36.I know that I don't know 知らないと、知っている
『英雄は人気者』作戦の翌日。
場所は中心街から少し離れた場所にあるビルに光陽とノハは居た。大鳥ビルが元に戻るまでの間の借り宿として、大鳥支局記者たちに使われている場所である。
「そう言う事で頼むよ。あまり、遅くならないようにね」
その最上階の“総編集部”と同じ階にある“海外班”の部署には他班の援護と、昨夜G市で起こった事件の取材に出向いている。
『仕方無いんじゃないっすか? 今、一番熱い海外アイドルじゃ、徹夜も仕方ないですよ』
「余計な事は書くんじゃないよ」
『大丈夫ですって。あ、サインくらいは個人的に貰っていいですか?』
「自分で判断しな。あまり、のめり込み過ぎないようにね」
『了解っす。いや~、彼女が『ジュエル』のファンでして。特にセンターのクリスタルちゃんの大ファンで』
「とにかく、余計な事は避けるんだよ」
『うっす。それじゃ、今日の報告は終了します』
“芸能班”に援護に言っている一目からの報告を聞いて、鷹さんは受話器を置いた。一目は海外の人気アイドル『ジュエル』の来日ライブの取材の人手として他県に出向いている。
「……こそこそ、やましい事でもあるのかい? 光陽――」
扉の向こうに居る気配を感じとり、まるで見えているように人物を言い当てた。
「あ、バレます?」
「アンタもだよ、ノハ」
「あ、ご無沙汰してます」
「お嬢ちゃんも居るね」
「お、流石ァ!」
扉の裏の壁に居た光陽とルーとノハの気配を明確に認識した鷹さんは、二人を招き入れる。今日、光陽は休暇でノハは、この社には、あまり関わりの無い人間だった。ルーも同様である。
その三人が雁首揃えて訪れた事に、なんとなく普通の頼み事ではないと鷹さんは察した。
三人は中に誰もいない事を確認しながら、鷹さんのデスクの前に歩いた。
「誰も居ないよ。それで、ノハも何の用だい?」
「あー、鷹さん。ちょっと聞きたい事があるんだけど……」
何故か鷹さんは、ギロリと腕を組みながら睨みを効かせてくる。その眼に光陽とノハは本能的に、ビクッと委縮した。
「よう、老練者。貴様に聞きたい事がある」
「ば、馬鹿――」
「はわわわ」
背後から、ヒョコッと顔を出したルーは、無礼極まりない――いつもの口調で会話を始めた。光陽とノハはそれぞれ鷹さんの反応を伺う。
「いいよ。なんだい?」
「おお。話がわかる!」
「…………」
なぜか、ルーに話しかけられて機嫌がよくなった鷹さんの様子に、光陽とノハは、お互いの顔を見合わせた。ソレを解明するには命を賭けなければいけない気がするが……
「過去の戦いをぶり返そうとしている者が居る。心当たりは?」
「あり過ぎて特定できないよ」
鷹さんは、“埋葬人”と呼ばれた凄腕の始末屋だった。だが、亡き夫と出会い“本家”に身を落ち着けたのである。
「なら、絞ろう。【千本桜】の関わった戦いは?」
ルーの言葉に、急に鷹さんは何かを思い出した様に硬直する。光陽とノハにもはっきりわかる珍しい様子だった。
「……あるよ」
「ふむ。ならば話が早い。その残党が、我らを脅かしている。昨日の夜も、こちらは全滅する手前まで行った」
嘘半分、真実半分と言った所だ。実際に【王殺し】の被害は無く、直接的な被害をもたらしたのはトライである。しかし、あの時にアスラが押さえ続けられた状況は、敗北のきっかけとなったと言っても良い事態だった。
「名前は解ってるのかい?」
「ゼリアス。階級は類稀なる【王殺し】だ」
普通ならば首をかしげる突拍子の無い情報に、鷹さんは迷わず立ち上がり、近くにかけているコートを着て、ハットをかぶる。
「帰るのは良いが、情報を提供してくれぃ。奴の存在が一番厄介なんだ」
「必要ない。アタシが自分で決着をつけるさ。過去の問題まで、アンタたちが清算する事は無いよ」
ルーは、やったね! と親指を立てて振り返る。
頼りになる存在だが、なんと言うか……授業参観でずっと後ろから親が見ているような気分になり落ち着かない。
「敵の場所は解っているんだろうね?」
「おう。そこらへんは、万全よ! なぁ!」
やたらと普通に話しているルーに光陽とノハは呑み込まれっぱなしである。流石に乾いた返事で対応するしかなかった。
「お、おう……」
「う、うん……」
「歯切れの悪い返事だね。まぁ、いいさ。近場なら今夜出向くよ」
『今夜!? 無理よ! 絶対無理!』
光陽とノハとルーの報告を受けた雷は、慌てて電話越しで否定した。
『確かに、敵はこっちに返す刀を持ち合わせていないと、油断しているかもしれないけど、そうなると援護はほぼ不可能よ!?』
「あーだよね。なぁ、国情。正直な意見言っていい?」
『何よ?』
「オレは鷹さんの意見に賛成だ」
『はぁ!?』
光陽の意見に雷は電話越しで叫ぶ。その声に耳をやられる前に、少しだけ携帯を耳から離す。
「今、こっちが的確に敵を捉えている事に加えて、エネルギーを持たない存在は、敵の索敵にも引っかかりにくい」
『確かにそうだけど。でも、敵は何を持っているのか解らない。『従者』に匹敵する存在が居れば、こっちもそれなりの戦力を用意しないと、全滅するわよ?』
「対応する奴は居ないのか? ほら、センって子のあのロボットとか」
昨日、ちらっと見たが、アレなら戦力としても役に立ちそうだ。
『『夜叉丸』と『陣守』は、エネルギーで作られた存在だから、感知には普通に引っかかるわよ』
「なら、やっぱり早期の奇襲しかない。今夜V島に行って、敵を強襲して倒すしかない」
『……確かに、理にかなってるけど。ん~、時間も無いし……』
「ルーの奴はそっちの情報処理に使っていい」
「えー!! 我も行くぞ! 絶対に行く!!」
と、光陽の発言に、駄々をこねる子供のようにルーにしがみつく。
「馬鹿! オレの話し聞いてたか? 今回はオレとノハと鷹さんで奇襲する!」
「やーだー!」
「どこに掴まってんだ!?」
「貴様が逃げない様にだ! 絶対に離さないもんね!! それに、今、雷女史も言っただろう? 『従者』クラスが居たら、有無を言わさずに全滅だ!」
『確かに、【光王】が居れば、その問題は解決だけど、そうなると奇襲が出来なくなるのよね』
そうなれば間違いなく【王殺し】が出て来るだろう。光陽も居る事である程度は善戦するだろうが、トライに隙を突かれると一気に旗色が悪くなる可能性が高い。
「ルーさん、二つに一つは選べない。アスラが動かない以上、中途半端な編成は無駄に戦力と時間を消耗するだけだよ」
ノハも冷静な意見を告げた。本部の戦力が減ったと思わせない状況にしなければならない。もし、こちらに手が無いと言う事実が知れれは敵に攻撃の機会を与えるだけなのだ。
『朷矢の言う通りよ。全員で叩くのも考えたけど……そうなると【シャナズ】の別部隊が来た場合、本当に本部が全滅する』
戻る場所が無ければ意味が無い。メイリッヒが居ない以上、海外からの侵入者の感知情報は、今は停止しているのだ。
「……解った。我はそっちに残る」
と、急にルーが折れた。素直な引き際に、光陽としては肩透かし感を覚える。
「ただし! 雷女史、必ず生存できるように適任者をメンバーに加えてくれ。居るだろ?」
事の重要性はルーも理解しているようだった。【魔王】の勢力が消える事は彼女にとっても望ましくないのである。
『確かに、そう言うのは居るわ。……形振り構ってる場合じゃないわね。適任者には、こっちで連絡する』
「でも国情さん。彼女、受けてくれるかな?」
ノハは、その適任者を知っているようだった。
確か、【魔王】の『従者』は四人。国情やノハに、ナンドという人物を抜かすと、もう一人いる事になる。一度も姿を見ないが、理由があるとの事で顔を合わせていなかった。
『状況が状況だから大丈夫でしょ。ここが瀬戸際よ。次の戦いは絶対に負けられないわ』
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「『王』! 【空王】!」
ゼリアスは自らが仕える『王』――【空王】に、事の進言を申し立てていた。
「俺は賛同できませぬ! 【神王】との戦いを控えた時期に、新たな『従者』など迎える意味はありません!」
「ゼリアス。確かに君の考えは正しい。だが、同時に間違いでもある」
「矛盾です、『王』! 我々はこれまで、【魔王】との衝突と、【神王】の『従者』に対して十分な戦果と戦場の偏りを優勢にしてきました!」
「だからこそだ。例え、多少素性の知れない存在を、今更含めたとしても……私達の勝ちは動かない、だろ?」
「しかし……」
「信頼しているのさ。君たち臣下の能力と、私を助けてくれる忠誠心を――」
だが……奴は裏切った。その要素が決定的となり、【空王】は……消んだ。
奴は全てを否定したのだ。【空王】の存在を、『王』に仕えた、他の『従者』、仲間たちの存在を。
「貴様だけは許さん……必ず、息の根を止めてやる……【斥侯】――ホーク・アッシュ……」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
強襲するメンバーは、光陽、鷹さん、あと一人の『従者』と言う事で落ち着いた。
ノハは、アスラが動く事が出来ると認識させるために、本部で待機。雷とセンも同様に護衛として残っている。
ルーはしぶしぶだったが、本部の維持とE市内の敵反応の監視を引き受けており、動く事は出来ない。
結果、メンバーは『従者』が居ても決定打を与えられる光陽と、ゼリアスに因縁のある鷹さん、暗殺が主体で敵の反応に引っかからない『従者』――【暗剣士】という事になったのだ。
「昔の事さ。わざわざ詳しく語る必要は無い。ただ、アタシが【千本桜】の 【斥侯】で、護るべきモノの為に“技”を振るっただけさ」
夜。光陽は鷹さんと共に車でF市の埠頭へ向かっていた。
そこからV島に向かう船が手配されており、【暗剣士】が先に埠頭で待っているとの事だった。
「祖父ちゃんから聞きました。でも、鷹さんが関わっているって話は聞かなかったですけど……」
「あいつも情報の重要性は理解している。自分が関わっていても、アタシの事まで話すことは絶対に無いよ」
“三獣牙”と呼ばれている祖父は、当時から“本家”でも最強の一角を担っていた戦闘員だったらしい。当時の相方は、灰木の当主候補――鷹さんの旦那であったらしく、二人は台湾の任務で、初めて彼女と邂逅を果たしたらしい。
「あんな奇天烈な物事は中々信用できなかったけどね……実際に巻き込まれると、止む無しに適応して行ったよ」
「はは……」
つまり、柔軟に状況に対応しなければ、あっさり“死”に呑み込まれると言う事である。
「……そう言えば、鷹さん。一つ確認したいんですけど……」
「なんだい?」
「『虎空牙』って……他に伝えました?」
昨日の戦いで生まれた懸念の一つだった。
最初は『玄武双璧』の深層に近づいた事に手ごたえを感じていたが、相対したあの敵の事を思い返すと、どうも引っかかるのだ。
腕を主体とした、裂くような攻撃に、バネのように一気に距離を詰める動き――トライの動きは、昔祖父から見せてもらった『四神獣武』の一つ――『虎空牙』に類似した動きだったのだ。
「どういう意味だい?」
「いえ……昨日交戦した敵が、『虎空牙』に類似した動きをしていたんです」
祖父から、一度だけ見せてもらったので、曖昧だが、絶対とは言い切れない。
「元々、『四神獣武』は開祖と言われた者が組み立てた武術が数多く含まれている。似たような動きをする武術を複数体得している奴が居れば、『虎空牙』に見えなくもないけどね」
「そうですよね。ハハ」
「そうだよ。『虎空牙』は現在ではエトが最後の体得者さ」
「はい」
エト。光陽の父の名前である。そして、父は20年前に間違いなく死んでいる。それだけは絶対的な事柄で、万に一も可能性は無い。
「冴烈も根っからの“本家”の血筋だし、悪戯に他に伝える事は絶対に無いだろう。他人の空似だよ」
「だと良いんですけど。オレも曖昧なので。じゃあ、あのミサンガも偶然か」
「ミサンガ?」
鷹さんは、光陽だけが知るエトの特徴に聞き返した。
「誕生日にあげたんですよ。オレとヤエが編んだ、不恰好な奴ですけど……親父と母さんに一つずつ。二人とも不通に動けば絶対に取れない様に髪に編み込んでました。風呂に入る時は取れるように結んでましたけど」
「気の所為だよ。世界に二つとないモノなら、絶対にエトじゃない」
「そうですよね……」
断言する否定の言葉。しかし、光陽の中に生まれた懸念は完全には消えなかった。
昔、一度でも父に本格的に『虎空牙』を見せてもらっていれば、答えは出たのかもしれないが……父は裏の事を、殆ど教えようとしなかったのである。
「もし、親父が今のオレを見たら……どう思うでしょうね」
きっと、表で平和に生きてほしいと願っていたハズだ。ソレを無視して命を片手に生きる道に身を落している自分を見て、父は何を思うだろう。
「ふん。アンタもガキを設ければ解るさ。親の気持ちはね」
「無茶苦茶、説得力のある言葉を、ありがとうございます」
車はF市の埠頭へ。目的の船が用意されている場所まで、車を走らせると、そこには【魔王】の『従者』――【暗剣士】が待っていた。
「すみません。待たせちゃいまし――」
エンジンを切って、その人影に声をかけた光陽は、その人物の姿を見て言葉が停止した。鷹さんも遅れて助手席から出て来るが、待ち人の姿にはさほど驚いていない。
「よ、よう。センパイ」
生涯二つと見ない……青色の右眼と金色の左眼。水色のショートヘアーに、年齢に反しての小柄な身体に悩む、会社の後輩。その全てが当てはまる彼女が、少しだけ気まずそうに目の前に立っている。
「サスター? なんで?」
光陽が、状況を認識するには少しだけ時間が必要だった。
次話タイトル『Scarecrow 創られた少女』




