24.Ahead of the will 意志の先
光陽はノハが出口へ案内すると言う言葉に従って、後に続いていた。
清潔で埃一つ落ちていない空間。まるで新しく作られた迷宮のような、味気のない通路は病院の廊下を彷彿とさせた。
「一年前からか?」
迷いなく歩くノハの背中に、いつから【魔王】と関わっているのかを、さり気なく問う。
「まぁね。この事を知っているのは『お屋形様』と鷹さんだけ」
「……え? 祖父ちゃんじゃないの?」
「え? 冴烈さん? なんで?」
妙に情報が噛み合っていない。この手の異常とも取れる情報は限りなく一つであるハズなのだが……
「いや、祖父ちゃんも昔関わりがあったって」
「それは初耳だなぁ。鷹さんの事はアスラも知ってたみたいだけど……冴烈さんの事は何も言ってなかったよ」
「アスラって、あのゴッツイ【魔王】の事?」
「うん。本名はアンラ・アスラ。こっちの記録だと、最古の『王』って呼ばれてて、『滅び』を形にした存在」
「そこらへんの事は、もう冗談じゃないと思う事にしてる」
そちら側の存在は、散々垣間見ている。一時は【英雄】として、その存在を全て理解していた。
故に、ノハ告げている【魔王】の事は、冗談でも、大袈裟でも、比喩でもないと、それ以上の説明なしに信じることが出来るのだ。
「……色々大変なのは互いにだよな。オレとしては、心の整理がつかないが……」
「君の場合は特殊だけど……仕方ない、とは言えないよね」
悲観するだけで乗り越えられる人生じゃない。光陽やノハが生きている世界は、そういう場所なのだ。一つ見誤れば、容易く命を落とす世界である。
だが、そんな場所とは違い、別の次元に迷い込んだような感覚が現実として目の前に存在しているのだ。
覚悟してそこへ足を踏み入れたわけでは無い。文字通り、迷い込んでしまった。
「やる事は理解してる。けどな……簡単に切り替えられるほど、安い生き方じゃないんだ。お前もそうだろ?」
「僕はこの世界を救う為に求められた。だから、今の立場は理解してるし、他の誰でも出来ない事が僕に出来るなら、喜んで前に出るつもりだよ」
「……お前らしい」
ノハは、昔から自分に出来る事を全てこなしてきた。
中でも、その手の腕前は“絶技”と称されるほどまでの天才肌であり、夜絵と並んで今世代の天才に数えられていた。
今も、はっきりと自分のやるべき事を見出しているノハと比べ、光陽はまだ迷っている。
アイツの事は好きだ。大切にしたいと思っているし、力なってあげたい。しかし、それはルーの願いを叶えただけであり、オレ自身の抱えるモノをアイツにも背負わせるのは……
「嫌とは言わないだろうが……」
ルーは笑顔で、オレの隣に居る生き方を選ぶだろう。だが、もし他の選択肢をアイツもオレも知らないだけだったら?
今以上に、ルーが幸せになれる方法があるのなら……オレの生き方に付き合わせるのは絶対に間違っている。
「結局……どこまで行っても中途半端か」
父は……母と共に生きると決めた時に何を思って、その決断をしたのだろうか。
「ストップ」
アスラの反応を辿っていたルーは、一人の女によって引き止められた。
Tシャツにジャンパー、動きやすいスラックスにラウンドシューズという、全体的に私服で身を固めた厳格な雰囲気を持つ若い女である。横髪の片側を三つ編みに結んでいるのが特徴的だった。
「この施設は、私達以外に目的の場所へ、たどり着けない様に出来てる。それと人の家でウロウロされるのは気になるのよ」
「いきなり強烈な事を言う女史よ。月並みだが聞いてやろう。貴様は何者だ?」
ルーは、ナンドと同格かそれ以上の能力を保持している雰囲気の女に問う。
「【突撃将】、国情雷。貴女は【光王】でしょ? 数日前と言い、今回と言い……派手にやってくれたわね」
雷はルーに対してE市の損壊の件を追求した。彼らの護るべき場所であった故に、あそこまで更地にされては自分たちの顔が立たないのである。
「愛を取り戻す為の戦いだった。こちらも事情が複雑でな。今は【魔王】を捜しているのだが、取り次いでもらえないか?」
「【光王】……貴女、自分の立場は分かってる?」
「ああ、明確にな。だからこそ、だ。色々と頼りたいのは同じだろう?」
全てを見透かすような、見下すようなルーの瞳。感覚がやはり違い過ぎると雷は感じていた。多少は本質を測れると思ったが……何も分からない。
「本質が解らないけど……それは『王』だから? それとも貴女の個性?」
「ふふん。後者だよ、雷女史。我の求めるモノは【魔王】と向き合って初めて得られるモノだ」
個人的な性格について探ってみたが……ルーの底は見えず、全てを明らかにするのは難しい。それどころか何を考えてるのか一切わからない。
全ての挙動は本音を悟られない様に、うまく隠すために動いている様だった。
不気味だ。思考が合うのはやはり『王』以外に、ありえないのだろうか……
対して見た目は学生のような姿のルーは、やたら偉そうに腰を手当てて、早くしろ、と言っているようだった。
「取り次ぐわ。後、何をするつもりなのか私も立ち会わせてもらう」
「いいよ」
「暁」
雷は一言そう言うと、背にある壁が捻じ曲がる様に形を変えた。そして、その動きが停止すると壁の代わりに一つの扉が現れる。
「……先に行って」
「いいのか? あ、罠だろ?」
「ここで罠にはめる意味は無いわ。本部を壊されても困るし」
彼女も計り間違っても『王』である。その気になれば壁を壊してでも、本部から脱出する事は出来るだろう。
その言葉に納得したのか、ルーは扉を開けて【魔王】の居る内部へ足を踏み入れた。
「よう【魔王】。ちょっといい?」
友達の家に押しかけた様な雰囲気で中に入ったルーは、一つの椅子に座って、メイリッヒと、イチャイチャしているアスラに声をかけた。
「!?」
エロ本を親に見つかった子供のような様子で唖然とするアスラと、彼の様子に遅れてルーを見るメイリッヒ。
「おっと、取り込み中だった? ごめんごめん」
わざとらしくそんな事を言う彼女に、メイリッヒは恥ずかしそうにアスラの上から降りる。アスラは一度咳をして立ち上がった。
「……私は分析に戻るからね、アスラちゃん」
気を使ってか、それとも恥ずかしくて逃げたのか、メイリッヒは消える様に、その場を後にした。
「ちょっと、国情氏ぃ。ちょっとぉ、勘弁してよ~。プライベートだよぉ~?」
泣きそうな声を上げるアスラの意見の対象は、配下の雷に対してである。
現在の本部内の人間では彼女とメイリッヒ以外に、この部屋への入り口を作れる者は居ないのだ。
「【光王】に本部を壊されるよりは、アンタが恥かく方が良いと思ったからよ」
「えー」
「それに、こっちの御方が早急に話したいことがあるって」
と、雷はアスラにルーを押し付ける。何が始まるのか彼女としては興味がある所なので、最後まで立ち会うつもりだった。
「少々、手合せを願いたいのだよ。【魔王】」
「え?」
「え?」
不敵に笑うルーから発せられた言葉に、アスラと雷はそんな声を上げた。
何の変哲もない壁に、突如として波紋を落した様に波が生まれる。波紋の中心から這い出る様に二人の人物が外に出てくる。
光陽とノハは、“ポータル”と呼ばれる転送にて、中心街の特定の場所へ出る事に成功していた。
そして、二人の前に広がっていた光景は更地となったE市である。
「もう、驚くのも疲れる……」
「でも、便利でしょ?」
ノハは光陽を外へ案内していた“ポータル”は【魔王】の関係者しか使用出来ないので、外に出るには関係者の付き添いが必要なのだ。
「ここ以外のE市の“ポータル”は全部途切れちゃったから、近場のが残ってて良かったよ」
少し歩くと、今は瓦礫によって道が塞がれていた。元は大通りで、本来なら今の時間は交通量がそこそこ増え始める時間帯である。
日は地平線に向かって傾き、オレンジ色の光が斜めにE市を照らしていた。
その中でも壊滅した中心街は、殆ど元の面影はなく、更地になった土地には積み重なった瓦礫以外に高い物は無い。
「自分でやっといてなんだが……本当に死者が出なくてよかった」
今でも信じられない。こんな光景は、戦争の記録写真以外に見た事が無かったからだ。その上、死者はゼロという……奇跡と言うには、あまりに都合のいい結果に収まっている。
「そうも言っていられない。これから世界中でこうなる可能性が出てくるよ。戦場は、この世界全てだからね」
「……オレも他人事で済ませる気はないさ」
そちらに足を踏み入れる覚悟はある。だが、本当にそれでいいのだろうか……
「コウ、君のその姿勢は僕も嬉しい。けど、君はそれで良いのかい?」
「どういう意味だ?」
ノハの後に続いて何気なく歩いていたが、いつの間にかクレーターのように半没した場所に辿り着いていた。
「…………」
その場所は【英雄】だった時に、ルーに殴られて叩きつけられた場所だった。
「僕は、ある意味幸運かもしれない。君という人間を良く知っているし、その生い立ちには絶対に覆せないモノもある」
そんな事を言いながら、ノハは振り向いた。その眼には鋭い闘志が宿り、光陽を見据えている。
「桜光陽。君に『城里試合』を申し込むよ」
「ここで良いだろう」
ルーは広大な一室に案内された。
無機質な地面はあるが、左右と上には上限なく空間が広がり、通常の視野では端は見えなかった。広いと言うよりは、空間そのものが見えている先より消失している様に感じる。
「地面はある。さしずめ、戦闘用の空間と言った所か?」
空間の原理を言わずとも理解しているルーは、目の前に立つアスラに言い放つ。
「うむ。『従者』となった者が“反転”の技量を身に着ける場だ。流石に『王』の“反転”には耐えられないが……“反転”無しなら『王』同士の戦いでも壊れない様に出来ている」
「それは嬉しい情報だな。本気でやっても良いって事だろ?」
「そう言う事。そんじゃ、この戦いの主旨を聞こうか?」
黒い民族衣装の上から、ボロボロの黒いマントを羽織ったアスラは腕を組みながらルーを見る。
「なぁに、大したことは無い。これはただの――」
いつの間にか、ルーの横には二つのエネルギーが球体となって浮いていた。眩しいと感じない程度の光量を発するソレは、彼女の『武具』の一つである。
「我の“存在確認”だ」
今にも攻撃してきそうなルーに対して、アスラは組んだ腕を解こうとせず首をかしげた。
存在確認? 吾輩は現状の貴女から見れば手を出すべきではない“災害”に等しきモノだろう?
冷静な判断を失っているようには見えない。ある意味、今まで会った『王』の中で、【光王】は一番理的で、その思考は恐ろしいほどに切れる。
故に、今後の戦いの為の『同盟』の話だと思ったが……
「まるで、風車に挑むドンキホーテだね」
前触れなく、彼女の左右に浮いている、ボウリング玉ほどの大きさをした『光球』から、鋼鉄をも蒸発させる光線がアスラへ向かって直進した。
「ゼェイアア!!!」
空間が割れんばかりの掛け声と共に、アスラが突き出した拳撃は直進してくる光線に正面からぶつかると衝撃と閃光が伴い、一方的にかき消す。
「流石と言っておこう。『光の投槍』を……ただのエネルギーでかき消すとはな」
最も精度と密度を高めた攻撃を、避けるのでも防ぐのでもなく、正面から一方的に消失させたアスラの性能に、ルーは不敵に笑って評価する。
「吾輩も一つ言っておこう」
自らのエネルギーを腕に宿し、存在を強化しているアスラは戦意を纏っていく。
「こう言う一騎打ちで負けたこと無いからね。吾輩は」
「『城里試合』? お前……自分が何を言ってるのか解っているのか?」
「解ってるよ。だからこそ、受けてほしい」
ノハの眼は冗談を言っている風では無かった。気配をほぼ全て殺ぎ落とし、敵と相対したような雰囲気を光陽へ向けている。
「……受けるも何も……“立会人”の事忘れてるわけじゃねぇよな?」
「事情を知っていて、尚且つ立ち会ってくれる人は“本家”にいたよ」
「なに?」
すると、二つの気配を感じとる。わざと気づかせる様に存在を発しているのは“本家”でも大御所と呼ばれる二人の老人である。
和服に白足袋と草鞋。上に寒く無い様に衣を羽織った、まるで江戸時代の人間がそのまま表れた様な服装をした老人――桜冴烈。
スーツにハットをかぶった、老人とは正反対の洋服をキッチリ着こなしている老婆――灰木鷹与。
その場に現れたのは、“本家”でも重鎮と称され、彼らの発言は頭目である『お屋形様』でさえ無視できないほどの権限を持つ。
「コウ、君の都合もあると思う。けど……僕としては“戦争”が始まった今、一日も時間は惜しい」
「……そうかい」
「僕の望みは――【光王】と【魔王】の同盟だ。彼女は……君の言葉なら必ず従うだろう?」
「アイツを……お前がそんな風に見てるとは思わなかったよ」
ノハのその一言に、光陽は怒りの感情を含んで言いで返す。その眼は、彼が敵として映っていた。そして、怒りの理由は――
ルーを道具扱いしたことによる怒りだった。
次話タイトル『Shouldered will 背負うと言う事』




