27.I’m home Welcome back ただいま おかえり
イレヴンは、人混みに混じって移動していた。
電車に乗る時もワザと人の多い時間帯に乗車し、タクシーや人気のない場所は極力避けて行動する。
それは全て、【魔王】の『兵士』から見つからない為である。
気配を置き換え、自らの存在を偽装する。イレヴン本体が持つ能力だった。
専用武器を使った際には別系統に切り替わり、基本的には、どちらか片方しか使用できない。しかし、『兵士』程度の感知を誤魔化すのならば、今のままで十分なのである。
「……夜は避けるか」
人通りが少なくなる夜は動き回るのは発見可能性が高くなると懸念していた。
見つかれば間違いなく終わりであるため、そのあたりには細心の注意を払わなければならない。
ふと、電化製品店前で映し出された中心街の映像を見て足を止める。
夕方のニュース。原因不明の都市消滅に、日本中がE市に対して疑問を抱いているらしく、時間の撤去作業を行うと報道していた。
「……やはり、中心街の侵入は難しいか……」
中心街に間違いなく【魔王】の居城があるはずだ。その中に『英雄の欠片』も回収されているハズ。だが、限られた人間しか立ち入れないとなると、その奪取も困難を極める。
「……」
奴を――ディオス・マディスを殺すには、『英雄の欠片』は必要不可欠だ。それに、居城を見つけても、侵入するのは一筋縄では行かないだろう。計画を練るにしても、残された時間もそう長くは無い……
「……奴の言うとおりの……欠陥品か俺は――」
奴にとって、この命は簡単に消去できるモノだ。それだけは自分でも嫌と言う程に理解している。本来、自分がスライサーに配属されたのも、その内情を探る為だった。
しかし、その意図を知って知らずか……隊長のスライサー・Iは嫌な顔をせず、俺の存在を卑下にしなかった。
「……そうだ。オレは“スライサー”だ。本部の命令とは別の行動をとってもいい」
自由な意志を部隊では与えられた。そして――
“君は『進むべき者』で居続けるんだ”
「俺達の悲願だ。ただの夢……だが、叶う夢として奴に刻みつけて見せる」
過去と未来を……俺達の存在を全て清算する――
「――」
そして、イレヴンは自分に向けられた気配に気づいた。
今自分は、普通の人間ならば、意を解せず通り過ぎる様に調整した気配なのである。普通なら気が付くはずはない。しかし、その自分を明確に捉えている者が居る。しかも……すぐ後ろに――
ソレの姿を確認したわけでは無い。気配だけが背を焼くように向けられていた。
「…………」
「何故? と思っているようだな……」
男声。しかし、少しだけ籠った声からして、顔の前を何かで覆っているだろう。
「この世界は……間違っていると……ディオスから聞いている」
その侵入者は間違いなくディオスの刺客である。イレヴンは常人よりも気配の察知は数段と優れているのだが……背後の人物だけは全く感じ取れなかった。
帰宅ラッシュの雑踏の主たちも、背後で声を発する始末者には、気に掛けていない様子である。
「全てを再生する為に……」
自分よりも全てにおいて数段上……それどころか息をするのも気づかせずに殺せたと言うのに――
「なぜ殺さない? 【三原則の死】」
ソレの名前を呼ぶ。【シャナズ】のみならず、ある地域では有名な始末者の通り名である。
「貴様は……まだ、この世界に必要だ。ディオスは……【英雄】の痕跡を求めている」
「いずれ消されると知っていて、協力すると思うか?」
「ああ……出来る事と……出来ない事の物差しを……正確に把握できる……ソレが……お前だ」
「俺は……欠陥品だ。何を望む?」
「『英雄の欠片』。全ては無理だが……望むなら、その断片をくれてやろう」
イレヴンは振り向いた。そこには狐の面を着けた男が腕を組んで立ち尽くしている。その右耳付近に編み込むようにして垂れ下がる、ミサンガは世界に二つとないモノだった。
「牙を剥くぞ。『英雄の欠片』を手に入れれば」
「そうなったとしても……こちらの排除範囲だ」
例え、イレヴンが『従者』に近い力を手に入れたとしても、始末できるとトライは言っていた。
E市中心街地下――【魔王】陣営、本部。
「ほいほい、皆揃ってるねー」
アスラは今後の動向の方針と、現状で最も価値のあるモノを見せる為に、自陣営の『従者』を全て招集していた。
白く広大な空間に、ぽつりと縦長の白い机が設けられ、人数分の椅子が用意されている。数は四つ。座るのは各々の『従者』の主格となる宿主たち。
第一席――朷矢之破。
第二席――国情雷。
第三席――サスター・タナトス。
第四席――フェルナンド・リーバー(空席)。
「セン氏よ。フェル氏は、まだ意識不明?」
第四席にナンドの代わりに座っているセンは、一度頷いて肯定する。
「身体は治ってても、意識が戻らないと意味がない。そう、意味ないの」
「オッケー、そっちは自由にやっちゃって」
「それよりも、アスラ。私達をわざわざ招集した理由をとっとと話しなさいよ」
第二席の雷は腕を組みながら召集された理由を問う。【シャナズ】の粛清対象を未だに捉えられない以上、余計な問答をしている時間は無い。
「国情氏、働き者なのは良いけどねぇ。たまにはこういうのも良いっしょ? そうだ、今度皆でバーベキューしよう!!」
「アスラ」
と、ノハは雷に気を使うようにアスラに一言声をかける。
「最近殺伐してるじゃん! まぁ……空気が読めなかったのは認めるけどさぁ……」
睨みつける雷と緊張感の無いアスラの両者を見て、第三席のサスターは苦笑いを浮かべた。
「その話は今度にしてくれよ。おれ達も一杯一杯だから、特に大した用事じゃないなら失礼させてもらうけど?」
サスターも、今は茶番に付き合う時間は無いと、やんわりと間接的に告げていた。
「ほら、こういうのって大切じゃない? スキンシップな意味で!」
「厳戒態勢出したのアンタなのよ? 余裕ぶれる状況じゃないでしょ……」
まともに取り合うとダメだ……と、言った風に雷は頭を抱える。サスターとしては昔のアスラを知っているだけあって、だいぶゆるくなったなー、と彼の二重人格を疑っていた。
「ふむ。まぁいいか。吾輩が臣下に高い好感度を受けている、名君さが証明されたところで本題――」
その言葉に合わせる様に、メイリッヒがソレの映像を映し出す。
「……なに?」
「あー、アスラ。これってやっぱりそうなの?」
「…………」
「情報が取り込み切れない。わたし達が“未知”と言えるモノが……この世界にあるの? アスラさま」
雷とノハはそれぞれ意見を発し、サスターは無言、センは見ただけの情報だけでも自分が認識しきれない事に驚いていた。
目の前に展開された映像は、博物館に展示されている様な中身の無い『中世の鎧』――【英雄】の姿である。
「これは、『英雄の欠片』だ」
【英雄】……その場の面子が思い出すのは、昼間に行われたE市中心街の壊滅要素――【光王】と【英雄】の衝突である。
実態に状況を目の当たりにした者も、情報だけ聞いた者も、『王』から告げられた情報に様々な考えがよぎった。
「まぁね、【英雄】と聞けば、ある程度は察せると思うけど……改めて説明させてもらう」
そして、ソレが……この世界に既存している“存在”を……『王』を越えた存在にするための要素であると簡単に説明した。
この情報は、『英雄の欠片』を解析して得たものではなく、アスラ自身が持っていた情報なのだ。
「てことは、コレを着た者は誰でも『王』を越えた力を得るって事?」
雷はアスラと映像の鎧を見ながら尋ねる。
「設定上は、そうだよ。元より『王』を全て討つ為に創られたモノだからね。でも、誰でも使いこなせる訳じゃない。装備できる者は世界でも一人だけだ」
他の者では直接触れる事さえできない。元々の伝承通りならば……選ばれた者だけが装備できる『伝説の武具』といった設定が組み込まれているのだろう。
「しかも攻撃を受ける度にソレに対して耐性が付く特性に、装備者は傷を受けても再生するって言う、おまけつき」
「チートじゃない。これ一つで、戦争は勝てるんじゃないの?」
「所有者が使う意志を持たない限りは動く気配はないよ。まぁ、ズルせずに正攻法で行きましょう、って事だね」
本来の所有者である桜光陽は、コレを使う事はほぼ無いと言っても良い。彼は最初は、鎧の機能に支配されていたが、最後は自分の意志で制御していた。
結果として見てみると、【英雄】は機械のように目的を排除するモノではなくなり、一定の物差しを図るモノになったと見ても良い。
それは、こちらとしてはありがたい話だが、【英雄】としては大幅な弱体化したと言えた。
「人の意志が垣間見せた……可能性の結果だよ。これ以上高望みすると、『彼ら』に吾輩たちが“消えるべき者”として認識されるかもしれない」
ナンドが戦線から離れている以上、使えるモノは何でも利用したいのが現状であるが、流石にコレを使うのは良くないと、アスラは理解していた。
「まぁ、ちょっといい物拾った♪ 程度の感覚で利用しようと思う」
「利用は出来ないんじゃないの?」
アスラの言っている事が、右へ左へ変わっていく事に、改めて何をするつもりなのか雷は答えを聞く。
「これで、【シャナズ】一本釣りと行こう。上手くすれば、“釜”の代わりの牽制にもなると思うし」
【シャナズ】は間違いなく【英雄】の事を見ていた。だが、その【英雄】に関しての細かい情報を集める前に、こちらが厳戒態勢を取った事から、桜光陽までは行きつかなかった可能性は高い。それでも念のため、複数の『兵士』を彼の見張りに就けている。
「無関係じゃないとはいえ、【英雄】には頼れないよ。それに、【光王】の戦力を当てにするよりも、僕達の力を使う方が解りやすいからね」
今まで積み上げてきた力は、怠惰に回るためのものではない。今こそ、ソレを堅実に使用する時なのだ。
「そうね。よく解らない【英雄】よりも、そっちの方が確実ね」
得体の知れないモノよりも、自分の磨き続けてきたモノの方が、遥かに勝算を感じられる。何度か【シャナズ】の『従者』とは交戦したこともあるし……決して現状では勝てない相手ではない。
「せいぜい、『英雄の欠片』には囮になってもらうわ。その辺りの作戦は?」
「国情氏に任せる! てへ♪」
「……暁、“反転”」
「ちょ! ちょっと待ってよ! こういう難しいのは苦手なんだって!!」
「うっさいわ!! その、へなへなした態度を一度は引き締める必要がある!! 『神風』食らっとけやぁぁ!!」
長机に乗り上げて、アスラの胸ぐらを掴む雷は、エネルギーを纏った拳を振り上げた。メイリッヒとノハが慌ててソレを窘め、その様子にサスターは苦笑いし、センはナンドの元へ戻っていた。
「…………なんか気まずいなぁ」
光陽は、アパートが見えている位置で足を止めていた。日はすっかり水平線に消え、夜の喧騒にE市は移り変わっている。
郊外にあるアパートは、その喧騒から外れて外灯が淡い光を発し、薄暗く道を照らしていた。時折、車道を通り過ぎる車以外は静かな物で、元々交通量の少ない道筋であることもあり通行人とも、ほとんど会わなかった。
「う~~ん。……はぁ」
数時間前まで、彼女の事で悩んでいたことを本人は知らない。けれど、自分の解釈で【魔王】に引き渡そうと考えていた手前、どの顔をしてアパートに戻ればいいのか悩んでいた。
アイツは結構鋭い。誤魔化そうにも普通に気が付くだろう。
「……今まで、こんなに悩んだ事って……無かったなぁ」
今までは、ただ家族である妹を護る事だけで、生活はうまく回っていた。任務でも、“本家”の行事でも、表の生活でも……全て“妹”の事だけを――妹が笑って幸せに生きられる事だけを重視した生活だったのである。
自分の事は二の次でいい。ただ、妹が笑ってくれる……それだけでよかったのだ。
「……シスコンって……ある意味、精神病だな」
もちろん自身がシスコンであることは認める。むしろ、そう言われると家族愛が周りに理解されたようで嬉しかった。今思えば、かまかけ過ぎていたと思うが……
“もう大丈夫だって。私も『朱雀』だよ?”
「――ああ。きっと、お前もソレを望んでいたんだよな……」
オレが妹の事を気にかけていたように、ヤエも兄の事を何よりも大切に思っていた。どこかで生きているのは間違いない。なら――
「少しは安心させるか」
粛清が避けられないとしても、せめて伝えたい。好きな人が出来た――と。
そう思うと、足は自然と帰るべき場所へ向かっていた。アパートの103号室。部屋の明かりは灯っており、先に帰り着いたのはアイツの方らしい。
「……鍵。どうやったんだ?」
この部屋の鍵は、自分の持つ物と伯母に預けた二つしか鍵は無い。まぁ、アイツの事だ。何かして、鍵を開けたのだろう。
ドアノブを握り、回転させて扉を開けると、おたまをとエプロンを装備したルーと眼が合った。料理を作っているらしく、空腹を誘う匂いが室内から溢れ出てくる。
「む、ちょっと待った!」
ルーは光陽の姿を確認するや否や、ビシッと掌を向けて横を通り過ぎる。そして、光陽の背中を押して部屋の中に入れると、自分は扉の外に出て扉を閉める。
「……?」
訳わからん。相変わらず、何がしたいのか行動原理が不明だ。謎の行動をとるルーに怪訝な表情を作る。そして、一呼吸おいて扉が開くと彼女は、
「ただいま」
意を決したように、そう言った。しばらく驚いた光陽だったが、思わず口元が緩み自然と笑みが浮かぶ。そして、当たり前の言葉を返す。
「おかえり」
と――
ひとりの男があった。友も息子も兄弟もない。際限もなく労苦し、彼の目は富に飽くことがない。「自分の魂に快いものを欠いてまで、誰のために労苦するのか」と思いもしない。これまた空しく、不幸なことだ。
ひとりよりもふたりが良い。共に労苦すれば、その報いは良い
※旧約聖書『コヘレトの言葉』4章8~9節より抜粋。
次話タイトル『Voice is heard 日常』




