾している。

 その事に、切れ者でもあるアガートラームが気づかないとは考え辛い。


 「理由は至極単純だ」

 「なら、その“単純”を教えてくれ」


 アガートラームは片腕の銀装飾の義手を外す様にいじる。そして、音がして外れるとそこからは生身の腕が生えていた。


 「私が王位に戻る事が出来る身体になったからだ」


 ダーナ神族の『王』となる条件。ソレは身体の四肢が完全であることが絶対条件なのだ。

 この地へダーナ神族が来たときに、先民のボルグ族にフォモール族は支配されていた。そこで、安住を得る為に、ダーナ神族はフォモール族と盟約を結び、ボルグ族との戦いに勝利した。

 しかし、その時の戦いで、アガートラームは片腕を失い、『王』としての条件から外れた為、王位を退くしかなくなったのである。だが、後に優れた医人の魔法によって腕を元に戻すことが出来たのだ。


 「『王』に戻った私は、宮殿内部から状況を一新した。税を元に戻し、信頼の出来る臣下を選定。そうして、ダーナは元に戻った」

 「だが、違った」


 アガートラームの言葉をマナが紡ぐ。彼は少しだけ薬茶を飲んだ。


 「王位を剥奪されたブレスはフォモールに泣きついた。その結果、フォモールの方で一つの結論が出たらしい」


 武勇に優れるアガートラームが王位に戻る事で、今まで圧政を受けた“借り”をフォモール族へ向けるとブレスは(うそぶ)いたのだ。自分で蒔いた種だと言うのに、ソレを真面目に捉えるフォモールも、フォモールである。


 「そして、我々(ダーナ)を滅ぼす事を、フォモールは決定した」


 無論、ダーナも無抵抗で滅ぼされるわけでは無い。しかし、ブレスによる圧政は思いのほかダーナ全体の勢いを落し、優秀な戦士は数えるほどしかいなくなっていた。

 今も王宮では多くの戦士を募り戦いに備えるつもりだが、それも芳しくない。


 その理由の一つとして、バロールの存在が特に目立って一族全体に伝わっている事にある。長きに渡っての圧政と、バロールの存在は……ダーナ神族全体へ強い恐怖を与えていたのだ。それでも、投降者が出ないのはアガートラームの器の大きさに踏みとどまってくれているのだろう。


 「フォモールの王――バロールの持つ“魔眼”は……在るだけでダーナ全体の士気が落ちる。その所為で、物資や人材に余裕の無い現状での戦争となってしまった」


 こちらは疲弊し、態勢を立て直す最中でフォモールは宣戦布告をしてきたのだ。

 完全な負け戦。まともに部隊の指揮を取る者も、ギリギリだと言うのに、敵にはダーナ一族全体に恐怖を植え付けたバロールが居る。


 「勝目は無いぞ」

 「今のままでは、な」


 マナの結論をアガートラームは一蹴する。まるで確信があるかのような言葉を次に放った。


 「バロールはドルイド僧に己の死期を予言されていた。ある一人の人物に殺される、という予言を」

 「…………」

 「それを恐れたバロールは、自身の娘を塔に閉じ込め、そうならない様に配慮したが、予言は高い確率で的中へと向かっている。今もだ――」


 マナは今理解した。ここまでアガートラームが喋った言葉で、彼が何故この場所へ、そして……何を求めて来たのかを――


 「ゴヴニュから聞いた。今までに見た事の無い“才”を持った者が居ると。そして、ドルイドから……その人物は予言の決定者であり、ダーナ存命に大きな役割を果たす存在だと」

 「……悪いけど――」


 そんな人物はいない。マナはそう告げて、この話は断るつもりだったが、その言葉を言わせないと言わんばかりにアガートラームは告げた。


 「ルー・マク・エリスン……ここに居るハズだ。彼を私の後継者――ダーナの次の『王』にする」





 確固たる意志は、自分自身の為ではない。彼も、自分の保身の為に、戦いにルーを駆りだそうと、捜していたわけではなかった。


 彼は……アガートラームは、良くも悪くも多くの民を率いて、導く『王』なのだ。


 光陽は、アガートラームの事を知れば知る程、多くの者達が彼を待ち望んでいたと感じていた。この認識能力は、自分も同じくらいの器を持つ“頭”の居る場を知っている事が大きく影響している。


 そして……自分よりも自分の護るべき者達を“護れる力”を持っている存在が居るのならば、現在の地位を明け渡すことも厭わない。

 権力にしがみ付くのではなく、利益を得るわけでも無い。自分の得する事など何も無いと言うのに、一族の為ならば己を犠牲にする事も躊躇いが無いのだ。


 「けど、頭としてはどうなんだろうな」


 確実な保証は……どこにも無い。人は“利”がある限り、権力を手にしたら変わってしまう事は良くある話なのだ。歴史でも何人かは、そう言う指導者は確認されている。

 この頃のルーは見た所、16と言う幼少期だ。その彼女に、彼は――


 「……押し付けるなよ。自分の都合で、アイツに……『王』を押し付けるな――」


 聞こえるハズも無く、触れる事も出来ない。しかし、光陽は思わずそんな言葉が口から漏れ出てしまった。

 もし、今この場に干渉する事が出来るのなら、迷いなくルーの手を取って、彼らに見つからない場所で、年頃相当の生き方をさせてあげたかった。


 あの、いつも自分に見せる、彼女の様々な笑顔は……どこからどこまでが本心なのだろう……



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 今も続いている生涯で戦慄した記憶など、片手で数えるほどしかない。


 だがそれは、“それは自分より強い者などいない”という不敵がある訳でもなく、又その様な感覚が欠落している異常者でもないのだ。


 用いる知識の延長として物事を捉える。そして予測が可能な範囲ならば、初めての事柄でも、さほど脅威を感じないのだ。


 「…………」


 今、目の前に展開されている戦いは、どこか目の離せないモノとして視覚情報から本能に訴えかけてくる。

 眼を逸らせない……。蛇に睨まれた蛙のように、ただ目の前の状況に釘付けになってしまった。

 どっちが勝つとか、そんな事を考える余裕はない。ただ……無言で事の成り行きを見守る事しか考えは働かなかった。しかし、どうしても自然と――


 「……ふふん。やはり、痺れる程の器だな……貴様は」


 対峙する二人。その内の全てが愛しい彼を見て、無邪気で邪悪な笑みが浮かんだ。





 光陽とノハ――互いに動きが止まっていた。

 囲んで見ている敗退者達は、急に二人が生み出した――渇く様な空気と雰囲気に言葉を失っている。

 何故なら、これから二人が行おうとしている戦いは、修業の“仕合”ではなく……本気の殺意をぶつけ合う“殺し合い”なのだから――


 「っ……っあ――」


 カグヤは止めなければならないと、責任を果たそうとするのだが、声が出なかった。

 目の前の“殺し合い”は、カグヤにとって慣れていない事であり、二人の“殺”の雰囲気に呑まれてしまったのである。


 「――――」

 「…………」


 恐ろしく研ぎ澄まされた殺意によって、場は静寂を極めていた。己の【裏式】に呑まれてしまった光陽とノハ以外には、動く事もままならない。


 その時――突風が場を駆け抜ける。

 修練場の反対側の日の当たる場所に干されていた、一枚のシーツが突風によっては攫われ、空間を……はためいた。

 そして風に流されるまま、泳ぐように光陽とノハの間へ入り込む――


 「――――」


 その動きは一瞬だった。硬直を破るように、光陽はシーツによってこちらを見失った状況を完璧に“虚”を突いたと判断。ノハへ踏み込んだ。


 制した! 一撃――


 解る者は、踏み込み放った光陽の肘――『玄武一門』を見て、完璧にノハ“虚”を捉えた攻撃だと認識する。

 その『玄武一門』は、受けた者を確実に戦闘不能にする程の“撃”を纏っており、勝敗は一瞬で決まった。

 シーツの向こうに居るノハへ『玄武一門』が炸裂――


 「――――!」


 だが、次に光陽が感じたのはノハへ当たった『玄武一門』の感覚では無く、何も無い空間を打ち抜いた感覚だった。

 光陽は、ただ突っ込む形となり、その姿はシーツに姿が覆い隠される。


 ノハは光陽と入れ替わるように彼に対して背を向けて立っていた。誰もが、『玄武一門』を躱した彼の動きを追えなかったのだ。

 鋭い視線で背後の光陽へ視線を向けると同時に、彼を狙って回し蹴りを繰り出す。


 「―――『切先』」


 蹴りが当った瞬間、ドッ、と肉に刃物を突き刺したような生々しい音が響き、光陽はその攻撃で仰け反るように宙に浮かぶ。そして――


 「――――」


 蹴りの軌道のシーツに、小さな切痕が出来きていた。そして、その向こう側が赤く染まっていく。光陽が、今の攻撃で負傷し出血した証拠であった。


 位置的は首元。数秒と経たずを凄まじい速度で赤く色をつけ始める。その様子から相当深くダメージを受けたと見ている者達は予想した。


 「……ああ、そうだったね。忘れてたよ」


 ノハは感情の無い口調と視線で光陽を見る。彼は未だ戦う意志を証明する様に力強く足を踏みしめた。

 そんな光陽へ向き直るノハ。

 一部が赤く変わり、シーツの先端まで達した血が、雫となって地へ流れ落ちる。光陽は、シーツで全身を覆い隠す様に頭から纏っていた。


 「獣は……手負いだからこそ、獣だ――」


 研ぎ澄まされた気配をぶつけ合う。単純な殺し合いだが、その中には大きな駆け引きが生まれていた。


 外的要因(シーツ)を利用して先制した光陽。だが、本当に“虚”を突いたのはノハの方だった。彼はシーツに視界を覆われた瞬間、わざと隙を作ったのである。

 光陽が動いた瞬間に決着は着いた。全ての者がそう結論付けた。

 しかし、本能で危機を悟ったのか、彼に与えたノハの返しの攻撃は勝負を終わらせるモノでは無かった。


 負傷し、それでも尚、コウは……僕の前に立つ。なら、こちらはソレを完全に捻じ伏せる。ソレが『鬼人』だよ――

 二人の本能は共通して同じことを言っていた。


 証明せよ……我らの“血”を――

 継ぐべきモノを――

 命を捨ててでも――

 戦え――


 向かい合う二人。だが決定的なダメージは見て解るモノだった。絶え間なく流れ続ける血は、間違いなく致命傷を負ったと判断できる出血量である。しかし、光陽の姿は隠れている為、確実とは判断しがたい。


 「…………クソ」


 声が出ない。カグヤは場に流れる“戦慄”によって硬直してしまっていた。止める方法は無いのか? このままでは二人は――特に光陽は――


 「兄貴……それって致命傷?」


 ヤエはカグヤの隣で二人の戦いを見ながらも別の事を考えていた。

 兄の表情は見えず、出血具合からの負傷の度合いも定かではない。それでも、ちょっとした挙動や雰囲気からでも兄が今何を考えているのかを感じ取れるのだ。


 「今……愉しくてしょうがない事は解るよ――」


 何年ぶりかに見る、兄の楽しそうな雰囲気。全力を相対者にぶつけて、拮抗を保つなど無い経験なのだ。

 祖父から習った『四神獣武』を試したい。意志でブレーキをかけていても、心の奥底では、その意志があるのだ。加えて……ソレを気兼ねなく試せる相手は、自分よりも強い事で更に拍車をかけていた。


 嬉しい。ノハさん、ありがとう――


 完全に兄は『玄武双璧』に取り込まれているが、それよりも久しく楽しそうな様子の方がヤエにとっては重要な事だった。


 「…………」


 そんなヤエとは対照的に、カグヤは切り替えて、少しだけ冷静さを取り戻す。そして、改めて二人の差を図っていた。

 ノハは強い。ソレは、他家からもお墨付きをもらうほどの天才肌で、現時点で『伝承者』として足りないモノは、“年齢”だけと言われるほどである。


 相手の挙動から先の先を取る『見先』。

 状況に応じて、最も有効な攻撃を瞬時に繰り出す『柔軟思考』。

 それらを何の弊害なしに繰り出す『闘力』。


 この全てにおいて、ノハは光陽に大きく優っているのだ。現段階で光陽が唯一、ノハに着いて行けるモノは『“虚”を制する』という事柄だけである。しかし、ソレも僅かにノハが優っている。


 「『鬼人』……神ではなく人」


 元来、怪物や伝説を打ち倒すのは、人の役割である。だから『朷矢家』の継ぐ“鬼”は『鬼人』と称されるのだ。


 現段階……人の枠に収まった“(ノハ)”は、四神の獣を殺すために、その心臓は鼓動を刻んでいる――


 「…………」


 シーツを利用し姿を隠す光陽と、その彼を見て何かを考える様なノハの間には奇妙な硬直が生まれていた。本来なら実力差がある時点でノハが止まる理由は無いハズ――

 すると、ノハは軽い動きを選んだように身体を揺らし始める。


 ……重打を捨てた?


 ノハの様子から、カグヤは『切先』の様な、重く、勝負を一撃で左右する“撃”では無く、軽く返しのしやすい――細かい動きを選択したと判断する。


 ノハ……何を考えてる? 光陽は攻めあぐねている。加えて手負いで、未だに出血は止まらない。それでも……何かを警戒しているのか?

 例えば、光陽がシーツの裏で流す血は偽装(フェイク)。血流を促し……出血を増やすことで致命傷と思わせている。


 更に、シーツは血に濡れている。濡れた布は強度が増す。それによって、先ほどは通った攻撃が今は効かない可能性が高い。

 『切先』の様な、重く鋭い一撃を……無力化されかねない。それどころから返す攻撃(カウンター)で敗北を迎えかねない……そんな予感を、今の光陽から感じているのか?


 軽い撃を選んだノハに対して、今度は光陽が攻める為に間合いを詰めていく。シーツを利用し、挙動を覆い隠された状況では、ノハは後手にまわざる得ない。


 「――――」

 「…………」


 光陽はシーツに身を隠したまま踏み込み、ノハは身構えた。





 ルーは目の前で行われている“戦慄”に対して、冷静に状況を分析していた。

 この戦いは多くの方向から解釈が出来るのだ。

 光陽の初手は外、的要因(シーツ)によって“虚”を制したと思ったが、逆に制された。しかし瞬時に状況を把握し立て直す為に、逆に制される事でシーツを己の手に寄せると言う選択を勝ち取った。


 そして、“虚”を制した筈の“鬼”が、現在は逆に選択の幅を狭めている。

 二人の“虚”を制する能力は、“シーツ”一枚で傾くほどに拮抗している証なのだ。


 本当に……本当に貴様は愛おしいな。普通は考えられないよ。自分よりも遥かに先に行く“強者”に対して、持てる能力で唯一互角のモノを使い、優位に持ち込んでいる。


 「なんだ。立場は完全に逆転してるじゃないか」


 向かって行く光陽は、一度シーツの端を振って付着した血液を飛ばし、即席の目つぶしを行った。しかし、その程度の小技はノハには通用しない。彼は飛ばされてくる血を片手で払う。だが――


 「『玄武一門』」


 ルーの言葉に合わせるように、血を弾いた際のノハの“虚”を突いた光陽は、正面から『玄武一門』を彼の脇腹に叩き込む。


 ノハの肋骨が折れる音と、重い撃を証明する音と、ソレがまともに当った音が周囲に響く。決着となるには十分な一撃だった。


 「決まっ――」


 しかし、ノハは僅かに仰け反っただけで、返しと言わんばかりに光陽へ重い蹴打が叩き込む。物理的に何かが折れる音と身体を打つ音が聞こえ、彼の身体は後ろへ吹き飛んだ。


 「……まいった。見誤ったよ」


 ルーは、己の白いキャスケットを掴む。そして、己の分析が間違いだったと素直に認めた。

 今の『玄武一門』で決まっていても、何らおかしくない。それほどに完璧に決まった一撃だったのだ。


 しかし“鬼”は……硬直するどころか、骨が折れても反撃してきたのである。しかも、その反撃も一撃クラスの威力だと見て取れ、平然と目の前の敵を滅す為に歩み出していた。


 コレが差……【裏式】の『伝承者』と、そうでない者との大きな……“力”の在り方の差――


 光陽は着地すると同時に、衝撃に耐えるように踏ん張っていた。ギリギリ場外には出なかったが、その場でシーツに隠れたまま彼は動きを停止する。


 「予想できたハズだ……この手で殺すのは“怪物”だけだ」


 ノハは、そう呟きながら、立て直す間を取らせぬと言わんばかりに接近していく。そう、反撃の間など与えるつもりはないのだ。


 「ちょっと……兄貴。来てる……来てるって! お兄ちゃん!」


 妹が叫んでいる。しかし、光陽は動かない。ノハが間合いに入り、トドメを刺すように、重い拳がシーツの上から叩きつけられた。

 光陽は転がるようにその攻撃を回避。同時に、シーツが置き去りにされ、彼の姿が露わになる――


 「――――」


 ルーを含めた全員が――光陽の様子を見て驚愕した。彼は……首を抑えている。


 その理由は、『切先』によって受けた首の裂傷から、吹き出る血を抑える為であった。しかし……出血の勢いは、指の隙間から漏れ出る程であり、直ぐに治療しなければ命の危機もある。


 流血は……偽装(フェイク)じゃない……? 頸動脈を……致命傷――



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 【魔王(ノハ)】の攻撃は単なる蹴打。それでも、“反転”している現状では、狙った対象を塵も残さずに消滅させる程の威力がある。


 「もう一つ――」


 爆発と衝撃を伴った、【魔王(ノハ)】の蹴打は、何とか受けた【光王】の片腕を消し飛ばしていた。

 【光王】は、消失した腕に驚くように視線を向け、硬直していた。そして、次手の拳を、まともに顔面に受けて仮面の一部にヒビを入れながら吹き飛んでいく。

 吹き飛んだ先でアスラは両手を合わせて仁王立ちしていた。


 色褪せないエネルギー。ソレがアスラの『王』としての特性だった。

 全ての『王』と『従者』は、その時使えるエネルギーは、自らの持つ総量の範囲内しか使用する事は出来ない。そして、エネルギーの回復条件を満たしている時だけ、消費したエネルギーを回復する事が出来る。

 しかし、【魔王(アンラ・アスラ)】は原初の『王』であるが故に、その内包するエネルギーの特性はかなり原始的な性能だった。


 色褪せず、他に浸蝕されない原始のエネルギー。本来、知的エネルギーは、少しでも“存在”の同調を早めようと、“宿主”に馴染みやすいエネルギーへの変換を可能としており、長い時間をかけて、自分の持つエネルギーを全て変換するのである。


 しかし、アスラはソレが出来ない。


 今まで長い間、“宿主”を取らなかった事と、“釜”からのエネルギー供給に頼っていた事もあり、彼のエネルギーは何物にも染まらないモノとして、良くも悪くも確立しているのだ。

 本来、エネルギー同士の衝突では出力の大きい方が優る。しかし、ソレは同質としてぶつかり合った時の話であり、変換が困難であるが故に、エネルギーとして違う次元に存在するアスラのエネルギーは、少ない出力でも一方的にかき消すほどの独自特性を持っている。


 つまり、彼のエネルギーは他に呑み込まれる事が無い。という事であり、どれだけ莫大なエネルギーをぶつけられようとも、自らを構築するエネルギーだけを確保すれば、()ぬ事は無いのである。


 「これで……フィニーッシュ!!」


 飛んで来た【光王】へハンマーのような剛腕が振り下ろされた。『魔王城』が揺れたと錯覚するほどの振動と、轟音に地へ叩きつけられ一メートルほど陥没する。


 「ふぅ……。どれ、もう“反転”は解除されたかな?」


 ノハはアスラの元へ移動すると、数メートル埋まった【光王】を覗く。無理やり叩きつけられて、見た目だけでも酷い有様だった。背骨が普段は曲がらない方向へ曲り、手足も衝撃で全て圧し折れている。


 「死んじゃってないよね?」

 「“反転”は一時的に新たな“存在”となる事だ。解除されれば“反転”中に受けたダメージは全て無いモノとされるよ」


 無論、使用したエネルギーは膨大なモノなので、“反転”の解除は戦闘と行動の不能を意味する。


 「――――」


 唯一、まともに動く【光王】の右腕がゆっくりと持ち上がる。そして、


 「!! っ!」


 気が付いたノハは、ソレが来るまえに飛び退く。その瞬間に地中から吹き出す様に、エネルギーによって増幅された“剄”が爆発した。

 まるで、地雷原が一斉に爆発したように、次々と炸裂していく。


 「――――」


 ノハは、幽霊のようにゆっくりと立ち上がる【光王】の姿を捉えていた。

 両足はおろか、背骨も圧し折れていたハズ。立ち上がるどころか、“反転”を一度解除しなければまともな行動は不可能だ。物理的にも動く事は――


 『出来る。アレが【光王】の特性だ』


 アスラが確信する様に告げた。【光王】はボロボロになっていた衣服や、体中の損傷を瞬時に修復。消失していた腕も、砕けていた全身の骨も、何事も無かったかのように回復し立ち上がっていたのだ。


 そして次に、この場を取り囲んでいる壁に向かって攻撃を開始した。【魔王(ノハ)】の事は、眼中にない様子で眼を背けている。


 『ノハ氏!』


 言われずとも【光王】の行動の意図は解っていた。この場から脱するつもりだ。外に出て何をするのか想像はつかないが、ロクな事ではないだろう。無論、この場に居る以上、好き勝手させるつもりはない――


 「止まれ」


 【魔王(ノハ)】は、“極壁”に持てる限りの『武具』で攻撃している【光王】の背後へ、『千年戦場』より発生した刀を持って接近する。


 その接触は、僅か5秒で決着となった。

 四肢の損傷を狙った、【魔王(ノハ)】の太刀を【光王】は、どう動くのか見てきたように身体を揺らして躱す。


 無駄の無い最小限の動きは、光陽が基盤となった動作ではない。この動きは……マズイ!


 引いた太刀筋を見切られ【魔王(ノハ)】は懐の接近を許してしまった。今までで確認されなかった、流水の動きに次の手を読み切れない。


 迫る【光王】の右拳。『光撃の手甲(ガントレット)』を装備した一撃は、無視できない攻撃力を持っている。

 勢いを殺さずに、【光王】の伸びきった腕に合わせて回るように側面へ。その際に重心の方向を見切り、足を引っかけて【光王】の態勢を崩す。

 そして、その背に対して、逆手に持ち変えた刀を動きを止める意図として突き立てた。


 しかし、爆発するように背から放出された『光翼の外套(ファラング)』によって刀は形を維持できなくなり、エネルギーへ還る。

 その刀が消えた時と、ソレを認識する間で振り向いた【光王】は、再び【魔王(ノハ)】へ拳を繰り出していた。


 流石に避けられない。何とか正面で受ける事に成功するも、攻撃事態はまともに受けてしまった。瞬間――


 「!! これは!? しまっ―――」


 受けた攻撃は“剄”が乗せられていた。直接『内宙(マトリス)』を揺らす一撃を受けて、【魔王(ノハ)】の“反転”が一時的に解除される。


 「むむ!?」


 最も警戒しなくてはならない攻撃を、何の相殺無しにまともに受けてしまったのだ。分かれるようにアスラも膝を着きながら現れた。

 そして、厄介な存在を始末する様に『光の投槍(ジャベリン)』がアスラの身体を打ち抜く。


 「しまった……形が……ノハ氏――」


 ソレはアスラが再び形を構築するのに1秒ほどを要する間に執行された。

 【光王】はノハへ『光の投槍(ジャベリン)』を放つ――

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