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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第2部 Artificial life スケアクロウ
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32.Death encounter 死との遭遇

 「カカ。良い夜だねぇ……こんな夜は“お嬢”が好きそうだ」


 全てを呑み込むような……醒めた夜。街中を歩きながら、ジルは優越感に浸る様に月を見上げていた。


 夜が大口を開け、生きるモノ全てを……噛み、砕き、咀嚼し、一片の骨から、一切れの肉の全てまで――喰い、喰らい、喰らいつく。

 そんな、食欲をそそる肉の臭いが充満している。


 「せっかく、良い肉の匂いが充満してるってのに……勿体ないねぇ。ま、“密度固体”には、程々にエサを与えないとなぁ。()()――」


 耳の近くまで裂ける口を作りながらジルは、乾いたように月を見上げながら嗤った。





 メイリッヒが侵入者である『三原則の死(トライ)』気づいた瞬間は、視覚情報で認識した、この時が初めてだった。


 「――」


 (トライ)はまだ腕を組んで動く気配は無い。次にメイリッヒが取った行動は完璧だった。周囲の壁が流動体のように動くと、邂逅から一秒とかからずにトライをプレスする様に左右から押しつぶす。


 「……一体どうやって――」


 押しつぶした壁を見ながら、侵入者はどうやって本部内部へ入ることが出来たのか、そして何故、今まで感知に引っかからなかったのかを――


 「――――あ」


 次の瞬間、メイリッヒは右肩から左わき腹まで、斜めに斬り込みが入った。そして落ちる様に分離して床に倒れ、斜めに両断された彼女は、二つになって床に転がる。


 「あ……ああああ」


 消滅が必至となる損傷を受けたメイリッヒを、トライは見下ろす。彼女の損傷は彼が与えたモノであり、確実に消し去るために“内宙(マトリス)”を両断していた。


 「フェルナンド・リーバーのコードだ。イレヴンが、奴を撃った際にコピーした。とは言っても……一度しか使えぬ代物だが、十分だったよ」


 トライは『英雄の欠片』の結晶を拾い上げ、悠々と去っていく。メイリッヒは歩いて去っていく、彼の足元を見ている事しか出来なかった。





 「今宵は良い月が出ている。君も、そう思わないかな?」


 フェリーの甲板に居るノハは、怪物と、その指導者らしき存在と対峙していた。

 オールバックに流した金髪に、何かに取りつかれた様に瞳孔の開いた眼をしている男である。持っている洋剣は両刃の長刀(バスターソード)であり、柄は十字架のようなクロスになっていた。


 「月は好きですよ。でも、今は月見している状況じゃない」


 ノハは冷ややかな感情の無い眼で相対者を見る。すると、怪物が一匹ノハへ向かって走って行く。

 跳びかかる様に向かってきた怪物に対して抜き放った刀は横に薙ぎ放たれた。怪物は横一文字に分断され、甲板から海に落ちていく。


 「その方が解りやすい」


 剣を正面に構えるノハへ、ダムが決壊する様に怪物たちは次々になだれ込む。

 唐竹。袈裟斬り。右薙。右斬上。逆風。左斬上。左薙。逆袈裟。

 流れる様な8の刃筋によって、8体の怪物が一刃ずつ斬り裂かれて血と肉へ変わる。その返り血さえ浴びていないノハの周囲は、彼から一メートルほど円形に血の一滴も落ちていなかった。


 「やめなさい」


 それでも、死など恐れずに突撃しようとした怪物たちを、一声で男は諌める。


 「船が港に到着すれば、貴方達にも“(エサ)”を与えます。彼は――私の“(にく)”です」


 向かって来なくなった怪物たちの様子にノハは、一度鞘に刀を納める。


 「私の名前はアライン。こちらは愛剣の【アート】です」


 アラインは抜身の【アート】を持ったまま胸に手を当てて、お辞儀をする。


 「“鬼人”です。こっちは適当に見繕った量産の刀【三式日本刀】です」

 「サンシキニホントウ。さぞ名のある武器なのでしょうね。無論、アナタもです、キジンさん」


 8回の斬撃を見ただけで、アラインはノハが高い技量を持つと認識する。その考えを持つ理由は、自身も高い技量を持ち合わせる剣士だからだった。


 「今宵は運がいい。ずっと……不味い“血”ばかり与えていましたから、ご立腹なんです」


 アラインの持つ剣――【アート】から、ぼたぼたと涎のように液体が剣先から垂れている。


 「【アート】も喜んでいますよ。最初は、こんな島国に望むべき獲物は居ないと思っていましたからねぇ」


 口元を抑えながら、アラインは笑いを堪えていた。隠す口の端は吊り上り、耳元まで裂ける。


 「カカ……極上の“血”を今吸わせますよぉ! 【アート】ォォォ!!」


 向かって来る怪人(アライン)に対して、ノハは少しだけ腰を落とし【三式日本刀】の柄を握った。





 「メイさん? あれ? どうしたんだろう」


 光陽はメイリッヒの通信が繋がらなくなった事に何度か確認する。


 「ふぁぁ。よく寝たぁ」


 そこで、行くように用意された部屋のベッドに寝かせていたルーが目を覚ました。背伸びをしながらベッドから起き上がる。


 「おはよう、愛しい人。なんか薄暗くね?」

 「…………はぁ、もういいよ。それよりも、状況は理解してるか?」


 今までの事を追及するにも面倒くさいので、元の計画であったメイリッヒとの合流を優先する事にした。


 「んー、一秒くれ。――――おお、盛大に()り合っているな。『船の上』『駅構内』『住宅地』『国道路』、気色悪い奴ばかりだ。特に【魔王】の戦っている奴はヤバイ。他は――っと、この本部内だな」

 「本部(ここ)だと?」

 「ああ。ザルな警備だなぁ。んん? これは、マズイかもね」


 と、部屋を出てルーは薄暗い通路を早足で歩きだす。光陽は追いつきながら説明を求めた。


 「おい、何がどうなってる?」

 「それは―――メイ女史に聞く方が早い」


 歩く先に、身体を斜めに両断されて、倒れているメイリッヒを発見した。少しずつエネルギーが空間に散っている。


 「メイさん!」

 「触るな! 貴様が触るとエネルギーが余計に散る!」


 ルーはメイリッヒの分かれた半分に触れると、エネルギーを分解させ、頭のある方へ移動させる。すぐに不足している半身は創り出されるが、姿は幽霊のように半透明になっていた。


 「少し足りないな。メイ女史、“内宙(マトリス)”の属性は?」

 「あ……【光王】様。すみません……『英故の欠片』を奪われてしまいました……」


 その言葉だけで光陽は状況を察する。どうやって侵入されたとか、物理攻撃の効かないメイリッヒがどうやってここまで致命傷を負わされたとか……この際、そんな事はどうでもいい。


 「――取り戻す。お前は、メイさんを何とかしてくれ」


 ただ、事実だけを追いかける。敵は侵入し『英雄の欠片』を奪って逃げた。ならば、疑うことなくソレを――敵を追う。


 「キス一回ね」

 「……何がだ?」

 「ご褒美♪」


 そんな事を言うルーに冷めた目を向ける。なんて返せばいいか……考える時間も惜しいと言うのに……


 「冗談だよ。冗談。貴様はそう言うのに純情だからな」

 「うるせー!」


 と、夫婦漫才をしていると、メイリッヒが弱々しく微笑んだ。


 「ふふ。仲が良いのね……【光王】様。一時的に、この本部のエネルギー適性を貴女のモノに変更します」

 「ああ。それならば可能だ。メイ女史、貴女も助かる」

 「しばらく……姿を散らせます。アスラちゃんには……しばらく話が出来ないって言っててください」

 「任せろ。再構築は出来るだけ急ぐ」

 「コウ君……敵は今、唯一開いている“ポータル”から脱出しました。『英雄の欠片』……【シャナズ】が所持すれば何が起こるのか私達でも想像がつかない……」


 メイリッヒは最後の力を振り絞って壁を変動させると“ポータル”のつながっている壁への一本道を作り出す。


 「ルー、オレは敵を追う。メイさんを頼む」

 「ふふん。二度も言わなくても良い」


 光陽の眼は、既に追いつくべき敵だけを見据えているようだった。


 「任せた。それと……」

 「ん?」


 背を向けたまま恥ずかしそうな声色にルーは不思議がる。


 「キスで良いなら……いくらでもしてやる……だから、誰も死なせるなよ」

 「…………」

 「わかったな!」


 逃げる様に走り出す光陽。顔は真っ赤だが、ルーには見られていない。はず……。らしくない事を言ったと、後悔した。


 「…………キター!! デレキタァァァ!!」


 そんな叫ぶ声を背に受けながら、光陽は一層顔を赤らめた。





 駅内部で二つの“人”ではない軍団が向かい合っていた。


 「ごめんなさい……ごめんなさい……」


 怪物。毛一つ無い不気味な姿で、裂けた口からは喰らい着いたモノを離さない牙が生えていた。顔を覆って涙を流している少女の後ろの血だまりから、次々に現れて増え続けている。


 「ごめんさい? 矛盾って知ってる?」


 仮面にコート。剣を腰に装備して納刀し、休めの姿勢でセンの後ろに整列している

 センが視線を向けて、認識するのは全体の状況だ。

 出入り口は他の兵士に全て封鎖させ、線路側にも怪物が逃げないようにバリケードを作らせた。

 駅の、この空間は今完全に隔離されている。ここで決着をつけなければ……被害は膨大なモノとなるだろう。


 “戦いの鉄則1じゃ。どんな敵にも初手から全力で挑む。いいか? 敵に準備をする時間を与えるな。終始、自分のペースを保ち、敵を圧殺せい”


 その言葉はナンドが、まともに戦えないセンへ、嫌な顔一つせずに受け入れた時に教えた心得だった。


 「わたしは……オーネって言います……もう嫌なんです……ずっと……ずっと……こんなのもう嫌だ……もう食べたくない……もう……もう……」


 それが合図なのか、距離を置いていた怪物たちは一斉にセンの軍団に向かって、顎を開きながら接近する。


 「一匹残らず殲滅」


 センの言葉に【兵士】たちは、一糸乱れず剣を抜き放ち、正面から怪物とぶつかり合う。剣が振るわれる度に怪物たちは両断され、貫かれ、絶命していく。


 「ああ……」

 「因果応報って知ってる? そう、因果応報」


 嵐のように血風と生臭い肉の舞う構内で、センとオーネは向かい合っていた。


 「ごめんなさい……」


 しかし、軍団と怪物では圧倒的に数が違っていた。【兵士】達では相手にしきれない怪物の数体が、センへ狙いを定めて喰らいかかる。


 「その“ごめんなさい”は挑発?」


 自らのエネルギーで創り出した鉄扇を両手に持ち、舞うように動く。近づいて来た怪物を斬り裂き、確実に息の根を止める。


 「止められないんです……最初に食べた時から……ずっと……ずっと……」


 オーネは攻撃する様子もなく涙を流して顔を覆っている。


 「会話にならない。もう、面倒くさいから死んで」


 軍団の中の三体をオーネへ差し向ける。連携を含んだ動きで接近し、持っている剣で、それぞれ斬りかかる。


 「……美味しい……って思えると……本当に……食べたくなるよ……“(ニンゲン)”を――」


 オーネに斬りかかった“兵士”が消えた。血だまりから現れた――大口に四つの足が生えた大型の怪物が“兵士”を丸呑みにしたのだ。不意に現れた、言い表せないような醜い怪物に咀嚼され【兵士】は消滅する。


 「邪魔を……しないで……しないでよぉぉ!!」


 大口の怪物が獣のように大口を開けながら、四足歩行で不気味に突進する。周囲の物質ごと、センを呑み込んだ。


 駅が揺れる――





 【魔王】の本部から唯一開通している“ポータル”の先は、一つの電波塔だった。

 第六都市タワー。約300万世帯の送受信を管理し、建物内にも有名な出所の店舗が数多く営業している。しかし、ソレも今年までである。

 新年と同時に古くなった第六都市タワーの代わりとして、新しくG市に建てられた『第七都市タワー』が運用される事が決まっていた。

 それに伴い、内部の店舗は移設。第六都市タワーは最低限の電波機能だけを残し、現在では作業員以外は立ち入りが制限されている。


 「ディオス。これから『英雄の欠片』を送る。情報信号は“光”。そちらで解析しろ」


 トライは、メイリッヒを斬り裂いた時に得た、彼女のコードを使い、『英雄の欠片』の送信先をG市からI国の【シャナズ】本部へ切り替える。


 本来なら、『英雄の欠片』を確保した時点で、独自のルートでI国へ送る事を計画していたが、偶然にも敵のコード、しかも電波送信の変更可能なモノを入手したため、直接送る方向に切り替えたのだ。

 他の者達は『従者』と【魔王】を交戦して引きつけている。それに、気が付いたとしても、既に間に合わないだろう。


 「……一部を――」


 送信ボタンを押したところで、トライは後ろを振り向く。視線の先にはまだ繋がっている“ポータル”が水面のように揺れた様子だった。


 『送信開始。残り時間――5分』


 その時、“ポータル”から光陽が飛び出す。彼が現れた場所は電波塔の展望台だった。

 第六都市タワーの最上階に位置するその場所は、観光用の施設でもあり周囲はガラス張りの空間となっていた。有料式の双眼鏡が配置されている。


 「…………」


 光陽は眼を閉じて、一度、足の裏で地を踏む。広がる衝撃に全神経を集中し、周囲に誰もいない事を確認した。


 「……これは」


 そして、目の前には半透明のモニターが広がる様に表示され、管のように伸びる半透明のエネルギーが、結晶となっている『英雄の欠片』に繋がっている。


 『残り時間――4分30秒』


 残り時間が減った途端、結晶の一割が、水に溶かされた薬のように解けると、エネルギーに還り、管のようなエネルギーを伝って消えていく。

 明らかに理解できる機構じゃない。どうすれば止まるか、止められるかは全く分からない。とにかく、ルーに連絡を――


 「運が無かったな……」


 その声に、光陽は視界を周囲に巡らせる。しかし……誰もいない。どこから聞こえたか解らない事に加えて、気配もまるで感じない。


 「見てはならないモノを見た――」


 どこだ……?

 もう一度、足を踏み“衝撃”を周囲に発する。しかし、確かに何者かが居るハズだと言うのに、ソレを感じ取れない。


 「死人に口なし――」


 僅かな……本当に毛ほどに微かな気配を感じ取った。咄嗟に振り向くと、その視覚の映っていたのは、一人の狐の面を着けた男。そして、繰り出された蹴打を掌で受け止める。


 「ここで――」


 光陽の身体を浮かせるほどの一撃によって、窓に背から激突し、窓ガラスに亀裂が走った。


 「死んでもらう」


 反撃をする間もなく、もう一撃、蹴打を見舞われた。光陽は耐えられるが、背の窓ガラスは耐えきれずに叩き割れ――


 「う――っそ――」


 展望台の窓から、割れたガラス共に宙へ身を叩きだされた光陽は、眼下のタワーの鉄組みの中に落下していく。


 「くそっ!」


 死の浮遊感を受けながらも冷静に状況を把握。50メートルほど下に大きな段台がある。そして側面には、手を伸ばせば届く鉄骨。鉄骨で減速し、段台に着地を――

 何とか生き延びる術を見つけた時だった。


 「――――」


 カンカンカンと、鉄を叩く様な音に視線を上げると、トライが消火用のホースを肩に巻きつけ、命綱として鉄骨を走り降りていた。


 一見、異常とも取れる判断。敵は、叩き落とした相手が生きて戻ってくると推測し、追撃を選んだのだ。

 狐の面の奥にある眼がこちらを見ていた。ただ光陽と言う“存在”を、排除するべき敵としてしか見ていない。


 こいつ……躊躇いが無い――


 自らが置かれている、落下して行くと言う現状を、ものともしていない。生きて着地できるかどうかも分からないと言うのに、敵の排除を優先しているのだ。


 こいつは……危険だ!


 その獲物を仕留める獣のような眼に、光陽もスイッチを切り替えた。生存を重点に置いた思考から、敵を倒して生き残る道へ――


 「ここで、お前を倒す!」

次話タイトル『Hero and death 英雄と死』

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