33.Hero and death 英雄と死
E市で最も高い建物の屋上で、サスターがイレヴンを捉えてから数分が経過してた。
「時間が無い。ソレを解っていながら、わざわざ殺しに現れたのだ。くだらない問答をしている暇はあるのか?」
イレヴンはサスターへ向き合いながら、その時を待つ。時間では後数秒――
「だからこそ。おれが、全て終わらせて……ディオス・マディスを殺す」
「……無理だ。ただの『従者』では、奴の命までは届かない」
「その為に、おれと為朝が居るんだ。【暗剣士】として、アスラに命を貰った」
サスターの黒い装いから、生える様に一本の細い剣が滑り出てくる。片刃の直刀で、暗殺に適した長さの忍刀である。そして、サスターの姿が蜃気楼のように揺らいで消えると、
「さようなら。イレヴン――」
背後に回り込んだサスターは、イレヴンの首を落すために黒い忍刀を横に振り抜く。
「いいや、死はまだだ」
サスターの存在を捉えたイレヴンは、振り向きながら忍刀を肘で止め、反対の拳で殴りつける。
「!?」
一秒も無い執行の中で、イレヴンは途中から反応し、攻撃を受け止めて反撃にまで移っていた。
小柄なサスターの身体が建物の屋上から放り出されるように吹き飛ぶ。背面から落ちている。この姿勢では、足場を創っても立て直せない――
「――――為朝!!」
『承知!!』
サスターの声に呼応し、纏わりつく影が姿を変えると、一人の全身黒装束を身に纏った存在が現れた。そして、一度宙を蹴ると自由落下している彼女をキャッチする。更に、もう一度、宙を蹴り、近場の近くのビルの上に着地した。
墨染めの黒装束。全身がその装束に包まれており、漆黒の長髪が風を受けてはためいていた。長身の背には忍刀を斜めに装備し、それ以外の武装は見受けられない。
「御無事でしょうか!? サスター様!!」
「ああ。助かったよ」
「何を言いますか!! 我が為朝、サスター様の為ならば、火の中、水の中! フハハハ!!」
為朝は丁寧にサスターを降ろすと、腕を組んで直立で胸を張り、甲高い声で笑う。そして、高い建物から見下ろすイレヴンを見上げた。
「イレヴン! 貴公に聞こう! 投降すれば、我が『王』に心ある待遇を約束させよう!! 返答やいかに!?」
「……煩い奴だ。ソレが、お前の“力”か? サスター・タナトス」
イレヴンは冷ややかに見降ろしながら呟く。そして、両腕が動いた事を確認し、片目の視力も戻っていることを認識していた。解る……これが――
「良く視える。全ての情報が見える。なる程……奴が欲しがるはずだ」
「イレヴン! 何をした!?」
消えていたイレヴンの片目と片腕の反応が復活している。
「確かめてみればいい。トライは……この戦争に決定的な“楔”を打ち込んだ。『英雄の欠片』は俺の読み通りに、貴様らの懐にあったようだ」
自爆用のエネルギーを、トライより送られてきた『英雄の欠片』によって、肉体に対応するモノに変換する。
その作用によって、滅びるハズだった肉体は、再び再構築され、片目と片腕は回復。身体能力は加護を纏った『従者』クラスにまで上昇しており、新たに発現した特殊能力もあった。
「なるほど、試してみるか――」
意識を周囲に新しく手に入れた力を集中すると、屋上の手すりがねじれて、一本の槍となって宙に浮く。そして、刺先を眼下のサスターに向けた。
「『加速』か。悪くない」
ヒュッと風の切る音が聞こえた瞬間、サスターの身体は、その槍に貫かれていた。高速の飛来。足場のコンクリートを貫き、突き刺さる。
「見えている。だが、動きが遅いな」
撃ち抜かれたサスターは闇に溶ける様に消えて行く。そして、加護を得た彼女はイレヴンの背後を取り、再び忍刀を彼に向けていた。
気づいても避けられない距離とタイミング。だが、イレヴンの動作が一瞬で“加速”した。忍刀を躱し、振り向くように彼女の服を掴む。
「そう。ソレが……お前の限界だ。一度見られた暗殺者は、並み以下の戦闘力しか発揮できない」
「行け! 為朝!」
「承知!」
姿が分かれる様に、サスターから現れた為朝は、至近距離でクナイと手裏剣をイレヴンに投擲する。
二段構えの襲撃。だが、その速度は、今のイレヴンにとって、呼吸を入れ直す時間がある程に鈍足だった。
「救って見せろ、忍者。貴様の主が、海面に叩きつける前にな――」
服を掴んでいたイレヴンによって屋上から、射出されるように吹き飛ばされる。隕石のようにE市に面した夜の海へ――
「ぬ!? サスター様!!」
為朝は消える様に射出されたサスターの後を追って、瞬時にその場を後にした。黒い影が、音速に近い速度で地に沿って飛び、空中でサスターを受け止めると、海面に水しぶきを上げて着地する。
イレヴンは、その後で余裕を持ってクナイと手裏剣を躱した。外れた二つの投擲物は、近くの給水タンクに突き刺さる。
「――――」
新たに得た能力『加速』。ソレは自分だけではなく、他にも作用できると今証明された。
この能力をディオスは知らない。そして、これだけの力があれば……間違いなく奴の命に届く。
「……もう、会う事も無いだろう」
その瞬間、刺さったクナイと手裏剣が膨張し、屋上全てを巻き込むほどの爆発を生む。そして、イレヴンごと屋上が消し飛んだ。
光陽は、鉄骨に手を伸ばすと即座に落下の減速に入った。
僅かに傾斜をつけて建設されている鉄骨。ボルトも溶着されているため、完全な平らと言うわけではない。
まだ十分な重力加速も出ていなかったので、鉄骨を掴み、足を引っかけて、何とか落下を抑える様に踏ん張る。
「あちち――」
掌と足に摩擦熱を感じながらも減速。そして、いつの間にか五メートルも無い眼前までトライは迫っていた。
今が、奴の虚だった。最低限の命綱を握っている奴とは違い、落下していく光陽には対抗手段がないからである。反撃は来ないと見ているだろう。
この極限状態では、正解の判断を選ばなくては、たちまち命を喰われる。
落ちていくだけの現状。ならば打破する要素は―――敵の命綱を奪えばいい。
「――――」
滑り降りる鉄骨の僅かな凹凸に足を引っかけ、一歩駆けあがると、向かってくるトライへ逆に殴り掛かった。
「!?」
その行動は予測していなかったのか、トライは巻きつけている命綱を放さない様に強く握り、走り降りている鉄骨を蹴ると振り子のように回避する。
「面白い奴だ……」
「チッ!」
完全に入ったと思ったのだが、敵もまた状況に応じての動きを想定していた。流石に、展望台から突き落とした相手に止めを刺しに来る人間では、常識の範疇が違うらしい。
そして、光陽は再び鉄骨を利用して落下を始める。ひとまずは退けた。後は足場のある場所に着地して――
と、減速しながら降りて行っていると、
「――――」
振り子のように戻って来たトライが、その光陽に蹴りを繰り出す。
「うぉ!?」
何とか避けると同時に、その足にしがみついた。そして、そのまま、遠心力で一度宙にあおられ、勢いよく鉄骨にぶつかる。
その衝撃で、命綱の根本が、窓の残ったガラスに擦れて、切り込みが入った。そして、二人の体重分は支えられず、あっさりとちぎれる。
光陽とトライは落下。途中、いくつかの鉄骨にぶつかり減速しつつ、光陽はタワーの段台の撤収作業用の段ボールの中に背中から落ちる。
「痛てて……」
ガラガラと、崩れたケーブルの束から光陽は這い出る。段ボールはケーブル入りが殆どで、それがクッションとなったらしい。
気にならない程度の打撲で、骨も内臓も痛めていない。裂傷もなく、活動に支障はなさそうだ。
「奴は……別の場所に落ちたか」
とにかく、今は敵よりも、上のカウントが気になる。時間が減ると同時に『英雄の欠片』が欠けた事から、何をしているのかは何となく察しが付く。
止め方が解らないにしても、ルーに言わなくては――
「あまり……追いかけられるのは慣れてないんだけどな」
背後に着地する音を聞いた光陽は、それがトライであると確信した。
「追ったり……追われたり。良くある事だ……今のお前は……どっちだ?」
「オレは追いかけて来る奴を、向え討つのが専門でな。覚悟しろ――」
光陽は、トライへ振り向きながらそう告げると、『玄武双璧』の間合いまで距離を詰めようとして――
「――――【英雄】?」
別の存在に気が付いた。
光陽とトライが対峙する段台よりも高い位置の鉄骨に、中世の甲冑と翼を広げた【英雄】が、二人を見下ろしていたのである。
「どういう事だ? 一体……なんだ?」
【英雄】は自分だったハズだ。なのに……アレは……今誰が入っている? いや……そもそも、入っているのか?
「…………」
【英雄】は腰の鞘から洋剣を抜き放つと、トライへ剣先を向けた。そして、翼を羽ばたかせ、飛翔。眼下の敵と定めた者へ襲い掛かる。
「――――!?」
その対象は光陽だった。滑空しながら向かって来る【英雄】の剣撃を転がるように躱す。しかし、その隙を狙ったトライによって、胴を蹴り飛ばされた。
「な……」
驚く光陽に対して、トライと【英雄】は挟むように、彼の前後に立ちはだかる。その動作に迷いはなく、最初から味方同士だったかのように立ち回っていた。
「だから……言っただろう。運が無かった……と――」
そして、静かに死を宣言するように、『三原則の死』が言い放った。
国道を走っていた大型作業車牽引トラックは、中心街で作業する重機を運んでいた。
トラックの運転手は適当な音楽をかけながら走行していたが、ふと前に、何かが地面を抉りながら現れる。
「!?」
ライトに映し出された姿は、筋骨隆々の体格をした黒衣の大男だった。運転手は咄嗟にブレーキを踏むが、速度はほとんど落ちず、激突する。思わず目を閉じた。
「やっぱり、厄介だよねぇ~」
黒衣の大男――アスラは激突したトラックのバンパーを片手で掴み、斜めに持ち上げていた。後輪の六つの車輪が空回りし、十数トンは越える車体と、牽引していた作業車が浮き上がる。
「まったく……冗談かと思ってたけど、マジで勝てないねぇ」
アスラはエネルギーを操作して、トラックの運転手に気を失わせると、車のエンジンも停止させる。完全に停止した車輪を確認すると、ゆっくり降ろした。
「…………」
そこへ、ゼリアスも地面を砕きながら着地する。彼はアスラの後を追っていた。
「追われるのは、本当に初めての経験だよ」
「もう一度言う……薄汚い【千本桜】の斥侯を俺の目の前に連れて来い!」
踏み込みながら、大気を破るような拳がアスラへ向けられる。動こうとした瞬間だった。ゼリアスの【王殺し】が発動し、片足のエネルギーの維持が、一時的に不能になる。
「ぐお!?」
拳が身体にめり込む。ソレを受けつつも、カウンターを狙ったが、その拳も薄れて物理的な作用は無効とされてしまった。更に反対側の車線へ吹き飛ばされる。
「……ワザとかい?」
アスラは、ゼリアスの行動に違和感を覚える。
“宿主”無しでは、絶対には勝ち目はない。いくら膨大なエネルギーを保持し、理の概念を捻じ曲げる『神具』を持つとは言え、【王殺し】の前では全て無に帰る。それどころか、『武具』では消去される可能性もある。下手な手は打てない。
「その気になれば、吾輩を消滅させる事も可能なはずだが?」
「うぬぼれるな。貴様などいつでも始末できる。だが……奴――裏切り者は【シャナズ】でさえ見つけられん」
なるほど……この躊躇いの無い拳に反して、こちらに致命打を与えない理由は――
未だ薄れない【空王】への忠誠心。そして、その要素による憤怒。それが【王殺し】を極限まで引き上げている理由か……
「悪いけど……その戦いは既に終わっているからね。私怨なら、自分で当ってちょ」
「貴様ァ……」
と、虚勢を張って見たものの、正直現状は最悪だ。敵は何時でもこちらを始末できる。
本来【王殺し】はかなり貴重な戦力であり、陣内に発言した場合は特に貴重な運用となる。
戦争の一発逆転の切り札。絶望的な戦力差でも、確実に『王』を始末できるからだ。『王』が消ねば、その配下の『従者』も全て消え失せる。
故に、【王殺し】の情報は、絶対的に他者に漏らすべきではないのだ。知るのは【王殺し】の『王』と信頼できる『従者』だけが基本である。
特に、ゼリアスは……その実力も他の『従者』に引けを取らない。加えて『王』に対して決定的な優位性を持つ以上、実質彼を殺すには暗殺しかないのである。
だが、それも【シャナズ】に居る以上は不可能に近かった。
「とりあえず……踏ん張って見ますか!」
悲観するにはまだ早い。ゼリアスは【シャナズ】でも掴めなかった情報を求めている。ならば、ソレを引き出すまでの間は時間が稼げるはず。
他を担当している為朝とサスターが戻ってくれば、この場で【王殺し】を始末できる。
「――なに? だが――なるほど――地点はAだな?」
「?」
ふと、何かから連絡を受けたゼリアスは、耳のマイクに手を当てて二、三度相槌を打つ。
「遊んでいる間は無くなった。【魔王】、貴様も知ることになる。大切なモノを失うと言う、喪失感を――」
ゼリアスは、エネルギーを纏って跳ぶと、闇の中へ消えた。
「……どういう――」
消えたゼリアスを流石に追撃する気にはなれない。同時に、一つの懸念から本部へ連絡を入れる。
「嫁よ。『英雄の欠片』はどうなった? …………返答を。――返答を! メイ!」
アスラは消える様に跳ぶと、最も近い“ポータル”を目指して疾走した。
フェリーの甲板。月明かりに照らされたアラインは、踏み込むと同時に、自らの愛剣【アート】を狂ったようにノハへ振り下ろす。
「ア……カ、カ、カ、カ、カ、カ、カ、カ、噛、噛、噛、噛、噛!」
剣筋はぶれていない。それどころか、斬るにしては最も適した垂直の唐竹。下手に受ければ、防御ごと叩き斬られる。
“よいか? 小生たちのような、達人同士の戦いであるからこそ、敵の太刀筋に期待するな。洗練された剣筋は並の事ではぶれん”
祖父の言葉が頭をよぎった。まだ8歳の頃に受けた言葉だ。
「……だからこそ、自らの太刀筋は晒さずべし――」
刀が鯉口を切った。柄を握り、月の光を反射するよりも速く抜き放たれた音速の刃は、【アート】が振り下ろされるよりも先に、アラインに到達、その胴を薙いだ。
「――――」
「抜撃『胴薙ぎの太刀』」
ノハは横に抜ける様に振り抜いていた。僅かに負った傷は頬を浅く切り流れる血だけ。
「……まだ未熟だ――」
敵の突撃と、抜刀の速度が合わさる瞬間に、剣筋を合わせる事によって、敵の防具ごと断ち切る戦場の太刀。だが、戦場ならば無傷で抜けなければ、次の斬り合いに支障が出る。
僅かでも傷を負った自身は、まだまだ未熟だと悟った。
「ア……ハハハ! すごい! 素晴らしい血ですよぉぉ」
アラインは引っかけた際に着いたノハの血を嘗めて、喜んでいた。ノハとしては不快極まりない。
「血だ! この血は――ごちそうです!!」
斬り払った胴へのダメージはさほど見られずに、アラインは振り向きながらノハへ向かって来る。
「醜いですね。人の形をしているのなら、少なくとも理を持ち行動するべきです」
振り向くと同時に斬り上げ、【アート】を持っている腕を斬り飛ばす。
「アァァァトォォ!!?」
飛んでいく愛剣に気を取られたアラインは、次にノハから向けられた太刀筋には反応しなかった。
銀閃が一瞬で唐竹となってアラインを通る。身体の中心線を真っ直ぐ斬りおろし、怪人は血の糸を引きながら、スイカのように縦に割れた。
「椿流『即断』」
ノハは、絶命したアラインを見ながら、一滴の血もついていない刀を鞘に納める。そして、アラインの死体と、周囲に囲むように居る怪物たちを一度見た。
「アアア……チだ――」
だが、背後で狂うような声が聞こえ、そちらへ視線を向ける。ノハは最初に向かってきた8体の死体が、粘土のように接着し、不気味な形の定まらない肉の怪物が【アート】を持っていた。
「クワセロォォォ」
その言葉で静止されていた他の怪物たちも歯止めを失ったように、一斉にノハへ襲い掛かる。
「――――」
ノハは、アラインはただの抜け殻で【アート】が“血”を求めていたと、認識する。
「次は外さない。この船を降りるのは、僕だけでいい――」
フェリーがG市の港に到着するまで、後10分――
永久に神に奉納された奉納物が人である場合は、その人を買い戻すことはできず、必ず殺さねばならない。
※旧約聖書『レビ記』27章29節より抜粋
次話タイトル『Learn “一”を知る』




