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IRREGULAR'S HISTORIA  作者: 古河新後
第1部 Remaining story 残光
20/56

19.Hero's story 英雄は如何にして世界を救い、物語を完成させたのか

 朝の晴天が嘘の様に、空を厚い雲が覆い、薄暗さが街を包んでいた。


 「まさか、これほどの事態に立ち会う事になるとはな」


 その中心街はおろか、E市全体を見渡せる高台から、イレヴンは先ほど起こった【光王】の降臨を見て驚愕していた。


 「能力的には『王』クラスの衝突ね。けど、【光王】と対峙している者は……一体何者?」


 アハトは降り出した雨に濡れないように傘を差しながら、目の前の戦いで、時折襲ってくる襲う衝撃を、自身のエネルギーで相殺していた。


 「【銀腕王】でもない。そして、総司令でもない」

 「【魔王】でもない。けど、在り得るのかしら? 『王』以外に、『王』と正面からぶつかり合える存在が居るのかしら?」

 「さぁな。しかし、目の前の事態は現実で事実だ。だが、やはり“上”の推測は当っていたな」


 下手をすれば、他の『王』にも匹敵する“存在”。

 【シャナズ】上層部の説では、狂い過ぎた世界を修正するために創りだされた“修正者”という存在であるらしい。

 そして、それが最初に標的としたのは【光王】であった。


 「こちらの目的が、大きく変わるかもしれん」


 【光王】はその身に宿すモノで、最も強力な『神具』を失っている。

 もし、彼女が『神具』を持っていたのならば、戦いは瞬きの間に終わっていただろう。





 E市は午後から雨だった。

 雨雲に覆われた大空は、まるで悲しむように雨が降り注ぎ、雷鳴が時折走っていた。


 「―――――」


 【英雄】は叩きつけられた状態から身を起こす。彼を中心にクレーターのように破損している道路は、元の姿は見る影もない。

 災害に匹敵する“存在”同士の衝突は、戦場となった街が面影を残している事が奇跡に近かった。


 そして、空から光の柱が降り注ぎ、街を貫いていく。

 雨に混じった灼熱のエネルギーは、建物やビル群を次々と溶解し、吹き飛ばした。遮蔽物が邪魔なので、更地にしようとしているみたいに、慈悲なしに街は破壊されていく。


 倒壊。衝撃によって宙を舞って来た一つのビルが【英雄】へと倒れてくる。

 押しつぶすように頭上を覆うビルを【英雄】はエネルギーを纏い、跳躍。自身を一つの砲丸のように貫くと、横倒れとなったビルの上に着地した。


 「…………」


 その更地となった中心街――【英雄】から少し離れた空中に【光王】は浮いていた。

 彼女は、その背からは翼のようにエネルギーを放出させ、物理法則を無視して滞空している。

 【英雄】と【光王】の間を雷が落ちる。ソレにより、互いは再び向かい合っていた。


 「――――」

 「…………」


 【英雄】は見上げる様に。【光王】は見下げる様に。

 【英雄】は殺意を向ける様に。【光王】は敵意を向ける様に。

 相対する【英雄(ひかり)】と【光王(ひかり)】。


 雲の上の戦いでは、決着をつけるほどの決定打を互いに与えられなかった。


 【光王】は斬られた肩は修復されておらず、今も少しずつエネルギーが漏れ出している。【英雄】もその身に受けたダメージは簡単に回復できるモノではなかった。

 互いに、戦うという点では致命傷には程遠い。

 ふたりは、この世界の“軸”から大きく逸脱し、別の輪廻で“生と死”が決まっていた。


 首を落そうかが、胴を二つに分けようが、心臓を貫こうが、彼と彼女は(ころ)せない。

 存在の証明である“情報の海”を……『内宙』を(ころ)さなければ、彼らは止まらないのだ。

 荒れ狂う二人を模したかのように、雨と風が混ざり合い、嵐になっていた。


 この戦い……長くは続かない。既にソレが決まっているからだ。恐らく、後30分もかからずに決着は着く。いや―――


 決着を着けるのだと――世界が言っていた。





 「おっと、二人とも無事だな」


 アスラとノハは、センとサスターの居る病院の屋上へ戻って来ていた。空港から新幹線を乗り継ぎ、本来の三倍の速度でE市に戻ってきたのである。


 「状況は?」


 ノハが雨に濡れながらその場にいるセンとサスターに声をかける。

 センは笠を開いて、サスターはまとわりつく影が雨を弾いている。その場で濡れているのは、ノハだけだった。


 「空で爆発。衝撃で中心街はほぼ機能停止」

 「さっきの爆発。下手をすれば、小型の核に匹敵する威力だった」


 エネルギーを張って、この病院だけは死守したが、あの攻撃が地上で炸裂すれば、今度こそ防ぐ術は無い。


 「【光王】は『内宙』で直接エネルギーを回復したのだろう。形を経由するよりも、回復速度は速い」


 だが、『内宙』を晒す危険性がある。その時に『内宙』を破壊されれば、その場で消滅する危険性もあったはずだが、その前にエネルギーの充電が完了したのだろう。


 「メイリッヒ、“極壁”を」

 「病院周りを発動するには時間がかかるって。特に、これだけ荒れ狂ったエネルギーの中だと、宿主の居ないメイリッヒにはかなり難しいと思う」


 メイリッヒは今も“極壁”の発動にエネルギーを病院の周囲に寄せている。

 しかし、発動しても本来の強度を持つことが出来ない。

 そして、そのエネルギー反応を、戦いの中心である二人が感知すれば、こちらに敵意を向けられる可能性がある。


 「……セン氏。【兵士】を一〇〇体借りるぞ」


 アスラはこれ以上の被害が生まれるのなら、自身の参戦も余儀がないと判断する。そして、その戦いは必然と『王』クラスの接触となるのだ。


 「出撃ですか?」

 「うむ。だが、ギリギリまで手を出さずに機会を伺うが、最悪の事態になる場合は、こちらから仕掛ける」


 アスラの言う最悪の事態とは、【光王】が勝ち、『神具』を取り戻す為に【シャナズ】と同盟を組む事だ。

 “釜”の所在は掴めていないが、アスラの予想ではI国に在ると推測している。


 「おれ達は待機するよ」

 「ああ。そうしてくれ。ノハ氏も同様に頼む」

 「いいの? いざと言うとき、すぐに“反転”した方が良いんじゃない?」


 確かに、結末の瞬間に“反転”して残った方を始末する方が確実だが、その前に目の前の戦いが、こちらに注意が向いてしまう方が最悪の事態だ。

 流石に、アスラ一人で二体の『王』クラスの存在とは戦えない。


 「出来るだけ隠密に行きたい。下手に悟られると矛先がこちらに向く可能性がある」


 そして結末の後、その場に残った方を執行するには『王』クラスでなければ、対抗することは出来ないだろう。

 故に、サスターやセンでは、下手をすれば消される可能性もある。ノハも、まだこの場に降り立つには経験不足だ。


 「まぁ、年配者に任っかせなさい。こういう経験が無い訳じゃない」


 センから【兵士】100体分のエネルギーを受けとり、アスラは屋上から飛び降りる。


 「全く、無茶苦茶だよ~」





 ダメージが大きい。

 あの爆発も無傷で乗り越えたとは言い難い。火傷を負った内部を、鎧は自己修復しているが、最低限の機能だけ確立してくれればいい。それよりも、落下の際に刺し込まれた『光撃の手甲(ガントレット)』の一撃の方が効いている。


 骨が砕け、肺に突き刺さっている。今は痛みを消して片方の肺で息をしているが、これ以上、戦いが長引くと不利でしかない。

 鎧は肺に刺さった骨を除去し、映像を巻き戻すように肋骨へ回帰させる。だが、肺に開いた穴はそう容易くはいかないだろう。


 ≪彼女を(ころ)せ――≫


 狙うのは『内宙(マトリス)』。打ち合いよりも一撃で絶たなければ、反撃でこちらが消し飛ぶだろう。

 アイツの気持ちがよくわかる。これは本当に……人の創りだした文明が、玩具のように見える戦いだ。


 “もしも、未知の存在と決めつけるのならば、我々のような存在がそうなのだと”


 ふと、脳裏に彼女の『内宙(マトリス)』で、話したことを思い出した。


 「…………オレは何をやっているんだ?」


 自分の手を見る。鎧に包まれた戦者の腕。

 そして、もう片手には抜身の日本刀。

 首周りで固定されて背中を覆うマント。甲冑。手甲。足甲――――


 なんで、こんな格好で、アイツと殺し合いをしている……? なぜ……


 ≪彼女を(ころ)せ――≫


 低く構え、“面”ではなく“点”として接近する。全身で力を蓄える様に撓め、エネルギーを脚へ。直線に向かうのではない。


 「なぜ?」

 ≪彼女を(ころ)せ――≫


 彼女の攻撃は直線武装だけだ。その攻撃を翻弄しつつ、本命の速度で、彼女の『内宙(マトリス)』に刃を―――


 「なぜだ?」

 ≪彼女を(ころ)せ――≫


 なぜだと……オレは聞いている!! 答えろ!!

 ≪この世界に英雄を≫


 何の話だ……?

 ≪皆が望んだ。在るべき世界の形を、救済を≫


 なぜオレなんだ?

 ≪彼女が見つけ、『彼ら』が、そうであると判断した≫


 オレは……英雄なんかじゃない――

 ≪否。アナタだから、未だ決められた因果に囚われないアナタだから≫


 何を言っている?

 ≪世界に正しき夢を。英雄による終わりを≫


 次の瞬間、脚に溜めたエネルギーを解放する。身体は彼女を(ころ)すために疾っていた。





 そう。それで良い。

 素晴らしい。まるで、夢のようだ。

 【魔王】、【銀腕王】、【神王】。お前達はどうなのだ? 恐らく無いだろう?

 これほどに素晴らしき戦いを経験できる者は……そうはおるまい。


 【英雄】。我の大切な恋人。何よりも貴様の事を知りたいと思っていた。

 貴様の事を知れば、疑問にたどり着けると思っていた。

 そして……知ることが出来た。この気持ちを。

 さぁ、終わりにしようじゃないか。


 この接吻は恥ずかしがることは無い。この刃を互いの“存在”に突き立てよう。

 殴り―――肉を潰し、貫き―――命を削り合おう。

 そして……

 我の最もこの世界と繋がる、“繋がり”を―――

 貴様の最も強き意志で―――

 この存在証明を―――


 我が『内宙(いのち)』を絶って見せよ。愛しい……ひと―――

 それで、“始まり”が終わり、“終わり”が始まるのだから――――





 【光王】を浮遊させているエネルギーは、突如として膨大な流れとなって【英雄】に襲い掛かる。

 【光王】は肉薄では困難な【英雄】の疾駆を、撃ち落とすことは不可能と判断していた。そこで、自らのエネルギーそのものに捕えようと考えたのだ。


 いくら疾くても、物理的に動ける場所を自らのエネルギーで埋め尽くせば捕まるのは必然である。

 【光王】より、滝のように溢れ出るエネルギーは、流れを作りながらも一部から無数の『光の投槍(ジャベリン)』が出現する。


 そして、一定の範囲を埋め尽くすように黄金の雨となって【英雄】を狙う。

 だが、その程度では【英雄】は捕まらない。

 彼は、降り注ぐ『光の投槍(ジャベリン)』に対しては、耐性を持っていなかった。

 そして、この攻撃は囮であるり、本命は膨大に広げられたエネルギーに彼を呑み込む事だと理解していた。


 【英雄】は予定していた進路を大幅に変え、『光の投槍(ジャベリン)』と『光の波』を避ける事を最優先に行う。

 【英雄】を狙った『光の投槍(ジャベリン)』は、半壊した建物を更に穴だらけにし、突き刺さったそれらは、すぐに形を失うと『光の海』へと還り、意志を持つように【英雄】へ襲いかかる。


 ここら一体の地面は『光の海』に埋め尽くされてしまった。

 後は建物を経由して避け続けるしかない。しかし、眼下の『光の海』からも『光の投槍(ジャベリン)』は創りだされて、下からも攻撃が向かって来る。

 飛び移るべき建物が少しずつ削り消えていく。そして、このままで逃げ切れなくなると悟った。

 なら、その前に――――


 “生きてて嬉しいだろ?”

 ≪彼女を(ころ)せ――≫


 「…………その前に? それってなんだよ――――」


 “あっはは。なんだ、そのハトが豆鉄砲くらった様な顔は”

 ≪彼女を(ころ)せ――≫


 「だから……なんだってんだよ……」


 “お、認めたな? 既成事実確定♪”

 ≪彼女を(ころ)せ――≫


 「何で……オレがそんな事をしなくちゃならないんだ!!」

 ≪『始まり』の終わりを『終わり』の始まりを。英雄の降臨を世界に≫

 「だから! オレが! なんで! そんなことを……する必要がある!!」


 “やっぱり、貴様はその雰囲気が一番良い”

 ≪彼女を(ころ)せ――≫


 「お前は……何様のつもりだ!!」


 その叫びは、光陽が搾り出した抵抗の意志だった。


 涙を流しながら、自らの意志に逆らって彼女を殺そうとする己の身体に叫ぶ。

 流し込んでくる最悪の意志に、怒りと悲しみの混ざった感情を叩きつける。

 止まる、止まらないじゃない。覚悟をしたわけでもない。唐突に放り込まれて、唐突に殺し合いをしている。


 疑問に思わなかった。思いもしなかった。なんでだ? なんで……アイツもこの戦いを続けているんだ?

 戦いは一人の勝者が決まらなければ終わらない。そういう因果に決められた世界なのだ。


 光陽の中に在る意志と、動く身体の相違に【英雄】の疾走は停止する。そして、紙一重で躱し続けていた『光の海』が【英雄(かれ)】を呑み込んだ。





 そのエネルギーは液体と言うよりもヘドロのように重く絡みつく。

 【英雄】を捕えた波は、眼下の『光の海』に彼を運ぶと、締め付ける様な圧力に、鎧がミシミシと悲鳴を上げる。同時にエネルギーを奪われているのか、自力で抜け出すことは不可能だった。


 完全に身動きが取れない。そして、多くの物事が書き換えられ、獲得していた耐性が全て白紙に戻される。

 そして、【光王】はその手に眩いばかりの光を握り込んでいた。


 「あれは――――」


 一度見た事があった。エネルギーを一点に集中して放つ、彼女の持つ中で最も強力な一撃。【英雄】を拘束するに十分なエネルギーだけを残し、残りはソレへ集束していく。

 【英雄】は感じ取っていた。かつて、この鎧に放たれた最大出力の『光の投槍(ジャベリン)』である。


 今は、あの時とは比べ物にならないほどのエネルギーを蓄えている。アレをくらえば間違いなく何も残らない。死ぬレベルではなく、影さえも残らず消滅する。今度こそ確実にこちらを仕留める気だ。


 早く(ころ)さなくては。

 違う。

 彼女を(ころ)す。

 違うって言ってるだろ!

 動け。

 彼女を(ころ)せ。

 『内宙(いのち)』を絶たなければ。

 なんとか脱出を。

 彼女を(ころ)せ。

 違う、そうじゃないだろ!

 逃げるんだ。

 そして『内宙(いのち)』を。

 違う……何度言ったら解る!

 彼女を(ころ)せ。

 (ころ)さなくては。

 こちらが(ころ)される。

 黙れ。

 彼女を(ころ)せ。

 オレは。

 彼女を(ころ)せ。

 彼女を。

 彼女を(ころ)せ。

 何も―――


 光は既に【光王】の姿を覆い隠すほどに輝いていた。

 周囲の『光の海』は【英雄】を拘束しているモノ以外、全てあの一点に収束している。


 「――――駄目……か」


 恐怖は無い。オレの恐怖は“大切な人”が死ぬ事だ。だから……今、心から……安心している―――


 「……『進むべき者』と『残るべき者』か」


 今考えれば、きっとお前が―――――


 数瞬後には光が放たれる。光陽は甲冑の下で眼を閉じて微笑むと、その瞬間を待った。

 その時、【光王】が爆発したのだ。そして、思わず目を開けると、彼女へ攻撃する者達が居た。


 それはまるで測ったようなタイミングだった。





 その二人の戦いに割り込んだのは、仮面にコート姿をした【兵士】だった。

 皆、持っている武器は剣や槍と言った中世の物ではなく、銃やロケットと言った現代の火器を装備している。


 「やべーなんてレベルじゃないよ! これ!」


 アスラはセンより100体の【兵士】の指揮権を借りてその場に赴いていた。しかし、ノハは危険なので、本当に最後の瞬間まで待機してもらっている。


 「北部20、一斉射撃! 【光王】に『武具』を使わせるな! E市が吹き飛ぶぞ!!」


 【光王】と【英雄】が戦い合っている最中に、各所に【兵士】を配置していたのだ。まだ辛うじて形状を留めている建物や『光の海』が無くなったために進撃することが出来たのである。


 「撃て撃て! 弾幕薄いよ! 何やってんの!!」


 【兵士】達はアスラの指示に従って一斉に持っている火器を撃つ。

 下手なエネルギーの攻撃では吸収されることの懸念から、制限はあっても実体武器を使う事を選んだのだ。

 しかし、それでも【光王】に当たる手前で全て砕け散り、破壊されていた。





 傍から見れば【光王】に対する重火器はまるで意味を成していない。しかし、【光王】本人からしてみれば違っていた。


 確実に仕留める為に、最大まで集中してエネルギーを押しとどめたのだ。それには膨大な集中力が必要であり、現在の弾幕はソレを乱す形となっている。

 そして、その細い糸のような瞬間は、現在の【光王】と【英雄】の戦いには勝敗を左右する大きすぎる一手だった。


 絶好の好機。


 【英雄】は刀を地に打ち立て、その柄尻に足を着ける。そして、その片足にエネルギーを集中した。

 全力の疾駆。ガムのようにまとわりつく『光の海』を引きちぎるように力ずくで抜け出した。


 ≪彼女を(ころ)せ――≫


 出来過ぎだ。まるで、最初から決められていたように、出来過ぎている。おかげで、頭を冷やす時間が出来た。


 【光王】は一度手を払って、目ぼしい建物を全て吹き飛ばす。

 その際に吹き飛ばされた【兵士】達は、再び【光王】が展開した『光の海』に呑み込まれ、彼女のエネルギーとして取り込まれた。


 疾駆。【光王】が、【兵士】の対応に追われている間に態勢を整える。再び刀を形成し、少しだけ距離を置くように、彼女を見失わない様に走った。


 これは世界(おまえ)の仕業か? 人には出来ない奇跡。偶然。何が何でも、その結末を望むのか?


 疾走。再び『光の海』が【英雄】を捕えようと襲い掛かる。『光の投槍(ジャベリン)』も様々な角度から降り注いだ。


 「それでは、オレを捉える事は不可能だ」


 同じ攻撃は絶対に通らない。戦いではそんな風に立ち回ってきた。同じ結末にならない様に、同じ後悔をしない様に――


 父と、母と、泣いている妹。失った。全てを。でも―――


 「まだ、あった。オレには―――」


 生きる意味が……進む意味が……ずっと……二日前から、オレのすぐ傍に……だから――


 「この戦いは、オレが終わらせる―――」


 【英雄(かれ)】は濁流のように正面から迫る『光の海』へ突っ込む。

 その中を創りだした刀を前に、斬り裂きながら、拘束されない様に、飲み込まれない速度で――進む。

 【光王(かのじょ)】に向かって―――


 あの時の……妹を失った時に、踏み出せなかった歩みを……今度こそ―――





 ふと、意識が、いつの間にか彼女と同じ空間に居た。

 何も無い、真っ白な空間。上も下も右も左も何もない。ただ優しい光に包まれた空間。そこに光陽と少女は顔を合わせていた。


 「古い記録だよ。この戦いも一〇〇年、二〇〇年もすれば古い語り草になる。」

 「そうだな。そうなれば誰もが覚えていてくれる」


 殺し合っているにも関わらず、今は自然とそんな会話が出来た。


 「いや、それでも記憶に残るのは貴様だけだろう。我は消えてしまえば、無かった事になる」

 「ああ。解ってる。今ならオレにも理解できるんだ」


 【英雄】の鎧と直結し、情報の認識力と読解力が極端に引き上がっているのだ。だから、あの時は理解できなかった、彼女の言っている事も今は理解できる。


 「捧げられるだけでも、満足しているんだ。なんたって世界修正の第一号だからな」

 「世界中の“人”が、そう考えられる存在だったら……こんな戦いは起こらなかった」

 「だが、それだと我らも出会わなかったんだぜ?」


 ふふん。と笑う彼女はいつものように笑う。


 「矛盾だな。それとも、世界のエゴか?」

 「そのどちらでも無いよ。結局、この世界は……正しき終わりを求めていた。【英雄】がもたらす、本当の回帰を」

 「それに振り回される身になって考えてほしいものだ」

 「全くだ。だが、共感も出来なくはない。世界は自力では修復することが不可能になった。だから、人々の中に眠る“願望”を使う事にしたんだ」

 「“願望”……」


 それが、【英雄】であると、もう疑う事は無い。


 「試練を越え、弱き者を助け、悪しき意志を討ち破る。そんな“願望”を世界は認めた」

 「……オレは世界を怨む。こんな事に巻き込んだ」


 光陽は、自分達をこんな事に巻き込んだ運命と世界に対して、強い怒りを感じた。

 今、【英雄】だからこそ、この『世界』を“意志のある存在”として扱っても疑問には思わなかったのだ。


 「驕るべきではないぞ。人間」


 しかし、その言葉を否定するように、急に凄みを増した少女の真剣なまなざしに、光陽は思わず驚く。


 「疑うべきではない。その“在り方”を……自らの都合の言い様に解釈するのは、本当に愚かな者の行為だ。それは貴様が一番よくわかっているだろう?」

 「…………」

 「貴様の認識が、世界共通の価値観ではあるまい。人も動物も植物も虫も、生きる世界での価値観と世界観を持っている」


 少女は振り向く。真剣に光陽の瞳に自分の姿を映し、また少女の瞳にも彼の姿が移っている。

 彼女の見ている世界と、光陽の見る世界。この二つは共通ではない。共に在るには、同じ“軸”に立たなければならない。


 「お前は、『進むべき者』と『残るべき者』のどっちがいいんだ?」


 見つめ合いながら光陽は問う。これからの結末は決まっている。だからこそ、それだけは聞いておかなければならない。


 「我は、幸せ者だ。“愛”を疑問に思い、貴様と出会えた。そして、心に宿る意志の強さを知った」


 ずっと少女は解らなかった。光陽に対する、この思いは本当に“愛”なのか?

 いや、少しずれている。“愛”は“恋”を越えた先の感情なのだ。そうであると理解したのは、彼が【英雄】となった時だった。


 「……幸せだった。たった二日でも……貴様と共に在れたことは、何よりも至福の時だったよ。共に在り、戦い、護られ、本当に……我が身よりも貴様は愛しい」


 少女は偽り無く断言して笑った。無邪気で、邪悪で、それでいて……全てを悟った笑顔。


 「だからこそ、貴様が【英雄】であって良かった。我が捧げるのは“世界”ではない。我の“存在”を一番その身に宿してほしいのは……貴様が良い」


 彼女は自らの胸の中心―――『内宙』がある場所に手を当てて、


 「愛を知るのも、口づけを交わすのも、命を共有するのも、身を裂くのも、この命を貫くのも―――」


 笑いかける。その決意は、ずっと前から、彼女の心に在った意志であり、彼女が決められた輪廻の中で、唯一、自分自身で決めた結末だった。


 「―――我は『残るべき者』。そして、『進むべき者』は……貴様だ」


 決まっている輪廻の流れは……ただ一つだけ。ソレに唯一抗った答えに、彼女は全て納得していた。


 「ふざけるな!」


 だが、その価値観を彼が共に納得できるわけがない。


 「お前は! オレの事を――オレの何を知っている?! オレは―――」





 意識が戦場に引き戻る。『光の海』によって、間接的に接触した彼女との意識。それは彼女が最後の言葉を伝えるものだったと感じていた。


 膨大なエネルギーの波を切り裂き、彼女へ疾走する。怒りだけが彼の身体を突き動かしていた。

 周りの景色がゆっくりと動いている。狭かった視野が広がり、辺りの状況を明確に認識できる。


 『光の海』。この先にアイツは居る。気配で解る。前方の僅かに浮いた場所で『光の海』を操作している。


 捕えるよりも強く、捕まるよりも速く、この死地を駆ける。この死地を進む。


 使うのは刀。創りだした武器。もう何でもアリだ。そう、何でもアリなのだ。だから、こんなバカげた……正面突破だって出来る。

 ただ、まっすぐ彼女に向かって走る。もう回り道はしない。ただまっすぐ、偽り無く貫き、その場所を目指す。

 『光の海』を分けて進みながらも思考は高速で動いていた。


 馬鹿が。

 最初から思っていた。

 お前は本当に何も理解しちゃいない。

 愛を知りたい? もう解った? そんなわけないだろ!!

 何も知らない癖に、解ったようなこと言って、本当に馬鹿な奴だ。

 結局は、お前は何も理解しちゃいなかった。

 お前は、自分が“愛する事”しか理解していなかったんだ!

 知識が足りない? 知るか! 自分で何とかしろ!

 ずっと、オレも解らなかった。けどな! オレはようやく解ったぞ!


 オレも、お前の事が好きなんだ!


 出会いは最悪だったとか、そんなのはどうでもいい!

 最初から、あの夜から、お前を見た時に惚れてたんだ。こんなに綺麗で、可愛い存在が居るんだって。

 だから、この戦いで一度も『玄武双璧』を使おうと思わなかった。

 世界が、お前を否定するなら、オレが世界を―――このくだらない結末を、世界に思い知らせてやる!!


 彼は『光の海』を切り裂き、走り抜けて彼女の前に跳び上がった。

 仮面と甲冑。互いの表情は見えない。そして、互いに考えている事は違っていた。


 「これが! オレの答えだ!」


 光陽の持つ刀より振り抜かれた斬撃は、少女を斜めに深く――その『内宙(いのち)』へ届いていた。





 【兵士】が全て取り込まれ、一刻の猶予も無いと判断したアスラは、自らが出陣しようとしていた。

 そして、タイミングは【英雄】が【光王】を切り裂いた時だったが――――


 「む!?」


 あまりに眩しい光は、アスラは全身を叩きつけるように荒れ狂った。

 それは、【光王】の持つ膨大なエネルギーであり、一瞬の閃光ではなく爆発が広がるようにE市を包む。


 「やったのか?」


 その光を、アスラは二人以外で最も近くで浴びながらも、“進むべき者”を見定める為、その場に踏みとどまる。



◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 光はE市を中心に日本全土へ広がる。何も壊さず、何も痛めつけない優しいその光は、温かく、広がり続ける。

 宇宙の監視衛星『ASURA』からも確認した光は、後に色々な説が流れる事となる。

 しかし、どれも信憑性の無いものとして扱われ、語られた。

わたしは心を尽くして主に感謝をささげ、驚くべき御業をすべて語り伝えよう。

いと高き神よ、わたしは喜び、誇り、御名をほめ謳おう。

御顔を向けられて敵は退き、倒れて、滅び去った。

敵はすべて滅び、永遠の廃墟が残り、あなたに滅ぼされた町々の記憶も消え去った。

 ※旧約聖書『詩編』より抜粋

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