エピローグ
「――――」
彼は病院の中庭のベンチに座って空を眺めていた。
あの時とは打って変わっての、晴天の気持ちのいい日差し。だが、冬本番なので昼間の日差しがある時期でも上着が必要なほどに肌寒い。
「怪我はもう良いのか?」
その場に訪れたのは会社の同僚である一目だった。彼の病室に行ったが、ベッドはもぬけの殻だったため、その姿を探して、この場を訪れたのである。
「まぁな……」
どこか煮え切らない様子で彼は呟く。
「少し、考え事があってな……」
「ほう、俺に話して見なさい。経験者は語るって奴だ」
「あれ? デジャヴ?」
と、彼――光陽はどこかで聞いたやり取りを一目と始める前に、命を取り留めた時の事をもう一度思い返した。
間違いなく死を悟った。寒くて疲れて、それさえも感じなくなった時には、意識が全て消える様に失われていた。
だが次に意識を取り戻した時――包むような温かさを身体の中心から感じたのである。それを誰がやっているのかは目を覚まさなくても分かった。
心臓が動き出す感覚と、再び覚醒した意識で最初に認識したのは――
「おかえり」
と、自分に向けて来る彼女の微笑みだった。
「マジで死んだと思ったよ。だって親父とか、母さんとか、ヤエとか、挙句にはオレまで出て来たもん」
「それ、やば過ぎだろ。ある意味、三途の渡し賃だ」
ルーのエネルギーによって心臓を即座に動かした事から、後遺症もなく回復した。後、数秒遅ければ脳神経に異常が出た可能性があったと、知り合いの医者は語ったのだ。
「だが、結果として得たモノもあったけどな」
『玄武双璧』の先へ至る事が出来たのだ。ソレと“一”となる事。それを明確に認識できる感覚を手に入れた事は、確実に前に進めたと肌で実感できる成果だった。
「鷹さんが付き添いだったから、俺の出番は無かったけど……マジでV島で何があったんだ? 聞いても教えてくれないんだけど……」
今回の件は、一目も部外者でしかない。オレやサスターが大怪我をしたところから考えると、ただ視察に行って怪我を負ったとは信じないだろう。
「一目、この世の中にはなぁ、知らなくても良いことだってあるんだよ」
「うわ、それマジで腹立つなぁ」
「ふふん。まぁ、特に気にするなって事だ。鷹さんが言わないなら、オレも言うわけにはいかないからな」
「ちっ、仕方ねぇ。そういう事にしておくか」
まぁ、話したとしても、あまり意味はなさそうだし、この件は『お屋形様』も知っているので情報はオレの中で責任をもって、とどめておく必要がある。
「じゃあ、本題な。前に反らされた話題だけど、お前、サスターちゃんとどこまで行ってんの?」
「は? なんでそうなる?」
「ノハが見たってよ」
「何が――――」
と、光陽はある事を思い出し、うなだれる様に額を抑える。
「どうした?」
「……サスターに告白されたんだった」
その言葉に、一目はしばらく目を点にして光陽を見ていた。
屋上で、ルーとサスターは中庭を見下ろしていた。二人の視線の先には光陽と一目が映っている。
「まぁ、人生色々あるのは解っている。だからこそ、精一杯生きるのが“人”というものだよ」
「うん。だから、君が居ると知っていても、おれは自分の気持ちに正面から向き合おうって思ったんだ」
彼が好きなのは、ずっと前から気が付いていた。
でも自分は『スケアクロウ』で、普通の“人”としての人生なんて送れないと思っていたから、そんな気持ちも無駄になると全て知らないフリをしてきた。
「けど、君を見て思ったよ。この気持ちだけは、絶対に揺らがない……おれ自身の物だって事を――」
「良いんじゃないか? 我としては、その方が燃えるよ」
不敵に笑うルーはサスターを嫌悪の敵としては見ていなかった。むしろ、経緯に値すると言った眼で彼女を見据える。
「真剣に生きてみようと決めたから、中途半端な事はしない。それでも、いい?」
「我に聞くな。貴様の人生だ。自由に謳歌するべきだよ」
ルーとサスターは、拳を合わせた。他には理解できない友情が芽生えたと証明する様に――
「アスラ」
「はい?」
メイリッヒが元に戻り、当然【魔王】もいつもの調子を取り戻していた。
今は、数人の【兵士】に混ざって、吹き飛んだ光陽のアパートを突貫工事で修繕している。
「まったく、アンタが悪いんだから、しっかりしなさいよ」
「はい……」
復帰したメイリッヒは、V島の戦いが一段落して、光陽もサスターも鷹さんも無事だと言う報告を受けた後にアスラを呼び出した。
その後、半日近く、怒ったメイリッヒに思いっきり叱られたアスラは、ずっと正座をして、母親に点数の悪いテストが見つかった小学生の様に項垂れていたのである。
「まぁね……自分に出来る事をやって行こうかと……」
「確かに、アンタが動いてれば、V島での戦いはもっと楽だったけどね」
「うん……ごめんさない」
「桜もサスターも特に気にしてない様子だったから、私から別に何にもないわよ。それよりも、しっかりしなさいよ? 後、記録は書き換えておいたわよ。桜は死んでないから」
自分の背負っているモノを再度自覚し、そして動きを止める事が間違いであると、アスラは知った。部下と協力者が重傷を負って戻ってきた時は、取り返しのつかない事をしたのだと悟ったのである。
「うむ。今後の方針も、とりあえずは考えてある」
「あら、意外ね」
その決断はサスターから聞いた情報にある。彼女はこの情報が曖昧だった為に、今まで黙っていたそうなのだが、今回の件で推測でも必要な情報として話してくれたのだ。
「ディオス・マディス。この男を仕留める事で、【シャナズ】の体制は大きく変わると吾輩は判断した」
【シャナズ】の『対物開発機関』局長の名前を、アスラは明確な敵として次に討つべく敵として判断していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
部屋全体に敷かれたカーペットに、中心に置かれた小さな四角の机にベッド。そこは、個人的に設けられている“空間”だった。
「…………」
レノバティオは、“眠る”雰囲気を味わう為に、サンタ帽子に寝間着を着て、ベッドの上に腰を下ろした。そして、四角の机の上に乗せられた古いPCに、情報が入って来ている事に気が付いた。
『【銀腕王】、『英雄化の欠片』の情報を入手。その対策を組み立てる』
アナクフィが用意した抑止力に対して、自分の送り込んだモノは耐性を持った。この場に居ない彼を嘲笑する。
「――――ハッ! ざまぁ!」
その時だった。そのPCにノイズのように、一瞬砂嵐のように画面が揺らいだ。そして数秒と経たずに、すぐに元に戻る。
「は? 何今の」
今の反応は――この場所に対して強制的に何かが侵入しようとした証だ。元より、その様な防御手段を用意する事は考えていない。この場所に入るほどの“知識”を持つ者ならば、誰でも入って来れるのだ。
とは言っても……自分たちが、この空間を創ってから今まで一人もいなかったが……
「また、アイツが何かしたんじゃないでしょうね?」
今、過剰にあの世界に干渉しているアナクフィが、何かしようとしているのだと考えた。
「ま、別に何をしようが、結末は変わらないし」
と、次にPC入って来た情報を見る。
『【魔王】【光王】同盟へ。新たな演算結果を検出』
「…………ムキー! なにが【光王】よ! あのメガネ! うがー!」
レノバティオは、アナクフィより出された確実な“演算”の結果を見て、子供のように暴れ回った。
『真の恋の道は、茨の道である』
※ウィリアム・シェイクスピア 恋の名言より




