39.Sakura eto 未来の過去を目指す者
「――ッ!!」
サスターは、ねじれた鉄骨に撃ち抜かれ、その様子を目の当たりにした光陽は、躊躇わずに次の行動を取った。膠着していれば危険であると判断したからである。
走る。鷹さんが避難している廃墟へ滑り込むように逃げ込んだ。その後を数瞬遅れて、光陽を狙った鉄骨が次々に後を追うように飛来する。
「マジかよ!?」
隠れた店の壁に、鉄骨や雑巾のように捻じれた金属が、次々に矢のように突き刺さった。向きは全てバラバラに飛来している。
「敵は相当だね。こっちが来るのを読んでたと考えていいだろう」
物の影に隠れてハットを抑えながら、鷹さんが判断する。敵は、オレたちの襲撃を読んでいた?
「……クソッ!」
サスターは一撃で殺された。狙撃の可能性は解っていた事態だったハズなのに――
「悲観するのはまだ早いよ」
鷹さんは、サスターの死体が無い事を確認していた。撃ち抜かれた状況を目の前で見ていたのだが、確かに彼女の死体は消えている。
『センパイ、鷹さん』
「サスター、無事か!?」
エネルギーを使っての通信。もはや見つかっている以上、エネルギーの使用は問題ではない。
『ギリギリだけど、躱したよ。それよりも、作戦は中断した方が良い。おれがイレヴンを抑えるから、二人は島を脱出してくれ』
「無理だよ。サスター、見えてるなら解るだろ? 狙撃に使われた破片の着弾は、向いている方向が全てバラバラさ。敵は、移動しながら撃って来てるよ」
一部壁を貫通し店内にも突き刺さった鉄片を見て、鷹さんは判断していた。全てが一つの方向から突き刺さったわけでは無く、向きが全て異なっているのだ。
「出た瞬間、蜂の巣さ。いや、鉄骨を撃つなら……アタシらは一撃で終わりだよ」
イレヴンの正確な狙撃は狙われればミスは無い。9割以上の確率で命中すると判断していた。同時に、移動しながら撃っても発射間隔は1秒以内の速射。走っても逃げ切る事は不可能なのだ。
この島全てが、イレヴンの狙撃範囲に完全に入り込んでいる。ここは、奴の狩場だった。
『大丈夫。絶対に生きてまた会える。だから……走って――』
その通信とサスターの確かな意志を鷹さんは確認する様に光陽を見る。彼は、一度頷いて、その言葉は信頼に値するものだと伝えた。
聞き返している間は無いと判断した鷹さんは、店の裏口を蹴り破る。その後に光陽も続いた。
イレヴンは建物の屋上を滑りながら光陽と鷹さんの逃げ込んだ建物を上から見ていた。
「出てこない? だが、そのまま釘づけでは身動きもとれまい」
原子炉を動かす為に残っていた、巨大な積載燃料タンクを浮かせ、その店に狙いを定める。これを使えば爆炎と衝撃によって店一つくらいなら簡単に消し飛ぶ代物である。
「ゼリアスには悪いが……確実に仕留めさせてもらう」
その時、店の裏口から二つの人影が飛び出す。わき目も振らず崖へ走って行く、その人物を見て――
「【英雄】と、灰木鷹与か」
ならば、積載燃料は必要ない……鉄と石で十分だな。
細かい瓦礫と鉄の破片が、走り去ろうとしている二人へ高速で飛来する。進行方向を先読みし、的中率を上げていた。
その礫の雨に光陽と鷹さんの二人が狙撃を感じた時には、瓦礫が肉薄する距離まで近づいている。それでも二人は振り向かない。
「―――!?」
途端、イレヴンが放った攻撃は途中に現れた黒い影に全て弾かれる。為朝より“加護”を得たサスターである。
「それも狙いだ。見捨てられない……甘い――」
二人を犠牲にしてでも隠れて隙を突けばよかったものの。貴様は唯一の勝機を今逃し――
同時に、イレヴンは気が付く。自らが乗っているビルの端――屋上からは死角にある位置に、数本のクナイが刺さっており―――
「――――」
炸裂。屋上を灰燼と化す爆発と爆音がイレヴンを呑み込んだ。
光陽と鷹さんは、抜けてきた森へ逃げ込んでいた。サスターは市街地に残って時間稼ぎを行っている。
「退却するかい?」
鷹さんは光陽に問う。だが、彼は迷いなく言い放った。
「敵は……まだ二人いるんでしょ?」
「そうだよ」
「じゃあ、逃げるわけには行かないですよね?」
後輩一人にすべて任せて、おめおめと逃げ帰るわけには行かない。せめて挟み撃ちされない様に他の二人を抑えて援護を――
その時、周囲の木が葉を擦り合わせて音を鳴らす。その“死”の気配を光陽は感じ取った。近くの枝が大きく揺れ、その敵の姿を明確に捉えた。
「『三原則の死』……」
目の前に着地した『三原則の死』を見て光陽は一呼吸だけ間が出来ている。
「…………」
先に鷹さんは動いていた。拳を叩き込むと、トライは漫画のように、くの字に身体を折り曲げて林の外に吹き飛んでいく。
林の外――光陽達が上陸した場所に飛び出たトライは、耐える様に着地しながら滑ると、その後を光陽が追いすがっていた。
跳ぶように追った為、その着地の際に生じる全体重を“震脚”に込めて踏み込む。
「『玄武一門』――」
大気が炸裂するような音と共に、トライは『玄武一門』を掌で受け止めた。同時に返す手の手刀が首筋へ襲い掛かる。
「『牙影』」
光陽は、首の動脈を狙った手刀を躱すと、掌を拳へ変え、トライの胴へ接触させる。このタイミングなら入る。『玄武重拳』――
「――――」
「!?」
『玄武双璧』の中でも、確実な死を与える技。だが、放った刹那にトライは数ミリだけ身体を後ろに下げて、接触を外していた。ダメージは無い。
「…………」
技の不発。トライは、その隙を逃さずに刈る様に、L字に足首を立てた蹴りを放つ。それは絶妙な間合いに居る光陽の首へ見舞われる。
「『鎌蹴』」
トライの攻撃は、両断ではなく、敵の首の骨に負荷を与えて圧し折る蹴打だった。
光陽は、その蹴りをまともに受ける。身体が蹴りの威力で流れるが、脱力にて威力を半分以下に抑えていた。同時に全身に戻る力の瞬発力を使い――
「発剄!」
片足で踏ん張りの効かないトライが空箱のように吹き飛ぶと、少し距離を取ったところに残った片足で着地する。
「…………」
今のも、発剄の最大衝撃を食らう瞬間、後ろへ飛び退いて威力を半分に―――。あの態勢で?
「馬鹿なガキ共だね。一体……今までどこを、ほつき歩いてたんだい? エト」
「…………」
鷹さんは、トライの技が繰り出される度に、その技を的確に言い当てていた。
『牙影』『鎌蹴』。この二つは『虎空牙』の中に含まれる技なのだ。そして、その技を使う人間は、この世に二人しかいない。
一人は、桜家当主――桜冴烈。そして、もう一人は―――
「技は見た事は無かったけど、そのミサンガは見間違えない。最初に戦った時には気にしなかった……けど間違いない」
トライは二人の追及に、狐の面をゆっくりと外す。そこには決して忘れない父の顔が――桜絵斗の姿があった。
「流石……と言うべきですね、鷹さん。そして、光陽。二人ならば当然か――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
前後の記憶が曖昧だった。
最初に思い出したのは、飛行機の座席に座り、隣では飛行機に酔って、ぐったりとしている妻の顔。そんな彼女の一面を笑っていると、飛行機が揺れた。
次の瞬間、いきなり座席に押し付けられるような感覚は、凄まじい速度で墜落しているのだと解り、咄嗟に横の席の妻を庇ったところで――
「ここはどこだ……陽華?」
エトは無機質で事務所のような場所に設置されたベッドで眠っていた。起き上がると同時に、自分の居る場所を認識したのである。
飛行機に乗っていたままの服装で、その他も何一つ変わっていない。この命と家族の次に大切なミサンガも、任意で外れない様に髪に編み込んである。
「……建物、地下か?」
低い天井から地下に造られた場所であると推測しながら、扉の位置を確認した。
「――――」
扉の向こうから人の気配を感じ、同時に扉が開く。姿を現したのは、一人の青年だった。
「眼が覚めたね。さぞ混乱している事だろう。君に状況を教えたいので、来てくれるかな?」
「何者だ? ここはどこだ?」
「ディオス・マディス。僕の名前だ。もう一つの質問には、ここから出たら答えるよ」
ディオスと名乗る青年の後に続いて歩く。此処がどこだか解らない以上、ソレを知ることが第一優先と判断したからである。それに、彼の挙動から心情を察するが、敵意や何か裏があるような様子は感じられない事も後に続いた一因であった。
ほどなくして現れた階段を上ると、ディオスが扉を開ける。そして、そこから差し込んだ予想以上に光に一瞬だけ眼がくらんだ。
「大丈夫かい? 二つ目の質問の答えだ」
視界に飛び込んできたのは、澄んだ海に、蒼い空で輝く太陽。場所は小さな浜辺で後ろの扉は、この場に不釣り合いな人工物だった。
「本物の空間じゃない。全てエネルギーで作られている場だ」
「エネルギー? 何を言っている?」
即座には理解できない言葉に、エトは眉をひそめる。
「君の身体もそうだ」
「なに?」
ディオスの言葉に自分の手を見る。何の問題も無い自分の腕だ。修練で負った見違えない傷も多々ある。正真正銘、自分の身体だ。
「君は、この世界が好きかい?」
「いきなり良くわからない事を、つらつらと良く喋る……」
「僕としては君が理解できる質問をしたつもりなのだがね」
ディオスの発言は真実性を帯びていた。なにか、一つを極めた者の口調が自然とこうなる様に、その口調はどこか投げやりな感じだ。
「好きも、嫌いも無いだろう。この世界で生きているんだからな」
「嬉しいよ。真面目に答えてくれたのは、君が初めてだ」
「馬鹿にしているのか?」
「いやいや、君が実にこの世界と正面から向き合っていると言う証明が聞けたのでね。つい、嬉しくてさ」
彼と話をしていると、だんだん何かに引き込まれそうな錯覚を感じる。だが、その程度で方向性を失う様な、軟な意思は持っていない。
「僕は、この世界が嫌いなのさ」
ディオスは目の前に過去の戦争の記録や、災害で壊滅した文明の記録をエネルギーでスクリーンのように正面に映し出す。
「世界の真理を深くまで掘り進み、ある結末にたどり着いた。僕たちが、こうして生きている事が、ただの紙と文字で作られた絵本の様に……薄っぺらい偽物であるという事をね」
映し出された映像のほとんどは壊滅的な打撃を受けた都市や島の映像に代わった。
「嘘、嘘、嘘、嘘、全部嘘さ。この世界には“奇跡”や“偶然”なんて、何も存在しない。全て“決められていた結末”に必然にたどり着いた結果に過ぎないんだ」
多くの奇跡と呼ばれる出来事も、所詮は決められていた事だとディオスは吠える。
「その結果を出す作業を、僕は『彼ら』に習って“演算”と称することにした。そして、僕だけが組み上げた“式”を使い、要素と要素を取り入れて“演算”することで、たどり着く“奇跡”を必然と導き出すことが出来る」
「すまないが、良くわからん。インテリらしい科学的な理論は、同業者とやってくれ」
俺は……それよりも知りたいことがあったのだ。だから、ディオスがソレに答えないのなら早急に去るつもりでもあった。
「すまない、つい熱くなってしまった。そうだね、君の事を話そう。正確に言うと、君は死んだ」
「は?」
誰が見ても分かる答えを、ディオスは改めて告げたのだ。俺は今、この場で呼吸をして“生きて”いる。せいぜい、仮死状態だったとかそういう事なのだろう。
「今、ここに居る君は、『桜絵斗』という情報意識を組み上げて、顕現している存在にすぎない」
何を言っているんだ? こいつは―――
と、相手にするのも面倒になってきたところで、呆れて踵を返そうとした時、目の前の映像が変わった。
航空機の事故現場。墜落した場所は大西洋のど真ん中で、回収された残骸はごく僅か、生存者はゼロだと、報道されているニュースまで別の画面で流されている。
「……こんなモノを信じろと? ふざけるのも大概にしろ――」
ディオスに掴みかかろうとして、彼をすり抜けた。まるで雲でも掴むかのように腕がディオスの身体をすり抜けたのである。
「!?」
「これで解ったかい? 君は“桜絵斗”としての情報を持っているが、“桜絵斗”の肉体は既に朽ちている。簡単に言うなら、この場に居る君は、“桜絵斗”の魂のようなモノだ」
魂。そんな言葉を誇りとして生きている者としては、否定できる事ではないが、信じがたい要素であることは変わりなかった。
「変えられない結果だ。そして、この結果により今後の生き様が変わってくる者たちがいる」
「…………光陽、夜絵――」
咄嗟に頭をよぎったのが、仕事の間に義妹に世話を任せた子供たちの事だった。
「それが、君の大切なモノだね。僕の“演算”では君の子供たちは高い確率で、君の生き方と同じ道を歩む事になる。その果てにあるモノは、限りなく“死”に近い結末だ」
ディオスの言葉は信じられない。だが、考えてみれば……確かに、そうなる可能性は高いかもしれない。
「……お前は、何が目的だ?」
もはや、どうやってこんな事をした、などと言った疑問は知っても意味をなさないと理解していた。そんな事柄よりも、なぜディオス・マディスは俺を……この場に呼び、このような事実を突きつけたのか。
「僕の目的は、この世界の因果と輪廻を創った『彼ら』に至る事。そして、『彼ら』になった暁には、この世界を何者も干渉する必要のない世界として『彼ら』に進言するつもりだ」
そうすることで、この世界は『真の世界』となるとディオスは告げている。決められた奇跡、決められた偶然、決められた結末、それらに辿り着く事は無くなり、真の因果世界に成ると確信しているのだ。
「僕はこの世界に興味はない。だから『彼ら』になった際に、この世界に対して、乱れている数多の因果を書き換える」
「因果を書き換えるだと?」
「そう。その内の一つは『桜夫婦は、事故に合わずに無事に子供の所に帰ることが出来た』という、君の因果を修正しよう」
その言葉は本来信じていいモノかどうか疑うのが普通だ。しかし、ここまで語ったディオスの言葉は、全て一片の猜疑心を感じるモノはなかった。彼は真実しか語っていない。
「それで……俺にお前の手足となって働けという事か?」
「違うよ。君は自分の価値を過小評価し過ぎてる。僕でさえ、君を配下として扱うなんて畏れ多い事だ」
自分の目的の為に俺を呼んだのではないのか? 少しばかり肩透かしをくらった気分だった。
「君は己の眼で確かめて、そして決めてくれれば良い」
ディオスは俺を下に見ていない。むしろ対等な存在として、その眼はこちらに対して敬意をはらっているようだった。
「君は家族の居る、この世界が好きな筈だ。だからこそ、本当にこの世界を『真の世界』に変えるかどうかを――桜絵斗と言う意思が歩むべき道を――その果すべき役割を――」
何を望むのではなく、何を持ってやらなければならない事を見出すかが――
「君の意志で選び、僕に協力してほしい。君自身が立つべき場所を見極めた上で――」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「エト、アンタは解っているだろう? 【裏式】同士の……ましてや『四神獣武』同士の戦いはただでは済まないよ」
鷹さんは、狐の面を取ったエトを見て、一歩も引く気の無い様子から一応の警告を告げた。
「鷹さん、そんな言葉に意味は無い。ソレは『四神獣武』伝承者が一番よくわかってる」
エトに対して光陽は、ただ『玄武双璧』を構えて油断なく対峙する。
「ここは戦場で、ただ目の前で視認するのは敵同士。そうだろ? 親父――いや、『三原則の死』!」
息子の、その言葉にエトも躊躇いの無い臨戦態勢に入る。
「そうだ! 俺は俺の都合で、お前と夜絵を救う為に、“未来の過去”を変えると決めた! この俺の信念を越えるのであれば……この戦に勝利を収め、生き残り……偽りの世界を肯定して見せろ!!」
「やれやれ。やっぱり馬鹿な血筋かい」
打ち合いを始めるエトと光陽に鷹さんは加勢する事を諦めていた。
割り込みで、光陽が優位になる様に立ち回っても良いのだが、それよりも避けられない事柄が目の前に存在していたので、動く事は出来なかったのだ。
「…………」
「老けたね、ゼリアス」
因縁の相手を捉えたゼリアスが、彼女の前に腕を組んで立ち尽くしていた。
「――――囮を使い、こちらを特定したか」
爆炎に呑まれる数瞬前に、イレヴンは近場の建物の屋上へ移動していた。後0.1秒でも判断が遅れていれば間違いなく、あの爆発に巻き込まれていただろう。そして、
「既に姿も無い。身を隠したか――」
サスターは再び身を隠していた。建物内部か、それとも視野に入らない死角を移動しているのか……
「……俺の領域――狙撃戦で戦うつもりとは、自暴自棄になったようだな」
サスターはイレヴンの姿を見失っていた。
新しくイレヴンが持つ能力『加速』は、本人の技量と相まって強力な能力として、この場に君臨している。
皮肉にも『スケアクロウ』に求められていた、本来の特性をイレヴン自身が、今体現しているのだ。『英雄の欠片』の一部を持っているとはいえ、エネルギーに耐えられる器である自分達でも、そのコントロールは知的エネルギーでなければ困難を極める。
ましてや、イレヴンは能力を発現したばかりで、不慣れだと思っていたが……
「やっぱり、イレヴン……君が『進むべき者』だったんだ」
光陽と鷹さんがイレヴンからの狙撃を凌いだ店で、サスターは呟く。
もう、あの時のように……笑い合って、支え合う様な事は出来ない。この場に居るのは、敵と敵。覆すことのできない、後戻りのできない結果だった。
『サスター様』
「解ってるよ、為朝。おれ達は絶対に負けるわけにはいかない」
勝手だが、自分の意志で決めたのだ。『スケアクロウ』は、おれが終わらせると――
「おれ達を縛る……過去と未来に――決着をつける」
次話タイトル『Insight 的』




