23.Doubtful future 不確かな未来
“全て”を理解できる感覚が今でも残っていた。
光陽は、シャワー室で冷えた身体を温めながら、【英雄】となっていた時に“全能”と成った感覚を思い返していた。
視覚に入るモノの全ての情報が調べることなく使用際に知覚が出来た――知っている常識が簡単に支配できる様な、あの感覚。
瓦礫を見れば、その建物の損壊前の形状、造られた月日、素材に至るまで瞬時に頭に入り、ソレを全て、同時に認識する事ができた。
それは彼女を見た時も同じだった。
『扇動存在』『ブリューナク』『リア・ファル』『アナクフィ』――
ただそれだけの情報が彼女の全てであり存在の構築理由だった。
「……何も無い……か」
ルーは創られた過去はあっても、未来は持ち言わせていなかったのだ。本当に使い捨てのような存在で、【英雄】との戦を最後とし……その先は何も無かった。
それでも彼女の心に在ったのは……ただ一つの強い思いだけ――
「……こんな奴の、どこが良いのかねぇ」
光陽は自虐する様に自らの抱えているモノを思い出す。
一年前に失った最後の家族。自らの継ぐ誇り。日本に深く根を張る組織。伝わり続ける血。
それら全ては、光陽にとって全てを賭けるに値する事柄であり、それに他人を巻き込むつもりは無かった。
結果的には自分で選んだ結末とは言え……彼女を巻き込んでしまった。
「オレの……オレだけが命を賭ける生き方に――」
事情を知っており対応することが出来る【魔王】に、ルーを預けるべきではないのか?
「素晴らしい生き方だ。是非とも我にも分けてほしい」
シャワーホースから流れ出る水を頭に浴びながら背後の声に振り向く。
「キャァァァー!!!」
光陽は、後ろのドアに肘を乗せてこちらを見ているルーを視界に捉えると悲鳴を上げた。
「普通逆じゃね?」
「やかましいわ!! とっとと出てけ!」
「えー、せっかく親身になって裸の付き合いをしようと思ったのになぁ」
見た限り何も着ていないルーは、妖艶な声と仕草で扉に身を寄せる。突然の出現に驚いたが、光陽は妙な違和感を感じ取った。
「……なんだっけか。エネルギーを飛ばしているだろ」
「お、嬉しいね。実際に肌を触れ合いたいかい?」
今光陽の目の前に居るルーは、エネルギーを飛ばして三次元映像化しているモノである。触っても触れる事はできず、すり抜けるだけの代物だった。
本人は女性用のシャワールームで現在は身体を拭いている。
「うるさい……さっさと出てけ」
「はーい。外で待ってるぜベイベー」
聞かれたくない本音を聞かれ、光陽本人としては少し恥ずかしい。それと、例の懸念から彼女と目を合わせ辛いのだ。
「どこで覚えたんだ……そんな言葉――」
いつまでも楽しそうに消えるルーを見ながら、悩みの無い事を羨ましく思った。
シャワーを止めて更衣室に戻るといつの間にか、タオルといつもの服装が用意されていた。その近くの籠に【英雄】の鎧が、散らかした剣道着のように脱ぎ捨てられている。
「凄いな……着ていた服と全く同じだ」
ジャケットに白いワイシャツ、黒のスラックス、靴。いつもの服装どころか、最後に着ていた服が、そのまま用意されている。
どうやって調べたのかは聞く必要は無い。もしルーの事を監視していたのなら、コレも当然の情報なのだろう。
服を着れば、中肉中背に見える外見が光陽の標準だった。ジャケットを腕に持ち、シャワールームの扉を開けて出る。
「よっ!」
先に着替えを終えていたルーが待っていた。
背に達する桜色の長い髪。翠玉のような大きな瞳。少しばかり幼さを残す表情。嬉しそうに微笑みかけてくる口の端からは無邪気な八重歯が覗いていた。
白いワイシャツに、上にセーター、更に長袖の上着を重ねて着ているが、それでも本来持つ豊満な乳房は標準以上であると見て取れる。ミニスカートに、黒いニーソックスに靴。特徴の白いキャスケットを頭にかぶっている。
「ここも、お前みたいな奴が造ったのか?」
地下と言っても、こんな場所は聞いた事が無い。見た所、空調も全くないというのに空気は新鮮なモノを常に感じていた。
「たぶんな。ここまで安定した建造物の建築は長い時を要しただろうな。少なくとも昨日の今日で出来た施設じゃない」
「つまり、長期戦を考えた要塞か? どこまでお前らは戦うつもりだったんだ?」
「さぁ。だが、我らの戦いは多くを巻き込む。規模も資材も必要ない。必要なのは“人材”だ」
彼らの戦いで最も必要なのは、『王』に組する『従者』である。
『王』は本来のエネルギーと同質量のエネルギーの二つを持ち合わせている。
二つ目のエネルギーは自身の為に行使することが出来ず、自らの信頼を置く者に対して与える事の出来るエネルギーだった。
『王』管理下にあるエネルギーとは言え、独立している思考と特徴を持ち合わせており、宿主を要せず短時間の活動も可能である。
しかし、その真価は彼らに適合する“宿主”と存在を共にすることで“力”を存分に発揮することが出来るのだ。
故に、彼らにとって最も必要なのは……優秀な『従者』となる“人材”なのである。
「中には、『従者』でありながら、『王』を倒す事の出来る者も確認されているようだな」
「細かい話はそっちで危険意識を持っててくれ。それで、お前はその『従者』? はどうするんだ?」
「何がだ?」
光陽の問いにルーは不思議そうに首をかしげる。このやり取りもだいぶ慣れてきた。
「必要なんじゃないのか?」
「時と場合によるよ。今は、少し時間が足りなさすぎる。既に戦いの狼煙は上がっているからな。戦争が始まってから人材を捜すのも間抜けな話しだ」
「オレとしては、これからどうなるのか全く予測がつかない」
また情報を整理する必要がありそうだ。あまりそう言うのは得意ではないのだが……
「あ、コウ!」
と、そんな話をしながら初めての通路で不思議と出口へ向かって歩いていた二人の前に、ノハが現れた。
「……お前、すごく普通に出て来たけど……オレ今、結構驚いてるからな?」
「おお。やはり、貴様が【魔王】の宿主だな? あの時はマジで痛かったぞ。一発殴っていい?」
ルーは、シュッシュッとノハに対してシャドーボクシングを向ける。
「何の話だ?」
「最初の夜の事だ。こいつと【魔王】の所為で『神具』を――」
「お前が悪いわ」
「えー、貴様はどっちの味方だよぅ!!」
「そりぁ……お前の味方だが――」
その言葉を聞いたルーは、嬉しさ余って光陽に抱きつく。彼女を咄嗟に受け止めるが、こう言う、いきなりのスキンシップは慣れないのだ。
「いちいち、抱き着いて来るな……」
「愛ゆえの行動だ。許せ♪」
どんな状況でも変わらない彼女にとっては、ようやく“宿主”となる者を見つけて一安心と言った所なのだ。反して光陽としては、これからの状況に対して明確な覚悟は出来ていなかった。
「……うん。よし! それじゃあ、愛する恋人の為に一肌脱ぎますか」
ふと、ルーは、そんな事を言い出した。説明をすっ飛ばして口にする癖は、改めさせる必要があるのかもしれない。
ルーは、んー、と軽く伸びをした後、今度は身を寄せる様に正面から光陽の胸に頭を押し付ける。
「……なぁ、我はどこに帰ればいい?」
そんな事を言う彼女の表情は見えなかった。心なしか、その肩は少しだけ震えている。
「……103号室だ。先に帰った方が夜飯を作って待つ、ってのはどうだ?」
自分の迷いを察しているのだろうか? 先ほどまでの明るい声とはうって変わった不安な彼女の口調に思わずそう返した。
「うん! 解った――」
顔を上げて太陽のような笑顔を作ると一度ノハを見て、べーと舌を出す。そして、光陽達とは別の方へ歩いて行く。
「おい。どこに――」
「野暮用だ。夜飯には間に合わせるよ」
明確な意志を持つ彼女とは違い、光陽は未だ迷い続けている。自分の決断を告げるには、どうすればいいのか……この場で答えは出なかった。
E市地下500メートルの地点に造られた巨大な地下施設は、【魔王】陣営の本部として機能していた。
他の侵入を防ぐ意味もあり、空調やライトの設備は外とは繋がっておらず全て、メイリッヒのエネルギーによって賄われている。
彼女がいない時は【魔王】勢力の他の『従者』がエネルギーを代わりに使う事で最低限の機能は使うことが出来るが、施設を完全に起動するにはメイリッヒの以外には出来ないようになっていた。
「我が嫁よ。忙しいかい?」
真っ白い空間が盛り上がる様に椅子が出来上がり、そこへ腰を下ろして目の前の様々な情報の整理と解析を行っているモノが居る。
炎がそのまま人の形を成したように身体の節々が陽炎となって揺れている存在。
女性にしては高い身長に、穏やかで物腰柔らかい性格が口調からも感じ取れる。裏表のない笑顔は【魔王】勢力の中でも、特に諌め役として機能することが多かった。
彼女の名前はメイリッヒ。未だに“宿主”の居ない『従者』であり、戦いでは後方支援を重点として立ち回っていた。
市街地に度々発動した“極壁”はメイリッヒのエネルギーによって創られているモノであり、発動の権限も彼女が保有している。
「少し忙しいわ。でも、アスラちゃんとお話しするくらいの時間は作れるわよ」
「ぜひ、そうしていただきたい」
“宿主”の居ないメイリッヒは現在、限られたエネルギーだけで、この場に形を成している。“釜”を所持していた頃は、そこから減った分のエネルギーを補完していた為、そんな苦労は無かった。
しかし、3年前に“釜”を紛失して以来、リミット付の存在となってしまったのだ。
「“釜”は未だに行方不明。すまない……まだお主に苦労を掛ける」
「仕方ないわ。あんまり気を背負い過ぎないで。二重ちゃんの頃とは違って、出来る事が今は限られているの。だから、アナタも無理しないでね」
「吾輩はまだ良い。ノハ氏が居るからな」
アスラは一度指を鳴らし、背後に椅子を出現させるとソレに腰を下ろした。
「私が言うのもなんだけど……アナタはずっと頑張ってきたのだから、ね」
メイリッヒは近づくと、座っているアスラの上に座り、見上げる様に微笑む。
「うむ。吾輩も、怠惰で居続けるわけにはいかん。もっとも、そちらの“宿主”を見つければ問題の半分は解決するのだがな」
「私はいいの。少しでもアスラちゃんの傍に居たいから。“宿主”の子が出来たら、アスラちゃんは嫉妬するでしょ?」
「うむ。だが、君に消えてほしくないのも本音だ。もし、吾輩がこの戦争で消んだとしても、一秒でも長く……生きると約束してほしい」
「嫌よ」
「即答かい?」
「ええ、即答。私はアナタの妃。【王妃】なんだから、アナタが消ぬのなら……その刹那までアナタと共に在る」
「ふむ……頑固だな」
「もう、700年の付き合いじゃない」
メイリッヒは『彼ら』に創られた存在では無く、アスラの精神を支える為に“釜”によって創られた存在なのである。
便宜上は『従者』だが、その存在位置は『従者』でもなければ『王』でもない。その中間に位置し、存在する為のエネルギーは“釜”から直接供給されているなど、かなり特殊だった。
「“釜”は必ず寄り戻す。この戦争で、この星が滅ぼうとも……」
「はい。実に【魔王】ですね」
初めて見た時から心身ともに変わらない力強さを持つアスラを見て、メイリッヒは笑顔で身を寄せた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「…………」
昼間でも暗闇に包まれた場所にイレヴンは居た。傾き始めた太陽は、廃墟となった島にも差し込んでいる。
V島と呼ばれるその島は、ただ風化していく建物が立ち並ぶ廃墟と化した都市だけが残っている場所であり、現在は原子炉の事故で放射線が漏れて以来、進入禁止になっていた。
人も近寄らないことを好都合に考え、【シャナズ】と【魔王】の双方か追われる身となったイレヴンが新しく潜伏している場所だった。
「放射線は、とうの昔に消えている……これは【魔王】の仕業か――」
数いる『王』の中でも最古参として、この世界に居る【魔王】。いつから日本に居るのか解らないが……100年は近づく事の出来ないと言われたV島に立ち入る際、特殊な手段は必要なかった。
「好都合と言えるな」
生き物が居ないのなら、これから自分のやる事で被害は生まれない。
イレヴンは自らが使い捨てである事を理解している。その上で、長くは生きられない事も同様だった。
それは、外敵によってもたらされる“死”ではなく、彼のような存在にかけられた制限時間の事である。【シャナズ】での調整を受けられないのなら、近い内に死体も残らず消え去るのだ。
「遅いか……早いかの違いだ。刺し違えてみせるぞ……ディオス・マディス」
イレヴンが取り出したのは、任務に失敗した時に使用する自爆エネルギーである。
野球ボール程の大きさの虹色の球体が正方形のガラス容器の中で、吊るされるように真ん中で固定されている。
このエネルギーの特性は“炸裂”と“破壊”なのだが、膨大なエネルギーである事には変わりない。しかし、単にひも解いたとしても本来の用途に襲われ、塵も残さずこの島ごと消滅してしまうだろう。
「もう一度……E市に戻る必要があるな」
イレヴンも間近で【英雄】と【光王】の戦いを見ていた。
彼らの戦いから、これからの自分に必要なモノも既に見出しており、それの奪取にもう一度E市に戻らなければならない。
「『英雄の欠片』……今は【魔王】の所か」
次話タイトル『Ahead of the will 意志の先』




