30.First strategy 英雄は人気者
作戦名は『英雄は人気者』作戦である。
光陽が装備し、残っていた甲冑――『英雄の欠片』を使い、E市に潜伏している【シャナズ】を誘き出す作戦を考案した。
移送先は、かつて“釜”を保管していた、G市の国会議事堂の地下深くの同様の施設である。その施設は全体の機能を“釜”によって賄っていた為、“釜”が消えてしまった今では封鎖されていた。
だが、『英雄の欠片』の性能を解析した結果、この世界の微量の質量を吸収し、アスラ達に適応するエネルギーに変換する機能があると発覚した。この機能によって、装備者に対する内部ダメージは回復すると解析されている。
少なくとも、『英雄の欠片』は他のエネルギーを独自に変換し、ソレによって装備者を強化。武装や形状の変化と言った性能の源であった。
G市の施設の機能を再起動させれば、日本全土にマーキングしたポータルの利用と、“極壁”の発動を循環に行える。
その機能を利用すれば“釜”の代わりが出来るのではないかと判断。細かい辻褄合わせは、G市の施設に持って行ってから解析するつもりで、今回移送するのだ。
この情報は、ワザと感知できるように日本だけに限定して流し、一週間の間を置き万全の状況を整えた。
「作戦開始よ。朷矢、アスラ。配置についた?」
夜の人の流れが多くなる時間帯。『英雄の欠片』を掌ほどの小さな結晶体に、光エネルギーとして凝縮し、市民に擬態させた【兵士】に運ばせている。
結晶を入れたバックは全部で四つ。それぞれを、アスラ、ノハ、雷、センの四人が見張り、接触する者全てを警戒する。
『こっちは良いよ』
『吾輩も、よく見えている。大丈夫だ』
『乗ってるわ。そう、電車に乗ってる』
雷はE市本部に残ったメイリッヒに、毎回の通信の波長を通信毎に変えさせ、傍受されない様に徹底させている。
G市への道はそれぞれ別ルートであり、同時に四人が駆けつけられる距離で運ばれていた。
一体はレンタカーを借りて車で。雷が担当。
一体はフェリーに乗って。ノハが担当。
一体は電車に乗って。センが担当。
一体は徒歩で。アスラが担当。
本命は最も襲われる危険の高い徒歩。こちらはアスラが見張っているが、いかんせん、彼は頭部を普通の人間に擬態しても目立ってしまうので、遠巻きに影から影に移動して見張っている。
『第一優先は敵の足止め。複数の襲撃を受けた場合は、迷わず退却して』
一度でも敵と接触すれば、後に、その反応を追うことが出来る。
全体の通信の送受信の要となる雷は、本筋通りに事を運ぶ可能性は少ないと判断して、各員に臨機応変の行動を認識させた。
「軽率だな。【魔王】」
イレヴンたちは、互いに連絡を取り合っていなかった。各自に割り当てられた役割を設け、後は正確な時間を合わせるだけでいい。
故に、指揮官は不要。通信も無いため、傍受される必要もない。全員が作戦の成功に向けて、各々の役割の完遂が保証されている実力を持っているからだ。
状況を簡単にひっくり返す事は出来る。そもそも、その手の戦略に長けた者は……【魔王】――貴様の陣営には誰一人いない。
ならば、戦いに勝つには……敵の作戦ごと、ねじ伏せる“力”と圧倒的な牽制力。それが必要不可欠だ。そして……もう一つだけ見落としている。
「無いと思っているな。俺達に決死の覚悟が」
間違いなく予期していない。こちらに、【兵士】が居る事を――
「そんで、コレも“お嬢”の指示通りって事でいいの?」
『ああ。奴の要望は『英雄の欠片』だ。“お嬢”も手段は問わんと言っている』
「それって、【光王】じゃダメなの? 居るらしいじゃん、この街に――」
『そっちを確保するのは『英雄の欠片』よりも容易い。“お嬢”と私が出向けば良いだけだからな』
「まぁ、王サマと“お嬢”なら問題ないと思うけどさ。なら、そっちの方が確実じゃない?」
『ああ。だが、『英雄の欠片』は後に私達にも有益な情報と成り得る』
「“釜”より情報が無いから?」
『そうだ。それに敵になる可能性のモノは調べておいて損は無い』
【英雄】の存在は、【銀腕王】にとっても危険極まりない存在であった。未知の敵であり、【光王】と互角以上に戦ったと言われている。
【光王】が『神具』を使わなかった理由は不明だが、持ち合わせていて対応していたのなら、何も情報無しで正面からぶつかるのは危険すぎる。
「了解。こっちも、今から戦局が動く。それじゃ、また後で何匹喰ったか報告する」
『ジル。いざとなれば、【剣士】に間引きをさせる。こちらの情報を洩らさないように、退却タイミングに気をつけろ』
「カカ、大丈夫だって。情報を与えるくらいなら自害するよ。それに……全員待ちきれないってよ。久しぶりに肉が……啜ったり、齧ったり、喰えるって――」
ジルは、嬉しそうに眼下を移動する市民たちを見て嗤う。そして、自分から派生した他の“存在”も、それぞれの標的を決めて配置についていた。
戦いには節目がある。
攻めと守り。この両方を特化させることは不可能であり、戦いが始まれば、必ずどちらか一方に“不具合”が出来てしまう。
その“不具合”を見つけ、そこへ着け込むことで勝敗は決するのである。
例え絶望的な戦力差だったとしても、致命的な“不具合”の前には、優勢でも敗北は必至なのだ。
今夜『英雄の欠片』を巡って行われる戦いにおいて、ソレを理解し、その間隙を突こうとしている者は……一人しかいなかった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
作戦が始まり一時間近くが経過した。
『英雄の欠片』を持った【兵士】は特に問題もなく目的地に向かっている。それぞれの担当は、最初は気を張って敵の襲撃に備えていたが、数分前から一つの懸念が浮かび上がってきた。
敵は来ない?
本部で度々、報告と通信の取り次ぎを行っているメイリッヒも、まるで何も無い状況には違和感を募らせていく。
「来ないかしら? アスラちゃんの当てが今回は外れたかも……」
異別となるエネルギー反応も、擬態していたとしても感じ取れる僅かなノイズも、全て感知には引っかからない。
読まれたのか……それとも、情報自体が伝わっていないのか……どちらにせよ、このまま本来の目的通りに、G市の旧施設へ『英雄の欠片』を移す事にしよう。
「――――」
現場通信中継を行っているメイリッヒと、同じ部屋に光陽とルーは待機していた。
そして立ち直った光陽は、『玄武双璧』の型を見直しながら、少し離れたところで身体を動かしている。ルーはメイリッヒが創り出したソファで、幸せそうに寝言を言いながら爆睡していた。
「綺麗な型ね」
一息つけそうなタイミングで、光陽は声をかけられた。
「あ、どうも」
少し照れながらも、綺麗、と言われた事を嬉しそうに礼を言った。中々言われない事でもある。
「『玄武双璧』でしたよね? 多くの武術家を見てきたけどね、ここまで“人”という存在に重なる“武”と言うのは類を見ないんですよ」
「自分だと誇れるモノですけど……やっぱり、他から見れば殺人技にしか見えないでしょうね」
むしろ、ソレが主体である。表で伝わる“術”に制圧されない“技”であり、時代の移り変わりに適応する様に、若くして体得する為に修練の質は深く、鋭くなっていく。
「人を殺すことが正しいとは言わないけど、ただ振り回すだけの暴力よりは、よっぽど美しい“手段”だと思うわ。その技の一つ一つに、コウ君の信念が見えるから」
なんとなくだが光陽は、メイリッヒが母代りを務めた叔母の灰木九九と重なった気がした。優しい声色と、ちょっとした事でも変化を的確に感じとり、指摘してくれる様子は灰木家に居た時を思い出す。
叔父さんと叔母さん。そして、妹――
「高い評価は嬉しいんだけど……まだ全然、成っていないんですよ」
余計な事を瞬時に振り払い、ノハとの『城里仕合』の後を思い出す。祖父に数年ぶりに『玄武双璧』に関して指南を受けたのである。
『『玄武双璧』を使うのではなく、己と重ねろ』
その一言だけを言い残し去って行った。言葉の意味は自分で考えろと言う事らしい。
そして、今までの戦いを考え直してみて、祖父の言わんとしている事に当てはまる事に何度か触れた事があった。
最も新しい記憶は――片目を潰され、両掌を圧し折られた……【英雄】との戦い。
間違いなく、生涯で最大の“撃”だった。にも関わらず、放った時の身体状況は満身創痍で、技の反動でさえ命取りになる程のダメージだった。
あの時は、がむしゃらに、ただ“奪う者”に対して最高潮に洗練された技を叩き込んだのである。
反動もほとんどなく、頸の通しも完璧だった。今思えば、アレが一番『玄武双璧』に入り込んだ瞬間だったかもしれない。
「…………はぁ」
だが、“本家”に戻って何人かと手合せしても……未だに、あの感覚を呼び起こすに至ってなかった。
「すーすー……」
少し離れたところで寝息を立てるルーを見て、光陽は決意を固め続けているのだ。
これからの戦いは間違いなく、あの時の『玄武双璧』と重なったオレが必要になる。ルーを1%でも確実に護るために――
「……あんっ。光陽~……あっ……急に……激しく……えへへ」
「…………」
殺伐した現状で何事も無く幸せそうに寝ているコイツに、今イラッと来たのは間違いないだろう。
「全員聞こえる?」
雷は、自分の担当する【兵士】がG市に入ったところで、再び現地員の全員に連絡を入れた。
「目標はG市に入ったわ。皆の担当は?」
『こちら吾輩。少し人気のない場所だが、もうすぐG市だよ。あ、このたこ焼き美味しい』
『ノハです。船は順調に海路を進んでいるよ。後十数分でG市の港だ』
『G市の駅に着いた。何もなかった。そう、何もない』
各員の返答を聞いて、雷はもう一度メイリッヒにE市の索敵を頼もうとした時――
「――――ッ!」
車を運転していた雷は急ブレーキを踏んだ。目の前に子供が飛び出してきたからである。
「ちょっと! 大丈夫!?」
余裕をもって止まれたが、それでも安否の確認の為、運転席から降りて真っ先に駆け寄る。見た所、子供は驚いて転んだだけであり、怪我は掠り傷だけだった。
「あ……うん。ごめんなさい」
泣くこともなく、子供は涙を浮かべながら謝る。その様子に雷は、笑顔で対応した。
夜に子供。普通なら違和感しかないが、今走っていたのはG市の住宅街に通じる車道である。この時間ならば街の塾からの帰りなどで子供を見ないわけじゃない。それでも親が迎えを出すのが当たり前だが、その限りではないと役職上、強く理解している。
「いいわよ。ケガが無くて良かったわ。塾の帰り?」
子供が転んだ拍子にリュックから飛び出した、教科書や勉強道具が、車道に、散らばってしまっている。車のライトを頼りに雷は、散乱したそれらを拾う手伝いを始めた。
「あ、ありがとう。お姉さん――」
「気にしなくてもいいわよ。お姉さんも不注意だったから」
背中に向かって申し訳なさそうに告げてくる子供の声を聞きながら、雷は拾い集めていく。
そして、その雷に子供は変貌するように裂けた口を開き、そこから生えた乱杭歯の様な歯で音もなく背後から彼女へ喰らいかかった。
「国情氏? おーい、国情氏?」
アスラは食べ終わった、たこ焼きの容器をコンビニのゴミ箱に捨てると、連絡の繋がらない雷へ通信を入れていた。
何故なら、アスラの前に見張っていた【兵士】を一撃で始末し、その中の『英雄の欠片』を凝縮した結晶を持つ者が佇んでいたからである。
「ふむ。困ったね……」
相手はアスラに気が付いている。そして、逃げる様子もなく睨みつけて来ている。
「さてと、君は何者か大体解っている。色々と聞いちゃっていい?」
「【魔王】。我が望みはただ一つだ」
立ち尽くす男は、ただそれだけの目的から、この役割を選んだ。すなわち、【魔王】と直接ぶつかり合う役割を――
「前々回の戦争……【千本桜】の斥候を……俺の前に差し出せ!!」
憤怒を纏ったゼリアスは、臆することなくアスラへ、そう告げた。
「……こいつは、マズイねぇ」
ゼリアスを見たアスラは自身が不利であると悟った。
市経由フェリー、甲板。
「連絡がつかないなぁ。みんな、どうしたんだろう?」
ノハは急に通信が出来なくなったことに、何かあったのかと考えを巡らせていた。しかし、ソレは今考えるべきではないと即座に思考を切り替える。
囲まれていた。だが、そう感じたのは出港から共に乗った乗客たちからである。今まで、同じ船内に居て……こうも分かりやすく囲みに来るほどの気配は誰からも感じなかったのだ。
「全部敵? 驚いたな。僕もまだまだって事かな――」
肩に下げている刀袋を握るように持つと、袋の先端からいつでも抜き放てる刀の柄を覗かせる。
数は30前後。フェリーに乗っていた者は全員敵だったと考えるべきだ。
「――――【アート】よ。今日は素晴らしい“血”が手に入るぞ」
囲んでいる集団の中から一人だけ、片手に洋剣を持った男が歩いてくる。その剣からは、よだれの様な液体が刃から流れ出て床に落ちていた。
電車はG市の駅で止まり、空いた扉から【兵士】は出て、センはそれを追う。そして、改札口に向かう途中で、ある光景が目に入った。
どの駅でも一つはある待合室。透明なガラス張りになっており、電車の時間を待っている人間が何人か座っていた。
そこへ、一人の少女が入って行く。こんな時間に親も見当たらず、少女だけが歩いている光景は違和感があったが、自分は普通の眼には見えないので、気が付いた人間に任せようとしたが、ふと足を止めた。
他に特別興味を示さないセンが、その少女の事が気になったのは、彼女が涙を流していたからである。
泣いていた? 確認する暇も理由を追求することも無い。その辺りは、センと同様に気になって待合室へ入って行った駅員の人に任せよう。
そう考えて、【兵士】の後を引き続き追い掛けようとした時――
「キァァァ!?」
女の悲鳴が聞こえて振り返ると、待合室のガラスに飛び散った血が、カーテンの様に中を覆い隠していた。
「――――」
待合室の自動ドアが開くと、そこからは生々しい骨を砕き齧る音が聞こえる。そして駅員の身体から、引き千切るように分離させた頭を片手に持って歩き出る少女が居た。
「あ……あああああ――」
少女は自分の手を見て、驚くように震えて血まみれの手に怯えを見せる。そして――
「ごめんなさい……ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい――」
壊れたように、涙を流して謝罪の言葉を連呼し――
「お腹……空いたよぉ……食べなきゃ――」
待合室の血だまりから怪物が雪崩の様に駅内に飛び出してくる。
「さぁ、始まったぞ――全てを捌ききれるか? 【魔王】」
E市の最も高い建物で、時間通りに他が襲撃を始めた事を把握したイレヴンは、後数分で『英雄の欠片』を手に入れると悟った。
「…………イレヴン」
だが、それは……自らに確実な死を送る存在に、捉えられていなければ、の話だった。
「――――」
イレヴンは背後で、わざと気配を発した――サスター・タナトスへ振り返る。まるで、自らの“死”と向き合うように――
次話タイトル『Night walk 暴食の喰人』




