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09、公衆電話ボックス

 以前父親が言っていたのだが、公衆電話や電話ボックスというものは、昔に比べてだいぶ数が減ったらしい。

 テレホンカードを収集していたんだ、なんて遠い目をして言う旅好きの父。何のために集めてたのか俺には理解できない謎行為なんだが、電車の切符とかも収集していて、改札機すら通すことなく触れるだけで精算してくれるICカードが爆発的に普及したことを、妙に寂しがっていたっけ。

 そんなことを思い出した時、ふと気付く。自分の知っているシステムが変化していくことへの寂寥感とか、そういうのが最近、なんだかわかるような気がする。俺も年をとったということだろうか。

 たとえば、パソコンなどのデジタル製品なんてのも、少し経つとすぐに新しい技術がでてきて、つい数ヶ月前まで最新だったものが、すぐに新しい何かに取って代わられてしまう。

 新しいものは、良いものかもしれない。でも、押しのけられてしまった新しかったはずの何かが、なんだか不憫だ。いやでも、これはもしかしたら、俺が押しのけられた何かに変な感情移入しているだけかもしれない。自分が、常に新しい良いものを手にしたまま駆け上がることができなかったから。

 ただ、こういった、押しのけられた何かに対する哀愁のような感情は、姉の方が多く持っていたのではないかと思う。なぜなら、「両親から愛される子供」というポジションを、三年ほど後から生まれた俺に奪われたから。だからこそ新しいものになら何でも飛びつく落ち着きの無いミーハー姉ちゃんになってしまったのかもしれない。

 つくづく、世の中ってのはままならない。

 いやしかし、技術が革新しても本当に良いものは古くても多数残っていて、俺はそういう存在になりたかったり、そういう存在を残したかったりってのは、欠片くらい思うのだけれど……。

 さて、というわけで、電話ボックスである。

 駅構内にも公衆電話があったのだが、なんとなく親に助けを求める会話を道行く人に聞かれたくなかったので、駅近くの街道沿いにポツンと置かれていた電話ボックスを選択した。

 受話器を持ち上げ耳に当て、財布から五枚ほど抜き出して台の上に置いていた十円玉を掴み取り、小銭を吸引する細長い口にねじ込む。

 母の携帯番号をダイヤルしてしばらく待つと、コール音がした。やや長い時間コール音が続き、警戒したような声で、

《もしもし》

 母の声がした。

 俺は開口一番、怒りをぶつけるように叫んだ。

「どうなってんだよ、あれ!」

《え、え? 良近?》

「そうだよ。母ちゃん、何で家が無くなってんだよ。意味わかんねーよ」

 しかし、母は戸惑ったような無言を返した。

「急に家取り壊したのかよ」

 なおも責めるようにして言うと、母は受話器の向こうで顔をしかめてるのがわかるような声で、

《あんたが何言ってんの?》

「え、だって、家……」

《もともと、うちに家なんて無いじゃないの。ずっと昔から、それこそあんたの生まれた頃くらいから橘の家にお世話になってるってのに、おかしな夢でも見たの?》

「え、え? え……?」

 今度は俺が、心の底から戸惑った。

 昔から橘の家に世話になってるだと?

 つまり、一家して母方の実家に転がり込んだということだろうか。

 おかしい。そんな記憶は全く無い。俺の知っている世界と歴史が違う。3LDKの一軒家、幼少の頃に始めて足を踏み入れた時、新築のにおいがすごいねって家族四人で笑い合ったのは鮮明な記憶なのに、そもそも最初から持ち家なんて存在しなかったことになっているのか。

 もしかして、俺の記憶が間違っているのだろうか。そんなはずはないと思う。思うけれど……。

「そ、そうなのか……」

 とにかく俺は、大いに落胆した。そして、一方的に電話を切ってしまった。



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