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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第2部 Artificial life スケアクロウ
33/56

29.Strategy start 開始

 ガリガリ――


 「ふぃぃ、さっぱりした――ん?」


 アパートに備え付けの浴室から出たルーは、寝間着姿に背まで届く桜色の長髪を丁寧に拭きながら、部屋に響く妙な音に気が付く。

 ガリガリガリと、何かを削る音は聞きなれない音だった。肩にタオルをかけて、小さなちゃぶ台のある居間へ顔を出すと、そこには真剣な面持ちで、コーヒーミルのハンドルを回している光陽が居た。


 「サイズは合ったか?」


 光陽は出てきたルーの姿を見ずに、新しく用意した彼女の寝間着について尋ねる。


 「身長は完璧。だが、胸が少しきつい。ま、気にはならないよ。それよりも、何をやっているんだ?」

 「オレの趣味だ」


 光陽は自分の趣味が、コーヒーを淹れる事であると告げた。今挽いているのは、フラリスで仕事をした時に手に入れた現地特産のコーヒー豆である。


 「ふむ。その飲料水はそうやって出来るのか」

 「さじ加減が難しいんだ。挽く加減で味が変わる」


 高校を卒業した頃から、近所の喫茶店で飲んだコーヒーが美味しくて、どうやって作っているのか聞いたのである。そしたら、自家挽きしているとの事で光陽も挑戦を始めた。


 「ふーん。砕き加減で味が変わるとは、中々融通の利かない食物よ」

 「正確には摩擦がなんとからしいが……理論的な事は知らん。美味い状態の力加減を探すのも本格的にコーヒーを楽しむ醍醐味なんだよ」


 そんな事を言っている間に挽き終わり、粉末になったコーヒー豆をミルの下部に設けられた引き出しから取り出す。


 「まぁ、飲んで」


 光陽は慣れた手つきで用意しておいたカップと、お湯でコーヒーを淹れ、ルーの前に置く。百聞は一見にしかず。どんな物かは飲んでみて初めて理解できると言うものだ。


 「おお? これは……我が飲んでもいいのか?」

 「当たり前だろ。じゃなきゃオレが飲むが――」

 「我が飲む!」


 玩具を取り上げられそうになった子供のように、ルーはコーヒーカップを死守する。さっさと飲め、と光陽は呆れた。


 「ふーふー。では」


 何度か息を吹きかけて軽く冷ましてからルーは慣れない手つきでカップを持ってコーヒーを口の中に入れた。


 「どうだ?」


 正直言って、光陽は感想に期待した。高校卒業後に始めた、この趣味は色々な人間に飲んでもらったことがある。しかし、中々納得のいく感想を貰った事が無い。

 だが、今回は自分で良いと思ったコーヒー豆を使い、持ち得る経験を元に挽いたのだ。


 美味いハズ……だが、自分で飲んでそう思っても本当のところは解らない。故に他人に飲んでもらって感想が欲しかった。


 「…………」


 ルーは無言で立ち上がると台所へ向かい、


 「おぇぇぇ」


 そんな声を出しながらコーヒーを吐くと更に水道の水で口を濯いでいた。


 「ふぅ。うむ、独特の味だな。人の飲むものとは思えないが」


 口元をタオルで拭きながら戻ってくるルーは、そんなことを言って元の位置に座った。


 「…………」


 光陽はルーに淹れた時と同じ分量で淹れると自分で飲む。味は普通だった。吐くほど……か? なんか納得いかない。


 「人にはそれぞれの味覚がある。ゲテモノが美味とする人間と、庶民の味をうまいとする人間や、高級料理を最良と取る人間とか、まぁ色々あるからそう気を落すな」

 「おい待て。それじゃなんだ……オレのコーヒーがゲテモノの味だと?」

 「さぁ? 我にしてみればコーヒーは初体験だったからなぁ。いくつも飲み比べなければ、正確な感想は出せんよ」


 つまり……コイツにとって、コーヒー事態が口に合わないと言う事だ。よかったよかった。オレのコーヒーが不味い訳じゃないんだぁ。よかったよかった。


 この時は、単に安堵したが……後に予期せぬ事態となる事を知らなかった。





 「なぁ~」

 「…………」

 「なぁ~、光陽ぅ~」


 ニュースを見ていると、ルーは妙に、すり寄ってくる。いつもなら台を挟んで一緒にテレビを見て映っている人間の、世間が知らない裏側などをつらつらと喋るのだが……


 「どうした? お前……」


 時折こうやって、からかって来るのでいつもは無視するのだが、今回のは何だか様子がおかしい。


 「どうもしてまへぇん! えへへ。なんかぁ? 寒い?」

 「……」


 なんだこれ? 今まで彼女が出したどの雰囲気とも違う。始めて見る姿だ。


 「熱は無いよな?」


 どことなく頬が紅い気がする。コイツみたいな存在でも風邪を引くのかは疑問だったが、この妙な状態に対しての答えが欲しい。手触りの良いルーの前髪を退かして額に触れる。


 「……特に熱は無いか」


 なんか、こっちまでドキドキしてきた。いつもは、ワザとらしく誘って来るので適当にあしらうのだ。


 「えへへ。手ぇ暖かい~」


 退こうとした手を掴むと、ルーは自分の頬に当てて満足そうに笑った。

 今は戦争中である。そう認識してから一週間近く経ち、未だに何もリアクションが無い事から、普段通りの日常を消化していた。いつでも戦闘に参加できるように、より深い修練を続けている。

 ルーもアスラ達と度々打ち合わせしているらしく、同盟が決まってから細かい調整に出向く事が多かった。


 故に、気を引き締める事が日常になっていると言っても良い。


 「光陽――」


 ルーは正面から抱き着く。柔らかい感覚と、石鹸の良い匂いが光陽の五感を刺激した。


 「我は……お荷物か?」


 急に真剣な言葉でルーは尋ねてきた。その件に関しては、特に話し会った訳では無い。しかし、それは互いに互いの事が解っているから必要な無いと思っていたのだ。


 「そんなわけないだろ」

 「だってぇ! 手ぇ出さないじゃん!!」

 「は?」


 彼女の妙な様子に、変にドキドキとして光陽は一気に熱が冷めた。


 「ずっとぉ! 一緒に寝てるのにぃ……手ぇ出さないじゃん……」


 今度はバカヤロー、と怒り出した。一体何なの?


 「それで……我って魅力ないのかなぁ……って。魅力ない?」


 頬は紅潮し上目づかいで弱々しく、不安が溢れる口調で尋ねてきた。

 なんとなく、コイツがどういう状況なのか解ってきた。昔、同僚と飲んだ時に同じような状況に遭遇したことがある。でも何が原因だ?


 「あー、今別の事考えてたろ? 我の事なんて――くそー!!」


 ルーは、いきなり身体にエネルギーを集め始める。それに伴い、強く光り始めた。このままだと、問答無用で部屋は吹き飛――


 「ちょ、ちょっと待て!」


 光陽は慌ててルーの肩を掴んで眼を合わせた。綺麗な翠色の瞳が少しだけ潤んでいる。


 「どーでもいいんだ! うー!!」

 「大事にしたいんだよ!!」


 恥ずかしくも、ルーを止める為に本音を告げた。その言葉に、発光はピタッと停止する。


 「お前の事を大切にしたいから……なんて言うか、誘われたからとか、そう言うんじゃダメな気がするんだ」


 彼女の事を真剣に考えているからこそ、安寧には程遠い現在は、気を引き締めなければならない。


 「……じゃあ――」


 ルーは弱々しく身を寄せると囁くように――


 「大切にして――」


 呟いた、その言葉は光陽の理性を刺激した。

 普段のルーとの生活で、悪戯の延長のようなアプローチには耐性が出来ている。しかし、こう行った状況は、まるで慣れていなかった。

 抱き着いたまま、ゆっくりと顔を上げてくるルー。


 『ヤっちまえよ! ヒャハー!』


 と、光陽の頭の中に現れた“悪魔光陽”が告げる。


 『彼女は正気ではない。それに、この状況は望んだ事じゃないだろう?』


 と、別の意識“天使光陽”が囁く。


 『良いんだよ! ルーも、そのつもりなんだからよぉ! ヒャッハー!』

 『ダメだ。それは、オレの決めた事と彼女に対する裏切りになる』


 次に“悪魔光陽”と“天使光陽”は激しく『玄武双璧』で打ち合いを始めた。


 意識が定まらない。どうすればいい!? どうすれば……ああ、こいつ良い匂い――じゃなくて! この状況を打破する為には――


 次にルーが唇を重ねて来ると、ギリギリで持ちこたえていた思考が全て消去された。同時に、“悪魔光陽”が『玄武重拳』で“天使光陽”を葬る。

 本能に全てを状況に委ねようとした時――


 「――――」


 光陽の視界に映っていたのは、一人の【魔王】だった。いつの間にか室内に侵入して、腕を組んで仁王立ちしている。


 「…………」


 眼が合った気がした。同時に急速に理性が再生されて復活した“天使光陽”が『玄武剛山』で“悪魔光陽”を吹き飛ばす。

 ふと、ボウリング玉ほどの大きさをした『光球』が現れると、アスラへ向かってふよふよ飛来し、コンッ、とヒットすると――


 「ほげぇ!?」


 そんなアスラの声も呑み込みながら爆発。台所と扉を、轟音と衝撃が襲い、丸々吹き飛ばした。爆撃対象だったアスラの姿も、跡形もなく消え去っている。


 「……これで、邪魔はないな――」


 と、ルーは力抜けるように光陽の胸に顔を埋めると、そのまま健やかな寝息を立てて、幸せそうに眠っていた。


 だが、そんな事よりも光陽は見晴らしの良くなった部屋半分に、唖然として開いた口が塞がらず、目が点になっていた。


 「ちょっと! ちょっと、ちょっと! 前の仕返しだよ! いきなり攻撃とか! そりゃないっしょー!!」


 何事も無かったかのように、扉と台所のあった場所から瓦礫を退かしてアスラは帰ってくる。


 「…………」

 「夜分に失礼、光陽氏。これから、ちょっとした作戦があるから同行してほしい」

 「はい」



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 埠頭から出発する一つの漁船。感知を擬態、偽装された船に乗ったアハトは、遠く離れていくE市を見ていた。

 多少荒れている海を強引に進む船は大きく揺れるが、そんな事は意に介さず、特殊な衛星電話にて、部隊長と連絡を取っている。


 「私はE市を脱出しました。予定時刻通りに、A国を経由し、23時間後には本部へ帰還します」

 『ご苦労だった。そのまま休暇を与えたいところだけどね、そのまま第二支部へ向かって欲しい』

 「本部ではなく?」


 本来は、生存確認を含めて直接報告が義務なのだが、今回に限っては第二支部へ向かうように告げてくる。


 『本部には“ツヴァイ”がいる。大丈夫だとは言い切りたいけど、これから忙しくなる』


 アハトは、なぜ本部ではないのかを大体察していた。【銀腕王】の事だろう。


 「……【銀腕王】との同盟の件は聞きました。ですが――」


 同盟を組んでおいて、【銀腕王】は自身の勢力はおろか、『従者』の数さえも明確にしていない。そして、二週間ほど前に“トリア”とヒューが接触した【悪魔憑き】と【黒騎士】は、少なくとも認識している戦力である為、有益な情報とは言い難いのだ。


 『言いたいことは解るよ。だから、“第二支部”へ『スライサー』は集結させている。それでも、連絡の取れない奴はいるけどね』

 「“カムサー”と“スー”ですね」

 『カムサーはともかく、スーは『ダーナ』で【魔眼】を追っているからねぇ。クリスタル以外は、追いつけないから時間がかかる』

 「やはり、『スライサー』の空席は早い段階で埋める方が良いですよ」

 『しかないよ。信頼出来て、実力のある“人材”は本当に限られる。今は、居るメンバーで回すしかない』


 『スライサー』は現在、全部で11人の少数部隊であり、現在では半数ほどしかおらず、残りは空席になっている。それでも、【シャナズ】に対して多くの功績を与えているので、解散とはならないのだ。


 「今回で“イレヴン”も消えます。戦争が始まった今……多少、格下の能力でも増員は必要です」

 『組織が一枚岩なら、それでも良いさ。アンタや“トリア”も居るから安心して後方で待機できるけどね……』

 「少し、今のメンバー以外では疑惑でも?」

 『まぁ、私の懸念さ。とにかく、その件も含めて……これからどう動くかはこっちに戻って来てからだよ』

 「了解です」


 アハトは通信を切ると、眼帯に覆われた片目を触る。

 【魔王】……因縁はある。奴に奪われた片目だ。あわよくば、今回の戦いで清算しようと思っていたのだが……


 「拍子抜けです。ですが……あの程度ならトリアに譲りましょう」


 E市の街中で対面した過の【魔王】は、かつて『スライサー』の部隊全員を相手にして国ごと焼き払った存在(まおう)とは、全くの別物のようだった。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 E市、中心街地下――【魔王】陣営本部。

 博物館に展示されるように、案山子に固定された『英雄の欠片』の前に【魔王】陣営のメンバーは集結していた。

 ノハ、雷、メイリッヒ、セン。そこへ、アスラに連れられた光陽とルーが姿を現す。


 「予定通りね。――って、桜。アンタ何やってんの?」

 「はい?」


 雷は放心している光陽を見て告げる。

 目を点にして開いた口がふさがらない光陽は、眠っているルーを、お姫様抱っこしてその場に立って居た。

 ワイシャツとスラックスに靴という衣出立ちで、ルーは寝間着を着ている。


 「……アスラ?」

 「わ、吾輩の所為じゃないぞ!! ただ迎えに行っただけだ! 本当だよ!」


 光陽の様子から、ノハは間違いなく何かあったと察して、迎えに行ったアスラへ視線を向けた。


 「まぁ、良いわ。この作戦は私達でも手は足りるし、桜たちは遭遇する可能性のある敵に備えて本部で待機しておいて」

 「はい」


 何か言われたから、とりあえず返事をする機械のように、無機質な返事で光陽は答える。


 「今日の事は【光王】には話してあるんだけど、これじゃ戦力にならないわね」


 光陽とルー双方は、今回当てにならないと雷は諦めていた。

 今回の作戦の懸念の一つとして、【光王】との同盟を悟られない為に本部に居てもらう事も視野に入っている。“同盟”を組んでいると言う情報は、ある意味、戦局をかき乱す手札とも成り得のだ。


 「それじゃ、作戦の概要をもう一度、吾輩から説明しよう」

次話タイトル『First strategy 英雄は人気者』

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