41.He and she 削り合う命
今夜の戦いは彼らがV島に侵入してから1時間以内に全て決着となる。
そして、時間は既に―――45分を過ぎ去っていた。
「…………」
ゼリアスの突きによって発生した衝撃はエネルギーを纏い、鷹さんを呑み込んでいた。
「ゴチャゴチャ、他にちょっかい出すんじゃないよ」
鷹さんは、ゼリアスの突き出した攻撃を彼の腕に乗る様に見切っていた。地形をも変える衝撃エネルギーだったが、ゼリアスの拳からしか放出されなかったのだ。それを瞬時に見切り、上方向には効果が無いと判断したのである。
「アタシらは、アタシらの喧嘩をしようじゃないか。“未来”に遺恨を持ち込むべきじゃないよ」
木々が光陽達に飛来した際に、地面から跳ね上がった『自爆用エネルギー』を鷹さんは木に潰されない様に回収していた。ソレを指で頭上に弾き、ゼリアスを見据える。
「オオオオ!!」
瞬間、動いた間さえ解らない程に、高速でゼリアスの腕が引き戻されると、足場を失った鷹さんは落下を始める。
その宙に浮いたところへ、ゼリアスは横蹴りを叩き込んだ。巻き上がっていた薄い土埃が、一瞬で晴れ、蹴撃の射線状の木々は、吹き飛ぶように根から抜けていく。
「今、あんたを突き動かしているモノはなんだい?」
だが、そこに鷹さんの姿は無かった。彼女はゼリアスの蹴打の最大衝撃時を見切っている。エネルギー送付は必ず衝撃の瞬間に乗せる事が多いため、その瞬間だけ影響を受けない様に立ち回ればダメージは殆ど喰らわないのだ。
鷹さんは、向かって来るゼリアスの脚を見切って足を乗せて上へ飛びあがっていた。
「【空王】への強い忠義かい?」
ゼリアスは笑う。頭上から攻撃を狙って降ってくる鷹さんに対して、エネルギーを纏った足で強く蹴り上げる。火山が噴火する様に、周囲の大気は衝撃に乗せられて上へ吹き出した。
「それとも、目的の達成ならば障害を排除して突き進む衝動かい?」
その攻撃に対して、ゼリアスの頭と突き出てきた足の裏を足場にして蹴打の直撃瞬間のタイミングを鷹さんは外していた。
「その末路……結末は、ロクなモノじゃないよ」
今、この島で戦っている若い命を思う。護れるかどうかは、己の実力と――
「“強さ”とは……人の“意志”とは、一点のみに非ず」
人は、孤独じゃない。
きっかけが偽物とか、本物とか、そんな事はどうでもいい。
ソレが正しかろうが、間違っていようが――
自分の信じられるものだけを信じて――
そのために闘う――
それが――
「人の“強さ”だよ」
サスターは、逃げ場を失い、足を地面に打ち付けられ、片腕を失っても、血まみれになっても、その眼は決してあきらめていなかった。
何故なら、彼女の目の前には家族が居たからである。
最後に、おれは弟から目を逸らした。家族から……目を逸らした。
イレヴン……きっと、お前は遠くから引き金一つで標的を殺してきたのだろう?
だけど、おれは違う……命の感覚を知っている。
ナイフを使って、人の命を奪った時の肉の感覚を知っている。正面から対峙し、眼が合ったまま殺した人間の顔を知っている。
おれは……目を逸らさない。自分の……自分が弱い故に、従ったからこそ、奪った命から正面から向き合う――
「…………くだらない意地。くだらない意志。くだらない命だ。俺達は!」
“何故なのだろう……”
イレヴンは積載燃料を浮かせる。起爆しやすい様に側面にガスボンベを密着させたまま、サスターへ狙いを定める。
「終わりだ。これで――」
“何故、削り合わなければならない?”
積載燃料を『加速』。サスターの居る場所に高速で飛来させた。音速の飛来と、満身創痍の彼女の肉体では、躱すことは不可能はできない。爆発範囲も、着弾地点一帯を粉々に吹き飛ばすほどの威力がある。
“創造主の意に反し……奇跡的に生き延びる事が許された……二つの命を……”
V島全体が揺れた。積載燃料が着弾した際に起こる、爆発音と閃光は、本土からでも確認できるほどのモノで、島に居る他の面子も認識していた。
だが、今島に居る戦士達には、眼と意識を外せない相対者の存在から、どちらが勝ったかなど確認する間は無い。
「…………」
その上がる黒煙を、イレヴンだけが見ていた。着弾地点は元の原型は留めておらず、至る所が溶解。火の手も上がっている。
「……終わった――」
同時にイレヴンは片目と片腕に不具合を感じた。変換している『自爆用エネルギー』は無くなったわけではない。一時的に変換よりも消耗が上回ってしまっているのだろう。
十数分もすれば元に戻る。その後、残りの侵入者を始末――
「――――」
ぽたっと、背後から聞こえたその音を耳に入れたイレヴンは全て理解した。
全身から血を流している隻腕の暗殺者が、『消命の衣』を纏いながら背後に立っていたのである。
「……この場所に……誘導したのか?」
背を向けたままイレヴンは問う。自分の動きは完璧だった。ミスは無かったハズだ。確実に敵を追い込み、逃げ場を失った状況で確実な一手を放ったのだ。
「あの場に居た……おれの位置を狙える高い建物は全部で16だった」
「……その一つ一つを丹念に潰していたと言う事か――」
「お前は……『従者』も持った事が無い。だから、例え異常がなくとも解らなかったハズだ」
サスターが、あえて姿を晒し続けたのは意味の無い事ではなかった。確実に逃げ場を失うタイミングと、膨大なエネルギーの扱いに不慣れなイレヴン自身が起こす唯一のミスを誘ったのである。
「エネルギーは、膨大な量を使い続ければ反動で一時的に使用不可能になる。どんなに熟達している者でも、『従者』ならソレだけは絶対に知っている」
エネルギーの一時停止。『従者』である者は誰もがソレを知り理解していた。パートナーとなる知的エネルギーが警告として教えてくれるからである。だから、『従者』は皆、どうすれば効率よくエネルギーを使用できるのか常に模索しているのだ。
「最期の『空蝉』だった。だけど……命に届くと判断した」
「やはり届かない……か。昔から……血を流し、命を賭ける者の方が生き残る――」
「命? そんなモノを……おれは賭けた覚えはない」
サスターは強い意志を、一切揺るがせる事無く言い放つ。
「ただ、お前と対峙する以上、絶対に無傷では勝利できないと……この身を削らなければ届かないと……知っていたからだ!」
まるで叱られたような言葉に、イレヴンは自然と口元が緩み、笑みが浮かんでいた。
懐かしい感覚だったのだ。もう、絶対に感じる事は無いと思っていた――
「……最後に、言い残すことはあるか? イレヴン――」
「ない。いや……礼を言うよ。姉さん――」
ディオスを殺すと息巻いていたが、本当はそんな事はどうでもよかった。皆は逝ってしまった……だから――
「…………ずっと、死に場所を探していた」
彼は告げる。終わりの瞬間を悟ったその瞬間に―――
大切なモノと向かい合う資格も無い。このままでいい。このまま―――終わりにしよう。
「これで、家族の元に行ける――」
イレヴンは最後の武器である、ずっと共に在った専門武器を、動く片手で持つと、サスターへ銃口を向けようとして――
「――――」
その向き直りよりも、早く接近したサスターが、その手に持つ黒い刀で……弟の心臓を貫いた。
爆発の振動によって、島の端は著しく脆くなっていた。光陽達の戦っている場所も小刻みに震え、地割れが起こり始める。
「よく……よくここまで、己を鍛え上げた!」
エトは、技を交える度に、より深く『玄武双璧』の深層へ近づいて行く光陽を見て称賛の声を送った。
「俺の懸念も消え失せたと言う訳だ。中途半端ではない、お前の生き様を……特と見せてもらったぞ!」
ずっと心配していた事だった。息子は裏の道へ進んでいる。だから、その所為で壊れてしまったり、迷っているのではないのかと思ったが、余計な心配だったようだ。
「これで、俺が生き残ろうとも、お前が生き残ろうとも、この世界は本当の意味で正しき結末へ進む事となる!」
「……そんな事には興味ない」
二人の戦場は自然と崖際へ。同時に、崩れはじめた不安定な足場で対峙していた。
「オレは……オレの護るべき者を脅かす存在を、正面から迎え討つだけだ」
「それでいい。その方が俺達は解りやすい!」
光陽は中腰で構えを取り、エトは身体を撓めるように両腕を開いて身体を屈める。
「互いに信じる“過去と未来”の為に、命を賭けようじゃないか!!」
待ちの呼吸は無い。二人の意志は共に同じだった。
“先”を取り接近したのはエト。『虎空牙』特有の瞬発力にて、光陽を瞬時に間合いへ捉える。
「『牙』――」
指を折り曲げて光陽の左胸を狙い、その奥にある心臓を掴み出す技。指は入り込んでいく。
まだだ……まだ……前に……一歩でいい……ほんの少しだけ……前に踏み出す――
指の第二関節まで『牙』が左胸に入り込んだ刹那――
「発剄!」
「!?」
瞬間、爆発するような衝撃によって、左胸にめり込んだ指は弾ける。エトの指は反対側にへし折れながら抜き放れた。
「『戦牙』!」
エトは、怯まず逆の腕で攻撃を繰り出す。指を折り曲げて、ひっかく様に光陽の首筋――動脈を狙う。
だが、その攻撃は割り込んだ光陽の腕に深く食い込み、彼が筋肉を締めた事で動かなくなった。
「まだだ! 奥義――」
エトは『虎空牙』の奥義を放つ動作へ瞬時に移行した。光陽の命へ届く“決死”が襲い掛かり――
「“極点”を踏んだ」
その執行の数瞬前に、光陽がある言葉を告げる。それが何を意味するのか、エトは完全に理解していた。
「奥義『玄武剛拳』――」
『虎空牙』の奥義が作用する前に、踏み込んだ光陽の拳が、エトの胴体に炸裂。
その拳の一点を衝撃が通り抜け、抉るように内部を断裂。加えて、発生した『玄武重拳』異常の衝撃によって空洞のある臓器は全て破裂する。
「――――」
エトの口の端から血が流れた。そして、勝者であると……息子に笑みを送る。
次の瞬間、二つの奥義の発動に耐えきれなくなった崖際が瓦解すると、二人は瓦礫と共に海へ落ちて行った。
「うぬぬ。おのれ! よくも、俺を足蹴にしたなぁ!」
鷹さんが乗った状態で、バランスを取っているゼリアスは、片足で起用に飛びあがった。
「!?」
そして、咄嗟にエネルギーが乗せられていない蹴打が見舞われ、鷹さんは避けきれなかった。
「この……裏切り者めが!!」
その攻撃に肘を合わせたものの、抑えきれず、鈍い音共に鋭い痛みを頭部に負う。
「―――――」
無事着地するも、足取りは不確かで……ふらついていた。
最初と二度目のエネルギーを乗せたゼリアスの攻撃は完璧に躱したわけでは無い。その攻撃により発生した衝撃によって、身体全体を揺らされ一時的に意識が揺さぶられているのだ。
若い頃なら、この程度の衝撃ではブレる事は絶対になかった。歳は取りたくないモノである。
『――えますか? 聞こえますか?』
鷹さんの耳だけでなく、ゼリアスにも聞こえるその声は、この島に居る者全員に無差別に伝えている通信だった。
『私はメイリッヒです。コウ君? サスターちゃん? 聞こえる? 今、その島の生存者は貴方達と、他二人しかいない。増援でセンちゃんと【光王】様が向かったら、もう少し持ちこたえて――』
その通信は、イレヴンとエトが死んだことによって、メイリッヒの“内宙”が補完され、復帰したことを意味していた。
「ふん、勝ったかい。ガキ共」
安否は気になったが、二人は敵に勝利していた。常に二人を気に掛けていた鷹さんは安堵し、ようやく目の前の敵に集中する。
「この、敵め!!」
全てが聞こえていても、ゼリアスの敵は目の前の老婆ただ一人だった。
「【空王】の敵を葬るためならば、この命など惜しくないわっ!」
エネルギーを拳に纏い、鷹さんを次の一撃で葬るためにゼリアスは踏み込む。
「のうのうと組織を鞍替えする不届き者め! いや――」
そのゼリアスに鷹さんも本気の本気で拳を構えて迎え撃つ。
「忠義の欠片も無い堕落者め! 死ね! これは戦争だ!!」
大気を突き破り、塵さえも残さない意志を持ったゼリアスの拳が襲い掛かる。
「悪いね。アタシはアンタのような強固な思念は無い。ただ、己と己の護るべき家族に降りかかる、火の粉を払うだけさ――」
戦争とは、戦いとは――
『起こす者』と『ソレを受ける者』が居るからこそ起こる現象だ。なら、その中に正当性を求めるのなら、戦いとは全て――
偽り無き意志のぶつかり合いなのだ――
「――――シッ!」
鷹さんは、出発前にサスターから渡された、ほんの僅かなエネルギーを拳の表面に纏い、ゼリアスの拳に合わせて、突き出した。
拳と拳がぶつかり合った瞬間、ゼリアスの拳は砕け、吐き出るハズだったエネルギーは全て肘から後方へ吹き出る。
注射器に詰まった液体が押されて噴き出る様に、鷹さんの拳に乗せられた最低限のエネルギーが、ゼリアスのエネルギーを押し出す役目を果たしたのである。
同時に、拳を受けたゼリアスの腕は衝撃に耐えきれず骨が折れて腕から飛び出した。
な、なんという拳……だが!!
「力ならこちらが上だ!」
腕一つを破壊されてもゼリアスの闘志は折れない。衝撃を受けた拳ごと、押し潰す様に前へ踏み込む。その足はエネルギーを纏い、あるモノを踏み砕く為に振り下ろされていた。
「!」
その、足元にある『自爆用エネルギー』に、ゼリアスが視線を合わせた事によって、彼が何をしようとしているのかを察した。
「言っただろう! 命など惜しくは無い! これで、貴様ら全員の“死”は確定よ!!」
エネルギーを纏った足で『自爆用エネルギー』を踏み砕けば、間違いなく発動する。そして、効果範囲に収まっている島は欠片も無く消滅するだろう。
鷹さんはゼリアスに押されて態勢を崩している為……その行為を止めに動く事は不可能だった。
彼が『自爆用エネルギー』を踏み抜くまで1秒も無い。このままでは、全員死―――
「馬鹿だねぇ。今の通信――」
聞かなかったのかい? と、鷹さんは不敵に笑う。その表情を見たゼリアスは即座に理解した。
今の通信……まさか! 『自爆用エネルギー』に対して対策を講じたか!?
「おのれ! 図ったな!」
ならば、このまま踏み込むのはまずい……エネルギーを解除し、次の奴の攻撃に備え――
と、意識を鷹さんから外した瞬間に視界を塞がれた。彼女のかぶっていたハットが投げられ視界を覆われたのである。
「馬鹿な子だね。何か聞こえたとすれば、それは――」
己の意志の疑惑。迷いの闘争。心の歪み――
「下衆の勘繰りさ」
「くっ!」
咄嗟に隠された視界から攻撃が来ると察したゼリアスは、顔を護る様に両腕で覆う。だが、鷹さんはがら空きの胴体に、拳を当てると、次の瞬間――“発剄”によって彼の巨体を衝撃で浮かび上がらせる。
「ごはぁ!?」
「これが【千本桜】と【空王】の戦争だって言うなら教えてやるよ。これまでの歴史が証明してるじゃないか」
ゼリアスの左胸を狙い、一歩踏み込む。残ったエネルギーを拳に集め、そのまま叩き込んだ。
「己の思想を相手に押し付ける戦いで、勝った試しはどこにも無い!」
鷹さんの拳を受けたゼリアスは眼を見開いた。左胸の奥にある心臓が、風船の様に膨らみ破裂したのである。
白目をむきゼリアスは絶命する。【空王】に忠義を貫き続けた男は、ようやくその意志から解放されたのだ。
「アンタの敗因は……アタシらの戦いを、未来にまで持ち込んだ事さ――」
落ちている虹色の『自爆用エネルギー』を拾い上げる。そして、ハットをかぶった。
「やれやれ、アタシはまだ、死ねないんでね……」
次話タイトル『Sun Night Star 陽と夜と星』




