17.Condition of hero 英雄の条件
【英雄】の存在を光陽は完全に察知できなかった。
いくら目立つ格好をしていても、殺意も気配も持ち合わせていない。
死角に居れば、その接近を知るには、天性の“勘”しかない。加えて、この場の緩くなる空気によって、その“勘”事態も鈍っていたのだ。
少女へ振り向いた彼の背後へ、突如として現れた【英雄】は、既に剣を抜いており、光陽へ斜め下から振り上げる。
「危ない!!」
その声と共に光陽は突き飛ばされた。唯一、【英雄】の存在を視覚情報にて察知した少女により、その斬撃から逃れることが出来たのである。
彼女も【英雄】の出現は察知出来なかった。
この場所は、少女が元々持っていたエネルギーの拡散した場所であり、そのおかげで能力全般が全て引き上がっている。
戦闘力、感知、エネルギー伝達効率まで、全てが今まで一番優れる場所なのだ。
測り間違っても、決して奇襲を受ける様な状況ではなかった。
しかし、【英雄】は少女の知らぬところで、彼女のような存在に対して、完璧な奇襲能力を追加されていたのである。
「ことごとく……先を行くか―――」
「―――おいっ!!」
少女は光陽の代わりとなる形で剣撃を受けていた。少女の片腕を切断し、その身体で斬撃は止まっている。
「はは……予想外だ。そんな機能をつけるにはタイミングがおかしいと思うぞ?」
至近距離で見合う少女と【英雄】。止まっている剣が、少しずつ少女の身体を二つへ分けようと動く――――
「テメェ!!」
光陽は【英雄】に踏み込んでいた。全体重を預けた踏込みから伝わる衝撃によって、地が裂け、反復する力を掌に伝える――――
しかし、【英雄】は開いている片手の人差し指と中指を、接近してきた光陽に合わせて突き立てた。
無慈悲な指撃は、躊躇いも無く、彼の右眼に入り込む。
「!?」
無機質な感覚が視界の半分を永遠に奪う。同時に脳に対して強烈な激痛を伝えていた。
「お……オォォォォ!!」
それでも、光陽は踏み込んだ。右眼を突き刺している【英雄】の片腕を逃がさない様に掴み、更に深く入り込み、
「『玄武一門』!!」
肘を【英雄】の横脇腹に叩き込む。【英雄】は車に撥ねられたように吹き飛んでいくと、近くに積み上げられた瓦礫へ激突した。
「ハァ!! ハァ!!」
光陽は右眼の痛みを、和らげるよう為に、わざと息を荒く吐き、呼吸を整えていた。そして、自分よりも重症である少女の元へ。
「本当に……貴様は無茶な奴だ。」
剣を持っていた【英雄】の支えを失って少女は倒れていた。
彼女から流れ出る大量の血液は明らかに致死量を超えている。それでも喋ることが出来るのは、この場所である要因が大きい。
「お前が言うな!!」
喋るな! と光陽は怒鳴ると、シャツの一部を破って切断された少女の腕に巻きつける。そして、身体に深く斬りつけられた傷は手で押さえる。それくらいしか、応急処置の知識は無かった。
「腹の傷はいい……優先して治す。腕も再構築すれば問題ではない」
「……オレはどうすればいい?」
傷の痛みに苦しみながらも、少女は不敵に笑った。
「見守っててくれ……と、言うのもいかんな。そうだな――――」
その時、鎧の足が地に踏みしめられる金属音を聞いた。
吹き飛ばした【英雄】がこちらに歩いてきている。剣も翼も無く、前に光陽と戦った時の姿をしていた。
「逃げてくれればいいよ。我が時間を稼ごう」
「……どこまで、お前らはオレを嘗めてんだ」
光陽は着ているジャケットを少女へ羽織ると、彼女に背を向けて立ち上がった。そして、歩いて向かって来る【英雄】へ向き直る。
「奴が……何の感情も無くオレ達を殺しにくるなら……こっちも“力”で護るまでだ」
息を吐き、構える。距離感のつかめない片目でどこまで行けるのかは解らない。けれど、不思議と心の中から湧き上がる強い力があった。
「護るべき命と! 己の生き方をな!!」
彼の戦う理由は、いつも無意識にたどり着く“命を背負う”という事だった。
【英雄】は、構える光陽に対して何の畏怖も抱かずに歩いて来る。一歩一歩を、目的地に向かって、迷いなく進む人間の様に、歩を止める事は無い。
目的は少女である。最初に光陽を狙ったのは、昨日の戦いでの懸念があったからだ。
自分の存在を脅かす彼を、少女との戦いの最中で刺し込まれると、負けると判断したのだろう。
そして、彼を仕留める事を目的とした奇襲は、思いがけない結果となったのである。
少女に重傷を負わせて、そして単独で光陽と対峙する。
恐ろしいほどに【英雄】の都合の言い様に事柄は進み、彼と彼女は一気に窮地に追い込まれたのだ。
「……お前ごときに越えられん」
右眼失明。今すぐ病院に行けば、まだ間に合うかもしれない。だが、今治療している暇はない。
この右眼はくれてやる。代わりに――――
「『玄武双璧』の意味をくれてやる。オレを否定してみせろ」
「対物対抗―――『アナクフィ』ノ決定ニ従イ。選神儀ヲ執行」
【英雄】が踏み込む。
だが、光陽のような重々しく全体重を預ける様なモノではなく、次打を想定したフットワークの軽い動きで、リズム良く近づいてくる。
「―――第二形状ニテ選定[考察断]」
構える光陽に【英雄】の拳が向かう。高速の拳は剣撃に比べると地味だが、その威力は―――
「――――だいぶ、その冗談にも慣れてきた」
その拳を光陽は、掌で角度を変えて横に逸らす。振り抜かれた拳は地面に当り、衝撃で砕け散る。
その損傷具合から、人がまともに受ければ一撃で死に至ると光陽は推測した。
切り返すように繰り出される拳は、まるで雨の様に容赦のない連打だが、光陽にとっては剣を振って来るよりもやりやすい。
「専門分野だ」
掌で【英雄】の拳を受けていく。
普段行っている、力に対する力による相殺とは、逆の要領を選ぶ。最低限の力だけで、受けて、衝撃だけを溜めこまずに流していく。
物質と物質は、ぶつかった時に、互いに反発する衝撃を生み出す。それによって、より強い衝撃を生み出した方が打ち勝つのが物質の法則である。
『玄武双璧』の武術スタイルは、堅牢な受けにあるが、これは単に衝撃を相殺させるだけではない。
人の身体は受け取り、流すことのできる衝撃には限界がある。その許容量を遥かに超えた衝撃に対しては無力であるしかない。
しかし、長く“人”を突き詰めた者達は、その衝撃に対して逆の発想で立ち向かった。
衝撃を受ける際に発生する、身を護ろうとする反射的な硬直。これを逆に軟化させるのである。
“脱力”と呼ばれる、力を抜いた状態を維持することによって、衝撃に対して強い耐性を得る事を知ったのだ。
それは、武術と相性の良いものだった。
特に大地を主軸とする『玄武双璧』は、初動の打ち付けによって反発する衝撃を相手に伝える。故に、その初動が強ければ強いほど、技の威力は上がるのだ。
光陽は【英雄】の拳を、脱力した掌で受けつつ外側に弾き続ける。そして【英雄】の動作の中に見つけた、数瞬の“虚”を見出し、即座に踏み込むと、もう一度肘を叩き込む。
「!!?」
だが、その肘を【英雄】は逆に掌を添える様に受けていた。
防がれてもそのまま身体に接触すれば関係なかったのだが……適切な対処として、半身に身体を逸らし、衝撃を上手く後ろへ逃がしている。
一瞬で……そう受けるか!?
僅かに光陽に動揺が生まれた。瞬間、鎧に包まれた【英雄】の膝打ちが、光陽の脇腹にめり込む。
「が―――」
思わず息が漏れる。肋骨が砕かれる感覚と、激痛が脳へ走った。前のめりに倒れる光陽へ、【英雄】は止めを刺そうと拳を彼の頭へ向ける。
「―――読み合いはオレの方が上だな」
光陽は狙ってくる拳を読んでいた。頭に届く前に迫る拳の手首を取り、力の向きを横に変えて逸らすと、脇腹の激痛に耐えながら再度踏み込む。
爆発したような衝撃が響き、【英雄】と光陽の距離が開いた。
光陽は掌底打の『玄武一門』を放ったのだが、【英雄】は肘を折り曲げでソレも受け、衝撃は後ろに飛び退く事で逃がしたのだ。
「……今のも防いだか」
両方とも完璧なタイミングだった。あくまで、自分としては、だが。
それでも止められたと言う事は、こちらよりも“虚”の見分けが優れていると言う事なのだろう。明らかに前よりも強い。
「この程度じゃ……まだ届かない」
痛みは消すことは出来ない。だが、“集氣”と呼ばれる技で一時的に誤魔化すことは出来る。
「言っておくが、越えられないのはお前だぞ? 【英雄】――――」
光陽は距離を置いて対峙する【英雄】へ、構えながら不敵に笑う。強さが必ず勝利へ繋がるわけでは無い。
「『玄武双璧』は、その程度で否定されるモノじゃない。次の一撃で、試してみるか?」
消えてしまいそうなほどに、身体から“力”を抜きつつある光陽は、静かに息を吐いて【英雄】を睨みつけた。
硬直。そう見えたのは一瞬だけだった。構えた光陽はリラックスするように全身を脱力し、そして【英雄】へ先手を仕掛けた。
“虚”を突く能力は、明らかに敵の方が優れている。ならば小細工は止めだ。純粋に正面から打ち勝つつもりで技を繰り出す―――
「――――」
踏み込んだ光陽の足は……地に触れる前に、その間合いへ踏み込んできた【英雄】によって払われた。
『玄武双璧』のみならず、全人類共通で態勢を移動させる上で最も重要な、体重移動を見切られたのだ。
それでも、光陽の洗練された体重移動は、容易く見切られるほど単純ではない。刹那にて行い、そして同じタイミングを作らない様に毎回考慮しているのだ。
こいつ……タイミングが――――
【英雄】は光陽の踏込みのタイミングを完全に見切っての行動である。技を最大に発揮する一連の流れを、初動から崩された光陽は、宙に舞った。
【英雄】が払った足を引っかけて、光陽の襟を掴むと、近くの壁に投げつけたのだ。
「ぐ……お……」
壁にぶつかった衝撃に苦悶が漏れる。“集氣”で消した右眼と脇腹の痛みが再びよみがえるが、ソレを感じている暇は無かった。
【英雄】は壁に叩きつけた光陽の眼前に在り、拳を突きだしていたのだ。
「――――ぐ……」
何とか両掌を重ねて出来る限りソレを受ける。だが、背に壁が触れている為、衝撃を逃すことは出来ない。
「―――――」
無慈悲な【英雄】の拳が、嵐の様に光陽へ叩きつけられる。一発でも、容易く骨を砕く一撃を光陽は出来る限り掌で防いでいく。
しかし、耐えられるハズは無かった。強張った身体は、脱力とは無縁であり、こうなっては“力”と“力”では大きく【英雄】が勝る。しかも、奴には疲労も何もない。
止まる事の無い【英雄】の拳に、光陽の手の骨は数回受けただけで砕け、そして彼の腕は上がらなくなった。
「…………」
光陽の左胸と折れている脇腹に、数回拳が叩き込まれると、【英雄】の手が止まる。既に彼が動く事が無いと悟ったのだ。
「――――――」
【英雄】は光陽から離れ、少女へ歩を合わせる。光陽は壁に張り付けにされるように、打を叩き込まれていた。そして、力なく前のめりで――――
ビシ――
彼は踏ん張るように背を向けた【英雄】へ踏み込んでいた。歯を食いしばり、激痛さえも忘れていた。
“脱力”より復帰する瞬発力から生み出された体重移動は、今までで一番強く、広く、亀裂を地に走らせる。
【英雄】は咄嗟に光陽へ振り向きながら裏拳を叩き込む。
しかし、深く鋭く踏み込んでいた光陽には、当たらずに空を切る。そして、正面を向く様な形になった【英雄】へ渾身の一撃が叩き込まれる。
「『玄武剛山』」
地面が揺れ、崩れかけた建物が微細に振動する。
光陽の背が【英雄】に触れた。当てる面を極端に絞り、奴の胴体だけに衝撃を集中する。
次の瞬間、【英雄】の胴体が消滅し、手足はバラバラに吹き飛んだ。
人は望む。
苦難を乗り越え、弱者を救い、世界に救済をもたらす。
誰もが成れるわけでは無い。
誰もが辿り着けるわけでは無い。
ソレを持っている者が、ソレに成るのだ。
求められれば、望まずとも、その生き方を歩まなくてはならない。
人々がソレを求めたのだから、世界は英雄を否定した。
英雄を救う為に、英雄を否定した。
彼らは、彼らを知る者は知っている。
世界に必要なのは――――
誰かを救う、“誰か”ではないと―――
世界の為に在るべき人間であると―――
それ故に、満たす者は居なかった。
それが『英雄の条件』だったから――――
光陽は全身から一気に力が抜ける感覚に襲われていたが、何とか膝を立たせると、肩で息をしていた。
こんな事は初めてだ。まだ生きている事が本当に信じられない。
少女が歩み寄ってくる。片腕は再生しており、斬り込まれた身体の斬痕は消えている。再生した部分の服が欠落している以外は、元に戻っていた。
「はは……本当に、一人でやりやがった」
少女は光陽に歩み寄りながら笑った。その時の笑みは、今まで一度も作った事の無い、邪悪極まりない微笑みだったが、光陽は気づかない。
「お前の再生力を分けてほしいよ。しばらく箸は持てん」
彼の両掌は間違いなく折れており、右眼も酷い有様だ。両手は治りそうだが、右眼はもうダメだろう。距離感が変わってしまったので、しばらくは“本家”で調整しなければならない。
しかし、次に光陽は結果に疑問を感じたていた。そして、不安となって口から漏れ出す。
「…………なぜ消えない?」
「何が?」
【英雄】の胴体は完全に消滅している。しかし、その手足と頭だけは、消えずにこの場に残っているのだ。前に退散させた時の様に、存在が危うい様子も無い。
何かを待つように、その場に“非現実”の頭と両手足が残っているのだ。
「何が……ってお前なぁ。まだ、【英雄】は死んでないのか?」
だとすれば、今の内にトドメを刺さなくてはならない。せめて残っている部位だけでも、消し去っておかなくては――――
「前に言っただろう? これは不完全なんだ」
「知ってる。後200年は必要なんだろ?」
話している暇はあるのだろうか? 次の瞬間にも【英雄】は立ち上がり、また向かって来るのではないかと言う不安がある。
その時―――――
“最終決議。決決決決決決。以上可決。適正者。対物対抗、行使ヲ補佐”
頭の中にそんな声が聞こえた。思わず少女を見るが、違う……これはコイツの声じゃない。この声は―――――
“世界ヨリ認メラレシ修正者。今宵、貴殿ハ【英雄】ト記録サレル”
「こいつ――――」
光陽は【英雄】が発していると判断した。少女は聞こえていないのか動かない。
自分がやるべきであると、バラバラになった【英雄】の四肢に、震脚で踏み消さんと行動する。しかし―――
「なっ……!?」
消えた。近づくと同時に、まるで光となって拡散し消えたのである。
「元から200年も必要なかったんだ」
そして、彼の目の前にソレは現れる。
まるでカタログの様に中身の無い、浮いた防具。今まで必死に戦って来た【英雄】の鎧。
「何せ、我が見込んだのだから」
彼を飲み込む様に、鎧は光陽の存在と同調する。
「見つけたのは偶然だ」
鎧を振り払う力は残されていなかった。そして少女もソレを振り払うつもりはなく、むしろ歓喜していた。
「お前……ふざ――――」
抵抗できるのは意志だけだった。身体は強く拘束されたように動かない。
激痛を訴える脳に、別の感覚が入り込んでくる。拒絶などする事の出来ない、強い意志が走り――
“虚構の時代だ。誰も英雄を見ていない”
“誰も助けてくれない。居るハズなど無いのだから!”
“英雄はいるよ。絶対に”
“人々は……そう、信じ続けて来たんだ”
“きっと、在るべくして持つべき者が―――”
“君は違う。だから、はっきり言える”
“間違うな。その生き方こそが、お前の証明となる”
≪英雄の条件≫“――正シキ終ワリヲ。英雄様”
「あははは! どうだ、我が父よ! どうだ、世界よ! 我の眼に狂いは無かった!」
少女の前に……その瞳に『桜光陽』は存在して居なかった。
「我が選んだのだ! そいつを! 我が最も望む結末への完成者を!!」
破綻した世界を修正した彼女が――
目の前に立つのは、この世界で最初に出会った……最も、その生き方を愛した一人の【英雄】だった。
「……さあ、愛しき人よ。『進むべき者』と『残るべき者』を決めよう」
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
【英雄】は居ない。それが君たちの世界の秩序だ。
ならばどうやって【英雄】を称える?
違う。そうではない……【英雄】とは、人とは、その世界に在るべき“存在”とは――
強い輪廻に封じられてきた。
この世界は【英雄】を生み出すことを拒み続けてきた。これは変わる事は無い。もし変わるのであれば……
【英雄】だけがその可能性を秘めている。
【英雄】とは矛盾の存在。居るハズの無い“虚”であり、他の縋る“存在”であるのだ。
“英雄の時代”に【英雄】は居なかった。
だから、誰もが語り、思い描き、そして―――伝えた。
強き願望が、虚偽の存在を――【英雄】を星の記憶に刻み込んだ。
偽りの時代。だが……それを証明する。偽りで終わらせない。
可能性は……いくらでも存在する。それが我々の求める“意志”だ。
「それが君たちの“存在”する理由だ。神が居なくとも、人は……結末だけは知っている」




