↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
4/30

ダンジョンへ

 ギルドを出て、ダンジョンへと向かう道中。

 リングの後に続いて街を歩いていた春香は、ふと一軒の店の前で足を止めた。

「ここは……?」

 リングが開け放たれた扉の奥へ入っていく。そこは、無骨な武器が所狭しと並べられた鍛冶屋兼武器店だった。

 ずらりと並ぶ見たこともない長槍、大斧、弓矢、そして異形の剣。異世界ならではの光景に、春香は思わず目を丸くして店内を見回した。

「春香の持っていた竹刀も悪くはないが、これから魔物が強くなるほど、武器自体の強度は絶対に必要になるからね」

 そう言いながら、鍛冶棚の奥から一本の刀を取ってきたリングが、それを春香へ差し出した。

「これなんてどうだい?」

 受け取ろうとして、春香の目が丸くなる。それは、前世の日本刀によく似た美しい細身のデザインをしていた。

「細身だから軽いし、使い安いんじゃないか?」

「私が……使ってもいいんですか?」

「勿論さ」

 春香は恐る恐る、両手で刀を受け取った。

(竹刀よりも、ずっしり重い……。レベルが上がって少し体が大きくならなかったら、持ち上げることすら厳しかったかも……)

柄を握り締め、胸の前で構えてみる。そして、試しに一度だけ空間を割るように振ってみた。

――ヒュッ!

 空気を美しく切り裂く鋭い音が響く。

「……重い。けど、すごく振りやすいです……!」

 今まで振ってきた竹刀とは、明らかに重心の乗り方が違っていた。振れば振るほど、自分の身体の動きに刀が吸い付くように自然とついてくる。

(剣を握ってきた者の振りだ…なるほど、それであの時…)

 刀の感触を確かめていると、春香の脳裏にあのダンジョンでの光景が鮮明に浮かび上がった。リングが自分を助けてくれた瞬間と、自分がウルフを突き刺した時の光景が。

「そういえば……私、あの時にウルフを突いたら、刀から雷のようなものが出たんです。リングさんも、私を助けてくれた時に出していましたよね。あれって……」

「ああ、雷魔法だよ」

「魔法……!? この世界、本当に魔法が使えるんですか!?」

 目を輝かせて食いつく春香に、リングはどこか苦笑いを浮かべて首を横に振った。

「もちろん、使える人は使えるよ。俺は……からっきしダメだけどね」

「え……? リングさんが使えない……?」

「ああ。だからこうして、魔力の込められた剣を使っているんだ」

リングは自分の腰にある刀の柄を指差した。そこには、小さな光を放つ不思議な鉱石が埋め込まれている。

「これは『魔鉱石』といってね。これがあることで、俺のように魔法適性がない者でも、少し魔力を流し込むだけで連動して、石に秘められた属性魔法を発動できるんだよ」

「へぇ……! なるほど……! ということは、リングさんの魔鉱石は……」

「うん、雷属性のものだね」

「そうだったんですね……。だから、私もあの時……」

「そうだね。確かに春香が電撃を放てたのは、俺の剣を使ったからっていうのもある。だけど……本来はそう簡単には発動できないんだよ」

「え? そうなんですか?」

「ああ。いくら魔鉱石があると言っても、剣の動きと自分の魔力を連動させるのは至難の業だ。それこそ、日々剣に対して相当真摯に向き合っている者でないと、魔鉱石は反応すらしてくれない。だから……春香があの土壇場で魔法を使えたのは、それだけ春香が剣と向き合ってきた証拠だよ」

「私が……剣と……」

「うん。小さくなっても魔法が発動できたのは、春香がこれまでに重ねてきた『剣に向き合った時間と回数』が消えていなかったからかな」

 胸の奥が、カッと熱くなった。

前世での日々。来る日も来る日も手にタコをつくり、愚直に欠かさず続けてきた素振り。数々の大会で優勝しても埋まらなかった心が、今、この瞬間、完璧に報われた気がした。自分の積み重ねてきた努力が、この世界で力となって現れてくれたことが、涙が出るほど嬉しかった。

「春香だからこそ、自信を持ってその刀を使ってほしいんだ」

そう言ってリングは、春香の持つ刀を愛おしそうに見つめた。

「いいんですか? こんな……素敵な刀……」

「竹刀だと、いつか強い魔物と戦った時に折れてしまうからね。自分に合った武器を使うのが一番だよ」

 そう穏やかに微笑むリングを見つめながら、春香はずっと心の中にあった疑問を口にした。

「リングさん」

「ん?」

「どうして……どうして出会ったばかりの私に、ここまで良くしてくれるんですか?」

命を助けてもらった。美味しいご飯をご馳走してもらった。綺麗な服を買ってもらい、この世界のことも一から優しく教えてくれた。

その親切があまりにも温かすぎて、不思議だったのだ。

「……こんなこと言っておきながら、リングさんがいなくなったら、私すごく不安なんですけど……」

春香が消え入りそうな声で付け加えると、リングは一瞬驚いたように目を見開いた。それから、心底愛おしそうに目を細める。

「……似てるんだよね」

「え?」

「春香が、昔の俺に」

リングは少しだけ遠くを見るような、懐かしむ目をしていた。

「俺さ、親が早くに冒険者として死んじゃってね。行き場をなくして途方に暮れていたんだ。そんな俺に、ある人が狩りの仕方や冒険の醍醐味、生きるためのいろんなことを教えてくれた」

リングは自分の持っていた刀に視線を落とす。

「その人がいなかったら、今の俺はここで生きていないと思う。……だから俺も、誰かに道を与えられる人になりたいんだ。それが、かつて俺を救ってくれた人への恩返しであり、誰かを救うことにもつながると思っているから」

その言葉には、一切の迷いがなかった。

「だから春香が一人で生きていけるようになるまでは、一緒についていこうと思っているんだよ。……どうかな?」

春香の胸が、じんわりと温かい熱で満たされていく。

異世界で出会った、自分の過去も正体も知らない人。それなのに、ここまで自分のことを真剣に考えてくれている。

「私……」

春香は静かに息を吸い込んだ。

「今まで、自分にはないものを持っている人たちの生き方を見て、ずっと羨ましいって思っていたんです」

前世で見た、幸せそうに歩く街の人々やカップルたちの姿が思い浮かぶ。

「でも……今、自分が本当になりたい姿が、なんとなく分かった気がします」

春香はまっすぐにリングの目を見つめた。

「私……私も、誰かに道を示してあげられる……そんなかっこいい『冒険者』になりたいです……!」

リングは驚いたように目を丸くし、それから破顔した。

「……春香なら、きっとなれるさ! 一緒に頑張ろう」

「……はい!」

リングは春香の持っていた刀を一度受け取ると、その場に片膝をついた。まるで騎士が主に宝剣を捧げるかのように、両手で春香へ刀を差し出す。

春香もまた両手を伸ばし、その重みと覚悟をしっかりと受け取った。

「リングさん……ありがとうございます。一生、大事にします!」

「うん!」

二人は武器屋を後にし、街の外へと向かった。

しばらく歩くと、目の前に巨大な暗緑色の岩山がその巨躯を現した。

「ここが……?」

「そうだよ。もうすぐ着く」

岩山を見上げたその直後――ゾクッ!

背筋を冷たい手で撫でられたような、凄まじい悪寒が春香の全身を走った。

「……?」

春香は足をとめる。岩山の中央にぽっかりと開いた、巨大な薄暗い洞穴。二人はその中へと歩みを進めた。

しばらく進むと、洞穴の奥の地面に、幾何学的な奇妙な模様が刻まれているのが見えた。

「あの模様は……?」

「あれがダンジョンの入り口さ。あの上に立つと魔法陣が反応して、地下のダンジョン内へ転移するんだ」

「なるほど……。なんか私、勝手にこの前みたいな階段の入り口を想像してました」

「あはは、確かにこの前はそうだったね」

リングは笑ったが、すぐに表情を真剣なものへと戻した。

「ただ……近くを通った子供が好奇心でこの魔法陣を踏んでしまい、二度と戻ってこられなくなった……なんて痛ましい事故は昔からあるんだ。だから魔法陣を見たら絶対に踏まないように、子供たちには徹底して教えられている」

「……事故、ですか」

「ああ。だけど俺たちは、この先に何があるかも、ダンジョンからどう出るかも知っている。だから安心して踏み込めるんだ。……準備はいいかい?」

春香は新しく貰った刀の柄をぎゅっと握り直した。

「はい!」

力強い返事とともに、魔法陣へと一歩を踏み出す。

瞬間――視界が眩い白光で弾けた。

次の瞬間、二人の全身は生暖かい暗闇に包まれていた。

「……っ!」

転移した瞬間、またしてもあのゾワリとした悪寒が襲いかかってきた。春香は思わず腕を抱えて身を震わせる。

「どうしたんだい、春香?」

「あ……なんか……すごく不気味な感じがして……」

「ここは1階層とはいえ、魔物が蠢く場所だからね。雰囲気に少しずつ慣れていこう」

「そうですね……」

その時だった。

バサササッ、バサササッ――!

「……っ!?」

暗闇の頭上から、何かが猛スピードで飛来した。

「きゃっ!?」

恐怖で固まる春香の前へ、リングが素早く割り込む。そして、電光石火の居合いを放った。

――ザシュッ!

刀から迸った稲妻が暗闇を切り裂き、飛来した魔物を一撃で肉塊へと変える。

「びっくりしたかい? 今のは大コウモリだよ。攻撃力はほとんどないんだが、人に突進してくる習性があってね。当たっても擦り傷程度だから安心していいよ」

「わ、分かりました……」

優しい言葉に頷きつつも、春香の心は冷えていた。

(怖いものは……やっぱり怖いなぁ……。ゴブリンには慣れたのに……身体が小さくなると、恐怖に対する耐性まで下がっちゃうのかな……)

そんな春香の横で、リングもまた微かな違和感を抱いていた。

(おかしいな……。いくら1階層とはいえ、魔物の気配が少なすぎる……)

不自然な静けさを警戒しながら、リングは先へと進む。

「春香。何か来たら、相手を確認しなくていい。まずは自分の力で剣を振ってみるといい」

「えっ、いきなりですか!?」

「大丈夫。このダンジョンに今、俺たち以外の人間がいないのは確認済みだ。それに、春香は一突きでウルフを倒しただろう? あのレベルの魔物はここにはいない。もし耐え切られても俺がフォローするから」

「……分かりました。やってみます!」

二人はさらに洞窟の奥へと進んでいく。

すると、暗闇の奥から何かが押し寄せてくる不気味な足音が響き始めた。

「き――」

リングが注意を促そうとした、その瞬間だった。

――バチチチチチィィィッ!!!

春香の振るった刀から、破格の雷光が解き放たれた。

凄まじい閃光が洞窟の奥までを一瞬にして昼間のように照らし出し、落雷のような激しい衝撃音が洞窟全体を激震させる。

「……っ!?」

あまりの眩しさに春香は目をつむっていたが、リングはその光景をはっきりと目撃していた。

視界の奥に蠢いていた無数の魔物たちが、春香の一撃から発せられた電撃の嵐に巻き込まれ、次々と白目を剥いて倒れていく様を。

静寂が戻り、恐る恐る春香が目を開ける。

「や……やれましたか……?」

「……ああ。割とあっという間だったね……」

その直後、春香の視界に半透明の文字列が浮かび上がった。

『春香 LEVEL UP』

(え……? またレベルアップの表示が……)

春香にしか見えない謎の表示。やはり魔物を倒すことで発動しているらしい。

リングの視線はすぐに倒れた魔物たちの群れへと向けられた。その顔が次第に険しくなっていく。

(……多すぎる。1階層にこんな数の魔獣が集まるなんて、あり得ない)

「春香、倒した魔物の確認をしよう」

二人は重なる魔物の死骸へ近づいた。そして、リングは目を見開いた。

「……っ!?」

倒れていたのは大コウモリだけではなかった。

鋭い毒牙を持つ『レッドタランチュラ』、さらには俊敏な凶暴性を持つ『黒兎』までもが横たわっている。

(おかしい……どれも本来なら5階層以降に出現する魔物だ。それが1階層に20匹以上も集まっているなんて……!)

胸の中で渦巻く嫌な予感。 リングの中で違和感が鳴り響く。

「春香! 一度ここを離れて、地上へ戻――」

カサカサカサカサッ!!

 リングの言葉を遮るように、通路の奥から無数の硬い足が岩肌を引っ掻く不気味な音が響いてきた。

「何か、来る……!?」

 怯える春香を自分の背中に庇い、リングは素早く刀を構える。

 その直後――空気を引き裂く音とともに、太いロープのような粘着性の糸が暗闇から二人へ向けて目にも留まらぬ速さで発射された。

「伏せろっ!!」

 リングは春香の頭を抱え込むようにして、力任せに地面へ倒れ込んだ。頭上を鋭い風を切って糸が通り抜け、背後の壁に凄まじい音を立てて張り付く。

 足音は、さらに速度を増して近づいてくる。

「あの糸……まさか……っ!」

「春香……ここは俺に任せて、先に戻って逃げろ……!」

「え……? でも……!」

「いいから、早く!!」

 普段の穏やかさからは想像もつかないリングの鬼迫に圧倒され、春香は思わず後ろを振り向いた。

 しかし――春香の瞳が恐怖に大きく見開かれる。

「リ、リングさん……後ろ……塞がれてます……!」

「なにっ!?」

 リングは速やかに振り返り、すぐさま状況を察知して正面へ視線を戻した。

「クソッ……最初の糸は、俺たちの逃げ道を塞ぐためだったか……! まずい……これほどの知能を持つ魔物は……!」

 足音が直前で止まり、暗闇の中からその『姿』がヌッと現れた。

そこにあったのは、常軌を逸した大きさを持つ、赤と黒の不気味な模様に彩られた巨蜘蛛の姿だった。幾重にも並ぶ複眼が、冷酷に二人を見下ろしている。

「大きい……っ」

 春香の口から、掠れた声が漏れ出た。

「デーモンタランチュラ……!」

 出口は完全に封鎖され、逃げ場はない。完璧な挟み撃ち。退路は断たれた。

『ギィィヤァァァアアアッ!!!』

 洞窟全体を激震させるデーモンタランチュラの甲高い咆哮。

 その凄まじい音圧と威圧感に、二人の身も凍るような緊張感は限界まで跳ね上がった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。