20.Devil possessing 悪魔憑き
I国は世界的に見ても高水準の経済を保つ先進国である。
元は農業を中心に経済を支えていたが、20世紀初頭にて産業の工業化を図り、世界的にも成功を納めた事で、基本国産を工業へ切り替えた。それに伴い、今まで主として行っていた農業の重要度が低下し、一部の特産品以外は海外の輸入を頼っている。
現在では工業を中心に経済発展を続けており、国内の貧富の差は殆どなく中枢政府も良好に機能していた。国は豊かな情勢であるが、さほど特徴のような産業は無く、ガラス細工の加工が主な注目点と言った所である。
先進国とは言っても世界から見た場合、中規模の国家でもある事もあり、さほど注目されない国として世界全体では認識されていた。
I国の南東部に位置し、五番目に巨大な都市『WF』は市街を流れる大河が象徴的な街である。大河からの海路はさることながら、バスや鉄道と言った交通機関の多い都市としても機能していた。
「この街は、あまり目を見張るモノが、在りませんが……この“クリスタル”は素晴らしいデース」
深夜の都市『WF』の代表的な建物の一つに、一人の神父が居た。
二メートル近い身長を持ち、口元を隠す様に襟首を立てた神父服を着ており、首元には半分に欠けた十字架のペンダントがぶら下がっている。
場所は、都市有数のガラス細工の展示館であり、多種多様なガラス細工が展示されている。開展時間はとっくに過ぎているおり、館内には月の光だけが刺し込んでいた。
その光に反射したガラス細工が、キラキラと幻想的に輝いているのである。
「Mr.サウラ」
淡い月の光によって出来た、更に濃い影の中から神父の名前を呼びながら現れる姿があった。
現れたのは、ゴスロリの服装をした少女と、その左右に立つスーツを着た男と、和服に身を包んだ男である。
三人ともただならぬ雰囲気を持ち、この場にふさわしい緊張感を生み出していた。
「ドーモ。えぇっと……」
長身の神父――サウラは、その出現に対して、さほど驚きもしない。まるで、よく見る光景と言った風に、紹介されてもいない名前を思い出す素振りを見せた。
「トリアと申します。こちらは付き人の、ジュガンとハンゾウです」
ゴスロリ少女――トリアはスカートをつまみ上げて丁寧に一礼する。そして左右の二人を紹介した。
「トリア? オーウ! もしかして、あの三大企業の一つ『アリス』の社長デスカ!?」
世界において、最も高い実力を示している大企業『アリス』。全世界に独自のネットワークを持ち、多くの有権者から支持されている古くから世界に存在する巨大企業である。そのトップは某国大統領の選挙にも大きな影響力を持つと言われていた。
「……驚きです。“トリア”は【シャナズ】で使われるコードネームなのですが……そこから解るものなのですか?」
「これは失礼。詳しい話はできませんが……アナタ方の内情を把握できるランクの者であると思っていただいて結構デース」
ハハッ。とサウラは掌を上に向けて、当然と言いたげに笑って応じる。
「では、本題の話をいたしましょう。そちら様……【銀腕王】との同盟に関しての話です」
「Yes。ワタシの王――【銀腕王】は、【シャナズ】に対してとても素晴らしい決断をいたしまシタ」
トリアは癖のように、横髪を人差し指に巻きつけるようにいじる。そして、【銀腕王】側から提示された同盟の条件を再確認の為、その条件口にした。
「【シャナズ】を率いる王――【神王】の『従者』の即時消滅と、こちらが所有している“釜”の提供ですね」
「なんとも慈悲深い話デース。半日前に現れた新たな王――【光王】は【魔王】の陣地に降りたと聞いてマース。恐らくは同盟となると、ワタシの“主”は言っているのデスヨ」
半日前。世界中に、その存在を知らしめた【光王】は、現在沈黙している。【魔王】が直に出撃し、消し去ったと本部は判断していた。
そして、新しい情報では、弱体化しながらも【光王】は残存しており、同時に未知なる脅威――『修正者』の存在も現地の実働員――スライサー・XIのから報告が来ている。
【光王】と【魔王】は合い慣れず、更に【光王】の方は『修正者』の第一対象であるとの事だ。
高い確率で、【光王】は消滅し、【魔王】陣営も弱体化するだろう。現段階で、もっとも優先することは……他の『王』と同盟関係を持ち、『修正者』に対して地盤を固める事なのだ。
「『修正者』に対しては、様々な仮説を立てていますが、それ以上に得体の知れないモノが在ります」
同盟を考えたのは、上層部の考えだが、スライサーの部隊長からの言葉は違っていた。
更に“スライサー”は現場の判断によって命令を破棄し、自由行動を取れる権利を持っている独立部隊でもあるのだ。
「残念ですが、現段階で【神王】は『従者』を解除する事はありえません。戦場で武器も持たずに歩き回る事はできませんから」
「…………」
「つきましては、“釜”の所有権の譲渡に行くわけですが、こちらは隊長から言伝を預かっています」
この条件を聞いた時、トリアとしても部隊長と同意見であり、反論は無かった。
「“出来上がって一年にも満たない半熟勢力は、同盟の意味も知らない。そんな奴らに譲歩する事など何も無い”
解りやすく、まとめますと……潰されたくなかったら、消えろ、との事です」
「オーケー……」
トリアの言葉にサウラは、ただ低く唸るような怒り声と不気味な笑みを浮かべた。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
半日前。【シャナズ】情報管理局。
多くのパソコンと、それを取りまとめる情報収集専用の諜報員たちが、日本のE市付近に現れた新たな『王』――【光王】の出現に慌ただしく情報をかき集めていた。
そして、開いた自動ドアから現れたトリアに反応して、一斉に声が消える。
「作業を続けなさい」
命令されるように放たれた言葉に、場は再び慌ただしく声が行き交う。
突然の『王』の追加に、情報管理局は本来の業務をすべて中断し、【光王】の情報を集める事に重点を置いていた。
その中でトリアは、前から【シャナズ】へ来ていた重要な要件の結果を聞きに訪れたのである。
「【銀腕王】との同盟の話はどうでしょうか?」
他の事よりも、そちらを優先する様に告げていた部屋の一角は、その件で集めた情報をまとめて、トリアの来訪を待っていた。
「はい。本日早朝に【銀腕王】の『従者』の一人の入国を確認しています」
「名前は?」
「名はサウラ=オーバーン。人物照合をかけ、C教会に確認を取らせましたが――」
「ちょっと待ちなさい。C教会?」
と、別の局員がボードに収まった監視カメラの写真をトリアに手渡す。そこに写された姿は、神父の服に身を包んだ大柄な一人の男である。
「ただのコスプレかと思いましたが、首にかけている欠けた十字架と、ストラの先端の血で汚れた紋章を解析した結果、C教会の司祭であると判明しました」
「ですが、C教会では、このような司教は見た事が無いと……」
「隠蔽している可能性は?」
「ありません。信用できる筋の確認です」
「となれば……完璧に『従者』であると見るべきでしょうね」
トリアは、『従者』の意味を強く理解している。
『従者』は『王』により信頼と実力を買われて、適した者が選ばれるのだ。選ばれた者の多くは、それを拒むことは無く社会的地位を全て捨てる事に躊躇は無い。理由は、その力を『王』の為に行使する為。
理の中心が“社会”ではなく“王”に切り替わるからだ。
これは、洗脳ではなく、『従者』として選ばれた者が自ら選択する行為。そして『王』はソレに応えて、関わりのある者の記録を全て消し去る事も可能だった。
「『王』は理と記録を捻じ曲げる“特異点”です。故に目的が、はっきりしない【銀腕王】との接触は慎重を期さなければなりません」
今現在に起こっている【光王】の飛来。これに状況を重ねて来たとは考え辛い。
「トリア様。【銀腕王】よりの要求が来ております」
「どのような?」
「同盟の要求として【神王】の『従者』を全て削除と“釜”の譲渡です」
「……どうやら、甘く見られているようです」
戦争において戦力の要とも言える『従者』と、全てにおいて優先される“釜”の所有。これを全て引き渡せと言うことだ。子供でも分かる無茶ぶりの条件。その意図は――
「要求は偽装ね。【銀腕王】は最初から戦る気のようです」
トリアの言葉に、その一角は息を呑む。解っていた事だが改めて力ある者から発せられた言葉は、これから起こる大規模な対立の始まりを意味しているのだ。
「この件を司令には?」
「総司令には伝えておりません」
「伝えてください。そして、隊長には私から――」
「小生が伝えよう」
そこへ現れた一人の老人がその場で言い放つ。横には二人の和服を着た男と女を連れていた。
「ツヴァイ殿。来ていたのですね」
トリアは、威風堂々とした和服に身を包み、日本刀を携えた日本人の老練者――ツヴァイへ一礼する。
部隊内での役割として、ツヴァイとトリアは同列として扱われている。しかし、彼女としては古参のツヴァイの方が自分より上であると心得ていた。
「【銀腕王】の件……聞いた。ふざけた要求だな。トリア、解っていると思うが――」
「はい。どう対処するかは心得ております」
「フッ。アインも、お主の事は実の娘のように思っている。出来のいい部下ほど可愛いモノは居ない」
「光栄です」
「小生ではなく、奴に言え。今の時期は特に忙しい。イレヴンも今E市に入ったと言っていたからな。そちらは奴の連絡待ちだ」
ツヴァイは、今回の【銀腕王】の件を別の角度から見ていた。
異常とも取れる今回の要求……だが、言葉の意図を深く考えるのなら、【シャナズ】に対して容易く切り抜け、返す刃を持ち合わせているとも推察できる。
相手の戦力が解らない以上、一片の油断は出来ない。
「【神王】の『従者』は世界中にばらけている。半日中に駆けつけられる者はおらず、小生もクラフトの命令で本部勤務となる」
「……総司令はそれだけ貴方を頼りにしてくださっているのです。お傍に就いて居てあげてください」
「マディスの奴がどうもキナ臭い。上からは色々と方向性の違う指示が出ているが、現場の判断に任せるとも聞いている」
今回の件は、“スライサー”の特権を最大に生かし、こちらの力を見せつける意味がある。
「【光王】が出てきた以上、今までのように戦線は硬直せん。トリア、お前も警戒しておくように」
「はい。お気づかい、ありがとうございます」
今の【魔王】と【シャナズ】の状況は、手堅く管理していた巨大なダムの壁だ。それに【光王】と言う存在が現れた事によって僅かな穴が穿たれ、水漏れが発生したのである。
そこからダムが決壊するか、それとも修復されるかは、その他――【銀腕王】の動向にかかっていた。
上は【銀腕王】とは同盟を結ぶべきと判断を出している。しかし、それは【銀腕王】の要求が、どれほどの代償となるか理解していない者達の意見であるのだ。
「ハンゾウ」
ツヴァイは連れて来た二人の内、一人の中年の男の名前を呼ぶ。キセルを加えて、道着に袴を履いた、侍風の姿をした男――ハンゾウは軽く返事をする。
「罰は終了ですか?」
「これから言う命令をこなせたらな」
「それは手厳しい」
と、ツヴァイが何を言おうとしたのかハンゾウは察すると前に出る。
「トリア、こいつを連れて行け。対物戦闘は、弟子の中では随一だ」
「トリア副隊長。まぁ、大船に乗った気でいてください」
余裕を見せてハンゾウは笑う。その彼に対して、ツヴァイは釘を刺した。
「調子に乗りやすいのが玉に傷だが、ハンゾウはお主の実力を承知している。嘗めた発言はせん」
「噂はかねがね聞いています。よろしくお願いします、ハンゾウ」
「了解です。スライサー・III」
トリアはハンゾウと握手を交わす。見た目にではなく、実力で評するハンゾウは見た目が少女でゴスロリ姿でも、敬意を忘れないのだ。
「あと一人は、私の方で適任者がいます。そちらの方と連携を打ち合わせしますか?」
と、前もって呼んでいたトリアの部下――ジュガンが現れる。スーツに身を包み、キッチリ服装を整えている男だった。
「……いや、必要ない。勝手に動くように俺達は出来てる。な、ジュガンの旦那」
「ジュガンで結構です。ハンゾウ殿」
「お、そういうキッチリしたのは嫌いじゃねぇけどよ。年齢は違うかもしれんが、立場的には同じ様なもんだ。ハンゾウでいい」
性質と立ち振る舞いの違いから、弊害が生まれると思ったが、ジュガンとハンゾウは互いに高い実力を持つ事から、相手の実力とそれの使い方を理解しているのだ。
その様子をトリアは、良い傾向であると見て、これから赴く任務の達成率向上を察していた。
「良いか。これは【シャナズ】にとっても【銀腕王】勢力との第一接触だ。敗北は許されん」
「了解です」
トリアは、決してそのような事にならないと告げると、万全な体制を整えて指定場所である、都市『WF』の第一展示館に向かった。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
「オーケー、オーケー。ハハハ、交渉は決裂だ。後悔するがいい……我が『王』――【銀腕王】を敵に回したことを――」
サウラは笑いながらも、その奥底の、激しい怒りを抑えるようにトリア達に告げる。
「交渉? あのような条件を呑む人間がどこに居るのですか?」
ジュガンとハンゾウは戦闘態勢に移行する。
スーツのボタンを外し、いつでも懐から銃を抜ける体制のジュガン。
月光の影に隠れていた半身に、装備していた刀を月明かりに晒すハンゾウ。
「よく、あるだろう? バンバン、と空に咲く花火と同じだ」
いつの間にかフード付きのローブに全身を隠した二体の存在が、彼の左右に現れていた。その二つは姿を視認するまで、音も気配もなく目の前に現れたのである。
「戦争の前哨戦だ。手始めに貴様ら、ゴミカス共は……宣戦の証として死んでもらう」
不意にサウラの左右に現れた二体の敵。そっちに対して、トリアは何の反応も感じなかった。
まるで、闇そのものが形を成し、その場に姿を見せるまで、どの索敵にも引っかからなかったのだ。
エネルギーの凝縮により出現? いや、その予兆すら感じなかった。今反応があるのはサウラのエネルギーのみ。その他は……まさか……『従者』は二人いる?
「各人、注意しなさい。敵は二人。目の前は――『従』1、『兵』2。他予測――『従』1です」
「了解」
「承知」
ジュガンとハンゾウは、サウラの隣に居る二体の敵を排除するために、接近していた。
“ジュガン。トリア様に任せて大丈夫か?”
“問題ない。相手が『従者』だろうと……トリア様が負ける事はあり得ない”
二人は骨震動を音声に変換する通信機にて連携をとっている。
最も傍でトリアの実力を知るジュガンは、例え『王』であろうと彼女が敗北する事は考えられないと判断している。
それだけの実力を、小柄な身体ながらも内包しているのだ。
「ハハハ。全くもって、カスは困りマース。『従者』でもないのに、本気で勝てると思って――」
サウラの眼前には、トリアより投げられた一本のナイフが飛翔していた。
「……驚いたな。こいつは、昔……見た事がある」
【シャナズ】本部へ戻る送迎車に乗っているツヴァイは、トリア達の現場から中継されている映像を見ながら驚いていた。
「何者ですか?」
向かい合う形の座席で、ツヴァイの正面に座る部下の女も同様に映像を見て彼の反応に対する考えを問う。
「神父だ。だが……その思考は元より破綻的で、ソレを理的に理解している。そして、独自にエネルギーを取り込んで、生き延びた稀有な例だ」
人外的な、彼らの“エネルギー”を取り扱うには、彼ら自身と“存在”を同調させる必要がある。そうする事で、ほぼリスク無しに、そのエネルギーを行使することが出来るのだ。
中でも【シャナズ】は、独自に“釜”を解析し適合者を割出して、その者達に知の無いエネルギーを浸透させる事で、『従者』に匹敵する、エネルギー使用者を生み出している。
しかし、ソレにはリスクが多々在り、未だに改善されていない物事も多い。
「奴が知的エネルギーで無いモノを……何故完璧に扱えるかは未だに解らない。ただ一つ分かっているのは――」
その実力だけは間違う事の無い。かつて、部隊長と共に対峙した時、奴は明らかに異常だったのだ。
映像とエネルギーの痕跡から解明された事柄は、サウラがエネルギーを纏う箇所は、反転した『従者』に匹敵する性能を持つ。そして、それだけに留まらず、部分だけエネルギーを纏う装備技量と、エネルギー調整をも独自に行っているのだ。
「回復条件の無いエネルギー。己の意志でソレを容易く制御する知識。エネルギーを身体に留めても、なんの障害も及ぼさない適応力――」
【シャナズ】が“釜”を得てからも節目節目で現れ、膨大な被害を生み出し続けた怪物。今日まで討ち取る事は出来なかった唯一の敵である。
そんなはサウラに対して、組織は“危険対物”と認定。所在の情報を確認する度に、刺客を差し向けて彼を抹殺しようとしたが、誰もが失敗に終わっていた。
情報の混乱を避ける為に、サウラ=オーバーンの事は【シャナズ】内部でも特に最重要機密として扱われ、この件を知る者は、統括総司令と対物開発室室長と副室長、そして対峙して生き残った古参の戦闘員だけであった。
「その実力は『王』を持たぬ存在として、唯一『王』を討つ事の出来る可能性を持ち、【シャナズ】【魔王】の双方の陣営から危険警戒視されている」
故に、どちらの陣営にも属さず、更には消息が掴めなくなっていた時期もあり、その脅威は闇の中へ消えたと情報は風化していた。その後、捜索の必要性から彼の呼称が決められた。
【悪魔憑き】と――
サウラは黒いエネルギーを纏った右手で、トリアの放ったナイフを掴み取っていた。
「【シャナズ】は終わりなんだよ……ワタシが来た時点でなァ!!」
次話タイトル『Conviction 断罪者』




