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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第2部 Artificial life スケアクロウ
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37.Scarecrow 創られた少女

 22年前。創られて最初に、おれが見た光景は……白衣を着た研究者達。そして、その中心人物であろう、一人の男と、一人の初老の男だった。


 「彼女の両瞳を見給(みたま)え、クライノート君。色違いの設定を僕は組み込んでない。彼女は僕の“演算”を越えた結果を……因果の否定の可能性を見出した」


 巨大な試験管の中に満たされた培養液。その中で創られた存在(おれ)の、両方の瞳を見て、男は嬉しそう笑っていた。


 「ディオス室長。このような事は、毎回のように賛同しかねます」


 男は上機嫌で歩いて行く。同時に培養液が排出され、おれは巨大な試験管から滑り出る様に床に落ちると、力なく膝を着いた。


 「君は、この結果の価値が解らないのかい? 彼女は“No.8”だ。記録を着けておいてくれたまえ。僕は彼女を創造した“演算”をもう一度確認する」


 その場に残った初老の男は、おれに近づくと自分の白衣を着せてくれた。


 「こんにちは。私は、クライノート・マディス」


 眼の高さを合わせる様に、屈んだ彼は、優しく、敵意の無い声色で語りかけてくる。何も知らないおれが、なんの警戒も無く安心できる雰囲気も含んでいた。


 「――――」

 「そうか。言葉を喋れるように、ディオスは組まなかったのだな……」


 すまない。と言っているように、後悔する様にクライノートは項垂れた。


 「――――」


 おれは、そんな彼に気にする必要は無いと、本能的に気遣って微笑んだ。彼が優しい事は、一目見て解ったから。


 「博士。知能は0歳と同等。肉体年齢は15~18を固定してあり、代謝以外の身体の躍動設定は無し。一人で立ち上がる事は出来ます? No.8の記載項目はどういたしましょう?」

 「やめなさい。彼女はNo.8という名前ではない」


 怒るようなクライノートの声は、部下の研究者に向けられていた。驚いたように、部下は彼に謝る。


 「すみません……では、名称はなんと?」

 「……サスター。―――サスター・タナトス」

 「さ……すたー?」


 その名前が、初めて……“おれ”が“人”で在っても良いと、この世界に許された証だった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 用意された船は漁船だった。流石に、光陽とサスターでは操作できずに、どうしようかと思ったが、鷹さんが当たり前のように操縦を始めたので、出発は問題なく行われた。


 「鷹さん。何分で着きそう?」

 「20分前後だね」


 暗くても、薄らと見えるV島へはそれほど時間はかからないらしい。奇襲する為に、エネルギーによる目印はおろか、明かりさえも着けていないと言うのに、鷹さんは正確にV島へ舵を取っていた。


 「見えるの?」

 「アンタは見えないのかい?」


 うん。生涯、鷹さんには勝てない気がする。


 「絶対に敵に回したくない」


 そんな事を言いながら、光陽は揺れの少ない船尾へ。そして、サスターの目の前に座る。


 「センパイ……なにか、オレに言いたいことある?」


 甲板には、為朝と言う黒装束の忍者が、直立不動で腕を組んで風を受けていた。


 「気にしてんのか?」


 サスターが何を言いたいのか、光陽は察している。それでも、彼は気にしていなかった。


 「ずっと、嘘ついてたんだ」

 「サスター・タナトスが本名じゃないの?」

 「それは本名だけど……」

 「22歳じゃないとか?」

 「いや、ソレも本当だけど……」

 「会社が“本家”と繋がりあるって知ってた?」

 「センパイが、こっちに関わるまで知らなかったけど……」


 そこまで聞いて、光陽はため息をつく。そして、


 「じゃあ、なんの“嘘”をついたんだ?」


 クライノート博士と同じ声色が、サスターに向けられた。そして、その眼も優しく見守るような瞳で彼女を見ている。


 「なんのって……おれの存在自体が――」

 「サスター・タナトスだろ? お前は、サスターで、センパイって敬意を払ってくれるオレの後輩だ」

 「――――」

 「お前が何者でも、3年前からオレの知ってるサスター・タナトスは、嘘でもなんでもない」

 「センパイ……」

 「人には、他に知られたくない事がたくさんある。別にソレを隠してたからって、嘘をついたわけじゃないだろ?」


 むしろ、光陽の方がサスターに対して隠していたことが多いかもしれない。“本家”の関係で、色々と嘘をついて場を回避した事も少なくないからだ。


 「お前が『従者』なのは驚いたけど……根本的に、お前が変わるわけじゃないから、どっちかと言うとホッとしてるよ」


 サスターが『従者』であると認識して、最初に懸念したのは人格を偽っている可能性だった。今までが偽りで、仮面をつけていたのなら鷹さんも光陽も彼女を信用できない。そうなれば、信頼度の無いこの作戦は、かなり危険なモノになっていただろう。


 「……ありがとう。ずっと、後ろ冷たかったからさ。ちょっと、ホッとしてる」

 「ちょっとか? オレはかなりホッとしてるんだが?」

 「どんだけ心配だったんだよ!」


 いつもの調子で笑い出したサスターに、光陽は妹を見る様な眼を向けた。


 「……センパイに、話しておかないといけない事があるんだけど聞いてくれる?」

 「何を?」

 「おれの生い立ちの事だ」


 今、彼女(サスター)にとって一番自分の事を知ってほしい人に、なんの懸念も無くソレを話せると思ったからだった。


 「おれは……『スケアクロウ』って言われる、創造人間なんだ」





 【シャナズ】は“釜”を手に入れる前から、【神王】のエネルギーを使い、様々な実験を行っていた。

 本来、【神王】の莫大なエネルギーは『従者』として知的エネルギーを持たなければ使う事の出来ないものだった。エネルギーを抽出する方法は早期に確立されたが、ソレに耐える器は確定されていないのである。

 当初は、エネルギーが馴染む人材の選出を多くの人体実験を使って検証していた。しかし、それでは非効率と見なされ、一からの製造することになったのである。


 それが、創造人――『スケアクロウ』。エネルギーの扱いを視野に入れて創られた『人造人間』であり、普通の人間よりもエネルギーの馴染(なじみ)は強かった。

 しかし、『従者』に匹敵する程の莫大なエネルギーの取り入れは、『スケアクロウ』でも自壊と死という結果を避けられなかったのだ。結果、エネルギーの運用は別の手段の検証が必要であると判断され、計画(スケアクロウ)は凍結の寸前まで検討された。


 だが、製造過程で組み込まなかった情報を発現した個体が現れた事によって、『スケアクロウ』計画は別の路線として再開されたのである。

 その起点となったのが“No.8”と呼ばれる固体であり、その個体はサスター・タナトスと呼称された。

 彼女の体質は稀有なモノであり、エネルギーを内包していても外部に察知されない事が判明し、様々な実験が行われた。


 その後の『スケアクロウ』の創造基盤となり、同性能を目的とした個体が複数体創られる事になる。そして、サスターと同じ様に演算外の要素を持った個体が、二人発現した事で彼女には、ある任務が課せられた。


 それが、【魔王】の持つ、“釜”を手に入れる事であった。


 サスターも解っていた。例え、“釜”を手に入れても生きて帰れる保証なんてどこにも無い。一方通行の、死の道であることは本人を含めて、誰が見ても明らかだったのだ。


 追いつめられ、押しつぶされそうなほどの憤怒のエネルギーを纏った【魔王】が、目の前に立ちふさがった時には、既に“釜”を奪った後だった。

 そして、一撃で塵も残さずに消える瞬間に、為朝がアスラへ懇願したのである。





 「為朝のおかげで、おれはアスラの『従者』となる事で、生きる事を許された」


 『スケアクロウ』には、創造時から決められた期間しか生きられない様に、エネルギーの調整がされている。そして期日が迫ると、調整を行わない限り……利き腕、利き目、利き足から動かなくなり、臓器の動きも停止。死亡すると、細胞の維持も不可能になり、死体も残らずに完全に消え去るのである。


 それを回避する方法は、自分に適応するエネルギーを取り入れる事が唯一の方法だった。

 サスターは為朝の“宿主”となった事で、時限による消滅を解消している。


 「…………」


 鷹さんは、漁船を操縦しつつもサスターの話に耳を傾けていた。

 生い立ちが過酷なのは珍しい事ではない。例え、訳ありの命でも……特別に可哀想とか、大変だったとか、そう言った労いや慰めを言うつもりは、さらさらないのだ。

 それを言うなら、自身や光陽も同じような生い立ちである。普通に生きる道が選べなかったから、今、この場に居る。


 「……どこまで行っても、無理なモノは無理だね……」


 子供が……その様な選択を行わざる得ない今の世界を、鷹さんはどうしても好きになれなかった。だから……せめて自分の手の届く範囲では、選択をする事の出来る“命”を護ると決めているのである。


 「御母堂。此度の参戦! 痛み入るでござる!! 相当な腕の持ち主とお見受けするが……【王殺し】とはどの様な因縁か!?」

 「煩い奴だね。忍びは、寡黙じゃないと務まらないよ」

 「心配無用!! 某は、発言をサスター様より許可されてるでござる。喋る時に喋らねば! 伝わらぬこともあろう! フハハハ!!」

 「サスター」


 鷹さんに初めて名前を呼ばれたサスターは驚いて跳び上がった。


 「はいっ!」

 「こいつが煩いんだけど、このままだと侵入に支障が出る。黙らせてくれるかい?」

 「あ、すみません。為朝、前方を見張っててくれ」

 「承知! フハハハ――」

 「静かにお願い」

 「ハッ!」


 光陽、鷹さん、サスター、為朝を乗せた漁船が夜の海を進む。一度、大きい波で船が揺れ視界が開けた時、V島が目の前に現れていた。





 「…………イレヴン」


 トライは、今肌で感じた気配を懸念して、武器の整備をしているイレヴンに声をかけた。


 「なんだ?」

 「……気づいていないのか?」

 「?」


 イレヴンは、自らの索敵能力を島全体に広げる。だが、何の反応も無い結果に、トライの言うような懸念が何のことなのか、視線を向けて聞き返す。


 「……侵入者だ。恐らく三人。昨晩に交戦した奴、島に入って完全に気配を消した奴、懐かしい気配の三つ。ゼリアス、恐らく……お前の捜していた者も居るだろう」

 「何!?」

 「奴らの『従者』の“内宙(マトリス)”を所持している所為か、通常の察知が恐ろしいほどに研ぎ澄まされていてな。船が接岸した。港では無く崖の方にだ」


 奇襲……? そんな戦力が【魔王】に残されていたのか? 【王殺し(ゼリアス)】が居る以上、【魔王】単騎は無いと思っていたが……逆に――


 「この戦いで、追撃を気にする必要は無くなる」


 そう、一番の懸念は日本を脱する時に襲撃されると言う事だ。【シャナズ】の支援が受けられない今、自力でI国に侵入しなければならない。

 日本を出る時に、目立つ形で【魔王】に襲撃されると、得た能力を【シャナズ】に補足される可能性もあるのだ。

 まだ、【魔王】に別働隊を組む戦力を削る意味でも、数日後にもう一度襲撃する予定だったが……手間が省けた。


 「奴が……着ているか!!」


 トライの言葉が本当ならば、ゼリアスの目的も今夜で同時に達成できる。そして――


 「トライ、気配の一つが島に入ると同時に消えたと言ったな?」

 「ああ……今は、二つの気配しか感じないが……間違いなく、三人居るだろう」


 来たか、サスター・タナトス。鬱陶しい奴だ。この島で今夜……ただ一つの懸念を完全に消し去る。


 「…………やはり来たか。光陽――」


 トライは髪に編み込んだミサンガを一度触ると、昨夜、自らの『虎空牙』と互角に立ち会った光陽が、まだ自分には届かない存在であると、伝えるつもりだった。





 『勝利』とは単に勝負事の結末ではない。

 何を得て、何を失ったのか。

 果たした目的よりも、失った事柄の大きさによって大きく勝敗の有無は前後する。

 勝者とは――得たモノの大きさと、失ったモノの小ささによって決められるのだ。


 何を得て、何を失うか……多くの勝利者は、“勝利した”という結果しか見ない。だが、本当に自らは勝者なのか?


 これから行われる戦いは、彼らが島に上陸して1時間もかからずに終結する。

 少なくとも、今夜のV島に“死”が3つ必要だった。

 島に居る戦者の分だけ……命の火が強く輝く。

 今夜“死”を迎える存在は――先に跡形もなく、その火が絶えた者だけだった。

次話タイトル『Fragment of a dream 夢の破片』

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