26.To laugh sincerely 心から笑い合う為に
「まったく……正直、自信無くすわよ」
雷は別室でメイリッヒと共にアスラとルーの戦いを見ていた。流石に同室での観客は、命に係わるので別室で視聴する事にしたのだ。
ある意味、頂点同士の戦い。『神具』無しの『武具』だけを使った『王』同士のぶつかり合いだった。
そして結果を見て……戦えば、その地が更地になると言う話も大袈裟な事ではないと再認識したのである。
「『武具』でこれでしょ? この戦いの後で考えて見ると、私達『従者』の『武具』が玩具みたい見えるわね」
「適材適所ですよ。ライちゃんと暁の使う『武具』は、かなり特殊だから仕方ないわ」
「褒め言葉に聞こえないけど、褒め言葉として受け取っとくわ」
戦いは終わった。メイリッヒはモニターを閉じて、別の作業に戻り、雷は勝者のいる戦闘空間へ向かった。
「驚いた……まさかこれほどとは――」
アスラは短期間にして凄まじい戦闘力を得ているルーに対して感嘆の感情で溢れていた。
自身の身体を貫くクレイモアの折れた切先。斬り落とされた右腕。肩から吹き飛ばされた左腕。エネルギーによって発火している半身。
それがアスラの現在だった。
「一週間も無い時間で、これほどの戦闘力を持つ『王』は貴女以外に遭遇した事が無い」
対してルーは、多少ボロボロになった服の他、肩で息をしている以外に損傷は無かった。
「ハァ……ハァ……」
「もっとも――」
次の瞬間、貫く剣先はアスラのエネルギーによって消滅し、損傷していた両腕は、光が集まる様に元の剛腕に再生した。
「勝敗は別の話だがね」
「……ハァ……ハァ……降参する」
ルーは疲れたように大の時になって寝転ぶと、その頭から白いキャスケットが落ちる。
「うむ。実に良い戦いであった」
久しぶりに全力を出せたアスラも、ストレスを発散出来たように清々しさが心を満たしていた。
「……これで……本当に、我の居る意味を理解できた――」
使命だと思っていた。
焚きつけて消える事が、当たり前の事だと思っていた。しかし、情報を吸い上げて、その中でただ一つの疑問を知りたいと思ったのである。
その疑問は、使命に縛られた“創られた意志”ではなく、本来の……我が望んだ意志だった。
だから……死にたくないと、いつの間にか考えるようになっていた。
【英雄】として彼と対峙した時は、終始、何とも言えない感情を抱いていたのである。
自分でもよくわからない。それでも、やり遂げなければならない使命が勝っていたから―――戦い続けた。けど……同時に仮面を取り、縋りたかった。
助けて……と――
しかし、その決断は……創造主の意図を否定する事になる。同時にそれは、我の存在を否定する事になるのではないか?
自分が本来の結末を避けようとする行動を考えた時に、ずっとその事が思考をよぎっていたのだ。
しかし、彼は内宙に剣を通した時に言った。『これが、オレの答え』だと――
「この結末を――我を求めているのは……彼なのか、それとも父なのか――」
「それが、古くから存在を許された吾輩に喧嘩を売ってきた理由か」
アンラ・アスラ。この世界の『王』のような存在の祖にして、全ての『王』の原点となったモノ。
彼は『王』による戦いでは、すべて勝利を収めており、最も警戒されていると同時に、最強の存在として世界に君臨している。
もしも、そんな【魔王】に『神具』無しで討ち勝つことが出来れば……これからの戦いでも、彼を護ることが出来る。だが……そうではなかったようだ……
「我は……きっと壊れてしまったんだろう……貴様に斬られて……彼と繋がった時に――」
そう、全てを完璧に理解しても、自分一人では知りえない事があると、彼に教えてもらった。
「我が……一人で出来る事など何一つなかった。我は……」
弱いのだ。この世界で誰よりも……そして、彼が我を遠ざけようとしているのは解っている。だから、胸を張って言いたかった。
迷惑はかけない。何があろうと、必ず護るから……
「傍に居たい……」
ルーは行き場を無くした家出少女のように膝を抱えて蹲っていた。同じ立場の『王』だからこそ、アスラだけに、光陽には絶対に見られたくない一面をさらけ出していた。
「因果なモノだよなぁ。吾輩も同じだったよ」
彼女の目の前に胡坐を掻いて座るアスラは、娘を見る父のような眼で彼女を見る。
「何千年と一人だったのだ。我が嫁が居なければ、こうも穏やかにならなかっただろう」
「嘘だぁ」
「本当だよ? まぁ、嫁を第一に考えて『従者』は今までずっと設けなかったがね」
今までの戦いで、アスラは、たった一人で敵勢力を殲滅し、勝利を収めていた。決定的に背負うモノがあったからこそ成し遂げられたと今でも思っている。
「だが……“釜”を奪われて目が覚めた。たった一人では限界がある。今までは運が良かっただけだってね」
アスラは白いキャスケットを拾うと、ルーの頭に乗せた。
「頼ることは間違っていない。この世界の歴史でもそうだ。『王』一人で、栄えた記録など、どこにもないだろう? 頼るべき臣下が居て、寄り添う存在が居て、愛し、護る者があるからこそ、今日まで世界は繋がり続けてきたのだ」
未熟でも、思考の回転が速いが故に、考えが酷い袋小路に入ってしまった『王』へ、アスラは告げる。必要なのは全てを背負う事ではない。
「必要なのは、己の存在を分かち合える者たちと共に有る、という事だろう?」
それは自分たちが、この世界に存在する為に必要不可欠な事柄だった。既に理解していた事柄で、この地に居る――彼ら彼女らの“有る為”の原点ともいえる事柄だ。
「迷った時は原点に返って考えてみるといい。それこそ知識を持って解析するのではなく、その時の気持ちに重ねてだ。意外と答えが見つかるかもよ?」
「……外見は“しゃれこうべ”の癖に、なかなか味のある言葉を言う。年の功?」
「“しゃれこうべ”言うな。吾輩も色々と苦労しているのだよ。生涯現役だけどね!!」
外見と会わない中身は、彼の培ってきた長い生活で見つけた、他に頼るために見つけた本当の自分であるのだ。
ソレを見つけるのは、簡単であり、簡単ではない。自分で気づくにしても、気づかされるにしても、自分以外の個性と干渉しなければならない。
「…………あーっもう! やめたやめた!! 能天気な貴様を見ていたら、こっちまで感覚がマヒしそうだ! 変に考えるのは止めにする!!」
ルーは立ち上がると、両手で両頬に気合を入れる様に叩く。パンッと切り替えるような意味を含んだ気味の良い音が空間に響く。
「決めた。我は恋人を護ろう! 例え拒絶されようとも影から見守り続ける! 嫌いだと言われても、好きなるまでアプローチを続けるぞ!!」
運命だと思った。きっと最初に出会ったのが、光陽じゃなくても、その姿を、生き方を見れば、間違いなく惹かれていたのだろう。
どんなことがあっても、その背に有る命を護る……桜光陽の生き方と、その存在に――
「と、言うわけで今日は帰るわ。近いうちに晩飯食いに来いよな! 貴様ら夫婦に負けないラヴい様子を見せてやる。じゃ!」
ルーは、こうしてはいられないといった風に、駆け出し始める。
「あ、ちょっと! これだけはハッキリさせておきたいんだけど……」
「むー、なんだ」
いささか身勝手な彼女の振る舞いだが、“恋は盲目”という言葉もある。一直線に愛しい者に会いたいのは解るが、これだけは今のうちにはっきりさせておかねばならない。
「吾輩の陣営と【光王】の陣営で、同盟を組んでくれるよね?」
元より、これが今回の目的だった。有無を言わずに承認してくれるとアスラは期待する。
「良いよ。と、言いたいところだが、光陽が良いって言ったら改めて返事をしよう。まったねー」
「あ、はい。まったねー……って! 嘘!? マジで!?」
この場ではっきりとした承諾の得られないアスラは頭を抱えて膝を着くと、No~と叫ぶ。そして、自分の主であるノハに全ては託されたと、彼がうまく行くことを願った。
「『お屋形様』……」
その場に現れた、もっとも畏まるべき存在によって、ノハと光陽の間に合った張り詰めた空気は解きほぐれていた。
「いやぁ、失礼。今回の中心街壊滅は、“彼ら”が関わっているんじゃないかと、鷹さんに連絡したら、ここだって話じゃなーい。そしたら『城里試合』をしているのだから、二つの意味でびっくりだよ」
巧断は、清々しく笑いながら冴烈と鷹さんの間を歩いて、手ごろな瓦礫に腰を下ろす。
「よいしょっと。ふぅ……それで、二人は一体何をしている?」
真まで凍るような、巧断の声が光陽とノハに向けられた。『城里試合』の条件は全て正しく揃えている。しかし、巧断の憤慨はそこではない。
「やれやれ。光陽……ノハ……君たちは、申し訳ない、と思わないのかい?」
まるで侮辱でもされたかのように、巧断は戦っている二人に告げた。
「この場の立会人として着いてる『乱木』当主と、今まで『城里仕合』で雌雄を決した過去の『裏式』伝承者たちに対して、だ」
その言葉は、夢を見ていた者たちの目を覚ますような鋭さを含んでいる。
「君たちは『城里試合』を単なる力比べとか、試合の様に考えていないかい? それは今までの『城里仕合』の実行者たちに失礼だろう?」
「……はい」
「……心が緩んでいました」
二人の返事に、巧断はニコッと笑って改めて『城里仕合』について説明をした。
「『城里仕合』とは、“本家”筆頭の【城里】に誓って、互いの望みの受諾を決するための祭儀だ。その際には、各家――『乱木』が持つ、他を制圧する神技――『裏式』を用いて雌雄を決さなくてはならない」
ルーやアスラと言った者たちの力を使って行う戦いとは、また別で人の身に宿すことのできる超技――ソレの総称が“本家”では『裏式』と言われている。
『裏式』は『乱木』と呼ばれる八つの家によって大きく異なり、“本家”を外敵から護る為に、決して他に制圧されない武技として継がれているのだ。
光陽の使う『玄武双璧』も、桜家が伝える『裏式』の一つである。
「何となく、君たちの戦いは解る。君たちが互いに高め合いたいのも理解している。だが……ソレは『城里試合』に持ち込む事かな?」
本来ならば命を懸けるに値する行為なのだ。それを、信用できる立会人が居るとはいえ、グダグダと穢すような真似は“本家”統括者として軽視はできないのである。
「元は……“本家”内での無駄な被害を無くすために今の形にしたのだけど……今からソレは廃止だ」
その言葉に、立会人の二人はもちろん、対峙している光陽とノハも『お屋形様』の言葉に否定することは無い。
「これより『城里試合』は『城里仕合』に戻す。最低条件は、対戦者は一対一であること。立会人に『乱木』当主か、『裏式』伝承者が、最低二人以上であること。そして対戦方式は『十間』のモノを適応とする」
「…………」
「当然だね」
冴烈と鷹さんは古い『城里仕合』の規則を知っている。故に今更驚きはしなかった。
「制限時間は10秒。この10の間に『城里仕合』を、しかけた者は、対戦者を戦闘不能か死に追いやらねばならず、対峙者は全力でソレを阻止する」
今回、『城里仕合』をしかけたのはノハ。つまり、光陽を10秒以内に戦闘不能に追い込まなければならない。
「今回は途中という事で、制限時間は半分の5秒。それで良いかい? ノハ、光陽」
「……はい」
「問題ありません」
ノハは、いつでも全力が出せる様に戦闘状態を維持していた。『お屋形様』が来てしまったのは想定外だが、条件としては問題ない。
次の接触で間違いなく決まるのだから――
「それじゃ、二人とも二メートル以内の間合いに近づきなさい」
それも『十間』の条件である。距離を取りながらでは防御に徹する方が圧倒的に有利。故に開始の位置は互いに互いの“命”に届く距離で開始されるのだ。
向かい合い、二人は必殺の間合いの入った位置で対峙する。この時、構えを取ることも許されない。始まりの合図で初めて、ソレを含んだ行動が許されるのだ。
「ふむ。二人とも位置に着いたね。桜と灰木も準備は良いかな?」
巧断は冴烈と鷹さんにも確認を取る。二人はそれぞれ返事をして、全ての準備が改めて整った。
「それじゃ、カウントを始めるよ。1――」
その言葉と共に、ノハは瞬きする間もなく、『玄武一門』を叩き付けられて吹き飛んだ。
「――――」
意識が消えそうになるノハは寸前のところで覚醒し、持ちこたえる。
「2――」
距離はそう開いていなかった。今の一撃で光陽には次の動作までの虚が出来ている。ノハは浮いている足が地に触れると同時に、蹴って間合いに戻る。
「『震打』――」
全身の体重を乗せて光陽に体当たりをするように、“震”をぶつける。彼の全身を揺らすことが出来れば、次の撃で確実に仕留められる!
「3――」
地の底で爆発するような――低く重い音が響くと、逆にノハが吹き飛ばされていた。
「!?」
まいったな……完全に――
『お屋形様』が次の秒を告げるよりも早く、ノハは肘と襟首を掴まれ足を払われると、世界が半回転し――
「4――」
背中の激痛を感じた時には、受け身も取れぬほどの完璧な投げを受けたのだと悟り、その顔面に光陽の震脚が振り下ろされた。
パンッと『お屋形さま』が掌を合わせる音が周囲に響く。それは『城里仕合』の決着を告げる音だった。
「終了。いやはや、次代の可能性を強く垣間見せてもらった。今までダラダラやってたのが嘘みたいな戦慄さだったね」
『お屋形様』は心底満足する様に声を上げた。
「挑んだのはノハだったね。彼の望みは叶わない。光陽、おめでとう。君がソレの権利を得た。その望みに対して何者にも否定はさせないと『城里』当主として約束しよう」
「ありがとうございます」
「それじゃ、解散。あ、鷹さんは残ってもらっていい? 聞きたいことがあるから」
と、本来の目的であった鷹さんだけに声をかけると彼女と共に、その場を去って行った。
「…………」
「やっぱり、お前強いよ」
光陽は糸の切れた人形の様に全身から力が抜けると、仰向けで動かないノハの横に座り込んだ。
「……正直焦った」
震脚は、ノハの顔の横を踏み砕いていた。その行為は実質のトドメとして『お屋形様』には認識されたらしく、光陽を勝者としてくれたのである。
「10秒はねぇよな。まぁ、昔の人に文句を言ってもしょうがないか」
二人は喧嘩で解り合った不良同士のように、4秒の間に心身を最大まで引き出し、雌雄を決したのだ。
「スロースターターは不利な規則になったね……」
光陽は自他共に認める遅起動者であった。こう言った短期での戦いは向かず、攻めでも受けでも、最高の実力を発揮するには時間がかかるのだ。
ソレが唯一の弱点でもあり、後の先が主体の『玄武双璧』で多少は補われるものの、それが命取りにならない様に立ち回る事も常に考えている。
「……勝てるつもりだったのになぁ」
結果的にはノハの負けだったが、内容としては紙一重だったのだ。
堅実に、光陽が後の先で網を張っていると考えていたノハは、彼が“先”で向かってきたことに、流れを乱されたのだ。
初手の読み合いで負け、その後は少ない時間での焦りから、雑な体運びと技を完璧に乱された挙句、投げられたのである。
「雑な“剄”は簡単に返せるからな」
ノハの『震打』は光陽の“発剄”とまともにぶつかったが、力負けして逆に吹き飛ばされたのだ。
「それよりも、急に吹っ切れたよね? 何か思い出したの?」
「まぁ……ていうか、無茶苦茶タイミング良かったんだよな……」
一体、今度はアイツは何をしたのか。だが、少なくともアレがルーの本音だったのだろう。なら――
「途中で放任するのは、らしくないよな……」
「?」
まともに向き合うと決めたばかりではないか。なら、余計な事を考えるよりも、これからの事に対して前を向いて向かい合う事がオレの決めた生き方だ。
独りでは、そのように思いつかなかっただろう。けど、今はルーがオレの背に居てくれる。
「命を賭けるに値するからこそ、だよな」
人と人の関係ではない。だからこそ、自分らしさを失ってまで無理に進もうとするのは違う気がする。
「それで、コウの意見を聞きたい」
この『城里仕合』の本当の目的――【魔王】と【光王】の同盟について話を戻す。ノハは負けたため、その件に関しては光陽の決断が全てだった。
「同盟だろ? アイツを便利屋呼ばわりしたのは、いささか腹が立ったが……」
しかし、今考えればアレはオレを駆り立てるモノだったのだろう。
「断る理由もない」
「それじゃ――」
「アイツが、良いって言ったら同盟は組んでやるよ」
それが光陽なりの、ルーをだしにして自分を駆り立てた親友に対する仕返しだった。
次話タイトル『I’m home Welcome back ただいま おかえり』




