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15、返す言葉なんて無い

 しばらく公園にある木々の一つになったように立ち尽くしていると、制服を着た女の子が一人、目の前に現れた。

 歩いてきたというわけではなく、まるで幽霊や物の怪の類のように何も無いところから、いきなり浮かび上がってきたように見えた。

「まことちゃん、君が、すべての仕掛け人だったのか」

「そうですと、言って欲しいんですか。届氷良近という男は、彼女にあんなことをしておいて、私が元凶だと、責任を押し付けるですか?」

「…………」

「何か言い訳をしたらどうです」

 怒っていた。当然だ。言い訳なんて無かった。全面的に俺が悪いのは、明らかだった。でも止まらなかったんだから仕方ないと思った。言い訳なんて無かった。でも、自分のせいだと認める発言をできなかった。

「みんな不景気のせいだ。こんな世界の……スタグフレーションが……」

「いいえ、違うです」

 否定された。

「じゃ、じゃあ、これは、どうだ。二十三歳、職業ニートが狂ってないわけがないだろう。狂ってるんだから、しょうがないじゃないか」

「それは甘えというものです」

「でも、厳しさは、人を殺すよ」

「死ぬ勇気も無いくせに」

「お、俺を追い詰めて楽しいか?」

「いいえ、胸クソ悪いですね。でも、ただ黙って見てるだけはもっと気分悪いですから」

 訪れた沈黙の中、公園をスーツ姿の男女が通り抜けて行った。俺と制服少女を見て、不審そうな顔をしながら何度かチラチラ見つつも去っていった。

 沈黙に耐えられず、言葉を口にしたのは俺だった。

「お、俺は、どうしたらいい?」

 情けない言葉だった。

 もう自分で責任を持った行動ができなくて、他人に決定権を委ねたがって、矜持も跡形もなくなってしまって。

 しかし、そんなクズな俺に向かって、時田まことは力強い口調で言葉をくれた。

「いいでしょう。大きなヒントをあげます。あなたには、色んなことができる力があるはずです。その力を、世の人々のために使えば良いのです。滞納した料金を払えるだけのお金は、どういう形であれ手にしたのですから、何とでもなるはずです」

 なのに俺は、わからないふりをして、

「よく、わかんねぇ」

「わからない振りをしているだけです」

「死んだほうが良いんだ、俺なんて」

「……そう、ですね」

「あは、まことちゃんにそう言ってもらえると死ぬ勇気が出てくるなぁ、はははっ」

「ふざけないで下さい」

「いやぁ、ほんとだよ? ほんとに死んじまいたいなって、今強く思ってんだ。このまま生きていても、迷惑かけるだけだしさ、ほんとだよ?」

 そんな風に半笑いで言った時、それまで冷静な声を発していたまことちゃんの怒りが爆発した。

「とんでもない馬鹿野郎ですね! そんなんなら……そんなんなら! あたしが! あたしが、あなたの代わりに生きたいですよ! 何で生きているのに生きないんですか! あなたがちゃんと生きれば、失ったものも全部戻って来るのに! 何で?」

 時折声を裏返しながら。

 腹の底からの叫びが、夕焼けを残した薄暗い世界に響く。

 俺は唖然としていた。いつも冷静にふわふわと言葉をついでいく子だと思っていたから、こんな風に激しく感情を表に出すことなんて、しないと思っていたから。

「あたしにだって、何個か、片手で足りる数だけど夢があった! ささやかな夢! でも、こうして、こんな体になってまで仕事してる! あなたは何? 何もかも持っていたのに、それを捨てまくって、今度は命まで捨てようってんですか? いい加減にして!」

 と、そこまで叫んだところで、上空二メートルくらいの高さで空間が割れた。岩に入った亀裂のような形状の裂け目から、誰かが身を乗り出した。シルエットしか見えなかったが、着地した姿で女じゃないかと疑い、少し後に声を聞いて女の人だというのは確信した。

 しかし、空間が裂けるという不思議現象は、現代科学で説明つけるのは困難そうで、原理がよくわからなかった。ただ呆然と見ていた。

 まことちゃんは気付かず、怒りが静まらない様子で、なおも何かを言おうと息を大きく吸い込んだ。

 そんなタイミングで、影はセーラー服の肩らへんを二度ほど叩いた後で掴み、

「はいはい、そこまでよ、まことちゃん」

 と言った。

「あいにゃんさん……」

 あいにゃん、という名前らしい。

 彼女の影が登場したことで、まことちゃんの叫びは止んだ。

 あいにゃんと呼ばれた影は言う。

「まことちゃんは、まだイマイチわかっちゃいないようね。そんなんだと、後方で電話番くらいしかやることなくなっちゃうわよ」

「…………すみません。取り乱しました」

 しゅんとしていた。

 あいにゃんは、今度は俺に向かって言う。

「でも、確かにこいつは最低だわ。同じ立場だったら、わたしもプッツンしてたかもね」

「ですよね。クズですよね」と、まことちゃん。

 返す言葉なんて、無い。本当に申し訳ないと思う。

 冷静に考えれば、死にたいなんて思ってもみないこと言って、優しくしてもらおうなんて卑しくも思ってたんじゃないだろうか。自分の気持ちすら、あまりよく掴めないけれど、クズな俺ならそんなこと考えるだろう。

「ま、上の連中は、いっつも現場のことなんかわかんないくせにやかましいから、いつも通り、わたしから何とか言っとくよ。まことちゃんは、この最低野郎を更生させてやりな」

 それだけ言い残して、あいにゃんは去った。空間の亀裂が埋まった。辺りはいつの間にか暗くなっていて、街灯の明かりがぼんやりといくつか浮かんでいた。

「ごめんなさい」

 まことちゃんは言って、夜の闇にまぎれるように静かにフッと消えた。

 まったくもって、俺の台詞だと思った。結局、ついに謝らなかったけど。



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