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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第2部 Artificial life スケアクロウ
35/56

31.Night walk 暴食の喰人

 「イレヴン……」


 夜の闇よりも濃い闇が、イレヴンの後ろに立っていた。

 黒い炎のように、身体全体を覆う『消命の衣』はサスターの体格さえも偽装する様に膨れ上がっている。


 「……そのまま、首を落せばよかった。昔から……誰かと殺し合う前に対話を選ぶ。ディオス博士から、ソレが欠点だと何度も注意を受けていたハズだ」


 聴覚だけに入ってきたサスターの情報(こえ)を頼りに、背後を振り向いた。


 「おれが……裏切ったと思っているのか?」

 「【シャナズ】としては、そうなのだろう。だが俺は違う」


 イレヴンが見るサスターは、視界に見える箇所は口元だけで残りは影に包まれている。そして、彼が彼女を見る視線は……興味を無くしたモノに目を向ける様な無機質なモノだった。


 「お前は逃げた。皆は【魔王】に立ち向かい、死を選んだと言うのにお前は……敵の傘下に入り、手厚い加護を受けている。今、貴様は“裏切った”と言ったな? ソレを俺以外の『スケアクロウ』に面と向かって言えるのか?」

 「まだ……ラーモは――」

 「答える義理は無い。情報は大局を動かす。それに……ソレをお前が気にした所でどうしようもない」

 「それはどういう――」

 「敵に与したサスター・タナトスの懸念により、『スケアクロウ』は廃棄が決定された」

 「…………」

 「その姿と同じで……言葉さえも失ったか。ソレが証明だ。全てから逃げた……結末はロクなモノにはならない」


 イレヴンは、冷静に言葉を選んでいた。彼の思惑通りに、サスターはこちらに対する執行を停止している。


 「イレヴン……おれは――」

 「言い訳か? それとも自身を正当化する為の詭弁か? 過去を……『スケアクロウ』を全て無かった事にするつもりか? 俺を殺し、戦争で勝ち、人並の生き方が出来ると……本気で考えているのか?」

 「ただ、おれは全てを終わらせるために決断した……」

 「だとすれば……本当に愚かな生き方だ。俺達は……20年以上は生きられない様に制限がかけられている事を……忘れたわけではあるまい――」


 イレヴンは後半年で創られてから、もうすぐ20年を迎える。その証拠として身体の機能を蝕む術式によって、片目を失明し片腕の感覚も失っていた。





 光陽は、軽く汗を掻いていた。出来るだけ集中して『玄武双璧』を見直したつもりだったが、まったくもって手応えを感じない。


 「……ノハの奴と本気の組手でもやるか」


 やはり、極限に至るには死線と死地に片足を踏み入れなければならないのかもしれない。長い時間をかければ、いつかはたどり着けるかもしれないが……多少リスクがあっても早めに、感覚を掴み、この戦いに間に合わせなければ意味が無い。


 「うん。なら、そう言う事でこっちは進めるわね」


 雷の通信を中継したのを最後に、メイリッヒは『英雄の欠片』を移動させるべく準備を始めていた。本部全体のエネルギーの伝達を切り替えて、この部屋に全て集めるように操作する。


 「順調そうなんですか?」

 「ええ。後は、この本部を引き払うだけでいいの」


 他の勢力に利用されないように、設備を完全に凍結して地中深くに埋めるのである。


 「今は最低限のエネルギーだけを残して、他は回収しないとね」


 E市の対物戦闘用防壁“極壁”は、この本部を起点にエネルギーを市街中に行き渡している。全国に設置した“極壁”は登録以外の存在は通過できない様に設定され、その強度は核の衝撃にも耐えるモノである。

 ソレを発動できない事と、他に発動権を奪われる事を懸念しての撤収処置であった。


 「えへへ……ぎゅってして……アッ……」

 「あ、すいません。うちの奴が煩くて……」


 相変わらず他人事のように寝ているルーの事で光陽は謝る。本来なら、こいつも今回の作戦にエネルギーを偽装して参加する予定だったらしい。それなのにコイツは……


 「いいのよ。それでも、コウ君が【光王(ルー)】様を起こさない。優しいのね」


 なんだか、そんな事を言われると恥ずかしい。ルーがまともな時は、彼女にには自重する様に諌めているが、こうして無防備を晒されると、どうも対応が甘くなってしまう。


 「……そんなつもりはないんですけどね。自分でも知らない程に、オレは甘い人間みたいです」

 「気を張り続けると、どんな存在でも壊れてしまう。時折、鎧の紐を緩められる方が、精神的にも肉体的にも良い効果を及ぼします」

 「そうですか?」

 「ええ。だから、大切にしてあげなさいな」


 本当に、母親の様な人だ。いや、人では無いのだろうけど……アスラを含めて、【魔王】の陣営が凸凹でも、安定しているのは間違いなく彼女のおかげだろう。


 「不本意ですけど解りました」


 その言葉に、メイリッヒは笑みを浮かべ作業に戻ると、次の瞬間――


 「?」


 部屋の照明が落ち、真っ暗な闇に包まれた。





 雷に喰らいかかった子供は、不意に現れた一人の女によって顔を鷲掴みにされると、そのまま地面に叩きつけられる。

 線のように細い目の片目だけを僅かに開き、ブルーの瞳が敵を移す。臀部まで届く緩い三つ編みが揺れ、同じように彼女が着ている将校服も一度だけ、はためいた。


 「気づいてたでしょ? ライ」


 女は頭を叩きつけて潰した怪物から手を放し、はめていた手袋が汚れたため、外して捨てる。


 「暁。出来れば生け捕りが良かったけど?」


 前に垂れ下がってきた三つ編みを、暁と呼ばれた女性は背に払って雷に微笑む。


 「必要ないと思うわよ。だって――」


 住宅から向けられる無数の視線。屋根の上や真っ暗になった住宅内に見える影は、人の姿だが、不気味を通り越して異常であると感じ取った。


 「やれやれ……暁、全部“人”じゃない」


 周囲の視線は、まるで得物を前に舌なめずりする下郎のようだ。その者達は動いているにも関わらず、電気反応は一切感じられない。


 「エネルギーは微弱。『従者』の質だけど出力としては弱すぎるわね。【兵士】ってところかしら?」

 「だとしたら、本当にふざけた事をしてくれるわね」


 この辺りを通る確実な保証はどこにも無い。にもかかわらず、自分を網に引っかけたと言う事は――


 「この辺り一帯の市民は――」

 「ハッ! アッハッハッハ!! なんだ、マジかよ! 今夜は最高じゃねぇか!」


 手を叩いて、存在を知らしめして雷と暁の前に現れたのは一人の男である。中国系の服にローファーを履き、見た目もアジア風の容姿をしている。


 「あんた?」

 「は?」

 「この辺りの市民を殺したのは、あんたか、って聞いてんのよ……」


 男は雷を上から下まで嘗める様に見ると笑う。


 「殺したわけじゃないですよぉ~? ただ、生まれ変わったんだ。崇高なる俺達、『ナイトウォーカー』に」

 「…………」

 「唯一の目的の為に思考も言葉も失った喰らう者達。だが、俺は違う」


 暁は、自分たちを囲っている異常な存在達が何かを待っている様な素振りを感じ取った。


 「俺はシャフト。『ナイトウォーカー』の中でも“密度固体”と言われている。好きな“肉”は、アンタのような女の肉だ――」


 シャフトは笑った。その口は通常の者とは大きく異なり、裂ける様に開いた口内には乱杭歯が覗いていた。


 「暁。他に被害が出る前に、この辺り一帯の敵を1分で殲滅(そうじ)する」

 「了解よ。ライ」

 「逃がさねぇよ!! お前らぁ!」


 周囲の住宅と屋根から、一斉に本来の姿――怪物へ変貌した市民が雷と暁に襲い掛かった。


 「逃げる? 馬鹿言うんじゃないわよ。暁、“反転”」


 空が破れる様な雷鳴と閃光が、E市とG市の間に響き渡る。





 本部では不意の停電に慌てずに多対応していた。


 「メイさん?」

 「コウ君、動かないでね。私は見えてるけど、そっちは真っ暗でしょ?」


 急に照明が落ちて真っ暗になった事から、眼が慣れるまでは気配だけで物の位置を把握する。すると、


 「はい」


 ふと、メイリッヒは簡易の明かりの自らのエネルギーで造り出すと、それに向かって光陽も寄る。


 「コウ君。【光王】様を連れて、別室に行っててもらえないかな?」

 「別に良いですけど……この停電ってなんなんですか?」

 「たぶん、エネルギーの片寄りと撤収作業の手違い。外の通信と同時に制御、管理してたから、うっかり照明に回す分のエネルギーが足りなくなっちゃったみたい」

 「オレに手伝える事ってあります?」

 「これから、ここの部屋にエネルギーを集中するから、出来るだけ別種のエネルギーを持ってる【光王】様を遠ざけてほしいの」


 便宜上は“同盟”と言う協力関係だが、一つの勢力のつながりとしては、ルーは【魔王】側にとって異種と判断されているエネルギーである。

 その為、多くの同質エネルギーを集めた場合、異種同士に反発してうまく集まらないのだそうだ。


 「わかりました」


 光陽は、まだソファで寝ているルーを起こすが、なかなか起きようとしない。それどころか、寝ながら抱き付いてきたので仕方なく抱えて連れて行くことにした。


 「ったく……」

 「ごめんね。照明が付いたら、扉を作っておくから」


 そう言って、足下に光の線が現れる。これをたどって、部屋に行けと言う事らしい。


 「いや、謝るのはこっちですよ。コイツも作戦に組み込んでたんでしょ?」


 と、抱えているルーに呆れる光陽。自由奔放すぎる。そろそろ無理やりにでも起こす方向を考えるか……


 「【光王】様は『従者』もいないし『神具』も無い。出来るだけ、【魔王】勢力を隠れ蓑に使った方がいいわ。私もアスラちゃんも、貴方たちの消滅を望んでいるわけじゃないから」

 「そう言ってもらえると嬉しいです」


 未だに手探りの状況では、信頼できる身内(ノハ)の居る【魔王】勢力には大いに助けられている。今回も現状の詳しいことは殆ど解らない為、メイリッヒの指示に素直に従う事にしていた。


 「光陽ぅ……良い匂い……」

 「まったく……」


 何の夢を見ているのか……こんな状況でも眠り続けられるルーに心底呆れた。





 目の前に対峙する敵は、間違いなく【シャナズ】の者だった。


 「驚いたね……君の事は知っているよ。確か、【空王】の『従者』だね」


 アスラは目の前に立つ、中年の男の情報を照らし合わせていた。

 【空王】は記録にも微かにしか残っていなかった『王』であり、その相手は――


 「【千本桜】は()んだ。ソレは、君も知っているだろう?」


 ゼリアスは静かに佇んでいた。その手に持つのは『英雄の欠片』を圧縮した結晶を持ち、晒す様にアスラに見せる。


 「なんとも、くだらぬ戦いだ。『英雄の欠片(これ)』一つに……大規模な組織が、右へ左へ首を振り回している」

 「聞いてるかい? 君の戦う理由は、もう無いハズだ。【千本桜】と共に【空王】も()んだ。君のように『従者』でありながら、命を拾った存在は稀だ」

 「【魔王】……時間稼ぎが?」

 「…………」

 「我が生涯の『王』――【空王】は決して【千本桜】などと言う弱者に負ける事など……ありはしない! 【空王】の敗北へのきっかけとなった……奴を連れて来い!」


 ゼリアスは心の底に溜め込んだ怒りを垣間見せる様に、一歩踏み出した。正直言って、アスラはこれほどの存在が、出て来るとは思っていなかったのだ。

 数多くの『王』と『従者』を見てきた。だが、その中でも稀に、ある存在に対して特化した殲滅特性を持つ存在が現れる。


 「けど……退くわけにはいかないね」

 「ならば恐れろ! 『英雄の欠片』も貴様自身も、全て今夜で終わる事態を!」


 国道線。人通りは少ないとは言え、数分に一台は車が通る。人目は絶えず有り、街中と言う状況は能力を極端に制限される。

 だが、決定的な力の差はただ一つ――


 「ゼリアス・フライド。階級は――【王殺し】」


 『王』が使う『武具』『神具』『エネルギー』の要素を全て無効、使用不可にする特性。現れた場合に第一優先で始末しなければ必ず戦局を左右するほどの『従者』――

 それが【王殺し】だった。


 「……けど、『英雄の欠片』は渡さないよ。それに、吾輩は負けたこと無いから。一対一(タイマン)


 敵は作戦に食いついた。後はメイリッヒに任せ、各員は独断で乗り切らなければならない。今夜と言う悪夢を生き延びる事で、多くの情報が得られるハズだ。

 だが、アスラはまだ知る由も無かった。この戦いで重要なモノを失ってしまう事を――





 機構を確認――

 エネルギーの伝達率87%――

 質量ロック照合――

 偏差格納――


 「コード78。承認者『メイリッヒ』」


 全ての承認が解除され、空間に散ったエネルギーが集まりソレは形を成した。


 鎧。甲冑。一目見れば様々な見方の出来る、この世界に現れた“修正者”の起源――『英雄の欠片』と言われるソレは、メイリッヒの目の前に在った。


 作戦で【兵士】が運んでいる『英雄の欠片』は偽装である。今、メイリッヒの目の前に在るモノが本物なのだ。

 皆が運んでいる偽物に、敵が食いついたとしても、そうでなくても、このタイミングで電波塔を利用して光情報でG市の本部に『英雄の欠片』を移動する。

 それが作戦の本当の移送計画であった。


 「コンバート完了。外部インターフェース完了。情報物理変換。結晶体――」


 『英雄の欠片』はメイリッヒの目の前で、一点に集まり凝縮すると一つの結晶になって浮いていた。


 「準備終わり」


 結晶となった『英雄の欠片』を持って、最低限のシステムだけを残して一時的に停止させる。そして、消えていた照明をすべて再起動させた。


 「…………やっぱり、少しエネルギーを蓄積しないと完全には行かないわね」


 多少薄暗いが見えない程ではない。流石に本物の『英雄の欠片』は情報の物理化は、かなりのエネルギーを使う。今はコレでも仕方ない。

 メイリッヒは光陽にエネルギーを送って、これから唯一開いている“ポータル”で電波塔へ向かうと伝える。


 『メイさん? 電気付いたんですね』

 「ちょっと薄暗いけどね。そろそろ移動しようか。【光王】様を――」


 通信しながら部屋から出たメイリッヒの視界に入ってきたのは――狐の面を着けた、一人の侵入者(トライ)だった。

 彼は……腕を組んで壁に寄りかかっていた。

 災いだ、流血の町は。町のすべては偽りに覆われ、略奪に満ち、人を餌食にすることをやめない。

 ※旧約聖書『ナホム書』3章1節より抜粋。


次話タイトル『Death encounter 死との遭遇』

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