21.Conviction 断罪者
神父の格好をした、二メートルを超す身長の男の力を見極める必要がある。
その男の名はサウラ=オーバーン。
【シャナズ】での彼の情報は【銀腕王】の『従者』であると推測されており、呼称は【悪魔憑き】。
本来、人外なるエネルギーを制御するには、そこに在る知的人格と“存在”を共有しなければならない。
だが、サウラはエネルギー制御に自分以外の人格は不要としているようだった。
そして、この男は――まるで……【魔王】の様な気配を持っている。
かつて対峙した、災害。消えない悪夢。だが……それで動きが鈍る事は無い。なぜなら、今は【魔王】を殺す事さえできなくはないのだから――
「ハハ! 戦闘開始だ!!」
サウラは掴み止めたナイフをトリアへ投げ返す。彼女は跳ぶように彼へ向かっており、投げ返されたナイフが眼前に迫る。
ジュガンとハンゾウは、トリアの援護よりも先に現れた敵を始末する事を優先していた。
フードを着た敵。身長はサウラと同程度で、一目での情報は唯一見えている足首から下だけ。その見える足は――灰色の皮に包まれた不気味な素足だった。
「――ッタ」
「カカッ、カカッ」
向かって来るジュガンとハンゾウに反応する様に、フードの二体はそれぞれ静かにフードの奥から声を発した。
そして――
「――」
二人は、フードが脱げて向かって来る二体の敵の姿に驚愕した。
一体は四つの眼に耳まで裂けた大口を開きながら一本の体毛の無い。向かって来るジュガンを掴みかかろうと両手を広げて距離を詰めていた。
もう一体は、眼は無かった。代わりに耳がついており、それでハンゾウの位置を確認しているようだった。そして、耳以外は何も無いのっぺりとした顔だったが、口元に切れ込みが入ると、パックリ笑うように開く。
次に杭のような歯が現れ、蛙のようにハンゾウへ跳ぶと、その口で喰らいかかる。
足で立ち、腕で標的を掴まえ、頭部の口で喰らう。
人ではない。いや……人形なのだが、その持ち合わせているパーツは人とは思えないのだ。
まるで映画に出てきそうな怪物。子供が書いた落書きのような化け物。ソレが今、ジュガンとハンゾウが対峙している敵だった。
ジュガンとハンゾウ。怪物二体。
互いに攻撃するために向かっていた。だが、正面からのぶつかり合いでは、間違いなく怪物の牙が二人へ喰い込む方が早い。
「あちらは片付きましたネ」
トリアを前に、サウラは余所見をしていた。
他の『従者』より付き人として随伴させていた二体の【兵士】。理性は無く、【銀腕王】とその『従者』以外は全て、攻撃対象であり警告や静止無しで襲い掛かる。
無差別に襲う事が基本の【兵士】だが、一つだけ共通点を持っていた。
「あ……カカ。オナカスイタヨォ!!」
「肉だ! 肉! 噛噛噛噛!!」
『暴食』なのである。死にたくなるほどの空腹を常に持っているのだ。故に“喰う”為なら必死になる。必死に獲物を掴まえ、ただ喰らう。
草木も例外ではないが、優先度は血肉を持つ生物の方が高い。特に人間は最優先対象であり、今は“お嬢”の許可を得て、水を得た魚のように“肉”が喰えることを喜んでいた。
ジュガンへ喰らいかかった怪物の頭部に横からナイフが突き刺さる。それはサバイバルダガーと呼ばれる大きな刃物で、投擲したのはハンゾウだった。
ハンゾウへ向かっていた怪物の頭部に44口径の穴が開いた。ジュガンがデザートイーグルと呼ばれる自動拳銃を無音、無反動で発射し、その弾丸が撃ち抜いたのである。
本来、使用者にかかる負荷と、その発射効果による自身への弊害をジュガンは完全に掌握し、反動を消していた。
「理無き怪物ほど愚かなモノは無い」
ジュガンは、サバイバルダガーによって怪物が怯んだ隙に、その突き刺さったダガーの柄を掴む。
「エサに殺されるってのは初めての経験だろ?」
ハンゾウは、腰に携えた刀の鯉口を親指で持ち上げると、次の刹那には月の光に反射した刃が銀閃となって怪物を通り抜ける。
「――――」
突き刺さったナイフによって、ジュガンに向かっていた怪物は、そこから首まで斬り裂かれると頭部へ彼のデザートイーグルを身動きが止まるまで連射された。
弧を描く様な銀閃がニ、三度、怪物を薙ぐと、ハンゾウは鞘に刀を納める。そして、バラバラの肉となった怪物は当然のように活動を停止した。
「Unexpec――」
ただの戦闘員によって、一瞬で消された【兵士】二体を見てサウラは驚きの言葉を放つ。
そんな彼に対して攻撃距離まで接近していたトリアは、自らに帰ってきていたナイフの柄を握り逆手で持ち替えていた。
「――ted」
そして、その言葉の続きを繋いだ。
「終わりです。Mr.サウラ――」
トリアは余所見をしているサウラに踏込み、華奢な手で取り戻したナイフを彼の脇腹を裂く為に振り抜く。
サウラとトリアの身長差は40センチ以上ある。最も有効な首筋への攻撃は届かない。故に腹部を狙った。
腹は動き回る上で最も激しく動く。深く傷をつければそこから臓物の噴出や、食事後ならば致命傷となりやすい。
ナイフがサウラの腹部へ入り込んだ瞬間――刃は欠けていた。振り抜いた得物は柄だけがトリアの手に残る。
「Ms.トリア。ワタシは、神を信じています」
黒く纏ったエネルギーの指の間に砕いたナイフの刃を見せながら告げる。
「…………」
次にトリアは腕をのばし袖から銃を滑り出させる。デリンジャーと呼ばれる小型の小銃である。弾数は二発だが、この距離で外す事は無い。
「とは言っても、アナタ方のような愚か者が信じる『神』ではありませんが」
一瞬で、デリンジャーの銃身が削り取られるように消滅していた。その先端はサウラが片手で弄んでいる。
「文明武器で、ワタシをDIEできると考えるとは……本当にこの戦いを理解しているのですカァ?」
いつの間にかトリアの左腕はサウラによって袖ごと引きちぎられていた。何時接近したのか、トリア本人にも解らない。銃身と同じように弄ぶと、一瞬でエネルギーによって消滅する様に灰となった。
「…………間に合いましたか」
だがトリアは引きちぎられた腕を一度見ただけで、気にすることなく残った片手でナイフを取り出す。顔色一つ変えずに戦う意志をサウラにぶつけた。
「Ms.トリア。今の内に宣言しておきます。死ぬ一瞬の時に、貴女の涙に歪む顔が拝めるでしょう!」
サウラを纏い始めるエネルギーは腕だけではなく、彼の頬まで現れ始めている。
「…………」
首元までエネルギーを覆っている。この分だと、身体は全てエネルギーを纏っているだろう。となれば狙うのは、未だ覆われていない顔面。眼球の奥にある脳――
ジュガンとハンゾウはトリアの援護の為に、彼女と挟むようにサウラの背後から攻撃を開始する。
デザートイーグルを向ける音と、鞘に納めた刀が再び鯉口を切る音が響く。
「オー、『ナイトウォーカー』を容易く倒したアナタ方を相手にするには、少々骨が折れそうデース」
ジュガンより無音の引き金から放たれる弾丸と、ハンゾウは脇差を抜いて投擲した。
だが、サウラの背後に現れたのは、エネルギーだけで構築された二本の腕。ソレは弾丸と脇差を受け止め、消滅させる。
「!?」
そして、その腕に殴られた。車に衝突されたような衝撃を受けて勢いよく吹き飛ぶと、壁と展示物にそれぞれ激突しする。意識を揺さぶる声を二人は洩らす。
「ハハ。ソーリー!! そんな物理の塊にDIEされるほど、ボケていまセーン! そこで黙って見ていなさい。“偽りの神”を信じる……愚行者の末路をね!!」
現れたエネルギーの腕はサウラに戻るように吸収された。
「……良いでしょう、Mr.サウラ。アナタに、“偽りの神”の力を見せてあげましょう」
「偽りの神? ハハ。何を言っているのか、やはり愚者は何も解っていまセーン。眼に見えるモノほど、愚かなモノはないのデス!」
トリアはサウラに対して踏み込んでいた。
そして、肘関節から先の無い腕を向けて殴るように向けた時、彼の巨体を、くの字に折り曲げて宙に浮かせる程の衝撃が走る。
「……What? 左腕は消えたハズです」
サウラはトリアの千切れた袖から覗いていた、細く白い腕を見ながら驚く。
「見た事がそのまま真実とは限らない。私達はそう言う世界に身を置く者たちです」
トリアの左腕は過去の事故で失われ、現在は【シャナズ】の開発したエネルギーを要する特殊な義手を着けている。
ソレは、“スライサー・I”のエネルギーを使い構築された技術であり、例え腕を欠損してもエネルギーによって修復できる。
そのエネルギーの安定化に、彼女はその身に様々な安定機器を装備しなくてはならない。その為、普通の服では隠しきれない事から幅の広いゴスロリファションで身を固めているのだ。
「ナルホド……確かに、集中して見てみればアナタの左腕と、他も幾つか高エネルギーの密度を感じマース。ですが……忘れてませんカ?」
その瞬間、サウラは全身をエネルギーで覆う。現時点で彼は核でさえ殺す事の出来ない存在として確立していた。
「貴女は、まだワタシの間合いに居るのですよ! この建物ごと消し飛びなサイ!!」
腕に纏ったエネルギーを直接トリアへぶつけようとサウラは接近する。
「何を言っているのですか? 貴方は――」
そんな彼へ、トリアは悟ったように告げた。そして、単調な攻撃の前に返すように右手でもう一撃見舞う。その攻撃はサウラの胴体に集まっているエネルギーを散らし――
「――――」
その剥がれたエネルギーの隙間に、ナイフが押し込まれた。
「!?」
「これが私を救った“偽りの神”の力です。花火として打ち上がり、散るのは……我々ではなくアナタの命……だったようですね」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「……もう、モニターはいい」
【シャナズ】本部への送迎車の中で、トリア達とサウラの戦いを見ていたツヴァイは、映像の停止を呟く。
「良いのですか?」
対面席でツヴァイの正面に座る女は、本当にいいのかと釘を刺した。
「ああ。見ていても何かできるわけではあるまい。時間的にも間に合ったし、それに勝敗は決した」
この戦い、自分たちの勝ちであると、ツヴァイは判断していた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
トリアは反撃を受けぬように、一秒も待たずにナイフを引き抜いて距離を取る。そして刃に着いた血液を確認した。
「終わりです、Mr.サウラ」
吹き飛ばされた衝撃から立ち直ったジュガンとハンゾウも、攻撃できるようにサウラの背後に立つ。
「…………」
刺された箇所を抑えるサウラは、片膝を着いて項垂れていた。その表情は月の光の影に隠れて見えない。
「……――Fool……die」
呪うように低くそう呟くと、サウラは立ち上がる。そして、トリアの突き刺した箇所からは本来流れる出血は停止していた。
エネルギーで止血……回復まで出来るのですか……
汎用性にとんだ操作術であると改めて認識しつつ、再びナイフを構える。
次は三対一。次の攻撃で三人の内の誰かが、【悪魔憑き】を仕留める――
『ガ……ガガガ――……リア様……トリア様』
その時、外部で見張っている他の隊員から直通回線で通信が入った。
『襲撃です! 体毛の無い怪物に襲われ、包囲の一部が機能を停止。奴らは無差別に【シャナズ】の隊員と民間人を襲っています。こちらで対応していますが、そちらの援護は――』
「……構いません。民間人の保護を優先してください。必要ならば、『クリミナル』への増援要請も許可します」
全てを知っているサウラは余裕の笑みでトリアを見ていた。
「当たり前の措置でしょう? ワタシが一人程度で来るはずはない。土俵はそちらに用意させたと言うのに……我々を軽視し過ぎていたようデスネ」
サウラは一人では無かった。トリアの予想通りに『従者』は二人。そして今、都市『WF』の民間人全てが標的となった。
「軽視? それはアナタでしょう、Mr.サウラ。アナタは終わりです」
余裕の佇まいで対峙するサウラに対して、ジュガンは銃を、その背に向け、ハンゾウは太刀に手をかけると抜き放ち、その銀閃で斬り裂く。
「――――」
一瞬、サウラが動いた。踏み込で来たハンゾウの銀閃に対して反射的にエネルギーを纏った拳を突き出し、飛んで来た44口径の弾丸はサウラから流れ出るエネルギーで消滅。そのままジュガンを呑み込んだ。
「Fool die」
ジュガンは銃を持った腕と、胸部、腹部、肩部をサウラのエネルギーによって消滅していた。
ハンゾウは振り抜いた刀がサウラに触れて折れた瞬間に、彼のエネルギーを纏った片腕の裏拳によって頭部が消失していた。
「ハハハ! Fool die ! 弱い! 弱すぎます! アナタ達!」
「……ジュガン……ハンゾウ……」
トリアは死体となり、動く事の無い部下を見る。涙を流す暇はない。目の前に立つ敵ははまだ……笑っている。
「どうやら、アナタ達は名実ともに、我々【銀腕王】と組むに値しない“存在”だったようデスネ!」
一対一。もはや数の有利は問題ではない。ここからは、この辺り一帯を攻撃範囲とした人外同士の戦いとなる。
部下を失ったことで、もはやトリアが己の力を縛る枷は何も存在しなかった。
「ハハ! ハハハハ――」
「制限解――」
本気のぶつかり合いが始まるその時、天井に亀裂が入った。
隕石でも落ちて来たかのように勢いよく崩れ、そこから一人の男が瓦礫と共に、その場に乱入した。
轟音と共に瓦礫と化して崩れる天井。襲来者は上がる土埃によって姿を隠されて、崩れた天井から月の光が差し込む。
「今現場到着した。スライサー・III、命令は?」
市の税金で作られた建物を、豪快にぶっ壊して天井から館内に侵入した男は、すぐに敵と現場指揮官の存在を認識していた。
次話タイトル『Under the sun 太陽の下へ』




