03、気持ちだけではどうにもならん
では、これは要らなかったですね、なんて言いながら、『近い鱒←これ何と読むでしょう?』とポップな可愛い字体で書かれたボードを学生鞄から取り出して見せた後、そのボードを畳に放置して彼女は去った。
契約成立で、俺は料金滞納する現在の生活を正さねばならないようだ。詳しくは聞いていないが、もしもそうしなかった場合には大事なものを失うみたいなことを言っていた。
かわいい時田まことちゃんによるいやらしいお仕置きとかならされても良いが、大事なもの、たとえばパソコンとかを失うとなれば話は別である。
パソコンという名の、この小さな俺の宇宙を守らねばならない。
そうと決まれば、である。
俺は携帯電話を取り出して電話を掛けた。
通信を試みた先は、実家。父、母、姉が住まう届氷家である。
が、何と、通じなかった。
お客様がおかけになった番号は使われていませんときた。
何だこれは、どういうことだ。携帯内臓の電話帳に登録しているわけで、リダイヤルを確認しても『届氷家』と画面に表記されているし、もう一度かけてみても繋がらないし、謎の現象過ぎる。
もしかして、これは携帯電話が使えなくなっているからではないのか。
ためしに、俺は母親の携帯に電話を掛けてみた。
《はい、もしもし、良近?》
通じた。どうやら電話はまだ使えるようだ。
「あ、お、うん、おれおれ」
《ん、オレオレ……ですって。詐欺じゃないわよね、まさかね》
「ちがうって」
《じゃあ、お母さんと、お父さんとあんたの血液型言ってみなさい》
「母ちゃんA型。親父はO型、んでもって俺がB型」
《あら、本物ね》
「そうだっての。携帯から掛けたんだから、当たり前だろ」
《そうとは限らないでしょ。で、どうかしたの、電話なんてしてきて。言っとくけど、お金ならあげないわよ》
いきなり見破られて予防線を張られた。さすがは親だ。
それでも、お金が無いと困ってしまうので、俺は粘る。
「いやあ、実は、どうしてもお金が必要になっちゃったんだよ。就職情報系でさあ、すげえ良いサイト見つけたんだけど、そこに入会して情報得るには五万円が必要らしいんだよ」
嘘だった。そんなサイトに登録しようとなんかしていないし、そもそも普通に考えれば五万円が必要な就職情報サイトなんて詐欺みたいなもんだろう。しかし、パソコン関連に疎い情報弱者の母のことである。あらそうなの、時代は変わったのねとか呟いて、最終的にはお金を恵んでくれるんじゃないかと思っていた。
その時、俺は気付いた。
――あれ、これ、まさに振り込め詐欺の手口じゃないのか。俺は親に何を仕掛けてるんだ。
クズな俺にも良心ってのは辛うじて残っていたようで、俺は母の返答を待たずに、
「ごめん」
と一言だけ残して電話を切った。
通話が終了してすぐに着信があった。
俺は、母が「やっぱお金をあげるわ息子よ」と言い出すのかと思い、内心喜んで非通知設定の電話をとったのだが、
《根絶したいくらいに、ひどい嘘ですね。よくもあそこまでぺらぺらと嘘が吐けるものです》
その声は、とてもかわいいロリボイス。ちょっと舌足らずな感じが残る、高い声。
「まことちゃんか」
時田まことちゃんであった。
《あなたのクズっぷりには、心底呆れたいところです。さっさと滞納している料金を払ってくださいです》
「そうだな。俺もそうしたい気持ちはあるのだが、気持ちだけではどうにもならん。まことちゃん、お金貸してくんない?」
《あなたみたいな人こそ、消滅するにふさわしいと思いますです》
そして通話が終了した。




