28.Voice is heard 日常
「一と一だ」
父は事故により他界する数か月前に、そんなことを言っていた。
「お前も、いずれ何かを“極”まで志すなら覚えておくといい。“一”が自分ならば、ソレと対になる“一”は何になるか、だ」
「? よくわかんない……」
ソファーに座って、週末の夕方にあるアニメを妹と見ていたオレは、同じように横に座り、テレビを観賞している父に聞き返す。母は台所で食事の準備をしていた。
「逆にすぐ解ったらスゲーけどな。とにかくだ、たった“一つ”でいい。生涯を賭して、“極めるモノ”があったら、徹底的にソレを追求して見ろ」
「ついきゅう?」
「おう。“一”と“一”が交わって……別の“一”になった時、本当の意味で歩き始める事だってある」
いつもは冗談を言ったり、母に頭の上がらない父を見ている事が多かった。けれど稀に、こう言う、真理の様な事を口にする。
当時の光陽には到底理解できない。何を言いたくて、何を彼に望んでいるのか、解らなかった。
「無理に考えなくてもいい。分かるような歳になったら、色々と教えてやるから」
頭をガシガシと撫でてくれる父の手は大きくて力強い。その手で、自分たちを護ってきたのだ。尊敬できる父親だと心の底から憧れていた。
その時、玄関のチャイムが鳴る。その音に、アニメそっちのけで妹は反応した。
「おじいちゃん! キター!!」
妹にとっては身近な父より、寡黙でかっこいい祖父の方が好いているらしい。
「ヤエ、走るな走るな。転ぶぞー」
最近、走る事を覚えた一歳の妹では、まだ玄関の扉には手を伸ばしても届かない。父は慌ててヤエを追いかけて玄関に向かった。
『一と一』
父は……あの時何を言いたかったのだろうか?
何かと騒いでいたE市中心街の壊滅事件は連日のように、ニュースなどに取り上げられていたが次第に大人しくなっていた。
人の気が変わるのも早いものだ。一週間もすると、その日その日で話題になる事を報道し始める。もちろん、新聞なども毎日のように文面や内容が変わる為、『大鳥支局』も平常運転なら問題ないのだが――
「――お、居たぞ。たぶん生存者」
瓦解した『大鳥支局ビル』跡地を掘り進み、その下に埋まっているであろうパソコンのサルベージを行っていた。とはいっても、社員全員で取り組むのではなく、特に仕事で余裕のある部署――特に“海外班”が、交代制で瓦礫を掘り進んでいるのだ。
他の部署は総編集長が、急遽借りた小汚い廃ビルを仮宿として、仕事を行っている。
「――ほれ」
光陽は、運よく隙間に護られていたノートPCを安全な場所に置くと、ソレを同僚の框一目が持っていく。
「あいよ。これで、いくつサルベージしたっけ?」
「たぶん……50くらい?」
交代制だが、回収できた物は中身を調べて、使っていた者へ持っていくことになっていた。これも、回収した海外班の仕事である。
「確か、社員の数って――」
「約500人。鷹さんの読みだと、半分は無事だろうって事だけど……」
こうして崩れた瓦礫を掘り進むのは危険極まりなく、普通ならレスキューや消防機関の仕事で、立ち入ることも禁止になる。しかし総編集長の配慮によって、自分たちでサルベージを行う許可を公共の警察機関に交渉し承認させていた。
「知っているか、一目」
「なんだ?」
「これの作業中に死んでも、全部自分の所為なんだとよ」
「……これって、表の仕事だよな」
「うん」
しばらく、二人は無言で照り付ける太陽を無駄に暑く感じていた。
「休憩しよう」
「賛成」
光陽は瓦礫の隙間から一目に手を貸してもらうと、這い出る様に外に出る。冬本番だと言うのに、瓦礫の中は蒸し風呂の様に温度が高いのだ。
「タイムリミットは、雨が降るまで……か」
瓦礫の下に埋まっているPCは、暑さだけならば、まだ修復の余地はある。しかし、流石に水に濡れてしまったらアウトだと思っていた。
「ちーす」
適度な場所に座って休んでいると、積み上げられた瓦礫の下から、そんな声が聞こえた。カメラとバックを持ったサスター・タナトスが、手を振っていた。
「差し入れ」
光陽と一目の居る瓦礫の上までサスターは器用に上がって来ると、肘に吊るしていた袋を手渡した。中にはカロリーメイトやペットボトルと言った軽食が入っている。
「お、サンキュー」
二人分入っている所を見ると、誰かに聞いてここに来たのだろう。光陽は少し段の違う所に座っている一目に、二つの内の一つを投げて渡す。
「ありがとうね、サスターちゃん」
「どうもっ。框さんって、肉体派だったんだな」
サスターは、光陽に比べてあまり動き回るイメージの無い一目に、感心しながらつぶやく。
「心外だね。これでも、海外では戦場に行ったことも多々あるんだよ?」
一目も“本家”の『乱木』直系の血筋であり、その手の荒事は一通り熟すことは難しくない。とは言っても、光陽のような直接的な戦闘員ではなく、斥侯や偵察、記録などと言った忍耐力を使う物事が多い。もちろん、その事は一般的には伝わらない情報である。
「へぇー。激戦区とか行くの?」
「砲弾と弾丸が飛び交う、最前線に行って重火器ぶっ放してる兵士にインタビューしたことあるよ。テープにも録音したけど、銃声と爆撃音で殆ど人の声は聞こえなかったけどね」
キャンプや拠点にも赴き、兵士達から頼まれて彼らの家族に対してビデオレターを届けた事もあったらしい。
「ふーん。センパイの方は、そう言う所に行ったことあるの?」
“海外班”として取材に行く時、光陽は殆どが都市の取材だった。他国の大統領の選挙や、自然災害に見舞われた現地に赴くのが主であり、基本は一人と現地で声をかけたガイド役の人間と共に移動する。
「直接の戦場は無いけどな。取材していた街に、ミサイル叩き込まれて開戦に立ち会ったことはあったぞ」
その時は、その日に帰れるはずだったのだが、他の担当者が来るまで現地に残って取材をするように言われたのだ。普通なら巻き込まれる前に帰国するのが当たり前だが、まるで傍で見ているような鷹さんの連絡で逃げられなくなったのである。
「それはまた……」
状況を想像して驚くサスター。他にも、日本人は捕虜として丁度いいと、取材のガイドの人間によって占領兵に売り渡された事もあった。無論、契約違反でガイドは粛清したが。
他は、雰囲気から兵士と間違われて撃たれたり、鏖殺命令の出ていた敵を躱して、国境を越えたりと、開戦に立ち会うなど子供だましのような経験も多いのである。
「他にも色々あるよな」
「まぁな。敵の装甲車奪って逃げた時とかな」
「オレは戦闘機奪って、国境を越えた所で対空ミサイルに撃墜された」
と、若くして濃い体験を続けている光陽と一目が、とんでも体験を語り合っていると、ハッと我に返り、サスターを見る。
そう言った事は、事情を知る身内以外は他言無用と、鷹さんに釘を刺されていたからだ。
「楽しそうだな。海外」
サスターは冗談だと思っているのか、そんな事を言う。彼女が今の話を冗談として受け取らなかった場合、どうするか考えていると、
「……ん?」
一目の携帯に連絡が入る。鷹さんからであり、数秒話すと携帯を切る。
「わりぃ、光陽。俺、会社に戻るわ」
「呼び出しか?」
「“芸能班”の人手に回れってさ。PC回収のローテーションって、俺ら今日までだったよな。先に上がるわ」
「オレは定時までは探すよ。生存確認で一時間ごとにオレに連絡してくれ。二回連続で出なかったら、生き埋めになったって事で」
「おっけー」
軽い動きで瓦礫から跳ぶと、難なく着地して一目は去って行った。
「そうだ、センパイ。飯奢る件だけど」
「…………あ」
「忘れてたでしょ」
サスターは色の違う両眼で、呆れて告げた。
確か、そんな話を彼女にしてもらったのは約一週間前。一週間前なのだが……まるで遠い昔のように思える。
特に、この一週間は……ナキがアイツと邂逅したり、“本家”に連れて行って色々巻き込まれたり、一目の彼女に土下座したり――
「10年近く経った気がする……」
今思えば、凄まじく濃い日常を過ごしているよな。一年前は、忙しいと言ってもここまで騒がしい事は無かったのだ。全ての元凶はアイツ――
「た、大変なんだな!」
意気消沈する光陽の様子を察したサスターは慌てて労いの声をかけた。こういう……普通の視点からの心配は、無茶苦茶心にしみるのだ。
「飯の件な、そっちの都合で良いぞ。時間を合わせるよ」
正直言って、【魔王】とかの方はアイツに任せている。一日ごとに状況は聞いているが、今はまだ敵をあぶり出す作戦を考えている最中らしい。
戦争と聞いて、即座に世界中で災害が起こるかと思ったが、連日のニュースは平和そのものだった。
「っと、ちょっと悪い」
不意にサスターの携帯が鳴り、一言断ってから彼女は電話に出た。何度か相槌を打つと、一分もかからずに切る。
「急用が出来たから、会社に戻るよ。撮った写真も確認したいし」
「写真?」
「“警察班”だからな。この中心街壊滅も取材対象なんだ」
自分達『大鳥局』は、この最新の災害地に自己責任と言う形で侵入が許可されている。それを使って独占の取材を行っているのだ。部署は警察班が担当しているが、数日分の発行売り上げは、取り戻せると総編集長は推測している。
一つの事で、二つ以上の利点を取る。50:50にはならないトップの判断に、流石と感嘆してしまった。
「それじゃ、何時になるかは数日内にメールするよ」
「おう」
と、手を上げてサスターは去って行った。そんな彼女を見てると、非現実な事柄の連続だとしても、ようやく一時的にも日常に帰って来れたと改めて実感した。
定時でPCの捜索を止めて、回収した物を会社に届けてから光陽はアパートに帰宅した。そして、つくづく思う――
あれ? デスクワークが記者の仕事だよね? と。
「足を運ぶのも、記録人の仕事だろう?」
テレビでニュースを見ながら、ルーの作った晩御飯を食べるながら、そんな事を言ってきたのである。
「……もしかして、声に出てた?」
「いいや。貴様の発言は完璧だ。余計な事は一切言わない。今のは推測だよ」
「推測って……お前――」
「まぁ、貴様の行動や発言の全てに、興味を持っている我だからこそ解る事だ。愛だよ、愛」
光陽としては、簡単に考えている事を読まれた方が重大だった。気が緩んでいたとは言え、簡単に言い当てられるとは……
「じゃあ、今オレが何を考えているか解る?」
いつものように寝る時に襲ってきたら、『玄武一門』をかまして、布団に簀巻きにして壁に吊るす。
「今日は寒いから、寝る時は一緒に肌を暖め合おう……だろ!」
安心したわ。コイツ、全然読めてねぇ。後、今日は外で寝よう。
七日の間。E市のみならず、世界は漠然とした変化は一切無く、普通の日常が過ぎて行く。
だが、感じている者は、感じている。今の状況は長くは続かない。
日本の【シャナズ】の排除を主体に、計画を進めている【魔王】。
【魔王】と【銀腕王】の勢力に対して対抗策を練っている【シャナズ】。
その双方から追われる立場の追放者――イレヴン。
全ての要素の中心は、『英雄の欠片』を手に入れる為に、E市では水面下で計画が進んでいた。
「…………裏が取れたぞ」
確かな情報と、自らの元に居る一時的な協力者にイレヴンは告げる。
「詳細は?」
「……奴は居るのだろうな?」
その場に居る、『三原則の死』と、この一週間で、こちらに引き入れたゼリアスに必要な事を告げた。
「望みは叶う。この場に居る全ての者の望みがな。今夜……移送される『英雄の欠片』を奪取する」
後は……間に合うかだ――命が尽きるまでの間に……ディオス・マディスの首を取れるか――
膨大な本と、本棚に囲まれた空間。書庫とも言える、その場所の中央にデスクと椅子を構えて座る男がいた。
事務員のような服装に、眼鏡をかけた男である。周囲の本の管理されている風景から、図書員とも見受けられる井手立ちである。
「…………この因果――」
最新の演算を終え、高い確率で、この結果に辿り着く事に眉をひそめた。何度やり直しても、そう言う結末に今の因果では向かっている。
「やはり……ただの住人に過ぎないか……」
デスクの上に置かれた成書容姿には膨大に羅列された情報が記され、その文面は『彼ら』以外には読めない文字で記載されている。そして、内容も記載した者以外には理解できない内容になっていた。
「この戦いの終わりと同時に死ぬ。それが……お前の因果か? 桜光陽――」
次話タイトル『Strategy start 開始』




