16.Emptiness walks 空虚の歩み
『大鳥支局』ビルは盛大に斬り崩れており、その瓦礫の撤去作業によって、多くの人間が慌ただしく活動していた。
「それにしても運が良かったよ。死者はゼロだ」
唖然として見上げている光陽へ、シャツにサスペンダーとネクタイと言った、姿で話しかけてくる男がいた。
「お屋――総編集長。来てたんですか」
大鳥局の統括総長の男―――城里巧断は現場に出向いていた。
「連絡を受けてね。早朝から来たけど、切り崩れたのは四階から上の階で、人は偶然にもほとんどいなかったそうだよ。重傷を負っていた者もいたけれど、皆病院で生存が確認された」
「そうですか……良かった」
光陽は胸を撫で下ろす。
正確に思い返すと、ビルの損傷の原因は、光陽が逸らした【英雄】の斬撃である。あの時は何に当ったのか確認する余裕は無かったが、まさか『大鳥支局』のビルだったとは……
「だが、仕方のない犠牲だろう。ああしなければ我らが斬られていたからな」
横から顔を出して目の前の惨状を覗きこむ少女はそんな事を言った。
「おや? 可愛いお嬢さんだ。光陽の連れかい?」
巧断は、少女を見て呟く。少女は一般目線でも美少女の類に入る容姿であるようだ。
「うむ。言うなれば口づけした仲よ!」
「アホたれが!」
なんて人に何てこと言いやがる! こいつ!!
光陽は、少女の被っているキャスケットの唾を掴んで、有無を言わさずに顔に降ろす。
「うーん。光陽、せめてシスコンにしておきなさい」
「すみません!! 無茶苦茶誤解しているようなので、本気で弁解させてもらえないでしょうか!?」
「あっはっは。ジョークだよ。君はそこまで不健全ではない事は知っている」
「本当ですか? よかっ――――」
「もし、そうだとしたら『狭間』から出す気はなかった」
一瞬、冷気が全身を撫でた様な悪寒を感じた。放ったのは間違いなく巧断であり、本心を探るために、彼はよくその気配を飛ばす。無論、ソレを感知できる者、限定だが。
「ひっ、すみません!」
「はっはっは。ジョークだよ、ジョーク」
巧断の冗談は光陽にとっては特に心臓に悪い。本来は、こうして話すことも恐れ多い人物なのだ。
「『フラリス解放』は本当によくやってくれた。今、『楓』と『椿』の数人が技術指導に出向いていてね。君と同世代のソウヤとマリもしばらくは帰ってこない」
「そうですか。あっちでは会わなかったので、入れ違いになったのかもしれません」
「私としては、君たちの生存が最優先だ。依頼は二の次。信頼は取り戻せば良いけれど、死んでしまった者は帰ってこないからね」
「……はい」
大きな組織を率いていく長として、巧断は、多くの身内の“死”を経験している。その度に強く後悔し、依頼の達成よりも身内の生存を優先させていた。
「オレは絶対に死にませんよ」
「そうしてくれると、気苦労が減って助かるよ」
光陽の本質を理解している上で巧断はそう返した。
信用できる実力を光陽が持ち合わせている事もあり、不足していた要素は、揃っていると判断したからである。
「むー、一体何をする!」
「それじゃ、私は退散しよう。光陽、本日の仕事は休みだ。本社がこの有様だからね。詳しい事は鷹さんから指示を受けてくれ」
『待機だよ』
鷹さんに連絡を取った光陽は、近くの別の行きつけのカフェテラスに座っていた。
一言だけ言われ、そうします、と返して携帯を切った。
「はぁ……」
「まぁ、仕方あるまい。ああしなければ我らはここに居なかったのだからな。貴様のファインプレーに感謝」
「うるさい……」
光陽は眼の前に置かれているコーヒーを飲みながら、色々と考えていた。
と言っても、壊してしまった『大鳥支局』ビルの事は元より、【英雄】の事や【魔王】の事である。比較的、穏やかだった日常生活に戻るのはまだまだ先の様だ。
「我々はそう言うものなのだ。息をするように人の築いたモノを滅ぼすことは容易い。今までは【魔王】がこの島国を管理していたようだが、昨日を機に、一気に乱れたという所だな」
少女は運ばれてきたアイスココアをストローで飲みながら街行く人々を見て、楽しんでいるようだった。
「よく考えると……お前の所為じゃん」
「はんっ、あれしきの戦など、前哨戦にもならん。知識と配下が揃っていれば、今頃どっちが立っていたかは解らなかっただろうよ!」
「……お前が強いのはあまり理解できないんだが……マジであの髑髏の化け物と同じなの?」
光陽は昨日遭遇した【魔王】の事と少女を比べていた。見た目だけなら、明らかに【魔王】の方が強靭に見える。実際、少女の方は手刀一つで死にかけてた訳だし……
「姿形は問題ではないさ。【魔王】は太古よりあの姿なのだろう。世界に定着した形は捨てれば、ゼロからやり直さなくてはならないからなぁ」
「じゃあ、なんでお前は、そんな小娘の姿なんだ?」
「相手が油断するからだよ。誤解が無いように言っておくが……我の性別は貴様らの定義で言う所の“女子”だ。生みの親がそう定めたんだから、こればっかりは仕方ない」
「あんまり意味が無い気がするけどな。お前らに性別とは必要あるのか?」
ただでさえ、歯止めが無ければ破壊が基本思考の奴らに、性別が本当に必要なのかどうか疑いたくなる。
「的を射た質問だ。答えは知らないが、我の憶測では単純に“差”を見たいだけだろうな」
少女はストローでコップの中のココアを混ぜる様に回す。
「男なら友情や父性が強く、女なら愛情や母性が強く現れる。このどちらが、戦いにおいて強く作用し、そして状況を打破するのかを見てみたいのだろう」
そして、彼女は空を見上げる。まばらに雲の目立つ青空は平和の象徴の様だった。照りつける太陽は、寒気に包まれるE市に温かい日差しを落している。
だが、今日は午後から雨が降るようで、少しずつ雲が増えているように見えた。
「それに、女の方が油断すると言う事もある。貴様と最初に出会った時は、流石に有無を言わずに攻撃はしてこなかっただろ?」
状況を思い出してみる。
深夜の公園で少女と遭遇した。普通の人間ならば敵以外の何物でもないが、彼女の持っている、人とは思えない独特の雰囲気と“少女”という外見から、即時抹殺には移れなかったのだ。
“女”で“子供”。そして華奢な外見と言う様子から、こちらが有利であると判断して、些細なミスでも立て直せると考えたからである。その中身は、見た目以上の怪物だったわけだが……
「自分の未熟を呪いたい……」
「一般的には気にする場面ではないと思うけどな。まぁ、老練者を見ていれば、そう言う事さえも、貴様たちの世界では命取りになる、と言う事は理解しているよ」
小悪魔の様に笑みを浮かべて光陽を見る。してやったり、と言った顔である。
「我として予想外だったのは、貴様に振りきられてしまった所だ。あの後、見つけ出すのに半日も時間がかかったのだぞ?」
「知るか」
「ふふん。つれない奴め」
少女は残ったココアを程よく溶けて小さくなった氷と共に喉に流し込む。普通の動作に、普通の仕草。どう見ても“人”にしか見えない。
けれど……違うのだ。彼女は形こそ“人”だが、その内には到底、人類には理解できない存在としてこの場に居る。
少女が消されてしまう時期。それは彼女自身にも解らない。執行するのはあの【英雄】であると言う事は解っている。
解っているのはそれだけだ。そう、絶対に殺されるという事が解っている。少なくとも彼女はそう認識している。それなのに、光陽はどうしても信じられなかった。
恐怖の一つなく、現状を楽しんでいる。普通なら、感情や思考があるなら、ソレを感じるはずだ。
「なんで、笑えるんだ?」
“死”がどれほど恐ろしく、時に最悪の形で降り注ぐと言う事が、どれほど恐いかを光陽は知っていた。
「彼女は、ただの起爆剤だよ。吾輩の停滞に痺れを切らしたと言った所だろう」
「起爆剤……かぁ」
「ノハ氏。君の判断は間違っていないと吾輩も思っている。結果、多くの要素が重なって吾輩たちは動き出したわけだ。だが、後回しにする意味も無いと考えていた」
「彼女は彼に任せておけば大丈夫だ。その点は保証するよ」
「ふむ。ノハ氏の言葉を信用しないわけではない……しかし、後回しは悪手だったかもしれんぞ」
「どういう事?」
「奴……【英雄】とは時代のズレを正す存在だ」
「そして、支障のない形に戻ったら表舞台から姿を消す」
「うむ。その存在が今までは“人”に現れなかった。故に、この地に落されたのだ」
「アスラの見た、『翼の騎士』だね」
「アレは【光王】と共にこの世界に来た。彼女を隠れ蓑にし、そのエネルギーに記憶されていた、この世界の断片だ」
「メイリッヒが映像と、残留してたエネルギーを解析していたね。やはり危険なのかい?」
「危険で済めばいい。吾輩が、アレに手を出さなかった理由は、単に耐性を考慮したためだけではない。ノハ氏はロールプレイングゲームを知ってる?」
「やったことは無いけどね。スゴロクなら友達と作ってやったことがあるよ」
「スゴロクでは伝わり難いけど……まぁ、一般的なRPGだよ。知ってるでしょ?」
「基本的な事なら」
「本当に二次元じゃ何でもアリだよ。何度死んでも、リセットして生き返れるんだから」
「……アスラ、君は【英雄】について何を知ってる?」
「何も知らない。ただ、これだけは間違いなく決まっている。“人”ではない【英雄】はまさに、決して絶える事の無い秩序と同じだ」
「…………冗談みたいだね。なら【英雄】は君を含む、全てを元に戻したら消えるのかい?」
「もしくは……“求める者”が満たされたときに、消えるのかもしれないな」
「簡単な理由だ」
少女と光陽は喫茶店から出ると、街道を歩いていた。ただ、彼女がどれほど壊したのか、光陽としてもその眼で出来るだけ見ておきたかったのだ。
通勤ラッシュの終わった街は、昨晩から続く瓦礫の撤去作業と交通整理は、数カ月の間は続くだろう。安寧には程遠そうだ。
「今が愉しいからだ」
破壊の原因であり、その被害を受けた街を歩いているにも関わらず、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
「おいおい……」
「ふふん。我としては、今の市街は風穴の空いたように風通しのいい感じだ」
「馬鹿。不謹慎な事を言うな」
立ち入り禁止になっている道を横に曲がり、封鎖されている中心街を外側から見て回るように街を歩く。
「色々と情報を吸い上げた時に思ったんだ。なんとも息苦しい街だとな」
当時は、静まり返っていた深夜だったが、高い建物で囲い、自らで息をする場所を制限しているようで、イライラしたという。
「“人”は……もっと大きな感覚で、広く世界を見るべきだ。小さく縮こまっていては、出来る事も見失ってしまう」
「お前の価値観で考えるなよ。人には身の丈に合った役割がある。それを認識して、適応できる場所で生きるのが、人の生き方だ」
もちろん、努力すれば広く生きることが出来る。それでも、幅を広げる事が出来るのは、そう多くない。
「なら、貴様は死に最も近いところで生きているな? それも身の丈に合った生き方だと?」
「……ああ。他の誰でもない、この生き方はオレ自身が決めたものだ。生涯を貫くに値する生き方だからこそ……否定はしないし、寿命以外で死んだとしても、絶対に後悔しない」
光陽の生き方―――『玄武双璧』は、その背に最も大切な者を背負って生きていく。そして、その背に護るべき者が居る限り、退く事も倒れる事も絶対に考えられない。
強靭で、強固な信念。決して折れる事の無い命の意志を、光陽は体現し続けていた。
しかし、大切な家族である妹が“本家”に反して失踪した時は、存在意義を見失っていたのだ。強靭過ぎる意志であったが故に、迷ってしまったのだ。
半年の投獄で、ある程度は考える時間があったとはいえ、未だに決定的な存在を作れずにいる。
「……だが、永くないのも事実だな」
本心で解っていた。このまま、穴の開いたままでは次に、自分を越える存在と交戦した時に、間違いなく命を殺られる。
だが、“大切な存在”は望んで手に入るものではない。幼少より護ると誓った、大切な妹だったからこそ、それと同等かそれ以上の存在でなければ、護る意味が無いのだ。
光陽の『玄武双璧』は完成から、未完成になってしまっていた。
「なんだ? もうすぐ死ぬのか?」
「お前って奴は……少しは言葉を選べ」
「じゃあ、慰めてほしいのか?」
「んなわけあるか!」
そんな事を少女に話す事も無い。それに、なんとなく予感があるのだ。近い内に確実が“死”が来るような予感が、チリチリとうなじを撫でているのだ。
まるで、街全体がゆっくりと戦気に浸蝕されていくような……そんな戦場には似つかわしくない場所で感じる違和感である。
この雰囲気は……あの時の―――
「おーい。こっちに行こう」
少女に呼ばれて、ふとそちらを向くと、まだ撤去されていない瓦礫のてっぺんから見下げていた。いつの間に登ったんだ?
「馬鹿。そっちは立ち入り禁止だ! さっさと降りて来い!」
「先に行ってるぞ」
そんな事を言いながら、瓦礫の向こうに消えた。反対側へ下ったのだろう。
「……まったく」
彼女の行動原理がまるで解らない。一体何を考えてんだ?
光陽はため息を吐きつつも、警備の人間が居ない事を確認し、少女とは別のルートで瓦礫の向こう側へ向かった。
「【英雄】と向かい合った時、少しだけ違和感があった」
「違和感?」
「考えてみたんだが、【英雄】の件は昔にも何度かあったのだが、今回は特に、らしくない」
「アスラ、君の物差しで喋られると、こっちはついて行けないよ」
「おっとすまない。ノハ氏、君にも話しただろう? 吾輩たちを創った存在の事を」
「漠然とだけどね。正直、僕としては理解できないよ」
「正直な話、理解してもらっても困るんだけどね。まぁ、“彼ら”に対する呼称は無い。ただ、全てにたどり着いた知識の集合体なのだ。だからこそ、こんな非合理的な方法しか取れなかったのかと思ってな」
「…………まともって事なんじゃないかな?」
「確かに……その可能性も捨てきれない。“彼ら”は最も単調で、『退屈』を嫌う。逆に手間をかける事も、無いわけでは無いが……」
「スマートじゃないって?」
「その気ならば、息をするように始末できる【英雄】も創りだせたハズだ。わざわざ性能を落した“存在”を創る意味はない」
「勝手な行動はするんじゃねぇよ」
近くの建物の裏口を壊して、その場所に辿り着いた光陽は、先に着いている少女に歩み寄る。
「それに……結構近かったんだな。この場所とは――――」
「ここがどうしたって?」
少女は手を広げて、その場所に差し込む光を浴びる様に回る。それと同様に光陽も何とも言えない安堵感に包まれていた。
「――――なんだ? 変だぞここ」
先ほどまでの嫌な警戒心が完全に消え去っている。それどころか、まるで近くに頼れる身内が居る様な安心感にも包まれていた。
「変とは――――まぁ、貴様とは若干にも繋がっているわけだから、我の真相を強く感じているのだろう」
「これもお前の仕業か……気配の察知が鈍くなりそうだ」
正直、かなり良くない感覚だった。
一人の時は、常に神経を張り巡らせる光陽にとって、この異常なほどにリラックスできる空間は、危険極まりないと考えてしまう。
特に、“本家”や身内の傍以外にコレを感じるのは最悪の状況だ。
「そうか? 一日以上経ち、ある程度は霧散してしまったが……少しだけならエネルギーを回収できそうだ」
「よくわかんねぇが、さっさとこの場所は離れたい。お前が瓦礫を越える前に、変な気配を感じた」
徐々にE市に広がるような戦気。あの感覚は昔、海外で滞在中の街が戦場と化した雰囲気に似ていた。
何かが起ころうとしているのは間違いない。それも、かなりヤバイ感じだ。
「焦る必要はないよ。この場所は特別だ。近づく存在が居れば、簡単に感知できる」
「どこまで当てになるかは知らねぇけど、死んでも知らないぞ」
光陽は自然と周りの建物から狙撃されない位置へ歩み寄ると、その場所に崩れて落ちている瓦礫に座る。
「ふむ。なら、我も」
少女も同じように光陽の傍に寄る。
「やはり、貴様の傍が一番良い。心から安心できる」
光陽の座り、肩に身を寄せて少女はそんな事を呟いた。二人の間を安らかな雰囲気に包まれる。
「信用してもらってる所、悪いけどな。オレはお前が思ってるほど立派な人間じゃない」
「それを判断するのは我だよ。貴様は良い奴だ。そうでなければ、これほどまでに心を許すことは出来ない」
「勝手に言ってろ……」
肌寒くなる時期なのだが、不思議と寒さは感じない。
まだ晴天の空だが、日陰に居れば自然と冷え込む。けれど、ここはそんな寒さとは無縁の暖かさに包まれていた。
「……ある所に、一つの兄妹が居た」
光陽は場の雰囲気に呑まれてしまったのか……自然と口が動き、隣に居る少女に聞こえる様に声を発する。彼女もその声に意識を傾けた。
「兄妹を愛する父と母がいて、兄妹も父と母を愛していた。しかし……兄妹の両親は事故で死んだ」
「…………」
「兄妹は親を亡くした悲しみに押しつぶされそうだった。そんな中、兄は父親が亡くなる前にある約束をしていた。けれど、兄は……その約束よりも“身内の死”を極端に恐れるようになり、普通に生きてしまったら、また失う恐怖に感情が支配されてしまっていた。彼は祖父に懇願し、妹を、家族を護るために、決して許される事の無い、血に汚れた人生を歩む決意をする。その後、兄は……その生き方をする事で安心した。人を殺すことが、他を蹂躙する力を持つことが、大切な家族を護れると言う事に、人を殺してから初めて気が付き、安心して寝る事が出来た」
「…………」
「兄は、ただ護るためだけに人を殺す。必要な分だけ、最小限の被害だけで生き続ける。どれほどの強敵が現れようとも、その背には護るべき家族が居た。故に、兄は絶対に死ななかった。負けなかった。生きて妹の元へ帰り、そして―――妹も兄の後を追った」
少女は無言で聞いていた。その様子に光陽は淡々と続ける。
「兄はすぐ傍に妹の命を背負った。妹も兄の命を背負った。いつかは、互いに傍にいるべき者は別々になる。それでも二人は、互いに、互いの将来を願い、背中を預けて戦い続けた。そして妹は……兄の元から姿を消した」
「それで、兄はそれからどうしたのだ?」
「兄は、妹を庇って裏切り者と判断された。投獄され、半年後に再び歩き出したが、兄は、もう今までの様に戦う事はできなくなっていた。生きる意味を失い、半端な命を捨てる様な戦いをつづけたが、それでも生き残り、死ぬ瞬間を探している」
「だが……兄が死ななかったおかげで、美少女は彼に命を助けられた」
少女は無邪気な笑みで光陽を見つめて告げた。
「そして、兄と美少女は相思相愛になり、子宝にも恵まれて慎ましい生涯を――」
「捏造するな」
「あぅ!」
光陽は少女の頭に軽く手刀を落して、戯言を停止させる。
「ふむ。夢は叶うと思っていなければ、叶わんぞ?」
「……はぁ。なんか、お前と居ると、色々と感覚が鈍くなりそうで最悪だ」
「ほう。それは我が貴様を安心させていると言う事だろう? この寂しがり屋さんめ!」
「お前の頭の中は、色々と欠落してる。脳みそを創り直した方がいい」
「ふふん。中々の返し言葉よ」
「……だから言ってるだろ?」
光陽は立ちあがると、あえて死角となる位置から日の当たる場所へ出る。
「オレは何も無い。ただ在るのは、護る意味を知っただけの、空っぽの『玄武双璧』だ。何を護ればいいのか、何を護るべきなのか。もう、何も見えないんだ」
いっその事、この場で死ぬ方が良かった。
だが、気が付けば命を警戒している自分がいる。長年の習慣と継いだ『玄武』は、そう簡単に光陽を死なせてはくれなかった。
「何も護らなくても良いだろ?」
少女は光陽の元へ歩いて近づき、日の下へ出た。
「お前、話を聞いてたのか?」
「じゃあ、聞くが『玄武双璧』は、お前なのか?」
「そうだ」
「だから、そういう生き方をするのか?」
「ああ」
「なら、貴様の意志はどこにある?」
「家族を護る。ソレがオレの意志で、『玄武双璧』だ」
「だーがーら! それがおかしいんだよ」
少女は光陽を叱るように顔を近づける。そして彼を、自分の瞳に映す。
「貴様は機械か? それとも、人ではないのか?」
「…………どういう意味だ?」
「意味をその通りに受け取って、生き方を、その通りに感じて、それで本当に『玄武双璧』だと言えるのか?」
「お前に何が解る? ずっと、護ってきたんだ。妹を……ヤエを! オレがアイツを護らないといけないんだよ!!」
光陽は思わず声を荒げていた。場所は封鎖地区であるため、多少の大声では人は駆けつけない。
「なら、なぜ貴様はここに居る?」
「――――何故って……」
「なぜ、生きる意味を失って、生きていられるんだ?」
知らない。知る筈がない。こんな事考えたくも無かった。
オレはずっとこんな簡単な事にも気が付かなかったのか? 生きる意味が無いのに、なぜ生きているのかを―――
「きっと、それが貴様の辿り着いた『玄武双璧』の答えなのだろう?」
「……そんなの解るわけない……解らないんだ……オレは――――」
違う……。ただ……そう思いたかっただけなんだ。生きる意味を……覆すことのできない妹に否定された。
あの時、追いかけることだって出来た。だけど……
「あの時……オレの足は進まなかった――――」
座ったまま光陽は手で額を支え項垂れる。誰の為に生きるのか。誰の為に立つのか。誰の為にその背に命を背負うのか。
「ヤエが……まだ居たんだ! 手の届くところに……目の前に……居たんだ。なのにオレは……アイツに歩み寄れなかった……」
もし、進むことが出来たのなら。責任を果たせたハズだ。兄として、妹の存在を否定させない唯一の方法を取ることだって出来た。けれど――――
「“本家”を、ヤエを、『玄武双璧』を、オレが……裏切ったんだ」
自分で、自分の生き方を否定した。ソレに気が付くのが恐かったんだ。
「貴様がそう言うなら、ソレが答えなのだろう。きっと……誰にもその答えを提示することも、教える事も出来なかった。自信で気づかなければならない」
少女は項垂れている光陽を自分の胸に抱き寄せる。優しく温かく心から安心できる感覚に光陽は包まれた。
「…………解ってる。オレは―――立ち止まってしまっていた」
光陽は包んでくれた少女を、肩掴んで静かに離す。そして、空を見上げるとずいぶん広く感じた。
「オレは『玄武』だ。ソレは変わらない。けれど、ほんの少しだけ生き方の意味を考えてみようと思う」
「そうか。やっぱり、貴様はその雰囲気が一番良い」
少女は微笑んでいた。まるで自分の事のように、本当に喜んでいるようだった。
「…………お前、そんな顔もできるのな」
思わず驚いてしまった。と言うよりも、今までは色仕掛けで乱されたことがあったが、純粋な笑顔もまた違う意味で心臓が――――あれ? これって……
「ん。まぁな。こういうのに弱いのか?」
少女は、いつもの悪戯な笑みに戻っていた。そして、ふと感じたソレが明確なモノであると、ほんの少しだけ自覚した自分に猛烈に恥ずかしさを感じた。
「も、もう行くぞ! 今日は昼から雨が降る!」
「照れ屋さんめ」
「う、うるさい! 大体、お前には粗相が――――」
ふと、光陽は振り向いた為、気が付いていなかった。気配も、物音も無く、不意に現れた【英雄】の存在に――――
「降臨確立。行動開始[考察断]」
振り向くと同時に、彼の後ろに現れた【英雄】は光陽に剣を振り抜いた。




