エピローグ
光の爆発と拡散は、物理的な被害こそなかったものの、空を覆う雨雲だけは綺麗さっぱり吹き飛ばしていた。
まだまだ日は高い。雨が止んだE市は濡れる雫に光が反射して清々しさを感じた。
その光の爆発の中心地に光陽は立っていた。多くの瓦礫を足場にして空を見上げる。
「戦いは終わった。英雄は生き残り、次なる脅威へ立ち向かう」
ありきたりな台詞。きっとこの戦いの結末も、こうなる事が決まっていたのだろう。
ハッピーエンド。正しい終りは、英雄の価値観で決まるのだ。
元々観客は誰も居ない。なら、この終わりに納得が出来ないなら、戦っている最中に抗議しろ。オレは知らねっと。
「……え? え? なんで?」
桜色の髪。翠玉のような瞳は光陽を映していた。
少しばかり幼さを残す表情は不安そうに彼を見る。
そして、生まれたように一糸まとわぬ身体は、彼の甲冑の背にあるマントによって、寒くない様に覆われていた。
彼女は光陽の腕の中に抱えられていた。
そして、不思議そうに、消滅したハズの自分の姿と光陽を交互に見る。
彼女の『内宙』は消滅していなかった。容姿も全く変わっていない。
彼は彼女へ見つめ返した。互いの瞳に互いの姿を映す。
彼の瞳に映る彼女と、彼女の瞳に映る彼。二人の見ている価値観は、今同じモノを映していた。
「いったい何が……」
「これが結末だ」
何か不安そうに狼狽える彼女に、光陽が通った声で言いきる。
「勝手に振り回されたんだ。【英雄】も! お前も! なら、結末を決めるのは、一番の被害者のオレだろ!」
「しかし……我は……我はまだ……」
「だから!」
うじうじと、らしくない彼女に光陽は声を張り上げた。
「悪の力に囚われたヒロインを助けて! 彼女とハッピーエンド! これで良いだろ!? いいんだよ!」
「…………」
唖然として光陽を見つめる少女。その視線だけで、光陽は茹で上がりそうなほどの羞恥心に駆られる。
「ああああ!! めっちゃ恥ずかしい!! くそっ! 誰だこの筋書き書いた奴! 最後の台詞くらい、決めとけよ! おい、鎧! テメェ! ずっと勝手な事を言ってたくせに! 肝心な時に黙ってんじゃねぇ!!」
光陽は、顔を真っ赤にして叫んだ。何に当たればいいのか解らない。一人で騒いでいる彼を、少女はただ無言で見ていた。そして、
「……あ~、うん。なんと言うか……超ぉぉ絶恥ずかしい奴だったんだな。貴様は」
もうそれで良い。そう言ってもらえる方が、気が楽だ。ありがとうございました。
「この戦いは終わった。だが……オレ達の戦いはこれからだ!!」
もうここまでくれば落ちるモノも無い。変なテンションでこんな恥ずかしい事を普通に言えちゃうんだから!
「……ふふん。そこは、二人の物語はこれから、だろ?」
彼女はようやく笑った。
無邪気で、邪悪で、悪戯に成功したと言う、いつもの憎たらしい笑み。当然気に食わない。だがそれが、彼女らしさ、なのだ。
「それじゃあ、まずは……貴様の“愛”を教えてほしいなぁ」
少女は光陽の首に手をまわして顔を近づける。
「……まったく、お前は本当に常識がない」
光陽は、やれやれとため息を吐く。その表情に、少女はむっと可愛らしく眉間にしわを寄せた。
「人の事を知りたいのなら、まず自分の名を名乗れよ」
今まで聞かなかったが、普通はソレが常識だ。変な所が抜けてるんだよ、コイツ。聞かなかったオレもオレだが。
「ルー・マク・エリスンだ」
「桜光陽だ」
互いに今まで名乗らなかった名前を、名乗り合い、なんだかおかしな空気から笑ってしまった。
「それじゃ―――これからよろしく。光陽」
その笑顔を見れただけでも、今までの自分の生き方は何も間違っていないと認識できるのだ。
「まぁ、これからは……少しまともに、お前と向き合う事にする」
その二人の様子を、アスラは唖然として見ていた。
こんな事があるのだろうか……まさか消去されるはずの【光王】を、消去するはずの【英雄】が受け入れたのだ。
ここから輪廻は回り、次の標的は吾輩たちとなるはずだった。
故に、この場で残った【英雄】を叩いておこうと思ったのだが、結末は因果から外れた。
「これも、あなたの読み通りなのですか? アナクフィ殿」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
むかし、むかし。
まだ……この世が“永劫回帰”として完全だったころ。
なにもかもが満ち足りていた“世界”だったころ。
機械の歯車が、何の疑問も持たずにその役目を担っていたころ。
ある“存在”が、こわれた。
―――決まった結末へ“世界”を導く……その役を担い。
そして、愛する者と共に在った。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
膨大な本棚に囲まれた空間。
本棚に収まる本の数だけ、記録した物語に囲まれた彼は、今まで知らない新しい物語を見ていた。
「…………」
その部屋の真ん中に座る事務員風の彼は、【英雄】より伝わる“結末”の提示された情報を、デスクに座って見ている。
多くの物語の中で、ひとまず終わった結末。それは彼が予測し、求めた結末では無かった。
予想外の事態。それでも、彼は笑っていた。
微笑ましく、桜光陽に抱えられたルー・マク・エスリンを見て、我が子の事のように見守っている。
限りなく低い結末。その因果へ世界は入り込んだ。間違いなく、その起点となったのは、この二人だ。
この二人こそが、間違いなく世界を救う。
既に因果は“輪”より“螺旋”へと変わり、これからの“決められていた因果”は全て無となる。
「演算を再び組み直さなくてはな」
それでも笑みは崩れない。それだけ嬉しいのだ。そして――――
『ルー・マク・エスリン ←→ 桜光陽』
そう記載し、その隣に『Utopos』というサインを戸惑うことなく書き込んだ。
「―――……」
ふと、サインまで書き切った時だった。男の表情から笑顔が消える。
「なーんか。やってると思ったら、あんただったのね。アナクフィ」
目の前の空間から声がすると、一歩一人の女性が、その空間に踏み出していた。
頬に複雑な紋章が書かれ、どこか見下すような目つきに、三つ編みに纏めた金髪と蒼眼。容姿と雰囲気と、高飛車な印象を受ける。
「派手に目立ったから、コソコソしてたのが台無しよ? おかげで、こっちにも勝手に情報が入ってきたわ」
デスクの端に腰を下ろして、彼女は後ろ目で座っているアナクフィに告げる。
「何をコソコソしてるのか解らないけどね。あの世界を任されてる奴は居ない。だから私が引き受けたのに、あなたの所為でもっと複雑になりそうじゃない」
手をかざして、呆れた、と掌を上に向ける動さで、ため息を吐く。
「黙れ、レノバティオ」
名前を呼ばれた女は、驚いてデスクから降りた。
「奴が残した世界だ。“虚”と“実”の混ざる事を望み、そして自らも世界へ身を捧げた。ならば、その意志を継ぎ、間違いを正さなくてはならない」
アナクフィは、事務的に正すことだけを考えるレノバティオを哀れんでいた。
それは、その世界の在り方ではない。ソレを、アナクフィ自身も、今教えられたのだ。
「“存在”の価値は平等だ。ソレを捨てるとは……哀れな“存在”よ」
決まった因果は決して抜け出すことは出来ない。
それが間違いだった。どんな“存在”も、その永劫回帰から脱する可能性を秘めている。
レノバティオは眼を細めて、睨みつけるようにアナクフィを見る。
「……ふん。いつまでもそんな事を言ってられると思ってるの?」
今度はクスクスとレノバティオは笑う。その時、アナクフィに一つの情報が入ってきた。
「!」
その情報を見て驚くアナクフィを余所に、レノバティオは勝ち誇ったように笑う。
彼女は既に知っていた情報なのだ。別の角度から得ていた情報であるため、アナクフィよりも早く得ていたのである。
「簡単な事よ? だって、越えられるわけない。私の【銀腕王】を……小娘の【光王】ごときに、止める事は不可能なのよ」
≪【銀腕王】、【シャナズ】と同盟』≫
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
晴れた街。一層瓦解したE市中心街は、慌ただしく消防と救急のサイレンが鳴り響いている。
全てを見届けたアハトは、雫の落ちる中心街でも数少ない造形を残した建物の屋上に座って彼と彼女を見ている。
そして、部隊の長に直接連絡を取っていた。
「はい。【英雄】が勝ちました。しかし、【光王】は生きています」
『だから言っただろ? くだらない因果に振り回されるだけが、人じゃないよ』
次の標的となるのは必然として【魔王】。
故に、【光王】を討ち取った【英雄】と共同戦線を張る事を目的としていたのだが……この結末により大きく目論見は外れてしまった。
「以後、可能性に入れておきます」
『それはいいさ。若い内は、色々と間違えて進むのも貴重な経験さ。それよりもイレヴンは居るかい?』
「今は、二人とは別行動をしています」
『そうかい。なら、彼に伝えておきな。急いで、E市を離れろ、ってね』
『イレヴン。君には本当にがっかりさせられる。【シャナズ】は君の廃棄を決定した』
「…………」
『せめて【光王】か【英雄】を抱き込むことが出来れば、君にも生きるチャンスはあったんだけどねぇ。もう、終わりだよ』
「…………」
『『三原則の死』を送った。彼は私の親友なのでね。こころよく、承諾してくれたよ』
「デオス・マディス―――」
『それじゃ、短い余生を楽しんでね』
『彼ら』に成ろうとしてる存在の名前を呼んだのが、イレヴンが行った【シャナズ】との最後の通信だった。
愛とは相手に変わる事を要求せず、相手をありのまま受け入れる事である。
※脚本家 ディエゴ・ファブリの名言より




