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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第1部 Remaining story 残光
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3.Straightforward will 偽り無き意志

 “光の球体”が確認され、世間の注目を集め始める一時間ほど前の出来事。


 E市でも“中心街”の住宅タウンに存在する高層マンションは、多くの富裕層が暮らす高級マンションだった。

 立地条件としても破格で、ゲートを出てすぐに巨大な自然公園が隣接している。早朝のマラソンコースとしても愛用されており、内部を通れば“中心街”の東西南北へ抜ける出入り口への最短ルートとしても使われる。

 自然公園の中央広場は綺麗に整備され、その中心には噴水が存在していた。噴水の稼働時間は早朝から夕方までの時間帯であるため、現在は停止しているが、中央広場の入り口に設置された時計は二十四時間、針を動かし、外灯は定時時間には明かりをと灯す。


 「……そろそろ」


 止まっている噴水の外堀に座っている青年は時計を見て呟いた。

 適当なYシャツに、黒いスラックス。それが彼の普段着であり、正装が必要な時にはネクタイと上着を羽織るだけでいいという理由で青年は、年中その服装だった。現在は、寒気に備えて上からジャンパーを着ている。

 時計の針は、その役割を全うして時間を刻む。そして、その音に耳を傾けていた彼は、自分を取り囲む無数の気配を肌で感じ取っていた。


 「――――『玄武』だな?」


 現れたのは殺気を纏った男たち。数は十から二十ほどで、静かに鋭く纏った死の気配は、その辺りで適当な暴力を振り撒くゴロツキとは一線を画していた。


 「『ニザール』と『山の老人』。金のかかる所に手を出したな。その数で足りると思ってるのか?」

 「若人。貴様が思っている以上に世界は広い。それを知るといい……」


 青年へ声をかけたのは、現れた集団の中でも最も実力を保持している初老の男だった。髭を伸ばし、線の様に細い目で彼を見据える。


 「それはいい。それと――――」


 青年はゆっくりと立ち上がる。無論、取り囲む男たちは彼に、そのような隙を与えたつもりは無かった。しかし、あまりにも隙の無い動作を、好機とは思えなかったのだ。


 「世界は広い。これは……お前らも知るべきだ」

 「殺せ」


 ポケットに手を入れたまま立ち上がった青年は、向かって来る無数の死に対し、一度だけ息を吐く。温度差によって白い煙となったソレは、ゆっくりと空間に浸透して行った。





 「すみません。腹が減ってるんですけど……」

 「あ? よくそんな事が言えるな」


 そして青年は、E市警察署の取調室に放り込まれていた。罪状は傷害罪。証人は膨大にいるが、皆未だに気を失っている。その為、形だけの拘留なのだ。


 「桜光陽(さくらこうよう)。二十三歳。新聞記者か。お前には二つの選択肢がある」

 「だから言ってるでしょ。オレ被害者ですよ? 正当防衛ですって」

 「馬鹿か! 正当防衛で、人がコンクリートに埋まるわけねぇだろ!!」


 警察は通報を受けて自然公園に向かった。すると、そこには公園の地面―――整備されたコンクリートを叩き割って身体半分埋まった人間が多々存在していたのだ。

 被害はそれだけではなく、ビスケットのごとく砕けた地面は、元の公園風景が想像できないくらい変貌しており、被害者は全員気を失っている。

 そして、目の前に座る青年――光陽がその件を通報してきたのだ。


 「お前、警察を馬鹿にしてんだろ。普通は逃げるもんだぞ? 現場を自分で作っておいて、そのまま捕まる奴があるか」

 「あ、オレがやったって信じてくれるんですか?」

 「硝煙反応は……お前から出なかった。そして、被害者たちからもな」


 そもそも、現場事態に出なかったのだ。つまり、銃器や爆発物の類で公園は壊れたわけではない。


 「こう、日々の鍛練の結果ってヤツですよ。あー、良かった。格闘技やってて」

 「やっぱりお前、馬鹿にしてるだろ?」


 一対一で取り調べはフラフラと追及をかわす青年の様子もあり、平行線を辿っていた。特に心配していない様子で青年は悪意の無い笑みを浮かべている。


 「警部」


 刑事が、さらなる追及をしようとしたところで、部下の警官が入ってきた。逃げんなよ、と青年に釘を刺して取調室を出る。


 「なんだ?」

 「気を失っていた被害者たちですけど、全員凶器を所持していました。中には見たこと無い様な殺傷武器の類や、毒薬と思われる劇薬も」

 「んだと?」

 「全員外人ですし、国籍の証明書もパスポートも一切持っていません。身元を証明するには時間がかかりますし、その間、彼を拘束するのは不可能ですよ」

 「知ってる」

 「それと、上から青年を釈放する様に連絡が――――」


 は? と刑事は呆けた声を出す。何が何でも青年を逃がすつもりは無かった。奴はきっと全て知っている。その化けの皮を何としても剥そうとした矢先である。

 上から命令? あんなガキを釈放? どうなってやがる……


 「…………解った」


 刑事は再び取調室に入る。青年は刑事の様子に全て悟っているように立ち上がる。


 「帰って良いんですか?」


 正直言って、青年よりも不正入国の外人たちを処理する方が重要なのだ。両方ともキナ臭いが青年の方は“正当な霧”に隠れた素性であり、今この場に拘束すること不可能になった。


 「お前、何者だ? ただのガキじゃねぇな」

 「気にしないでください。少なくと、貴方達に敬語を使う人間であることは間違いないですよ」


 青年は誤魔化すように、そう言いながら上着を着なおし、一時間ほど拘束されたE市警察署を出る。


 「腹減ったな……」


 白い息を吐きながら、どこかで食事でもしながら“連絡”することを考えた。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 「間一髪だよ。警察ってどうも怖ぇな」

 「何とかなったのか?」


 警察署から出た青年――光陽は二十四時間営業の喫茶店にて“連絡”を取った相手と食事をしていた。


 「地形も味方だったからな。アイツらは闇討ちが専門だったし、うまい具合にプライドを突いて誘い出したって所だ」


 勝敗を大きく分けたのは性質の違いだ。暗殺者と殺し屋では、仕事のスタイルが大きく違う事がある。

 今回は、その中で相性が良かった。多勢に無勢でも、姿を見せる土俵に敵を無理やり上げて、プロの暗殺者たちを倒すことができたのである。


 「それくらいはできないと困る」

 「手厳しいね。『姫』は」


 半年前に、ある事件に関わった光陽は、その過程で一部の殺し屋たちを引き受けた。ある意味、囮のようなもので別に動いている同僚達は“本命”を押さえていた。


 「ソウヤとマリが『フラリス』から逃げようとしていた、石動財閥の日本支部社長を押さえた。奴は命と引き換えに牢獄に入る事を選んだよ」


 光陽の正面に座り、コーヒーだけを頼んだ者―――城里輝夜(じょうりかぐや)はカップを持ち上げて口に運んだ。

 艶のある肩に届く程度の黒髪。強い意志を宿す瞳と、動作の一つ一つに無駄が無く、凛とした上品さを感じ取れる。標準以上の美貌は、女として機能することが多く、カグヤ本人はうんざりしていた。


 「これでハッピーエンドか。……ん? 待て、それって出て来るんじゃないのか?」


 石動財閥と言えば日本を拠点として世界に展開している、世界でも十指に入る大企業である。その大企業が日本支部社長の失態を認めるハズはない。会社の品質を下げるからだ。


 「俺が直接会長に話をつけたよ。財閥は日本支部社長を見捨てるそうだ。……やり過ぎたと言っていた」

 「そりぁ、災難だな。まぁ、自業自得か」


 奴は日本に薬物や“人”の密輸を行っていた。不法滞在者は何かと有意義な使い道が有るらしく、相当稼いでいたらしい。それだけならば、光陽達が動くことも無かったが、彼らの、ある仕事に引っかかったのだ。

 そして、今光陽の目の前に座る『姫』のコードネームを持つ指揮官の元、迅速な“対処”が成され、今夜でそれは全て片づいた。


 「奴は『フラリス』であった人民の失踪にも関わってたからなぁ。あの国を“解放する”って依頼なら、ここまで追うのが筋ってものだろう」

 「“本家”としては個人的に『フラリス』と良好な関係になれた事は、何よりも得難いモノだ。報酬を貰うより“本家”にとっては大きい功績だろう」

 「あ、ちなみに『フラリス解放』の報酬っていくらを要求したんだ?」

 「日本円で十兆だ。こっちも命がけの上に後方支援が万全でなかった。しかも、一から独裁政治をひっくり返すとなると……最悪、現地担当者の人生を賭ける可能性があったからな。状況によっては“伝承者”や『乱木』そのモノの入国が必要になったかもしれん」

 「……そうなった場合、どの家が行ってたんだ?」

 「親父は“(すくの)”を考えていた。俺は“椿(つばき)”だが……」

 「『お屋形さま』の考えを否定するわけじゃないけど、そうなったらオレは、お前に賛成するわ」


 もし、“(すくの)”が入国したのなら、血の雨のレベルではなかっただろう。“解放”は早期に解決し、最も犠牲の出さずに終わるが、同時に国自体を立て直す事も難しくなっていた。


 「一応、後の事も俺は考えていたからな。親父は何よりも俺達の無事を考えての事だったらしいし……まぁ、どの道その必要は無かったんだ。お前と、フラクさん達がやってくれたからな」

 「オレとしては、牢屋からいきなり“協力者”として呼ばれるとは思わなかったぜ」


 光陽は旅行から帰り、その感想を嬉しそうに語る帰国者の様に笑っていた。


 「“本家”も、お前の事は何とかしたかったんだ。だが、『城里』の定めた掟は絶対に守らなければ積み上げた先代たちに顔向けできない」

 「知ってるよ。オレも、それは承知だったんだ。だから、今でも後悔していない」


 その信じている眼は何よりも前に向いていた。





 一年前、光陽は“仕事”をする際に、もう一人と共に就いていた。

 桜夜絵(さくらやえ)。彼の実妹であり、他から見ても本当に仲のいい兄妹だった。

 光陽とヤエは、飛行機の墜落事故で両親を亡くした。光陽が三歳の時、ヤエが一歳の時である。

 本当に事故かどうかを“本家”は詳細に調べた。しかし、少ない痕跡や整備技師の証言、航空専門家の話を統合し、間違いの無い“事故”であると判断した。


 最悪の偶然に巻き込まれた二人の両親。

 遺体も残らなかった為、棺には何も入っていない葬式。


 二人は何を考えていたのか解らない。ただ、ヤエは泣いて兄に縋っていた様子を“本家”の身内の誰もが見ていた。

 その後、光陽は裏の仕事をすると祖父に告げた。彼の祖父は、自分たちに関わらせる事を無く、表の世界で平和で平凡に生きてほしいと思っていた矢先である。

 だが、強い意志を持つ光陽の眼に、彼の祖父は承諾し“本家”で育てる事になる。

 二年後の光陽が五歳の時、ヤエが“本家”に訪れた。彼女もまた同じ意志をもっていたのだ。最初は光陽と喧嘩の様になったようで、色々とあったが結局は彼女も“本家”で育って行く事になった。

 二人は祖父が目を見張るほどに、必要な適性を取り入れて行った。

 そして光陽は十八の高校卒業後に本格的に“裏”の活動を始め、その二年後に、ヤエも追いつく様な形で“裏”の仕事に就いた。


 その後、二人は桜兄妹と呼ばれるまでに頭角を現し始める。

 二人は“本家”でも、若くして本筋の“仕事”を任されるまでに名実ともに高い評価を得ていた。祖父も、偽りの無い二人の笑顔に戦う術を彼らに教えたことを嬉しく感じていたのだ。

 そして一年前、ある仕事を桜兄妹が担当した時に悲劇が起こった。


 I国から盗み出した機密を持つ工作員の保護と、日本までの護衛の“仕事”だったのだが……桜兄妹は保護対象の潜伏している海外の都市に向かい、そして―――――


 その都市は炎に包まれた。


 燃える都市で、ただ一人の生存者は光陽だけであり、保護対処や都市民だけでなく、犬や猫と言った小動物まで全ての命が消え去っていたのだ。

 そして、捜していたヤエと滅びた都市で再開した。

 主犯が自分であると証明する様に、彼女は、その都市に居た市民を全て殺し、死体を街の中心に積み上げて、その上で嗤っていたのだ。

 光陽の知らない妹の笑顔と、その隣に立つ一人の男――


 「たぶん……次に会うときは、こっち側に来たときだと思う。だから……しばらくバイバイ、お兄ちゃん」


 そこで光陽の意識は抜き取られるように途絶えた。次に彼が目を覚ましたのは、現場に設けられた救急テントのベッドの上だった。


 なぜ? 何があった? ヤエ……


 保護対象の喪失により仕事は不達成となる。光陽は後に来た“本家”の者と共に強制帰国し、ヤエは失踪。行方不明と言う形で現地の事態は収拾され、光陽は――――

 本家の集会の決議にて、主犯の一人と判断され半年間の投獄を言い渡された。





 その後、多くの者達からの証言で光陽の疑い様の無い人間性と、彼の祖父の動きもあり、“仕事”をさせると言う名目で半年後に解放された。


 「報酬はいつもの口座に入れとくよ。それと、お前の捕えた殺し屋どもは気を取り戻すと同時に自害するハズだ」

 「それくらいはやるよなぁ」


 殺し屋は、顔を見られたり敵に生かされるという行為は死活問題である。組織の素性を知られない為でもあるが……一度仕事に失敗したと、その手の人間から“確実”が失われるのだ。

 だから光陽は殺さなかった。勝手に死んでくれるからである。


 「救える様な奴らじゃないからなぁ。死体はナナツの所に行くらしいし、アイツは大喜びだろ」

 「死体でも残される情報は多いだろうからな。親父の担当している案件の一つの交渉材料になるかもしれん」

 「おぉ、怖い怖い。本当に“本家”は敵に回したくないねぇ」

 「お前が言うか?」


 カグヤも半年前に光陽が拘束された召集の場に立ち会っていた。そして、自分自身も裏切り者と肯定するような発言――“咎人”を庇うような言葉を出した時は、本当に驚いたのだ。

 下手をすれば謹慎だけでは済まず、その場で始末されていてもおかしくなかった。

 だが、彼の立ち位置は“本家”でも良好なものだった事が幸いした。先代の者達には敬意を払い、下の者達には兄貴分として慕う者が多い。その惹きつける人間性から、憧れを抱く者も少なくなかった。

 故に、長く拘留し続けるのは“本家”全体から見ても不利益であると判断されていたのだ。


 「なぁ、光陽」


 ヤエの事は、カグヤも光陽と同様に考えられなかった。かけがえのない者との繋がりと断ってまで、何故……あんな凶行に及んだのか。

 だが既に“咎人”となってしまった彼女を救う事は、“本家”を裏切ることになる。

 もし、もう一度ヤエと出会ってしまったら、光陽はどうするのだろう――


 「お前は、ヤエの事を信じているのか?」


 カグヤの言葉に光陽は一度考えた様だった。一度失言をして半年間投獄されたのだ。それを考えると、今同じように発言する事は再び処罰を受ける可能性がある。

 それを承知であってもカグヤは彼に尋ねた。


 「ああ。じゃなかったら“乱木集会”で迷わずあんな風には言えねぇよ」


 処罰を恐れていないのではなく本当に信じているのだ。ヤエに何か理由がある。誰よりも彼女の傍で、彼女を護ってきた彼だからこそ、その本心を知っている。


 「そうか。シスコンもここまで極まると、命が惜しくないんだな」

 「ちょっ! 確かにシスコンなのは認めるけどさ! こういう時にそれを言う?!」

 「その通りなんだからしょうがないだろ。ヤエに言い寄って来た奴に次々に『城里試合』を仕掛けた奴が言う事か?」

 「馬鹿! お前にもナキが要るだろ? なら、妹の相手は自分が認めた奴の方が良いに決まっている! 『城里試合』を仕掛けただけで逃げ出すような奴は、アウトだアウト!」

 「アウトは、お前だ。自分で解決できるのに歩く事まで手助けされたら、お前もウザいだろ? 特に、その事で、よくヤエに相談をされてたんだ」

 「……初耳なんだけど」

 「線をちゃんと引いておかないと、ただウザがられるだけだぞ。一応、実体験からの助言な」

 「……はい」


 カグヤはヤエから何度も目の前に座る光陽(シスコン)の事で、相談に来ていた彼女の事を改めて思い出した。

 光陽がヤエの事を心配していた様に、彼女も彼の事を心配していたのだ。

 自分の所為で、兄の人生を乱しているのかもしれないと。心配してくれることは嬉しいと言いながらも、兄には誰よりも幸せになってほしいと、相談の度に言っていた。


 「…………ヤエの件は俺の方でも個人的に探ってみるよ」

 「……スリーサイズはオレでも知らん。体重を聞いたら、奥義食らって死にかけた」

 「馬鹿。プロフィールの事じゃねぇ。お前、一度ナナツに頭の中を見てもらった方が良いぞ」

 「オレが死んでから頼むことにしてくれ」

 「はぁ……お前は変な所で不真面目だよな」


 良い褒め言葉だ。と光陽は楽しそうに笑う。カグヤは、そんな彼の様子に、やれやれとコーヒーを啜った。

 確かに、ヤエがあのような凶行に及ぶことはどう考えても無茶な解釈だ。何か……理由があるのだろう。

 出来る限りの角度で、ソレを調べてみるか。そして少しでもヤエを“咎人”から外せる可能性として揃えておこう。


 二人の若人は、立場が違っていても親しい友人である事には変わりはない。他愛のない会話をして日付が変わる十五分前に喫茶店を出た。

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