05、チルトって何なんだ
翌日の夕方のことである。
「どうしてこうなっちまったんだか……」
春らしい暖かな日差しの中、俺は地元から離れたある駅で呟いた。
手元に残ったのは、本当にわずかな金銭である。
詳しくも無い競艇なんかに手を出した結果がこれだよ。
せめて、ネットで色々と調べてからにすべきだった。
チルトって単語が何を表してるのかすらチンブンカンプンの俺は競艇なんぞに手を出すのは十年早かった気がする。
ビギナーズラックを狙って見事に仇となるとは、我ながら情けなさ過ぎる。
というか、俺ってもしかして史上最悪のクズなんじゃないか。そんな方面で色んな世界最高の事物を集めている酔狂な雑誌あたりに載るのは避けたい。
『史上最悪のクズ。料金滞納の挙句にギャンブルで大損こいて空を仰ぐ届氷良近』
とかってババンと写真つきで載せられたらたまらない。
でもだって、仕方ないだろう。一気に稼がないと生きていけないじゃないか。今の状況だったら、働いても働いても税金やら食費光熱費、携帯料金、ネット料金などでハイエナにたかられる草食獣の死体のごとくあっという間に金が無くなっちまって、溜まりもせず、遊ぶ金も時間も無く、アルバイトなんて始めるモチベーションになんかならないじゃないか。
それを破ってこそ誇り高いワーキングプアだとか言うやつが居るかもしれんが、俺はそれを誇れないんだ。いやさ、このまま無職はもっと誇れないことになりかねんというか、まったくもって誇れないってのは理解してるつもりなんだ。
でも、そもそも俺は何のために働くべきなんだ。誰のために働くべきなんだ。自分のために働けるくらいなら、もう既にハキハキ働いてるさ。何も考えずにみんなが働いてるから働けっていう見えない圧力みたいのがあるような気がして、それに反発したくて俺は大学時代、就職活動をやめた。圧迫面接で心が折れたのもあるけれど、何でそうまでして働かねばならんのかわからなかったから。それがいけないことだってのは承知しているが、義務だってのも知識としては持ってるが、でもだって、仕方ないじゃないか。何が仕方ないのか俺にもわからんけど、仕方ないじゃないか。
そう、仕方ない。
仕方なかったんだ。
だから、うっかり手を出した競艇で大損こいたのも、きっと後に良い思い出になってるはずさ。
そうさ、俺はポジティヴに生きたいと心から思っている一人のクズ野郎なのさ。
いやまぁしかし、とにかくポジティヴ云々はどうでもいいとして、現状、どうしても一つだけ、どうにかしなければならない困ったことがある。
「家に帰る交通費が無い」
まったく、ギャンブルごときにアツくなりすぎるとは、まだまだ俺も若いな。我ながらくちばしの黄色さに呆れたいところだが、呆れていたって金は入ってこないのである。
というわけで、駅前広場。
「あの、すみません」
俺は勇気を出し、恥をしのんで近くに居たスーツ姿の男に話しかけてみた。
「なんだ、何か用か?」
「家に帰れないので、お金を貸してください」
「何だ、すったのか?」
真顔だった男は、半笑いになった。
「はい、すっちまいました」
俺が神妙に正直に言うと、
「しょうがないやつだな。ま、おれにも経験が無いでもない。電車賃くらいなら、くれてやるよ。いくらだ」
「さ、三百円くらい足りないです」
小さな嘘だった。実は、足りないのは百五十円ほどなのだが、ちょっと盛った。
「よしわかった」
そう言って、男は千円札を手渡し、
「今日は大勝したから、七百円はサービスでくれてやる。次はもっと勉強して来いよ」
「は、はい、ありがとうございます!」
俺は頭を下げ、踵を返して去っていく男性を見送った後、券売機に千円札を突っ込んだ。あ、もちろん競艇場の券売機じゃなくて、駅の券売機だぜ。
それにしてもなんと格好いい人なんだ、いつか機会があれば返しに来ようなんて、二時間後には忘れているような思考を展開させながら電車に乗り込んだ。




