誓いのツインテール
「かわいい……! 本当にかわいいわ!!」
洋服屋の店主の妻が、セーラー服を身に纏った春香の姿を見つめながら、まるで宝物を見つけたかのように目をキラキラと輝かせていた。
「やっぱりこういう可憐な服もすっごく似合うわね! 」
「あ、ありがとうございます……?」
春香は少し照れくさそうに、困ったような笑顔を浮かべる。
先ほど試着室から出てきて以来、店主の妻はずっとこの調子だった。
前世で容姿をあまり褒められ慣れていなかった春香自身、どう反応すればいいのか分からず、ただモジモジと佇むばかりだ。
そんな春香の姿を満足げに眺めていた妻は、ふと、背中まで伸びた美しい金髪に目を留めた。
「そういえば……髪もだいぶ長くなってるわねぇ」
春香の髪をじっと見つめると、何かを思いついたように微笑んだ。
「せっかくだし、可愛く結ってあげるわ! 髪型だって、おしゃれの一つなんだから!」
「い、いや、別にそんな……おしゃれなんて……」
「いいから、いいから! 遠慮なんて要らないの!」
妻はそう言うなり、流れるような無駄のない手つきで春香を鏡の前へと案内した。
春香は言われるがままに丸椅子へ腰を下ろす。
妻は棚から、淡い白色リボンのついた髪留めを二つ取り出した。
「そういえば、リングに髪留めを渡しておいたけど、どう?使ってくれたかしら?」
「は、はい! おかげで髪がまとまって、すごく戦いやすかったです!」
「そう! よかったわぁ!」
妻は自分のことのように嬉しそうに笑った。
「髪を結ぶとき、何か誓いは立てたのかい?」
「あ……はい」
春香は鏡に映る自分を見つめながら、ふと以前の出来事を思い出していた。
髪をキュッと結び、リングの前で力強く口にした誓い。
『——強くなる』
あの頃の自分は、力も、心の面でも弱かった。
けれど——今は違う。
「でも……戦ってた途中で、切れちゃいました……」
春香は申し訳なさそうに視線を落とす。
「せっかくいただいたのに……切らしちゃって、すみません」
「いいのよ! そんなの全然気にしなくて!」
妻はあっけらかんと明るく笑った。
「それに……髪留めが切れたってことは、誓いを果たせってことなんじゃないかしら?」
「……!」
その温かい言葉に、春香はハッとして鏡の中の自分を見つめ直した。
異世界で出会った、友達のヘル。
そばにいてくれる、仲間のフウ。
強大なSランクの剣士を相手にしても、もう以前のように足が竦むことはなかった。
激闘の末にフードの男へ立ち向かい、大切な仲間たちを守り切った。
そして……自身のレベルも成長し、肉体も心も大きく変化した。
(……私、強くなったんだ……)
恐れてばかりいた以前の自分とは、もう違う。
「……だったら、もう一回新しい誓いを立てなきゃね!」
「え?」
妻が楽しそうにウインクして笑う。
「な〜に〜にしようかな〜♪」
歌うように口ずさみながら、妻は櫛を手に取った。
春香の長く伸びた美しい金髪を、サラサラと愛おしそうにとかしていく。
「あ、そうだ!」
何か名案を思いついたように声を張り上げた。
そして、春香の金髪を片側ずつ手際よく束ねていく。
「いつか、あの鈍感なリングが——」
片側の髪を、純白のリボン付き髪留めで結ぶ。
「——ちゃんと気づいてくれますように」
そう言って、もう片方の髪も手際よく結び終えた。
「そ、それはどういう……!?」
春香が赤面して戸惑いながら、鏡の中を覗き込んだ。
そこには——。
白いリボン付きの髪留めで左右高く結ばれた、可憐なツインテールの少女が映っていた。
「かわいぃぃぃぃぃぃッ!!!」
「えっ……!?」
妻は両手を頬に当てて目を輝かせている。
「やっぱり! 髪型を変えるとまた一味違った魅力が引き立つわね〜! 大正解!」
「……」
「うん、やっぱり私の目に狂いはなかったわ! 流石ね、私!」
妻は得意げに胸を張った。
春香は改めて、鏡の中の自分をまじまじと見つめる。
(ツインテールなんて……前世の小さい頃以来かも……)
前世の日本でも、剣道を始める前にほんの少しだけこんな髪型をしていた時期があった。
髪を二つに結び直しただけ。
それなのに、鏡の中の自分はまるで別人みたいに印象が変わって見える。
(髪型一つで……こんなに変わるんだ……)
春香はしばらくの間、不思議そうに鏡の中の自分を見つめていた。
「どう? これで次にリングに会う時が、より一層楽しみになったんじゃないかしら?」
「だ、だからリングさんにはそんな特別な感情なんて……っ!」
「大丈夫、大丈夫!」
妻は春香の弁明など全く耳に入っていない様子で大満足そうに頷く。
「次の新しい誓いも、ちゃんと果たせるよ! リングがね!」
(全然話聞いてない……)
春香が苦笑いしていると、妻は満足感たっぷりに夫の元へ戻っていった。
「おう! 嬢ちゃん!」
腕を組んでいた店主が、あらためて春香を見てニカッと笑う。
「またえらく一段と可愛くなったな!」
「こりゃあ、リングの奴もそのうち放っておけなくなるぞぉ!」
「もう……いいですって……それは……」
最初こそ真っ赤になって照れていた春香だったが、立て続けの冷やかしにさすがに少し疲れて苦笑いを浮かべた。
そんな春香の様子を見て、店主が温かく笑う。
「お代は後でリングにツケとくよ」
「い、いえっ!」
春香は即座に首を横に振った。
「自分の服は……自分で買いたいんです。おいくらですか?」
その毅然とした言葉に、店主は一瞬目を見開き、少しだけ目を細めて優しく微笑んだ。
「フッ……本当に、成長したねぇ、嬢ちゃん」
「……?」
「銅貨10枚だよ」
「わかりました!」
春香は革袋から銅貨を10枚取り出した。
前世では何度も買い物を経験していたはずだが、この異世界の貨幣を取り出して差し出す仕草は、どこかまだ緊張でぎこちない。
「お、お願いします!」
「あいよ毎度! またいつでもおいでな!」
「はい! 本当にありがとうございました!」
春香は夫婦に向けて深々と丁寧にお辞儀をした。
「またいつでもいらっしゃい!」
妻が満面の笑みで大きく手を振る。
「その時は、もっともっと可愛く仕立ててあげるからさ!」
「は、はい……!」
春香は苦笑いを浮かべながら、思い出の洋服屋を後にした。
◇
そして、再び活気あふれる屋台通りへと戻ってきた。
「ヘルたち……一体どこまで行っちゃったんだろう……」
周囲を見回しながら人込みの中を歩いていると——。
道の真ん中に、突如として見覚えのある眩い黄金の空間の裂け目が出現した。
「あ、あれは……っ!?」
周囲の通行人や店主たちが唖然として足を止める中、ゲートの向こうから聞き慣れた愛くるしい声が響いてくる。
「あ〜〜〜、本当に最高の時間だったわ〜〜〜!」
現れたのは、満足そうにお腹をさするヘルだった。
「美味しい食べ物を友達と共有できるって、最高の贅沢ね〜!」
「ヴォンッ!」
その隣から、フウも誇らしげに姿を現した。
街の真ん中で堂々と展開された超常のワープゲート。
行き交う人々や屋台の店主たちは、当然のようにぐうの音も出ないほど口を開けて唖然としている。
「ヘル……っ!」
春香は冷や汗をかきながら急いで駆け寄った。
「こんな街中でワープを使ったら、流石に目立ちすぎるよ……!」
「は?」
ヘルが不機嫌そうに春香へと振り返る。
そして——。
頭のツインテールから足元のプリーツスカートまで、春香の新しい姿をジロジロと不躾に見つめた。
「……何よ、その格好」
「い、いや……これは、その……」
「クゥ〜〜〜ン!」
フウは春香の新しい姿を見ると、嬉しそうに目を細めて近づいてきた。
すっかり大きくなったモフモフの身体を春香へぐいぐいと擦り寄せ、その大きな頭を愛おしそうに春香の体へ押し付けてくる。
「ちょ、ちょっとフウっ! 」
春香が慌てて巨体を受け止める。
その賑やかな様子を、ヘルは冷ややかな呆れ顔で見下ろしていた。
「たくっ…ホントバカ。少し身体が成長したからって、舞い上がってんじゃないわよ」
「そ、そんなんじゃないよっ!」
「何? 自分のこと可愛いとか思ってんの?」
「べ…別にそんなことは……っ」
春香は思わず言葉を詰まらせた。
ほんの少しだけ。
ほんの少しだけ、褒め言葉もらえるのを期待していたのかもしれない。
店主夫婦の過剰な大絶賛とは真逆の、ヘルのいつもの冷たい反応。
それがなぜか、胸の奥をきゅっと締めつけ、思わず顔を赤らめてしまう。
「……ほら、行くわよ」
ヘルはそっぽを向いて歩き出した。
「あ、待ってよヘルっ!」
春香は慌ててその後を追いかける。
「ヴォンッ!」
フウも大きな尻尾を嬉しそうに振りながら、二人の後を追った。
春香の金髪を飾る純白のリボンが、その歩みに合わせて可憐に揺れていた。
まるで、かつての誓いを果たした春香が、いつか新たな誓いを果たすその日を、髪自身も心待ちにしているかのように——。
そして今、リングと共にダンジョンへ足を踏み入れる日を目指して、春香は新たな日常へと歩み出していく。




