02、誓うよ、誓うから
よばれて飛び出てまことちゃんです!
とのことだった。
はっきり言って、呼んでねぇっすけどって感じだったが、とりあえず彼女が言ったことを整理してみると、ナントカ根絶計画がどうのこうのって話で……あぁすまん。何だか目の前の光景が信じられなかったんで、ディティールが頭に入って来なかったんだが、とにかくそういうことらしい。
こんな説明でわかる人は少ないだろうが、俺自身がよくわかってないので説明のしようが無い。とにかく何より大事なのは、彼女が時田まことという名で、制服姿で俺の部屋に居るということであろう。たぶん。
時田まことは、説明を終えて、ちっとも理解をしようとしない俺に向かって念を押すようにこう言った。
「わかってますか、良近さん。これから始まるのは、『料金滞納者根絶計画』というものです。説明、ちゃんと聞いてましたか?」
俺は生返事した。よくわからないが、ゲームみたいなものだろうか。
王様ゲームで言うことを聞かせるみたいな妄想が、煩悩にまみれた俺の頭を支配した。
妄想にニヤニヤしながらフムフムと頷いたところ、
「そうですか、でしたら、ひとまず現在の状況を確認しましょう」
そうして幼さの残る可愛らしい少女が何のカンニングペーパーを見ることなく暗唱し始めたのは、現在の俺に至るまでのダイジェストだった。
「これまでの良近さんの経歴をだいたい説明しますと、かつて名を上げた名家の血を引き、幼い頃に期待されながらも、学業をサボり大した成績を上げられず、中学高校と中の上くらいの成績で無為に通り過ぎ、三流大学に入って無気力学生となって留年しそうになるも教授に頼み込んで何とか上げてもらい、何とか卒業。しかし卒業する頃には既に社会の荒波に翻弄されるまでもなく就職戦線で落ちこぼれ、圧迫面接で心が折れ、動画配信サイトを巡回するだけの腐った日々に突入。最終的には現実から逃れ各種掲示板やオンラインゲームの依存症になって無職の自分を肯定するようになってしまった、というわけで……とにかくインターネット世界にどっぷりですね」
くはっ、なんという精神攻撃。心が痛いぜぇ。
「どうですか、良近さん。間違ってないですか?」
「まぁ、まぁ……そ、そうだなぁ。おおむね……」
「そして今、携帯電話の料金を滞納しようとしている」
時田まことはそう言って、ズビシと俺を指差した。そして続けてこう言った。
「あなたのようなクズを根絶するために、私が派遣されて来たわけです」
「派遣社員なのか」
「社員ではないですけど、派遣です」
「デリ――」
「ちがいます」
「まあとにかく、制服なのに、そんな変な仕事して大丈夫なのか、見たところ高校生くらいだろう」
「そうですね、見た目はそう見えるかもしれません」
「え、いくつなの?」
「教えてあげません」
「胸、ちっちゃいね」
「セクハラですよ、ふざけないでくださいです。クズの良近さん」
「いや、その、ごめん」
「やはり、しっかりとまともに、普通に生きないから、そういう変なことを言うクズになってしまうんです。少しは身を正して……って、人が話してるのに席を立って何しようっていうんですか」
「何って、お茶でも入れようかと」
「いりません」
「大丈夫、睡眠薬とか入れないから」
「その発想がクズです。完全に確信しました、あなたはクズです。何もできない無能です。まともなプライドさえ持てないようなダメな人です」
「おいおい、初対面だってのに、ひどすぎじゃないか?」
俺は小さなキッチンまで歩き、ヤカンに水を入れてガス台に置いた。
「ここまで言われて発奮しないところもクズです」
「どうしろってんだ、襲って欲しいのか?」
「何をクズ発言連発してるんですか、たとえ見た目はイケてても中身がクズ中のクズである人に襲われたくありません」
「はぁ、まぁ何でもいいけど、結局お前は何なんだ。電波系家出少女か? 何者かの援助を求めている憐れな子羊なのか?」
「ですから、料金滞納者を根絶するために来ました」
「どっから」
「内緒です」
「何のために」
「さあ」
「さあってお前……」
「上がやって来いって命令してきたから、私は渋々ですね、対象がクズだと承知しながらも来たのです」
「俺が料金滞納することで、何かよくないことでもあんのか?」
「知りませんけど、上が決めたことならば何か運命の糸のほつれだったりするんじゃないですか?」
「俺は糸くずってことか」
「それ以下かもしれません」
「ひでえ」
「少なくとも、今のままではそうです。それを正すために私が来たと思ってくださいです」
「いや、実際のところどうなんだ? そこの細かい『何故』が埋められない限り、俺は納得しないぞ」
「納得するとかしないとか、そんなことはとりあえずどうだって良いんです。やるなら『やる』と言いなさいです。やりたくないなら『やります』と言いなさいですよ」
「おいおい、ちょっと待たんかい。どっちにしろ『やる』と言えって話か?」
「えっちなことじゃないですよ」
「いや、何言ってんだ」
「単純な話です。料金滞納から足を洗うと誓ってください」
「いやだね」
即答した。
すると、まことちゃんは苦々しさを前面に押し出して苛立ちを表明しつつ、
「うむむ、クズです」
「わかってんだよ、そんなこと。だからといって、そう簡単にクズから脱却できるほど、甘くないわな」
「簡単ですよ、腐ったプライドを捨てればいいんです」
「それは俺のアイデンティティだ」
「死ねばいいのに」
「なんか、口悪くない? 見た目は超可愛いのに」
「あなたに褒められてもうれしくないです。むしろ、けがされた気分です」
「おやおや、やっぱり汚して欲しいのか、まことちゃん」
「入院するくらいの怪我して欲しいと思いました」
「ははっ、うまいな、同じ『けがして欲しい』でもずいぶん意味が違う」
「ちょっと黙ってもらっていいですか?」
「あぁ、おう……」
そこで会話が途切れたこともあり、俺はヤカンの下に火が点いていないことに気づき、つまみを捻った。
捻ったのだがしかし、点かなかった。
おかしいと思いつつ、「あれ?」と首を捻って、もう一回つまみを捻ってみる。ガス代は、チッチッチと小さくこするような音を上げただけで、炎が点かない。経験上、水をこぼした後に一時的に点かなくなることがあるってのは理解できるが、そもそも水を零した記憶が無い。
「変だな……」
呟いた、その時だった。畳の部屋から声がした。
「ガスなら、私が止めさせてもらったですー」
「え」
「何でだよという顔をする場面ですか。かつて聡明さゆえに気難しい親戚から可愛がられた貴方なら、すぐに察しがつくことでしょう」
「全然わからん」
「おちたものですね」
「もともと昇っちゃいないけどな」
「低いところから、さらにおちたんですね」
「言われてみれば、それは的確かもしれない。まぁとにかく、何でガス止めたのか教えてくれ」
「では、わかりやすく一言で言いましょう」
「何だよ」
「ガスなんて使ってる暇があったら、滞納している料金を払いなさいです!」
「あ、さてはまことちゃん。あれだな、携帯会社の回し者だな?」
「違います」
「じゃあテレビ局の集金の人」
「違います」
「裏をかいてガス会社の人」
「全然違います」
「じゃあ……何だろうな」
「そうですね、これはあんま言っちゃいけないんですけど、そんなに所属が知りたいのなら特別に教えてあげます。霊界警察です」
「何だそれ」
あまりの意味不明さに呆れて見せたが、まことちゃんは真面目な顔で語り始めた。
「人道に悖る行為を繰り返すような生き地獄に堕ちても仕方ない人を正しい方向へと導き、どうしてもダメな時は、その人が大事にしているものをこの世から消し去ることで戒めとするのです」
「大事なものを消し去る?」
「そうです」
「大事なもの無かったらどうするんだ」
「そんなことは有り得ないので心配ご無用ですよ」
「そういうもんなのか」
「そういうもんです。人間、何かしら大事なものを持っているんです。基本的には、大事に想っている人を消滅させるんですけど、大事な人が居ない場合もあります。でも、そういう人にも大事なものはありますよね。たとえば……」
そう言って、時田まことは、部屋の中心に鎮座するノートパソコンを凝視した。
俺はヤバいと判断し、キッチンから畳の六畳間へとダッシュで飛び込むと、閉じてあったノートパソコンをしっかりと抑えた。
「ちょ、やめてくれ、パソコンは、パソコンだけは」
「見上げたクズっぷりですね」
「し、仕方ないだろ、俺はネットが無けりゃ生きていけない狂った人間なんだから」
時田まことは、突如としてハァハァ言い出した俺の情けない慌てっぷりに溜息を一つ、後、こう言った。
「では、誓いますか?」
「誓うよ、誓うから!」




