18.Person the world asked 世界が求めた者
日本国際空港。
多くの旅客機が並び、広く巨大なターミナルは、世界の主な主要都市へ向かう為の航空機が数多く揃っていた。
「一人で二人分って、犯罪にならないのかなぁ」
「別にいいんじゃない? 吾輩は普通に見えるでしょ?」
ノハは【シャナズ】との話し合いの為に、日本からI国へ向かう便を待っている最中だった。
適度な売店を覗いて時間を潰しているが、アスラは中年の男の顔を創りだして辺りに認識させている。そして、週刊誌を立ち読みしていた。
「あんまり、そう言うのは歓迎されないんだよ? せめて何か買っていこう」
「むむ。そうなのか! いやはや、世知辛いねぇ。お、国情氏にコレを買って行こう」
アスラは、何故か売られている鬼の面を取って顔を合わせる。
「色々と直接意味が伝わりそうだから、もうちょっと斜めから指摘する物にしよう?」
「サスター氏にはこれがいいなぁ」
今度は刀のキーホルダーを摘まむ。
「メイリッヒにはケーキかな。ナンドさんにはサングラスと、センちゃんにはうちわでも買っていこう」
傍から見れば二メートル越えた、おっさんと、さわやか青年が居る売店は、妙に目立つ形となってしまっていた。
『アスラちゃん? 聞こえる?』
ふと、メイリッヒからアスラへエネルギーを介した通信が入ってきた。同時にノハへも伝わっている。
「おお、嫁よ。どうした? まだ国内に居るから、愛の言葉は出発前に――」
『落ち着いて聞いて。【王】の反応が二つ現れたの』
「…………え?」
『センちゃんが、命令を待たずに迎撃に出たわ。サスターちゃんも向かってるけど、彼女達じゃ止められない。下手をすれば―――』
「ノハ氏」
「“加護”で行こう。メイリッヒ、三十分でE市に戻る。それまで、サスターさんにセンちゃんを足止めさせて」
痛みが消えていた。
折れた両手の骨も、脇腹に受けたダメージも全て回復している。
違う……存在が一つとなる事で、ソレから受けた攻撃が無かった事になったのだ。
道理でよく見える。失ったハズの視界の半分も明確に捉えていた。
≪彼女を消せ――≫
剣……いや、刀だ。そちらの方が使い慣れている。
【英雄】が手をかざすと、目の前に刀が現れた。
70センチの反った剣。世界でも高い殺傷力を誇る刃を携えた日本刀。ソレの柄を握ると同時に、踏み込んでいた。
瞬きの間もなく間合へ。何の疑問も抱かず……少女へ―――刃を振り下ろす。
同時に少女も、剣を構築し【英雄】の刀を受けた。
だが、決して日本刀を持つ者の一撃を受けてはならない。
斬る事に特化した武器。剣術の上段降ろしに、武術の体重移動を乗せた剣技『即断』は、どのような防御でも、叩き斬る技術であった。
刀は使える。昔、ソレを習う事も義務だった。
古い技術だが、今は鮮明に思い出せた。記憶の全てが、一つの目的の為に必要な事を思い出させる。
≪彼女を消せ――≫
受けた剣は、数秒と耐える事無く【英雄】の刀に両断され、そのまま彼女を斬りつける。
しかし、斬り折られた少女の剣が、唐突に爆発した。至近距離での爆発に有無を言わさず二人の距離は離れる。
「ふ……ふははははは!!」
少女は笑う。心底楽しそうに――――
そして、再び創りだした剣を持ち、今度は少女が【英雄】へ踏み込んだ。
体重と速度を乗せた斬撃を【英雄】は刀で受けて、衝撃を耐える様に踏ん張った。
それでも勢いは止まらない。【英雄】は地面を削りながら後ろに引きずられるように耐える。瓦礫を吹き飛ばし、人の居る街道まで押し出された。
鍔迫り合いの距離で、刀と剣がキチキチと金属質な音を立てる。その異形に何事かと足を通行人たちは足を止めた。
ざわつく中心となって注目を集める二人。
その音は聞こえない。至近距離で見つめ合う二人は、互いに己の中にある“意志”を優先させることが最優先だった。
≪彼女を消せ――≫
「そうだ! それこそが我の愛しき人! 解るだろう? 見えるだろう? 感じるだろう!? 我の命を……我の“内宙”を!!」
腕や足はおろか、首を斬り落としても意味は無い。狙うのは、胸と胸の間に位置する――『内宙』。彼女の様な存在は、そこを絶つ事でしか――――
消すことは出来ない。
「強く感じるぞ! 貴様の意志を! 貴様の殺意を! 覚えているか?」
少女は鍔迫り合いを押し勝つ。力任せに剣で刀を振り払うと、自分の胸に触れて告げる。
「貴様が最初に触れたのだ! 貴様の命が……存在が―――」
【英雄】は斬り込む。態勢を低く、鎧を着ている分、少女の浅い太刀は無視して斬りかかる――
「我を繋いだ! この世界に繋いだのだ!!」
少女が動く。下がる、屈む、跳び退く、剣で流す。
片手に持った剣で、最小限の動きで彼女は【英雄】の剣撃を防いでいく。
【英雄】が剣を振るう度に、道路は豆腐の様に切り裂かれ、建物の窓ガラスが割れて二人へ降り注ぐ。脅威を感じた野次馬たちは、慌てて逃げ出した。
「だからこそ……我の存在を捧げるのは――――貴様以外にいない!」
【英雄】は踏み込む。今までで一番早い接近に少女は反応するが、一瞬で無数に襲う斬撃は避けられない。
深く少女を斬りつけた。
白いキャスケットが落ち、刀は袈裟懸けに振られ、少女の肩から存在の証明である『内宙』を狙って、斬り下ろされた。
「がはぁっ!!」
鮮血が切り口から噴き出る。手応えから浅いと感じた。
届いていない……なぜ届かなかった? ふと浮かんだ疑問。だが更に半歩踏み込めば済むことだ。
次の斬撃から逃れようと少女は傷を押さえながら退がる。【英雄】は彼女を追う。
少女の鮮血が【英雄】を濡らす。彼女自身も浴びていた。トドメを刺す斜め下からの斬り上げが、少女へ向けられた。
「はは……ははははは!!」
刀が届く前に少女は閃光を発する。そして、刀が弾かれるほどの衝撃と爆発が起こった。
閃光の中心から一筋の光が空へ伸びる。高く、速く、そして強く、その存在を知らしめるために、適したその姿へ――――
【英雄】は、背に翼の代わりにマントを装備し、抜身の刀を持って追うように見上げる。
巨大な“光の球体”。空を覆い始めた雨雲を突き破り、更にその上に君臨する。
≪彼女を消せ――≫
【英雄】も地を蹴って、跳んだ。一度の跳躍はロケットの様に加速すると、雲の上へ彼女を追う。
空を覆い始めた雲を突き破り、眼下には灰色の雲海が存在している。
そして、真っ先に視界を覆ったのは“光の球体”だった。
さほど大きくは無い。直径二十メートルほどの大きさ。一度遭遇した時と比べて小さすぎる外見だった。
跳び上がった勢いのまま、刀で“光の球体”に斬りつける。
“光の球体”の表層に斬り込みが入ると、より強い閃光が雲の上発生し、太陽の光を凌駕する。
“光の球体”の一部が爆ぜた。どこを斬れば消せるのか解らない。だが、ダメージは負ったはずだ。
『よかった……理解できたよ。もう、未練はない――さぁ、愛しき人……愛し合おう――』
“光の球体”は、自らを津波の様に形を崩すと、自身を見下げるほどに跳び上がった【英雄】さえもそのエネルギーの海に飲み込む。
『世界よ。知っている。我を食いつぶすことを』
【英雄】は光の海は竜巻に飲み込まれたように荒れ狂うエネルギーに振り回された。しかし、そのエネルギーの中で彼女の『内宙』を感知する。
『世界よ。知っている。我を引き裂く事を』
中央。光がより密度を集めて人のシルエットを形作っていた。アレがそうだ。アレを絶つ――
『世界よ。これだけは絶対に止められぬ。これは――――』
出鱈目に荒れ狂っているように見えるが、このエネルギーには方向性がある。ソレを見切り――――
【英雄】は後ろを流れるエネルギーを一瞬だけ足場にして、蹴った。水の中で方向を正すように、一直線に彼女の『内宙』へ刀を突き立てる。
「我らの……我らだけの……禊だ!」
少女が突き立てられた刀を握りとめていた。そして、刃は砕け散る。
街中は雲の上へ昇った存在を見上げる様にざわめいていた。人に言っても信じられない事が目の前で起こり、今も雲の上で何かが起こっている。
「……これは―――」
『王』の出現を察知したメイリッヒからの連絡で、センは迎え撃つことを選んだ。正面から立ち向かっても、勝ち目はない。それでも、E市の病院に収容されているナンドは、まだ移送できる状態じゃない。
理屈で動く事と損をする。それがナンドの口癖だった。
彼はわたしの宿主だ。なら、わたしもその生き方に習っても、なんら恥ではないと思っていた。
「ストップ」
闇を尾退くように、サスターがセンの元へたどり着く。彼女を止める為に駆けつけたのだ。
「早まるなよ? アスラ達が二十分後戻ってくる。それまでは――――」
「サスター。あなた、勘違いしてるわ。そう、勘違い」
「え?」
二人はE市の病院の屋上にいた。そこからでも割れた雲の隙間から注ぐ光を確認できる。
「アレがこちらに来ない限り、わたしは手を出さない。街が全部壊れても、この病院だけは絶対に死守するの」
【兵士】が一体も出ていない。もしもの時の為に待機させているのだ。現状では、雲の上で戦いは行われている。
メイリッヒに雲の上の状況を確認させたが、エネルギー濃度が高すぎて、何が起こっているのか不明との事だった。
だが、そのエネルギーがそのまま振って来るだけで、E市は地図から消滅する。
「『王』が二人……【銀腕王】が現れたのか……?」
不安そうに見上げるサスターも、包囲の網に何一つ引っかからずに、突如として出現した二つの反応に、強い疑問を抱いていた。
受け止められた刀は、そのまま圧し折られた。砕け散る刃と破片は、エネルギーへ戻り、【英雄】へと還る。
「『光撃の手甲』」
少女が眼の前に居る【英雄】へ光を纏った拳を突き出した。
威力の上がった、ただの打撃。【英雄】はその手の攻撃だったら取って返す事は容易かった。
しかし、触れた瞬間、ミサイルにでも爆撃されたような衝撃に襲われ、光の海から吐き出された。
想定以上の威力に胸を強打。胸部の鎧が内側に凹み、肋骨を圧迫し折る。触れた箇所から薄く煙が上がっていた。口の中には慣れた鉄の味を感じる。
≪彼女を消せ――≫
大丈夫だ。今の攻撃速度なら、いくら威力があっても次は喰らわない。傷を圧迫している鎧の凹みを修繕。再び刀を創りだす。
落下を始める前に、エネルギーによる足場を形成。宙に立つと言うのは不思議な感覚だが、足の裏の踏みしめる感覚は、落ちる心配が無いと安心できる。
光の海が高速で圧縮するように一点へ集束していく。集束先には、ある“存在”が形創られていた。
全身を覆うような厚手のコートに、その下にはシャツにコルセット。丈の長いスカートにブーツを履き、顔には舞踏会でつけるような仮面をつけていた。
背に届く桜色の髪が唯一の面影で、それ以外は、服装も、雰囲気も前の少女とはまるで違うモノを纏っている。
少女――【光王】が指を刺すように人差し指を【英雄】に向ける。
「『光の投槍』」
それは放たれる光である。だが、ソレが出てきたのは【光王】の人差し指からではない。
面倒な技だ……
【英雄】の周囲にいつの間にか浮いているビリヤード玉ほどの大きさをした球体。それから放たれたのだ。
光の速度は見切れないが、エネルギーの感知から発射するタイミングは前もって認識できる。
低い姿勢で躱し、当たるモノを刀に反射させて逸らす。
≪彼女を消せ――≫
そのままの姿勢で足場を蹴って、彗星のごとく【光王】へ向かう。
その【英雄】を迎撃しようと、まだ浮いている無数の“光球”から攻撃が行われた。
無駄だ。その攻撃には既に耐性がある。避けるまでも無い。
下の雲を引っ張るほどの気流を生み出しながら接近し、通り抜ける様に【光王】を切り裂いた。
「―――――」
切り裂いたコートの肩口から漏れ出るモノは血ではなく、【光王】のエネルギーだった。漏れ出した分を瞬時に密度を集めて球体化させる。
そして、先の一撃後に足場を創って宙に着地した【英雄】へぶつける。
「!!?」
破裂しそうな光が太陽の光を呑み込む。そして、炸裂した。
その衝撃で雨雲は大穴が開き、その下に在る復興最中の中心街を揺らす。まるで上空で核が炸裂したような轟音によって多くの者が耳をふさぎ、残っている建物の窓が叩き割れた。
その爆発の直撃を受けた【英雄】は、出来る限りのエネルギーで自身を防護し、爆発の途中で耐性を持つことに成功していた。
しかし、足場を創るほどのエネルギーを即座に確保できず、今は落下していく。
雲を突き抜け、眼下の街へ落ちる。地面が徐々に近くなる。
態勢を立て直して着地を――
その時、雲をもう一つ突き抜ける存在があった。光を纏い、隕石のように直進する【光王】である。
「『光撃の手甲』」
その【光王】に【英雄】は反応できなかった。加速した光の拳が、勢いを抱いたまま【英雄】に叩きつけられる。
「オオオオオオオオ!!」
【英雄】の咆哮が街へ響く。両手を重ねて添える様に、その攻撃を受け止めているが、威力を流すことは出来なかった。
光の炸裂。大気の鳴動。【英雄】の咆哮。彼を狙って降り注ぐ光。
消せ―――消せ、消せ、彼女を、その存在を、在るべき意味を、全てを、消せ、消せ、消せ、消せ、消せ、消せ、消せ、消せ、消せ、消せ、消せ、消せ、消せ――
大気がもう一度震えると、街へ落ちる流星の一つが―――【英雄】が、大地に叩きつけられた。
「―――――オレは……何をやっている?」
降り始めた雨に当てられて、光陽はそんな言葉を洩らした。
次話
「Hero's story 英雄は如何にして世界を救い、物語を完成させたのか」