34.Learn “一”を知る
光が発した直後、住宅街に現れた怪物は全て死亡した。
室内に居た怪物も、屋根の上に居た怪物も、取り囲んで国情雷に向かって行った怪物も全て、体内から焼き殺され、燻った煙が口と目玉から漂い出ている。
そして、雷のような音と光が発し終わった一瞬後、その発生源である一人の人間に数億の電流が標準でまとわりついている。
「それで? もう、喋らないの?」
雷のエネルギーに、当てられただけで全ての怪物が行動を停止し、シャフトも同様に痙攣を起こしていた。
「カ……カカ――」
「あっそ。消し炭になりなさい」
周囲から静電気のようなエネルギーが集まると一つの球体に固定する。それが回転しながらシャフトへ飛来し―――
「――――」
その攻撃を受けたシャフトは、言葉も発することは出来ない。敵の形も残さず粉々の炭にするほどのエネルギー。さらに、その炭さえも粒子へとなるまで雷は攻撃を維持し続けた。
「暁。周囲に被害は?」
『怪物は全滅。今の攻撃による周辺被害は殆ど無いわ。流石ね、ライ』
敵を完全に消し去った雷は“反転”を解除し、暁が分かれる様に現れる。触れずに、全ての敵を、エネルギーを当てただけで倒していた。
雷の『従者』としての能力は全体で比較しても上位に君臨する。ナンドに匹敵するエネルギー操作力と、膨大な出力を放出しつつもその全てを支配下に置く掌握力。そして、【シャナズ】との数多くの交戦によって、実戦でも非の無い能力を持ち合わせている。
「一体なんなの? 本部のメイリッヒに連絡して。こっちは朷矢に連絡するわ」
雷は携帯を開き、暁はエネルギーによってそれぞれ連絡を取る。
作戦では、現れた敵を確保、又は殲滅し、その間にメイリッヒが『英雄の欠片』をG市の本部へ運ぶ予定だったのだが――
「つながらないわね」
「こっちも」
携帯を閉じると同時に、暁も本部へ繋がらない事を告げる。
「……本部に戻るわよ。一番近い“ポータル”は?」
「それよりも、ノハ君の情報を警察無線で拾ったわよ。場所はG市のフェリー乗り場。血まみれの六号定期船が到着して、交通規制がしかれているわ」
「……先に朷矢を拾うわ」
と、車に乗り込むとエンジンをかける。しかし――
「…………」
「流石に、車は無事に行かなかったみたいね」
暁は微笑む。車は空回りする様にエンジンがかからなかった。間違いなくバッテリーが壊れてしまったのだろう。
最も“反転”の近くにあった金属は車であり、流石に影響を受けてしまったようだ。雷としても十メートル内までの作用識別は、まだ難しかった。
「レッカー車呼んでおいて。タクシー拾うわよ」
「了解です、主様」
トライと【英雄】に挟まれた光陽は、ギリギリの間を立ち回っていた。
こちらと同等か、それ以上の技量を持つトライは、武器らしい物は持ち合わせておらず、素手による行使が基本であった。【英雄】は御馴染みの剣を向けて襲い掛かってくる。
剣を躱し、トライの手刀を躱す。受けるのは不可能に近い。そして逃げる事も、だった。
避け続けるしかない。それも、一歩でも選択を間違えれば、たちまち命を取られる極限の死地。だが、こちらにとっても有益な事があった。
「――――こっちか」
この状況の打開点は【英雄】だ。
最初にルーと追われた時に比べると、単調な剣筋と外見通りの間合いの剣。翼の飛行も滑空だけ。つまり、あの時と比べて、極端に性能が落ちているのだ。
逆に、あの時の性能通りだったら、敵同士の相討ちも狙えたのだが……
「――――」
間合いに踏み込んできた【英雄】に、更にこちらから間合いを詰めて、剣の内側に入った。【英雄】の手首を掴み、剣筋を阻止する。
「――――」
ふと、【英雄】の浅はかな行動に動物的勘が働き、咄嗟に後ろへ体を運ぶ。後ろからは、トライが手刀を狙っていたらしく、光陽の行動で初手を潰された。
しかし、下から振り上げてきた【英雄】の剣先が光陽の頬に触れ、そのまま眼に向かって斬り上がる。
横に身体を逸らして剣筋を外すと――
「――――」
震脚が響き、地を踏込み込んだ際に帰ってくる“撃”を、正面の【英雄】と背後のトライに、掌底打と肘の『玄武一門』を叩き込む。
爆発の様な音共に、まともに受けた両者は光陽から距離を取った。
「…………」
『トライ』
光陽に警戒する【英雄】は、トライだけに聞こえるエネルギーで通信していた。
「やはりお前か……ディオス」
『試作運用だよ。『英雄の欠片』の中に残っていた情報を具現化し、転送の援護に回そうと思ってね』
「だが、こいつ相手には、【英雄】では不利だ」
トライと違い、【英雄】の姿は維持できない様にブレていた。そのまま消えてしまいそうなほどに不確かとなっている。
『オリジナルに比べれは、大きく型落ちするとは言え、コレは弱すぎるね。それとも、彼が強いのかい?』
「両方だろう。時間は後2分だ。その時間なら、こっちで対処できる」
『そうかい? それならボクは退散するよ。君は本当に頼りになる。トライ――』
【英雄】は空間に溶ける様に消えると、その粒子は転送していく『英雄の欠片』に混ざって【シャナズ】へと飛んだ。
ニ対一の懸念が消えた光陽は、残ったトライへ踏み込む。
「…………危なかった」
G市のフェリー乗り場に到達したノハは、怪物を全て始末すると同時に、海に飛び込んだ。極寒の海へ、夜に飛び込むと言う自殺に等しい行動を取った理由は二つ。
一つは、フェリーの乗組員全てが怪物に喰われたか、変貌していたためブレーキが出来ずに港に突っ込んだこと。
二つは、生きている“人間”が自分だけだったので色々と面倒な事になりそうだと思ったからである。
そして、騒がしくなるフェリーに注目が集まっている内に、人気のない漁船の停泊港から上がったのだ。
「……寒い! メイリッヒ。誰か迎えをよこしてくれない? …………? メイ――」
「あんた……なにやってるの?」
そこへ、レンタル自転車にまたがった雷が、ノハのエネルギーをたどって迎えに来ていた。ずぶ濡れで、寒そうに身を抱きしめているノハに電熱を送って衣服を一瞬で乾かす。
「ありがとう国情さん。凍え死ぬところだった」
真冬の海は、ちゃんとした装備がなければ凍死する。ノハは身を持って経験した。
「まったく、警察に捕まってるかもしれないから飛ばしてきたのに、自分で乗り越えたんなら、来る必要なかったわね」
「ギリギリだったけどね。怪物の始末に手間取った。どうしても、アレと普通の人間を戦わせるわけにはいかなかった」
ノハの方も、不気味な怪物に遭遇していたと告げる。
偶然ではない。敵が何らかの手段を用いて、怪物を使役していると考えてもいいだろう。だが、あのような化物は【シャナズ】のモノとは考えにくかった。
制御できない思考に、膨大な数、物理概念が有効に作用するなど、組織が創るにしては非効率なモノだからである。
「……ソレは後回しね。とりあえず“本部”に戻るわよ」
「本部? なんで――」
「通信がつながらないのよ。撤収作業するってメイリッヒは言ってたけど、入れ違いでもいいから、無事を確認するわ」
そもそも、移動中でも通信がつながらないなど考えられない。となれば、メイリッヒ本人か、本部に何かあったと考えるのが妥当だろう。
「なら、急いだ方が良いかもね」
雷の疑問に、ノハは第六都市タワーの屋上を指さす。虹色に流れるオーロラの様な粒子が電波に乗せられている様だった。
「そうね。急ぎましょう」
「抜け目ない奴だ……」
地面を砕くほどの“震脚”。その着地点にトライは足を差し入れた。
「!?」
人の反射。踏む先に異物があると咄嗟に避けてしまう行動。例え、踏み砕いても構わない状況でも、その無意識の行動は絶対に避けられない。
踏み込んだ脚を反射的に避けてしまい、技への繋ぎのタイミングを失ってしまった。
トライの手刀が喉を狙って迫る。
「くっ――」
正確に喉仏を狙ったおかげで、避ける動作に迷いなく移ることが出来た。首を浅く掠め、斬られたような傷となる。
「ほう……」
光陽は、次に向かってきたトライの拳を掌で受け、蹴りの初動を反対の手で止める。ひっかく様に指を折り曲げたトライの指は、後ろに頭を逸らして額を掠めた。
こいつ……この動き……全て、反応がバラバラだ――
無拍子。トライの攻撃すべてが、カウンターの“剄”を打ち込む事の図れないタイミングだった。
考えていては敵の攻撃に遅れる。最善の技を考えて選ぶのではなく、自然体で『玄武双璧』を引き出す――
「――――」
地を踏みつけ、遠当てをトライへ通す。だが、読んでいたように横に動き躱された。
トライは、躱した先で沈める様に全身を撓めた。そして、接近する為に必要な筋肉を瞬間的に発起させ、瞬時に光陽を肉薄。そのまま、膝を突出し、飛び膝蹴りを繰り出す。
光陽は、ソレを止めるのではなく、当たる寸前でトライの膝の側面に、掌で“剄”を通して弾く。そのまま反撃へ移り、反対の腕を折り曲げて、肘――『玄武一門』をトライの胴へ叩き込んだ。
トライは宙で態勢を崩しているにも関わらず、肘を、上から下への打ち下ろし、『玄武一門』の威力と発のタイミングを削ぐ。
互いに攻撃は入らなかった。
「……こうだな? 『玄武』――」
ゼロ距離でトライと組み合いながら、光陽は自問するように呟いた。
「…………」
トライは、動きが“裏式”と一体になった光陽に、弟子を見る様な師の眼を向ける。
一に近くとも、完全な“一”となるには難しい。一と一が……“一”になるには、ソレの下地となる技量と、その先へ至る起点が必要だ。
ソレを……実戦で得たか? 光陽――
トライは組みながらも、光陽の足が僅かに持ち上がったのを見逃さなかった。その攻撃が来る前に弾けた様に離れて距離を取る。
「…………イレヴンか」
ふと、入ってきた協力者からの通信に応える。
『トライ。もう、こちらの問題は解決した。後は、お前がどうするかによって、俺の立ち回りが決まってくる』
「…………殺すか? 殺せるか? 俺を――」
『貴様次第だ。どうする?』
油断なく構えている光陽を見る。そして――
「もう少しだけ……若人へ付き合うとしよう。イレヴン。お前も新しい能力を過信しない方が良い」
トライは踵を返し、段台から飛び降りて鉄骨を渡り下る。光陽は追いつき、見下げるが追う事は不可能だった。
「……倒せなかった……だが――」
光陽は拳を握り、確かな感覚を肌で掴みとっていた。
怪我の功名と言うのか……間違いなく、何かを――『玄武双璧』そのものに近づく“何か”を掴んでいた。
血と肉の生臭い臭いが充満する駅構内。
合戦の様に【兵士】と怪物は互いに排除し合っていた。剣が振るわれる度に、怪物の顎が閉じられる度に互いに数を減らしつつも、怪物側が徐々に押していく。
「ごめんなさい……」
オーネは、造り出した巨獣がセンを飲み込んだのを見て、ただ謝る言葉しか出なかった。
どうしようもないのだ。乾いて、求めて、それでも他に入らなくて、誰も助けてくれなくて、そんなときに、喰われた。
血の池の様に混濁する意識から這い出ると、彼は言った。
“おめでとう。新しい『意志』だ。これからは“お嬢”が、ダメという事以外は好きに生きて良い”
「ハハ……そう……これでいいの――」
誰もが見捨てた。だから、それが悔しかった。世界の裏側では……わたしのように苦しんでいる人が大勢いるのに、ソレを知らぬ顔をして生きる奴らに教えてやるんだ! まずはこの島国からだ――
「一つ、紹介してあげる」
次の瞬間、そんなセンの声と共に、巨獣の身体から何かが付き出てくる。一本の棒――ソレは内側から生える……と言うよりも貫かれたようだった。
そして、それがなんなのかは、巨獣が縦に両断されたことによって、巨大な刃であったとオーネは認識した。
割れて肉の断面と化した巨獣の体内から、二つの影が姿を現す。
高さは3メートルほど。バイザーの様な目のセンサーに、鋼鉄の両腕。重く踏みしめた脚部は生身ではなかった。肘から生える様に伸びた刃は両肘についている。
「この戦闘機人の名は『夜叉丸』。わたしのエネルギー情報を受けて、それに対して臨機応変に動く……まぁ、ロボット。発案、ナンド。開発設計わたし」
ピピピと、機械じみた音が『夜叉丸』の頭部から鳴る。そして、手の空いている怪物たちが一斉に、センと『夜叉丸』に襲い掛かった。
「包囲殲滅」
センの声に呼応し、バイザーの奥が光る。両腕を脇に溜める様に構えた瞬間、目にもとまらぬ速さで、一番近い怪物から順に細切れにしていく。
壁を走り、天井を蹴り、血風が舞い、再びセンの横に戻った時には怪物の姿は、全て居なくなっていた。
「オーネ、だったよね? まぁ、死んで。もう、戦うのは面倒くさいから」
「わたしは――――」
聞くつもりもない。『夜叉丸』はオーネが言い切る前に、その横を通り過ぎて胴を切断。彼女の上半身は宙を舞った。
「ゴ……ココココココァァァァ!!!」
舞ったオーネは上半身だけでも生きていた。周りで血と肉に埋もれている怪物の様にその顔が変貌し、胴の断面から伸びた触手で方向を修正すると、センへ喰らいかかる。
「おーじょーぎわが悪い。で、当ってるっけ?」
そのオーネに鋼鉄の拳が叩きつけられた。ミカンをバットでフルスイングしたように、センの傍に現れた、もう一体の戦闘機人によってオーネの頭は変形する。
3メートルの巨体。屈伸するようにくの字に曲げた脚。芋虫の様に多関節を利用していることによって、正面を向いたまま背後にも攻撃できる腕。口を開ける様に開き、角の様なアンテナが逆立つように頭部に存在していた。
「ギャカ!?」
壁に叩き付けられる前に、帰ってきた『夜叉丸』の刃で細切れにされ、オーネは今度こそ絶命した。
「こっちは防御専門の『陣守』。運が無かったと思っていい。これ以上は喋るのが面倒だから質問しても答えないけど」
センは『夜叉丸』に命令して、構内の残りの怪物を始末に回らせる。オーネが死んでから湧き出るのも止まっている様なので、数分もすれば全滅し、ひとまずは完了と言ったところだ。
“戦いの鉄則2じゃ。優勢の戦いにおいて、戦力の出し惜しみは敗北への一歩であると思っとけ。下手な指揮官ほど、出し惜しみで状況を悪化させる場合が多い。ここで決める、決められると思った勝負なら、一気に押しつぶせい”
「ナンド。正直、あなたの言葉は良くわからないわ。そう、わからない」
意識が戻らない宿主にセンは文句を言う。いつもなら隣に居て、何かと言い返してくるのだが、今はソレも無い。
「わからないから。早く……あなたとお話ししたいわ」
どれだけ人智を超越した存在だとしても、人間の意志だけは解明することができない。ただ、待つしかないナンドの現状に、センは淋しく感じていた。
人々は必ずあなたたちに言う。「ささやきつぶやく口寄せや、霊媒に伺いを立てよ。民は、命ある者のために、死者によって、自分の神に伺いを立てるべきではないか」と。
そして、教えと証しの書についてはなおのこと、「このような言葉にまじないの力はない」と言うであろう。
※旧約聖書『イザヤ書』8章19~20節
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