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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第1部 Remaining story 残光
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4.Lonely 孤独

 眼で見る。耳で聞く。鼻で嗅ぐ。肌で感じる。

 人は周囲にある、それらの情報が状況を判断して、そして自分が世界に対して何をしているのかを認識している。


 しかし、その全てを僅かにも感じられない空間が存在していた。そこは天井の代わりに虹色の景色に支配された空間。

 周囲に存在する凄まじい量の本棚と、ソレに収められた本は、その場の主が記録している、多くの“物語”であり、現在も進行して居るモノは数字で表す事の出来ない程に途方もない数だった。


 その本棚と本に囲まれた中心に存在する一台のデスクに、椅子と共に腰を落ち着かせ、事務作業に勤しむ図書員のような姿をした男が居た。

 彼は、周囲の本棚と本の中身を全て把握し、全て管理している、この場の“主”である。


 「―――――」


 一枚の様々な記載の入った資料に羽ペンを走らせる。古めかしい道具だが、彼はソレを気に入っている。


 『アンラ・アスラ ←→ 朷矢之破』

 『ゼウス ←→ クラフト・ラインハルト』

 『ヌアザ・アーケツラーヴ ←→ 記載不可』


 上記の記載は目の前に置かれた用紙に丁寧に記されていた。書き換える事も消す事の出来ない“事実”に、多少不満な表情を作りながらも、その隣に承認のような『Utopos』というサインを記入していった。

 そして、記載の一番下に、


 『ルー・マク・エスリン ←→ 空欄』


 と、書かれた文字で羽ペンが止まった。


 「…………」


 送り込んだのは、もはや必要ないと気が付いたからだった。頼まれた以上、最善を尽くすが……狂った世界を修正するには、こうするしか方法は無い。

 コレが、全ての可能性と“演算”から導き出された結果である。

 それに、あの『王』には既存の勢力では対応する事は、ほぼ出来ないだろう。彼らはソレに正面から向かい合う“思考”は持ち合わせていない。

 天秤は絶妙なバランスを保ち、戦局は硬直している。ソレを乱すことで静寂の水面に、波紋を落せるはずだ。


 「……とりあえず、様子を見るか」


 男は羽ペンを、ペン立てに戻すと別の資料を横から取り出した。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 一筋の光が夜を照らした時は、何が起こったのか理解した者は誰もいなかった。


 丁度、日付の変わる時間帯のE市の中心街。その上空、約五〇〇メートルの地点に浮かぶ、“光の球体”は光の線を放った。真下に半円を描くように右から左へ薙ぐように動くと、遅れて爆炎を発生させたのである。

 轟音と建物の崩壊は、その根源を見上げて居た者達の、目と耳と肉体に強く刻み込まれた。


 「……なんという事だ。まさか、本気で戦争を始める気か!?」


 ユニット8のオペレート室で、“光の球体”の進行と攻撃の一部始終を見ていた国情は、握り拳を机に叩きつけていた。

 これほど単純に……そして、容易く文明を破壊するほどの力だと言うのか!? こんなモノに我々はどうやって対抗すればいい? 対抗する術……は、もう彼らしか――

 慌ただしく情報を整理している時に、割り込む様に携帯へ連絡が鳴った。思わずポケットから取り出すと、そこには『アスラ』と連絡者が記載されていた。


 『どーも。よっすよっす、国情氏』


 他の者に会話が聞こえない様に背を向けて会話を行う。


 『そっちの対応は見事だったけど、アレにダメージを与えるには文明の産物ではダメだよ。ちょっと気が散る程度には効果があると思うけど、ある意味“核”も効かない。後はこっちで引き受けるよ』

 「すまん。出来るだけ手の内は隠しておきたかったのだろう?」

 『んー。まぁ、こうなった以上しょうがないっしょ。こっちはまだバレてないし、先制攻撃で一気に決めるつもりだから、よろしく』

 「警察機関には補佐を命じよう」

 『避難指導だけでいいよ。こちらも極力街への被害は抑えるけど、どうしても無理な場合があるから。前もって言っておく』

 「ああ。あんなのが真夜中に出てくる方が目障りだ。総理には私から話を通しておく」

 『よろしくね』


 国情は携帯を切る。後に必ず起こる“戦争”……それの始まりが今夜だとすれば、もはや人類にとって頼るべきは、彼らしかいない。





 「…………何が起こった?」


 光陽は、カグヤと別れてE市の中心街の外れにある自分のアパートに帰っている途中だった。

 妙に空が明るいと思って見上げると、なんかの映画で見た様な、宇宙人の襲来を咄嗟に想像できる“光の球体”が空に浮いていたのだ。

 疑問詞を浮かべていると、“光の球体”の一部分が針の様に一瞬だけ輝いた時、街を光線が薙いだ。そして、一秒ほど遅れて二次現象の爆発が起こったのである。


 咄嗟の爆発で生まれた衝撃に、身体をさらわれそうになったが、近くの電柱に掴まって凌ぐことが出来た。しかし、次に近くの建物の根元が損傷したのか、周りの建物に損傷を与えながら倒れてきたのだ。


 一難去ってまた一難。


 光陽は、倒れてくる建物から逃げられないと判断すると、建物の窓を見極めて蹴破り、内部に逃げ込んだ。そして横倒しになった建物は運よく、それ以上崩れる事は無く、非常口まで移動して外に出たのだ。


 外に出ると、空には太陽の様に夜を照らす“光の球体”が存在していた。そして、先ほどの光を雨の様に次々と降り落とすと言う、世界の終焉を感じる事の出来る惨状になっていたのである。


 「なんじゃこりぁぁ!?」


 叫ぶ彼に答えを提示する者はこの場に居ない。だが、長年の修羅場の勘から、なんとなくヤバい事は理解していた。光の着弾箇所は、ダイナマイトが炸裂する様に爆発していく。


 「早く逃げ―――」


 色々と未知との遭遇で混乱していたが、この場を離れる判断は間違いないハズだ。

 その時、光の一つが光陽の目の前に着弾する。地面が爆発し、その衝撃で捲れ上がったコンクリートが吹き飛んで迫る。


 「うぉ!?」


 咄嗟に強く踏みしめて下半身を安定させると、飛んでくる人ほどの大きさの破片へ掌を合わせる。そして、後方へ勢いを殺さずに流した。

 まるで台風に飛ばされた段ボールの様に、飛んで来たコンクリート片は、流した先に停めてある車に当たって、そのボディを凹ませる。


 「あっぶねぇ――――うご!?」


 だが、飛んでくるコンクリート片の影に隠れていた店の看板が、彼の顔面を直撃すると、その場で意識を失った。





 空に浮かぶ“光の球体”は何を思ってか、それとも何も考えていないのか、ただ自らの持てる力の限りに街を破壊しているようだった。


 まるで、それが……役目と言わんばかりに―――――


 光が、地上の街を穿つ。文化を破壊する。建物を吹き飛ばす。人を狙っているわけでもなく、建物を狙っているわけでもない。無差別で完全に方向性の無いアトランダムな攻撃。ただ破壊できればいい。そう思えるような光景だった。

 攻撃を受けている街では、市民たちが逃げまどっている。ほとんどの者が乗り物に乗らずに出てきたため、走って逃げるしかできなかった。


 多くの人間が居るが、誰もがその場からいち早く去ることを目的として、全身全霊で逃げる。そして、それから生き残るのは“運”としか言いようのない理不尽な光景は、平和の中で過ごしていた者達には、まさに戦場そのものだった。


 夢から覚めるのは当たり前だった。

 “非現実”が“現実”を侵食し、誰もが逃げ惑う事しか出来ないと、心のどこかで居もしない“神”に祈り、救いを求める―――――


 しかし、そんな時でも誰も望まなかった。


 人に――

 “英雄”に――


 助けを望まなかった。事もあろうに、いるハズも無い(モノ)に助けを求めているのだから、救われるハズはなかったのだ。


 「まいったな。為朝がいないと……おれは足手まといじゃないか?」


 ホテルの一室で、真夜中の緊急速報を見ていた、青色の右眼と金色の左眼のオッドアイを持つ少女は、電話を取り現地へ連絡をつける。


 「最悪ね。E市を離れているタイミングでなんて――」


 高速を走りながら愚痴を洩らす国情は、自分が到着するまでには事が終わっていると推測していた。そうでなければ、E市は間違いなく壊滅するからである。



 彼女たちは知っていた。

 在るのは“現実”だけ。ソレを打ち負かす“現実”だけが、唯一彼らが救われる未来を創る事が出来るのだ。



 そして、現実はそこに具現する。

 ランダムに落ちる光。容易に街を破壊していく、その光線を防ぐ者達が居た。


 「………………」


 何時から現れたのか……彼らは仮面に黒い民族着の上に黒いフード付のトレンチコートを着た者達だった。その者達は皆、時代錯誤な西洋の盾を持ち、降り注ぐ光を弾いて無力化している。


 「なんじゃ? ワシが一番乗りかい―――」


 混乱によって我先にと、街を逃げる市民とは逆に歩いている男が居た。

 頬から首元まで伸びる、斜めに並んだ二つの傷。灰色の髪。真冬だと言うのに、どこかでライブでもやっていそうな薄着に、サングラスを着けていた。ポケットに手を突っ込んで、“非現実”に浸蝕された街を楽しそうに歩いている。


 「ナンド」


 その隣に、白い和服に身を包んだ少女が浮いていた。まるで重力など無いかのようにフワフワと風船のように浮いている。


 「うぉ!? (せん)! いきなり声を、かけるなって言うとるじゃろ! お前、幽霊みたいでビビるんじゃ!」

 「わたし、とっても眩しいわ。そう、眩しいの。特に嫌いなのよ。眩しいのは―――」

 久しぶりの大きな戦い。それでも、いつもと変わらないにセンにナンドは笑う。


 「はいはい。で、どいつを、ぶん殴ればいい? ショーグン」


 センと呼ばれた少女の、和服の長い袖が持ち上がる。その先端から、僅かに表れた人差し指が“光の球体”に向けられた。


 「あれ目障り。そう、とっても目障りだわ。夜は寝るものでしょ? これじゃ寝れないわ。そう、寝れない」

 「OK。そんじゃ、“兵士(アーミー)”の指揮を渡す。一応、市民を護るのは義務だからのぅ。あっちはワシが、ぶっ飛ばすわ」

 「解ったわ。ぶっ飛ばして頂戴。わたし眠いから“反転”はしないから」

 「“極壁”無しじゃ、ワイらが街を壊してしまうて」


 ナンドは笑いを押さえるように告げた。センはゆっくりと地に足を着けると、ナンドの背に一度触れる。


 「もうすぐ、アスラ様が来る。いや、もう来てる」

 「どっちじゃい」

 「どっちでも問題ないでしょ? ナンド、あれって『王』らしいわ」


 センの言葉に、“光の球体”に対するナンドの表情が変わった。まるで待ち望んだ好敵手を見つけた様な表情を浮かべている。


 「サスターの調べには無かったがのぅ。まぁええか」


 準備運動をするように、一度肩を回すと、瞬間、ナンドの姿が消えた。

 いや、消えると錯覚するほど、速く、高く跳び上がったのだ。跳び上がった先―――“光の球体”を目指している。


 「お前も踏み台になれ! ワシの最強の踏み台になぁ!!」


 何も無い宙で、ナンドは飛び石に着地する様に跳んでいた。何も知らない者が見れば、見えない足場を蹴って跳躍しているような、異様とも思える光景に移っているだろう。しかし、ナンドからすればソレは当たり前の事だった。


 五〇〇メートル近く上空に停止している“光の球体”を自らの攻撃範囲に入れた瞬間、拳を突き出す。

 明らかに届かない攻撃。外野が見ていたとしても物理的には届いていない。だが――


 「――――」


 “光の球体”に、そのサイズと同じ大きさの拳で殴られたような、衝撃が走り、揺れ動く。大気が震え、眼下の街に違った衝撃を走らせた。

 そして、その攻撃で光の放出は止まった。


 「ヒャッハー!!」


 そのナンドの様子を、サングラスをかけて見上げていたセンは、後ろに現れている、一〇〇人近くの仮面コートたちに命令を告げる。


 「五〇は指定された瓦礫を撤去。残りは市民の救助と、あの光の攻撃に対する防御として動く。余裕がある時は、ナンドの援護を行って」


 その指示に一斉に仮面コートたちは散るように行動を始めた。





 “ナンド君が交戦を開始しました”

 「ナンドさん、来てたんだ――」


 ノハは、“光の球体”に対して、夜の空間に疑似的に足場を創って跳びまわる、ナンドを見上げていた。

 彼は限られたエネルギーで足場を展開し、もっとも効率のいいエネルギー運用を行っているのだ。

 ナンドのエネルギーを使った戦闘技術(バトルセンス)は、ノハを遥かに凌駕している。重力の働く空間において、人一人が体重を預けられる足場はエネルギーの調整にかなりの熟達が必要であり、発生させる時間も重要である。

 ナンドは、自分の体重を支えられるだけの足場を、着地する箇所に一瞬だけ創り消えると同時に次の足場を創る。

 言うだけならば簡単だが、高度な空間把握能力と、エネルギー操作が必須なのである。加えて彼は、攻撃にもエネルギーを使用しており、瞬間的な足場と攻撃は両手で違う作業を同時に行う行為に等しい。

 未だにナンドの様に、エネルギーを使いこなせないノハは、その手の戦いでは彼の方が何枚も上手であると尊敬している。


 「流石ですね」


 確か彼は、海外で別の任務にあたっていたハズだ。それが、今日この場所に居ることはノハも良い意味で予想外である。


 「“極壁”の起動は?」


 当初、ノハは街が攻撃されたときに動こうとしたが、その前に、この場で最も頼りになる適任者が現れた為、まだ傍観についていた。

 フェルナンド・リーバーと、その相方である戦。

 特に好戦的で、自らの役職に相当しない力を持つフェルナンドと、大量に“兵士”を展開することが出来るセンは、現状に適任なのだ。


 市民の救助と敵の攻撃に対する防御。そして、準備が整うまで保留にするしかなかった攻めを、同時に行えている現状は優勢だ。


 しかし、未だに他の増援は到着しない。“光の球体”による広範囲攻撃を、何とかする術をノハは持たなかった。せいぜい、本体である“光の球体”を攻撃して注意を引きつける他ないと思っていた矢先、ナンド達が帰国していたのだ。


 “後数分で起動できるわよ”

 「アスラ、同時に行く。メイリッヒ、ナンドさんに、こっちの様子を送っといて」

 「『神具』の使用は“反転”してから少しラグがある」

 “わかったわ。二人とも気を付けてね”


 目立つ形で、この世界に侵入。あまりにも軽率な行動だ。現地の戦力が自信を凌駕していると考えなかったのか……


 「考えすぎかな……」


 ノハは何か嫌な予感を感じていた。“光の球体”が“王”であるのなら、間違いなく持っているハズだ。

 この“星の理”を捻じ曲げるほどの、独自の“理”を持った『神具』を――――





 「うっらぁ!」


 ナンドの拳が炸裂する。実際には触れていないが、センによって供給されるエネルギーで、拳の衝撃は何百倍にも膨れ上がっている。

 効いているのか、いないのかは解らない。そんな中、“光の球体”は、衝撃に揺れ動きながらも、反撃してくる。

 例の、ブルーバード小隊を一瞬で葬った光である。音速以下の動きであるナンドは、容易く撃ち抜かれ、死体となるのは眼に見えていた。


 「―――――」


 それが、“光の球体”の予測だったのだが、ナンドはソレを覆し光の攻撃を避けている。

 眼に捉えることも叶わぬ光線を、直感と常人を越えている身体で、宙に立ちながらも横に飛んで躱したのである。着地先に一時的にエネルギーで足場を形成する。


 「おいおい。素人か?」


 そろそろ良いか。だいたい解った。

 ナンドは、幾つか足場を形成しつつ、無事な建物に降りる。だが、そこを狙い撃つように光線が襲い掛かった。

 しかし、仮面コートが盾を持って割り込むと、その攻撃を防ぐ。


 「いくら格上の存在でも、おもちゃを振り回すだけのガキじゃ……ワシには勝てん」


 地上からナンドは見上げるように“光の球体”に対して拳を向けた。

 先ほどよりも圧倒的に距離があるため、自ずと威力は下がる。というのが、この星の理だった。だが、


 「まだ理解してねぇな?」


 先ほど受け続けた攻撃よりも遥かに巨大な衝撃が“光の球体”を揺るがす。


 「テメェとの距離はもう解った。その位置で与えられる最高のタイミングもな」


 敵の返しが来るとナンドは考え、盾を持つ仮面コートに寄る。だが、いつまでたってもソレは来ない。


 「……ビビったか? それとも、勝てないと理解したのか?」


 この星での適応に関しては、ナンドの方が明らかに上手だった。エネルギーをどのように運用すれば、最小限の消費で最高のダメージを与えられるか知っているのだ。

 対して“光の球体”はこの星に来て五時間も経っていない。


 対応性の違いだ。人の体調が環境によって異なる様に、この星の理にまだ“光の球体”は慣れていないのである。


 「アスラが出張るまででも無かったな」


 ナンドは沈黙に徹している“光の球体”に向かって拳をぶつける為に、最もエネルギーを乗せて構えた。完全に破壊できずとも、こちらの“兵士”達の攻撃が通る許容まで、奴のエネルギーを散らすことが出来ればいい。それで終わりだ――――

 その時、光が、その“形”を具現化していた。


 「――――――!?」


 ソレを、ナンドが感じ取ることが出来たのは、彼が今までの人生で、培ってきた経験と、獣のごとき勘を持ち合わせていたからである。


 一本の槍。大した造形ではなく、ただ円錐を細長く伸ばしただけの光の槍。それは、隣に居る仮面コートを持っている盾ごと貫き、その身を穿っていた。


 「こいつは――――」


 目的を果たした様に、槍は形を失い砂が風にさらわれるように消える。そして今度は、同じ形状の槍がナンドを狙って目の前に現れる。


 「チッ!!」


 意志を持っているように向かって来る槍を、ナンドは殴って逸らす。そして、逸れたと同時に再び空間に溶ける様に消えた。


 「ついに出しやがったか!!」


 ナンドは空に浮かぶ“光の球体”に向かって叫ぶ。その彼の周りに再び槍が形成されて、向かって来る。


 「っ……クソが!!」


 先ほどと同じように弾く。が、次の形成は時間差が無い。次々に槍の現れる予兆が辺りに現れた。逃げる隙間が無い。同時に、


 ““極壁”を起動しました”


 その声と、ナンドに対して形成された槍が飛来するのは同時だった。


 高い光の壁が四方に現れ、上側も蓋をするように天井が現れる。箱に入れた宝石のように“光の球体”を捕縛したのだ。


 「フェル氏。苦戦してるかい?」


 端に追い込まれ、建物を飛び降りることを考えていたナンドは、自らを殺すために飛来した槍を、掴み止めた異形の存在を慣れた眼で見る。


 「アスラ」


 髑髏の頭を持つ黒い巨漢。太く筋肉の着いた腕で掴み止めている槍を使って、他の槍を弾くと、横に投げ捨てる。


 「苦戦ってほどしゃねぇ。ピンチだったのは認めるがな」

 「確かに、君一人で終わりそうだったからねぇ。アレが『従者』なら、ね」

 「ケッ。言っておくが、ワシ強い奴はこの世で一人だけじゃ」

 「知ってるよ。吾輩が一番良く、な」


 空に浮かぶ敵を見上げるアスラは、容易く越える事の出来ない存在であると再認識し、意識を向ける。

 “光の球体”からの攻撃は停止していた。アスラを同じ存在だと警戒しているのだろうか?


 「正しい判断だ。だが、同時に間違いでもある」


 知る事は正しい。だが、この場で攻撃の手を止めるのは、間違いであるのだ。


 「ナンドさん―――」


 そこへ、ノハも到着する。倒壊した建物が多く、ある程度迂回したため時間がかかってしまった。


 「ノハ。アレを叩き落とせ。ワシが仕留める」

 「はい。『神具』の使用はまだ長くは出来ないので、使うのは一瞬が良い。落ちると同時に“兵士”による一斉攻撃で仕留めましょう」

 「そう言う事だ。聞いていたな? セン」


 ナンドは、この場にいないセンに対して、そのように発言する。感覚は現在ナンドとセンは共有している。どんなに離れていても互いに認知できるのだ。


 “ナンド。わたし、そろそろ帰りたいわ。そう、帰りたい”

 「もうひと踏ん張りせいや。落下したら奴を袋叩きだ」


 自分で動くことが好きではないセンが、ここまで動いたのは珍しい。ナンドは、そう思いながら建物から飛び降りると、下に降りる為に二か所だけ足場を作って、地面に着地する。


 「アスラ、“反転”」

 「用意はしている。『神具』の使用まで十秒必要だ」


 アスラの巨躯が煙の様に空間に溶けると、ノハの周りに纏わりつくように彼と“一つ”になる。





 空気が変わった。

 騒がしい喧騒の中に放り込まれたような活気のある雰囲気ではなく、冷たく、その空気を生み出している者の感情を表しているかのように、不思議なほど静かな気配が街を包みこむ。

 表情を隠すような仮面。黒い影の様なエネルギーがまとわりつく様に装いを形成し、ボロボロのマントが全身を覆っていた。服装もアスラの着ていた民族着に近い物となり、長い帯が特徴的に表れた姿となっている。

 その場に居たのは、この世界でたったの三対しか存在しない“王”の一人、【魔王】――アンラ・アスラであった。


 「“反転”【魔王(アンラ・アスラ)】」


 ノハが静かに呟くと、光が形を成す。槍の形成が瞬時に行われ飛来してくる。間違いなく敵の攻撃であった。


 「戦場刀」


 地よりボコッと突き出て来たのは一本の刀だった。僅かに反った抜身の野太刀。長さは三尺(約九十センチ)の戦場刀である。

 最初に飛来する敵の槍を野太刀で弾いた。次に飛来する槍は躱し、三本目は蹴って逸らす。


 「アスラ、これは『神具』だと思う?」

 “ああ。かなりしょぼいが、この槍は奴の『神具』だ。物理法則、空間法則を無視して形成される槍。大方、星に対してまだ慣れていないのだろう”


 出力も無ければ、特殊効果も無い。いや……こうして無尽蔵に空間そのものに現れている。これの精度が上がれば、危険であることに変わりない。


 “もし、星の環境に慣れていたら、間違いなく吾輩たちは終わっている”

 「そうだね。ここで仕留めるよ」

 “無論だ。『アグニ』で行く”


 ノハの持つ野太刀が鳴動を始めた。この現象は武器自体が持つ特殊効果ではなく、アスラ自身の存在を、エネルギーとして表に具現化している行為である。

 ゆらゆらと、戦場刀の周りが蜃気楼のように揺れる。膨大なエネルギーを一つに集待っている事を証明していた。

 未だに、アスラとの共有が完璧でない為、武器を介した方が、彼のエネルギーをコントロールしやすいのだ。


 “光の球体”は何をするのか察したのか、ノハの周りに今まで最も多く槍が形成された。流石に危機を感じたようだが、彼から見れば遅すぎる決断だった。

 ノハは槍の飛来と共に跳躍。槍は誰も居ない空間を串刺しにする。現時点で、“光の球体”とノハとの間には力の差は完全に埋まっていた。


 “メイリッヒ! 衝撃緩和! 空間膨張に備え!”


 ナンドの通信が響く。ノハは一度の跳躍で、“光の球体”を見下ろすほどの位置まで跳び上がっていた。その手には『アグニ』を形作る、紫色の炎が宿った野太刀を上段に構えている。


 「『即断』」


 振り下ろされた野太刀は、何の抵抗も無く“光の球体”を両断した。

 かつて、彼らを抜き、壊し、破壊し、滅ぼし、災いをもたらそうと見張っていたが、今、わたしは彼らを建て、また植えようと見張っている、と主は言われる。

 ※旧約聖書、『エレミヤ書』第31章28節より抜粋。

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